goo blog サービス終了のお知らせ 

大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・108『CROODS』

2016-11-29 06:24:48 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・108
 『CROODS』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


邦題“クルードさんちのはじめての冒険”っちゅうドリームワークス製作3Dアニメ。石器時代が舞台です。アメリカで昨年3月公開(アイアンマン3のちょいと前)なんと11週ランクインして2億$位まで売り上げました。
 日本公開……あったんですかねぇ、ちょっと覚えがありません。スターチャンネルで放送されてましたからディスクには成っていると思います。

 クルード家は婆ちゃん(母方)ダッド、マム、反抗期の娘と弟、幼児(女の子)の6人家族の穴居人、ネアンデルタールなんでしょうね、昼間 狩りに出るが遠出はしない、夜は洞窟で身を寄せあっている。道具らしきものも火も持たない。 ある日、松明を持って夜も移動している青年ガイが現れる(クロマニヨンですな)
 時期を同じくして地殻変動が起こり、クルード家のスウィートホームは崩れ落ちてしまう。父/グラグは近くで洞窟を探そうと、あくまで現状維持。ガイは太陽に向かって遥か彼方の山を目指すという、ロウティーンの娘/イップはガイに興味津々。あくまで現状維持したいグラグだったが地殻変動は更に強くなり、一家はガイと共に旅に出る事となる。グラグはスーパーマン的力持ち、ガイは非力だが様々なアイデアを持っている。幾多の困難を乗り越えながら旅を続ける一家だが、目的地に到着しながらも地殻変動に先を越され、大きな地割れに行く手を阻まれる。
 グラグの怪力で割れ目を超えるが、グラグ自身は割れ目を渡れない。 翌朝、別れ難く悲しむ家族のもとに、なんと奇想天外なアイデアでグラグが戻って来る。彼は初めて自分の頭で考え、ガイですら考えつかなかったアイデアで空を飛んだ(まぁ、あり得ませんが……) 一家とガイは旅を続け、とうとう海辺に到達する。と まぁ、人類の進化と大移動を ある一家の旅に仮託して描き、家族の愛情、在るべき姿を提示する。 いやぁ、まことにスンバラシイ出来上がり、決して説教がましくなく押し付けも無い。
 まぁね、アメリカンの感覚ではありますが、日本人にも共感、共有できる範囲です。昔、“フリントストーン”っていうテレビアニメがありましたが(後に実写映画になりました。ジョン・グッドマン主演)、あのフレッド達の御先祖?っちゅう位の乗りだと思えばええと思います。
 日本でも宣伝の打ち方でヒットしたと思うのですが、配給会社には気に入ってもらえなかったようです。 レンタル屋には在るはずですから是非ともご覧下さい。一家全員で楽しめますよ。スターチャンネルを見られる方は6/13, 12:00から再放送があります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・107『ビル・カニンガムアンドニューヨーク』

2016-11-28 06:47:42 | 映画評
ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・107
『ビル・カニンガムアンドニューヨーク』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは悪友の映画評論家滝川浩一が、個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


  ビル・カニンガム、80歳のファッションカメラマン。20$のワークコート(しかもカメラとこすれて破れるとガムテで繕う)を着て、チャリでニューヨークを走り回る。被写体はホームレスからセレブリティまで差別なし、コンセプトは自前の感覚、自前の哲学、自前の財布。コーディネイターに飾られたファッションには興味なし。年に2回、パリのオートクチュールに出掛けるが、実際に着られる服以外にはカメラを上げない。たとえ半世紀前のデザインであろうとパクリには一切容赦しない、類似デザインは自らの60年に渡る記録の中から証拠を探して並べて告発する。
 ニュヨーカー紙に“オン・ザ・ロード”というフォトコラムのページを持ち、彼のページから最新の流行が生まれる。それは、ファッションメーカーのコマーシャルではなく、生のニュヨーカーのファッショントレンド。かつては、今や伝説のファッション誌の大半を埋めたが、その殆どは無給なのだと言う。提示された小切手は全て破った。報酬によって自らの自由な感覚に掣肘を課せられる事を何より嫌った。
 ビル・カニンガム……リンカーンセンターの狭い一室で写真キャビネットに囲まれて暮らし(リンカーンセンターの改修で、今はセントラルパークを見下ろすアパートメントに移ったが)今でも自転車でニューヨークを走り回る。セレブリティパーティーには興味なし、チャリティーパーティーの中から自らの価値基準に見合った物を選び、出席者の撮影をしにいく。
 ビル・カニンガム……生きた伝説、今日も生きてうごめくファッションを撮り続ける。カニンガム自身、幾分かの資産はあるらしい(でなければ、この自由は担保できない)、しかし、贅沢とは全く無縁。ついでに恋とも無縁だがホモではないと本人が明言している。ただし、ホモに偏見など一切ない。彼にとって、被写体の性別も年齢も一切関係ない。在るのは個人の自由な発想と自己主張。
 もうディスクが出ている、ファッションに興味なしでも構わない。そこに映っているのは、思いっきり粋で自由な爺さんの生き様。一見の価値在り。お薦め〓

