巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記
「おお、ピッタリだ!」
「「「おお!」」」
春分の日、手に入れた蛇口を持ってナースチャと灯台にお邪魔している。ロコにも声をかけたんだけど、なにかの資格を取るために東京に行くということでパス。
さっそく勲さんがとりつけてみるとピッタリ! 思わずみんなで拍手!
パチパチパチパチパチパチ
「じゃあ、さっそくお湯を沸かしてお茶にしましょう!」
奥さんの恵さんが宣言、わたしたちはおやつを待つ幼稚園児みたいに行儀よくテーブルに着く。
「じゃあ、ボクは灯台に上がってるから、お茶ができたら呼んでくれ」
勲さんは、制服の帽子をかぶると灯台の方に行ってしまう。勲さんが開けたわずかの間に春風がキッチンに忍び寄る。
ここに来るまでも春風に吹かれまくってはいる。すでに『し』の字の底を曲がった時に潮の香りと共に圧倒的な海と春を感じている。
だけど、官舎に入って、それが遮断され、少し暖房された室内の空気に馴染んでしまうと、ドアの開け閉めで侵入してくる空気に改めて驚く。
それは、なんだか思いがけず闖入してきた春の妖精たちみたいで、ナースチャと二人、思わずドアのガラス窓に目をやってしまう。
あ、石見さんだ。
二人が気づくと、ビシッと敬礼する石見さん。
ひょっとして……と思うと恵さんはサモワールにケトルの水を灌ぐ姿勢で停まっている。
時間が停まったんだ。
――お湯が沸くまで海に出て見ませんか、サモワールは時間がかかりますから――
時間が停まったキッチンに居ても仕方が無いので、勧められるまま海岸に降りて、こないだの内火艇に乗り込む。
「あ、でもアリヨール、時間が停まってるんなら、お湯は永遠に沸かないんじゃないの?」
「大丈夫です、ゆっくりですが時間は動いています。完全に停まってしまうと、海の水が固まって船が動かなくなります」
「あ、そうなんだ」
仕組みは分からないけど問題は無さそう。ナースチャは苦労の末にロシアを脱出してきたのでいろいろ気に掛けるんだ。
「少し揺れるわねえ」
こないだは、横須賀から大浜まで三浦半島を回り込むだけだったけど、このまま太平洋に進んでいくんだと思うと、少し辛いかも。
「大丈夫です。今日は石見に乗っていただきます」
「「え?」」
言われて振り返ると、いつのまにか灯台は小さくなって、距離的には石見が浮かんできたあたりまで来ている。
ええと……ナースチャといっしょにキョロキョロしていると、三時の方向っていうのかなあ、右の方にボンヤリシルエットが浮かんだと思ったら、見る見る姿がハッキリして来て、小山のような二本煙突の戦艦石見が迫ってきた。
「「おおお……」」
内火艇は石見のお尻の方でグリっと曲がって舳先を石見に揃えて、ゆっくりと速度を落として、石見の横っ腹に下ろされたタラップに付けて行く。
ナースチャに続いて甲板に上がるとペコさんが水兵のセーラー服で立っている。
「アハハ、いちおうガードなんで(^_^;)」
少し照れて敬礼。ほかにも水兵たちが立ち働いているんだけど、レトロゲームのNPCみたいに半透明のシルエットになっている。
「慣れるまではあまり横を見ない方がいいです。酔ってしまいますから……と、石見さんが言っていました」
わたしたちを艦首と自分の間に置いて話すペコさん。たぶん、ペコさんも船には弱いんだろうね。
内火艇ではうねりを感じた海も、石見の甲板に立ってみると普通の海だ。
「立つ場所によって感じ方が変わってくるものなのねえ……」
ナースチャが哲学的な感想を漏らし、ペコさんが小さく頷く。
船の横っちょをイルカか何かがいっしょに泳ぐ気配……でも、酔っちゃいけないので、じっと前の海を見る。
あれ?
相模湾を西に向かって進んでいるんだから見えるはずの……伊豆半島が見えてこない。
『今から時間を凝縮してスペクタルをごらんにいれます。上の方に上空からのホログラムも出しますので、合わせてご覧ください』
舳先の旗竿の上に相模湾と駿河湾を中心とする地図が現れる。
「え、伊豆半島が薄い……」
地理が苦手なわたしでも分かる。相模湾と駿河湾がくっついて地図に締まりがない……いや、箱根山も富士山も無い。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ!
すごい音がしたかと思うと、左の方から巨大な島がやってきて石見の前を横切っていく。
「ねえ、地図を見て!」
肩を叩かれてビックリした。巨大な島はズンズン進んでいき、ついには陸に衝突。衝突してもしばらくは陸地をグリグリ押して、陸地にしわが寄って火山が二つ噴き出した。
え、ひょっとして箱根山と富士山!?
衝突のショックは大波となって石見に襲い掛かるが、USJかなにかのアトラクションみたいに船の揺れは小さい。。
『伊豆半島は、元々はフィリピンのあたりにあった島なんです。それが、数百万年の時間をかけて北上して日本に衝突して、今の伊豆半島に成りました。その時の圧力で持ち上がり火を噴いたのが箱根山と富士山というわけです』
正面を見ると、伊豆半島の付け根の向こうで噴火のエフェクト。波は小刻みになって静まり、船はゆっくり伊豆半島に沿うように曲がって灯台のある岬に戻っていった。
官舎に戻ると、キッチンにはわたしとナースチャのホログラムが座っていてビックリしたけど――重なるように座ってください――と文字が浮かび、その通りに座ると元通りに時間が流れだした。
「はい、お湯も沸いたことだし、みんなでお茶にしましょう! 勲さ~~ん!」
ドアを開けてご主人を呼ばわる恵さんの声が空気を潤わせて、いよいよ春も本番の春分の日だった。
☆彡 主な登場人物
- 時司 巡(ときつかさ めぐり) 高校2年生 友だちにはグッチと呼ばれる
- 時司 応(こたえ) 巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女 時々姉の選(すぐり)になる
- 滝川 志忠屋のマスター
- ペコさん 志忠屋のバイト
- 猫又たち アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
- 宮田 博子(ロコ) 2年3組 クラスメート
- 辻本 たみ子 2年3組 副委員長
- 高峰 秀夫 2年3組 委員長
- 吉本 佳奈子 2年3組 保健委員 バレー部
- 横田 真知子 2年3組 リベラル系女子
- 加藤 高明(10円男) 留年してる同級生
- ナースチャ アナスタシア(ニコライ二世の第四皇女)
- ユリア ナースチャを狙う魔法少女
- 安倍晴天 陰陽師、安倍晴明の50代目
- 藤田 勲 2年学年主任
- 先生たち 花園先生:3組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀 音楽:峰岸 世界史:吉村先生 教頭先生 倉田(生徒会顧問) 藤野先生(大浜高校)
- 須之内直美 証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。
- 御神楽采女 結婚式場の巫女 正体は須世理姫 キタマの面倒を見ている
- 早乙女のお婆ちゃん 三軒隣りのお婆ちゃん
- 時司 徒 (いたる) お祖母ちゃんの妹
- 妖・魔物 アキラ 戦艦石見(アリヨール)
- その他の生徒たち 滝沢(4組) 栗原(4組) 牧内千秋(演劇部 8組) 明智玉子(生徒会長) 関根(MITAKA二代目リーダー)
- 灯台守の夫婦 平賀勲 平賀恵 二人とも直美の友人