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・106『X- MEN days of future past』

2016-11-27 05:54:18 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・106
『X- MEN days of future past』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 この映画評は、悪友の映画評論家:滝川浩一が個人的に身内に流しているものですが、もったいないので転載したものです。


久し振りに映画館にやってきました。先週は、奴がれの体調を気遣っていただき、まことに申し訳ないやら有り難いやら。ありがとうございました。

 とはいえ、早起きしての移動は辛い……もとい、眠たいよ~~〓
 では、本編……おっと、その前に、先日の「OLD BOY」、いかにも韓国オリジナルのごとく書いてましたが、なんと! 原作は日本の漫画でありました。なんとも面目無い、全く知らん作品です、これじゃマンガ読みの自称は引っ込めんとあきまへんなぁ。
 さて、本間に本編です。結論:面白いから絶対お薦めです。華五重丸です。但、“タイムパラドックス”は忘れて下さい。特に理系の皆様方、心されよ。 2023年、ミュータントも人間も最悪の未来。巧い設定ですが、ターミネイターとマトリックスの世界観のミックスです。
 まぁ、この二作の設定以外はあり得ませんから致し方なしです。量子理論(と言っても、突っ込みいれないて下さ
いよ、私にだって理解の外ですから)からすると、時間も空間も一定不変ではありません。無限数の未来パターンが存在します。だから、絶望的な現在を過去に戻って訂正出来るかってえと……これはダメなんですね。映画の中にも「川の流れに一石を投じても流れは変わらない」ってぇセリフが有ります。過去の因果を訂正すると、そこから別な時間軸による未来が始まり、新たな世界が築かれる訳で、過去に干渉しようとした現在が変わる訳ではありません。その点「マトリックス」は機械による仮想現実(夢みたいなもんですね)世界だから、何らかの変更は可能。ターミネイターも本作と同じ問題を抱えていますが、こっちはスカイネットとの戦いに決着が付いていないので理論破綻の一歩手前で踏みとどまっています。 それを言うなれば、本作も最終決着寸前のタイミングと言えなくもありませんが、映画が暗示する結論は有り得ない。
 
 ウルヴァリンが過去へと旅立って、無事帰還する訳ですが、本来、そこにはもう一人のウルヴァリンが存在します。……まぁ、そこんとこは巧い設定に成っていて納得出来る作りには成っています。
 てなヤヤコイ話になるので、この件は無視して映画の結論を丸呑みする事にいたしませう。
 ここさえクリアしたら、元々の本編シリーズとファーストジェネレーションのオールスター揃い踏み、言うならX- MEN AVENGERSみたいな話です。ミスティークは当然ジェニファー・ローレンス、今作、H・ジャックマンと彼女が主役ですから、たっぷり演じてます。全身メイクですが、まさしく名演技です。さすがであります。
 新顔にビショップというエネルギーを吸収放射できるミュータントが登場、なんと「最強の二人」のオマールが演じています。スキンヘッドではなくドレッドヘアだったので、パンフを見るまで判りませんでした。 もう一人、ミュータントの強敵センチネルの開発者にピーター・ディンクレイジ……ご存知無いとは思いますが、現在、CSで放映中の「ゲーム・オブ・スローンズ」のティリオン役でゴールデングローブ賞/エミー賞いずれも助演男優賞を取っています。スローンズの中で私の最大贔屓がティリオンです。オリジナルキャストの中にも彼のファンが多数、殊にジェニファーは殆どオタク状態であったとか……。
 ヒュー・ジャックマンは必ずどこかで裸の上半身を曝すが、今回の鍛え方は尋常の域を出ている。後ろ姿だがオールヌードも一カ所、まるでギリシャ彫刻が動いているようでした。撮影前からトレーニングを始め、撮影中も毎日鍛えていたそうで、恐らく最高の出来上がり時点で件のオールヌードを撮ったのでしょう。同性からみても、思わず溜め息が出る肉体美でした。 念のために断言しときますが、私、H◇M×では有馬線!、天地神明に誓って単なる女好きです!(何を強調しとるやら アハハ)
 本作、製作費2億5千万$(この類の最高額と言われてます)先週公開 全米9千万$ですから、まぁ、製作費は国内で賄うでしょう、後の世界興収は純利益決定!さぞかし笑いが止まらんこってしょうね。
 さて、本シリーズ、続編がすでに決定されとりまして、再来年“X-MENアポカリスム”翌年“ウルヴァリン3”さらに翌年、タイトル不明ながらウルヴァリンは絡むらしい。
 さて、H・ジャックマン……どこまで付き合うんでしょうねぇ。X-MENのコミックは、全世界5億$の売上高だそうで“ワンピース”の約2倍……ちょっと想像を絶します。今作には明確な原作があるらしく、次回作の“アポカリスム”と1、2を争うコミックだそうです。さすがに知りません。マンガ読み滝川(さっき称号返上を言うたやろに)のウィークポイントはまさにアメコミ、されど、あんまり読み続ける気にはならんのよね。  
 例えばですよ、X-MEN3でマグニートーは“キュア”を打たれて能力を失った筈が、何の説明も無く蘇っている。アメコミのご都合主義……日本でいや、“北斗の拳”のケンシローの出自が二転三転しているようなものです。好きだったから単行本27冊分、最後まで付き合いましたが、せめて“羅王”の死で終わった方が良かったと思っている人の方が多い筈です。 その点、アメコミは問答無用……知ってます?アメコミのX-MENシリーズではスパイダーマンは2度程死んでいます。
 ご都合主義……面白かったら付き合いますが、程度を過ぎるとあ~あ〓であります。

 以上、アメコミを追っかけ無い理由の言い訳でありました。まぁ、映画は一本一本が面白けりゃええので、原作なんざ知った事っちゃございません。
 ただ、原作コミックの隅から隅まで知り抜いているオタク連中の深い(????)話題について行けないのには、理屈抜きで……少々、グヤジイ~のであります。

 チャンチャン〓

 全く話変わりますが、これを打ちながら“舞台・真田十勇士”をみとるんですが……これ、新感線でやるか、せめて中島台本ならもっと面白かろうに、マキノノゾミじゃねぇ……しかも、マキノさん、否定するでしょうが中島台本の方法論と井上演出のコピー ムムム 言い過ぎですか? ま、お後がよろしいようで、チャンチャン………アハハハハ〓

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・105『第三の男 その他』

2016-11-26 06:31:38 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・105
『第三の男 その他』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が、個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので、転載したものです。


今週「やみきんウシジマくん2」をやっとるんですが、金貸しの映画なんぞ見たくもないので(山田孝之のファンなんですが)パスいたしました。

 さりとて、また、ボックスオフィス情報ってのもどないやろってんで、いささかイニシエの作品ではありますが……49年英作品、キャロル・リード監督/グレアム・グリーン脚本の“第三の男”であります。 映画史に燦然と輝く作品であります。とは言え、若い人は殆ど見た事無いでしょうね。アントン・カラスのチターによるメインテーマとラストシーン位はご存知かも知れません。
 案外、年嵩の方でも、題名は知っていても全編は見ていないかも……大戦直後のウィーン、喰い詰め三文文士のマーチンス(ジョセフ・コットン)が、親友ハリー・ライムに呼ばれてやってくる。
 しかし、一足違いでハリーは事故死しており途方にくれる。事故を看取った二人の男やハリーの恋人アンナ(アリダ・バリ)に会うが、どうも事故なのか殺人なのかよく解らない。
 当時、ウィーンを取り締まっていた四カ国(英米仏露の軍隊)警察には邪魔にされる。殊に英のキャロウェイ少佐からは「すぐに帰れ」と恫喝される。なんだか胡散臭い情勢。その内、事故を看取ったのが二人ではなく、そこには「第三の男」が存在したと知れる。 疑問を持ったマーチンスは、闇雲にそこら中を突っついて回るが事態はややこしく成るばかり、果ては殺人(第三の男を見た証言者が殺される)の容疑者に仕立てられる。ハリーは何かの闇商売の黒幕だと目されているが、マーチンスには信じられない。
 実は、ハリーは死んでおらず、墓の棺には別人が入っており、「第三の男」とは他ならぬハリーなのだと知れる。そしてハリーの正体も知れてくる。
 
 モノクロ作品の「光と影」っちゅう お題を頂きまして、そら“第三の男”やろってんで見返しました。他にも多数ありますが、やっぱりこれがダントツですわ。
 正直、「これがグレアム・グリーンの脚本か?」と思う程、前半のストーリーテリングはむちゃくちゃであります。
 大昔、初見時も「ナンジャコリャア」と思いましたが、今回も基本的にその感想は変わりません。
 ところが、ハリーが生きているのが解る中盤以降、本作は全く違う顔を見せます。
 街角の闇の中に男の靴だけが見えている。気付いたマーチンスが「誰だ!」と怒鳴る。二階のおばちゃんが「やかましいわよ」と点けた灯りが闇を照らすと…そこに、死んだ筈のハリーが立っている(ここも有名なシーン) ハリーは逃げ出し、その靴音と長く延びる影を追ってマーチンスが駆ける。しかし、ハリーは忽然と姿を消す。
 ここら辺りから、画面が少し斜めに成ったり。深夜のアパートの壁に男の影が映り徐々に近づいて来る、「ハリーの影?」と思いきや、何故か風船売りのおっちゃんだったりとサスペンスを盛り上げる映像のオンパレードに成って来る。現実のウィーンの夜が、まるで「オルフェ」の地獄のように見えて来る。

 この“光と影”は、クライマックス 下水道を逃げるハリーと、追うマーチンスと警官のシーンで最高潮に達する。見事な映像のニュアンス(まさに陰影)を生み出しています。
 ハリーは逃げ切れず、射殺される。冒頭と同じ墓地、今度の棺には間違いなくハリーが収まっている。空港に向かうマーチンスは車を降りて、荷馬車にもたれ、歩いて来るアンナを待つ。彼女はマーチンスの気持ちを知りつつも、彼の前を一顧だにせず通り過ぎる……煙草に火を点けるマーチンス(代表的シーン “カサブランカ”のラストと並ぶ)
 前半あれだけもたつきながら、このシーンからアンナとマーチンスの気持ちが溢れだす。 この、なんとも曰わく言い難いニュアンスはモノクロでなければ表現出来ない。カラーでは絶対醸せない映像なのです。この味を出したいがため、わざわざモノクロやセピアで撮影する人もいます。
 世界が白と黒だけで在ることによってクローズアップされてくるものが間違いなく存在します。たまにはイニシエの作品にも触れて見て下さい。
 おっと、いい漏れてました。ハリー・ライムを演じているのは、かの、オーソン・ウエルズ御大であります。死んだはずのハリーの顔が闇から現れる時の御大の表情が、本作の殆ど総てであります。

 さて、付け足しにチョコッとボックスオフィスランキング。前週の①~⑤が各一個ずつ順位を下げ、今週1位は“NEIGHBORS”週末興収4900万$、スパイダーマン2は②落ち、1億4千万$トータルと、この類いとしては少々苦戦。
 今年も、オスカーから3ヶ月。そろそろ傾向が見えて来ました。アニメと大作は毎度の通りで、ブームなのが宗教作品。もう一つがコメディのようです。このコメディ、金満アメリカンの自分勝手がバックグラウンドにあるものが多く、今週1位の“NEIGHBORS”も、隣に越してきたのが大学のクラブハウス(そんな事が有るんかい?……まぁ、有るんやろなぁ) 学生のバカ騒ぎにセス・ローゲンのお隣さんがブチ切れて抗争勃発ってなお話です。
 リーマンショック以降、意気消沈していた反動が出て来ているんだと思います。おんなじようなテーマで作っていて(俳優のランクも似たり寄ったり)それなりに当たるのもあれば、第一週300万$ポッキリとか、中には4万$未達なんてなトホホな作品もあります。  
 アメリカンが見たいコメディの傾向が全く解りませんわい。 それと、性懲りもなく、またまた“GODZILLA”を作った(日本公開7/25)のでありますがぁ……東宝第一作は1954年の水爆実験でゴジラが出現した事になっとりましたが、次回ハリウッド版ではゴジラは既に存在していて、対ゴジラ兵器として水爆を使った事に成っとるようです。
 この設定、日本人としちゃあ ちょいと 引っかかりませんか? 予告を見る限り なんやら「クローバーフィールド」みたいになかなかゴジラの全体像が見えない展開のようです。まぁ、見てみますか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・104『相棒Ⅲ/プリズナーズ』

2016-11-25 06:46:47 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・104
『相棒Ⅲ/プリズナーズ』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に、身内にながしているものですが、もったいないので転載したものです。


相棒Ⅲ

 在る意味、“シリーズ相棒”の総ての要素を持っている作品と言えます。密度の高いミステリーと政治性、対する杉下右京の緻密さと何者に出会っても揺るがない秩序に対する忠誠心が描かれる。 “相棒”の劇場版として自信を持ってお薦め出来ますが……。

 監督/和泉聖治、脚本/輿水泰弘という、シリーズ生みの親コンビ、相棒の裏も表も知り尽くした二人、さすがにプロットの組み立て、ストーリーの見せ方は見事である。
 が、正直に言わせて貰うなら、“ネタが早く割れ過ぎる”と感じる。これが、シリーズ途中から脚本参加した古沢良太なら、もっと捻ったストーリーテリングを見せてくれたと思える。すなわち、監督/和泉、原案/輿水、脚本/古沢ならもっと面白かったはずだと考える。
 相棒はA・クリスティー的展開(人によってはE・クイーンやクロフツを上げるが、あくまで基本はクリスティーだと考える。クイーンやミルン的な世界観は各脚本家の味付けによる。古沢良太はクイーン的な捻りと衝撃的短絡にこだわりが有ると思っています)の世界です。そこに、極めて日本的な人生観や政治風土、組織論理が絡まるから、リアルな現代日本のドラマとして屹立できる。
 推理ミステリーの常道として、事件の手掛かりは、物語の始めから観客の眼前に提示される。
 しかし、それをその時、観客に“これは証拠だ”とか“伏線だな”と思わせてはならない。敢えてそうするなら、それは、観客を違った方向にミスリードする罠でなければならない。観客は、提示された怪しい情報/状況を“これは真正?罠?”と考えるのが面白い訳なのだが……本作の場合、考えるまでもなく、“これは伏線だ”と断定出来る。しかも、一番初めに出くわす情景がそうなのである。
 これによって、杉下・カイトが抱いている嫌疑が肯定されてしまう。罠だと考えた場合、タイミングが早過ぎて、今これを見せては不利にしか成らないからである。
同じく、杉下達が、この島に乗り込む理由となった事件にしても、ここまでやってしまう意味がない。 わざわざ不利益を呼び寄せる事にしかならず、もっと穏当な手段があるし、やるならやるで、この島で行われている事業(民兵訓練)から考えて、方法は山程存在する。
 これらを納得させる為には、これしか無かったという状況が提示されなければならないが、残念ながら、その点はスルーしてある。 さほど時間のかかる作業ではないが、後日、テレビ公開される時の時間割が過度に意識される結果だと断定できる。元々テレビマンである監督/脚本コンビだからこそのストーリーテリングなのである。この点が惜しまれる。この為、ラストの杉下コンビと主犯との間で交わされる会話も、その一言一句まで予想出来てしまう。
 相棒もテレビ12シーズン、劇場版3本、スピンオフ2本という巨大サーガとなり、いささか予定調和に陥る傾向があるようだ。鉄砲フリークとして疑問……冒頭、島での訓練が映される。川の中から静かに浮き上がる民兵達(最近、傭兵物でお約束のシーン)川から様々な武器を持って出てくるが、数人がショットガンを手にしている。敵中への隠密侵攻、乃至、威力偵察訓練なのだろうが、この水浸しのショットガンが火を吹く……??? 見たところ、軍用銃ではなく狩猟用の銃に見える。こんなもん、ほんまに水に浸けても使える? 雨が降っていてすらカバーが必要なのに? それと、島で指導を勤める隊員達の身体が全く軍人のそれでは無かったのも興醒め。せめてそれらしいガタイの役者を使ってほしかった。こういう細部から、映画のリアルはすべり落ちて行く。


プリズナーズ

 これだけ恐ろしい映画もそうは無いでしょうねぇ。白昼、二人の女の子が姿を消す。犯人らしき人物が早々に捕まるが、これが真犯人なのか否かがトコトン最後まで解らない。見事なストーリーテリングです。 プリズナーズとは、行方不明の子供だけを指すのではなく、主なキャラクター総てが現実に、また、過去の事象に捕らわれている事を指すタイトルです。
 映画の内容から、一切ストーリーには触れられないのですが……今年のハリウッド作品は(本作の全米公開は去年末ですが)聖書題材やキリスト教題材の物が多数作られています(テレビドラマで“ベン・ハー”のリメイクがあったし、秋には“十戒”のリメイクも公開される、現在公開中の作品の中に、臨死体験した幼児が天国を見るっつな物がある)。本作も間違いなく聖書関連スリラーです。
 敬虔な信徒が、ある時点を境にデーモニッシュな存在に変化する。極、普通の人間が、ある一線を越えた途端に暴走する。これだけなら、良くあるハリウッド映画だとも言えるが、本作の中にいきなり蛇が出現する……これは間違いなく宗教絡みの作品である証拠です(エデンの園でイブを誘惑する主体)
 リバタリアニズム、“完全自由主義”位が訳文ですかね。要するに国は最低限の秩序を保証せよ、後は我々が自ら守るって事です。アメリカの銃規制が進まないのも、国民皆保険が実現できないのもこの考え方によります。国家による思想/経済/身体に対する拘束はこれを拒否する。その自分がよって立つのはキリスト教信仰なのです。本作中、あるキャラクターが自ら狂気の行動と意識しつつ、そうせざるを得ない……その時、自らの狂気と正常世界の繋ぎ糸として“主の祈り”を口ずさむ、主の祈りは、本作のそこいら中に出てくる。毎回意味する所が違う。
 毎回言いますが、こんなキリスト教的知識がなくとも理解できる作品ではありますが。これを知っていればより深く本作を理解出来ます。加害者/被害者の苦悩ばかりではなく、刑事/ロキ(J・ギレンホール)の懊悩にも思い至ります。敢えて言います。キリスト教/リバタリアニズムに染められた“アメリカ”がわかっていなければ本作の3/2は理解できません。 およそ2時間30分の本作、これを長いと感じるか短いと感じるか……それはあなたの“アメリカ理解”“キリスト教理解”の度合いによります。不遜な言い方でゴメンナサイ。本作は日本人に対しては観客を選ぶ作品だと言えます。 これを見て「長い」「下らん」「面白くない」と思った方は「アメリカの現状況」が解らない方々です。
 剃刀の刃でも、鉄砲玉でも、気にくわなければ送って下さい。私の結論は変わりません。H・ジャックマン/J・ギレンホールが素晴らしいのは言うモノがな、二人の子供の母親V・デイビスとM・ベロがリアル、何よりM・レオの存在感が圧倒的! おっとT・ハワードも捨てがたい。 解ってくれる人とだけ、この喜びを分け合いたい。轟々たる非難の声を予想しつつ……やっぱり、そう言い切ります。理解できないと思ったら見ないで下さい。所詮、理解できない人々の悪口など……聞きたくもありません。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・103『アメイジングスパイダーマン2: テルマエ・ロマエⅡ』

2016-11-24 06:16:49 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・103
『アメイジングスパイダーマン2: テルマエ・ロマエⅡ』

この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評を転載したものです


行って来ましたよ、梅田TOHOプレッツ。

 8:30でもそこそこ人がいましたが、別館でスパイダーマン見て本館に帰ると……なんじゃ こりゃぁ!!!!満員電車かい!!

スパイダーマン2

 嫌な予感はいきなり来ました。いきなりスクリーンにデカデカ“SONY”の文字!続く“COLUMBIA”の社名の下に“SONY CO.”の文字……よっぽど自信がおありになったんでがしょうねぇ…(´ヘ`;)ハァ~~ 映画はマンガに先祖帰りしとりました。
 本作で一番迫力が在ったのは“予告編”でありますわい……嗚呼(滂沱たる涙)有ったなぁ、「メン・イン・ブラックⅠ」 予告編見たら本編見る必要なし。この映画、コンベンションで30分の予告編を流したとか……その方がよっぽど面白かったんやなかろうか。予告を見る限り、スパイダーマンは複数の敵に囲まれて絶体絶命!「こぉら えらいこっちゃ!」と思うたに…本編ではちまちま1対1で盛り上がらん事夥しい。スパイダーマンの懊悩もグゥエンとの付き合いに関する事ばかり、スパイダーマンの活躍によって、さらに破壊が広がる件についてはほんの付け足し、編集長(出てこないが)は未だに「スパイダーマンは悪者だぁ」と言いつのっている。
 ピーターの両親の最後が出てくる。忌まわの際にデータを送るが、その内容たるや……嗚呼(涙) これ、原作の通りなのかもしれませんが、スパイダーマンでは毎回彼の大事な人が誰か死ぬ。今回は○×△が亡くなった、なんともお可哀想に、ほんで たらたら悲しんでおる所にまたもや怪人出現で大フッカァ~ツ。目出度し目出度し(拍手) 毎度 大暴れいたしますが、今回もニューヨークから一歩も出ず……しゃあないですか、ビルが林立していないと糸を頼りにブッ飛んで行けませんもんね。 兎に角、期待外れもええとこでありました。


テルマエ・ロマエⅡ

 典型的な二番煎じ(また涙) 前作よりも広がりは感じるし、群集モブシーンの撮り方も各段の進歩。とは言うモノの、ダラダラと前作の続きを作ったに過ぎない。まぁ、これで終わるでしょうが、その気になったら“日本全県温泉巡り”っつなもんでシリーズ化するかもね。
「フーテンの寅さん」か「トラック野郎」じゃあるまいし、まさかそりゃあなかろう……と、思いますが……今日の入り(満員)からすると、あながち、いやいやおまへんやろ。
 前作には“比較文化”のメッセージが ちゃんと在りましたが、本作はただただ日本の温泉をコピーしまくるのみであります。それでも、観客を楽しませようっちゅう工夫は十全にこらされてますから、楽しめるのは確かです。
 ただねぇ……二列位後ろに座ってたオバハン〓〓 映画の真ん中辺から、何を言うてるんやらハッキリとは判らんかったがウダウダと……ってん〓じゃっかましいんじゃ〓〓見ながら喋りたかったらテレビでオンエアされるの待っとけ!ちゅうんじゃい〓〓〓 二度と映画館に来るんやないわい〓〓 てな訳で、非情(コノジノキブン)にドッと疲れた半日でござりました。後、“相棒”も行かんとあかんのですが……大丈夫やろなぁ(汗)3日からのH・ジャックマン“プリズナー”も……頼んまっせ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・102『Ca. アメリカ/ ウィンターソルジャー』

2016-11-23 06:21:44 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・102
『Ca. アメリカ/ ウィンターソルジャー』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一の映画評を転載したものです。

スカーレット・ヨハンセンが綺麗。

  可愛い~グフッ ありゃりゃ! いきなりスタイルが良くなったよ! 足も長く成った?……と思いきや、これはスタントマンの後ろ姿やね。オシマイ〓 ……ちゅう訳には行きませんか、そらそうでんな。
 まずは、いよいよ本格的にマーベル(ちゅかディズニープロ)が牙剥き出したなって事です。  
 本作は、ハッキリ“アウ゛ェンジャープロジェクト”を名乗っています。アウ゛ェンジャーズ①以降、マーベルのヒーローシリーズにはプロジェクトの冠が着いていましたが、ちょっと遠慮がちでした。本作はほんまに頭からプロジェクトを名乗っています。 今作だけを見て楽しめるのは50%だけ、最低“Ca.アメリカ①”を見ていないと敵の実像が解らない。少なくとも、後“アイアンマンシリーズ”“アベンジャーズ①”を見ないと世界観が解らないし、直面する危機の実相が浮かんでこない。かくして、ディスクがまた売れるっちゅう構造になっております。
 本作はシネマベリテ(主にドキュメンタリーの手法。同時録音やインタビューを盛り込んで臨場感を持たせる)風の作り方に成っていて、誰が味方なのか解らない状況の下サスペンスを盛り上げる形に成っているのだが、それだけに「敵の正体」を知っていないとストーリーに置いていかれる。
 観客は大多数マーベルワールドを知悉しているとのマーケットリサーチが出ているのだろう、「遅れて来た方々は一生懸命追いついて下さいよ」っちゅう自信の程が窺える。

 なら、そのつもりで書きます。

 まず、Ca.アメリカは悲しい存在です。ひ弱な肉体ながら人一倍正義感が強く、何より国に忠誠心を持っている。元々アメリカの戦意高揚コミックとして登場していますから、このキャラクターは外せません、今のアメリカにも必要な性格でもあります。彼はドイツ軍の中の核心的組織ヒドラの陰謀を砕き、自らは氷塊の下に沈んで70年の眠りに着く。現代に蘇生した彼の周りには一人の知人もいない。この、現代の浦島太郎は、それでも懸命に適応しようと努力しており、自ら払った犠牲も人々の自由を守ったのだと納得している。
 そんな彼に、自身が滅ぼした組織に代わって登場した物が牙を剥く、自分は一体何したのかとの懊悩が生まれる。折から、少数生き残っていた70年前の知人が死を目前にしており、かつ、もう一人見つけた知り合いは呆然とするような変貌を遂げていた。キャプテンは現代に生きようとしながらも、70年前からの続きを生きているのであり、その魂は70年前のスティーブ・ロジャーズそのままなのである。
 そんなキャプテンのレーゾンデートルを支えている「自己の行動に対する正当性」を脅かされるエピソードが本作の大きな柱に成っている。キャプテンのみならずSHEALDを率いるフューリーにせよブラックウィドーにせよ、何かしら重い物を背負っている。
 ここまで来ると原作コミックを読んでいないとさっぱり解らない。大体がキャプテンアメリカの初出が40年台、フューリーが60年台、ブラックウィドーはよう知りませんが まぁ6~70年台でしょう。第二次大戦~冷戦時代(朝鮮戦争・ベトナム)~アフガン・イラクとアメリカが戦う戦争の変化に連れてヒーローに求められる姿は変化してきています。
 キャプテンも徐々に変化しているのですが、元々のレーゾンデートルを大幅に書き換える訳には行かない。フューリーは恐らくベトナムを引きずっているだろうし、ブラックウィドーは冷戦構造の歪みから生まれたのだろう。 各々の内面を覗けば、全く違うベクトルが見える筈です。その全く違う要請から生まれたヒーロー群を“アベンジャーズ”の名の下にひとまとめにするのは相当に無理がある。
 まぁ、DCコミック系(バットマン/スーパーマン)に比べれば、マーベル系のヒーロー達はあんまり悩まないのですが、勧善懲悪が有り得ない現代、マーベル系ヒーロー達も懊悩せざるを得ないのです。
 この、何もかも相対化せずにはおかない時代に「我こそは絶対正義なり!」と胸を張る事は誰にも許されません。
 本作の対立構造は“ヒドラが画策する秩序(SHEALDの思い描く秩序も似たり寄ったり)”対“キャプテンアメリカの守って来た自由”です。当然、自由の勝利に終わりますが、それはヒドラだけにとどまらずSHEALDにも牙を剥く事になる。 この歪んだ結論に一体誰が責任を持つのか?  新秩序は何に拠って打ち立てられるのか?  
 当然、完全無欠な答など有る訳は無く、精々「納得いく妥当性を与えよ」が精一杯なところ。この辺り、日本の幕末を当てはめれば分かり易い。幕府 対 薩長なんてな簡単な図式で無いのは皆さんご存知の通り。勤皇/佐幕/倒幕……開国か攘夷か、攘夷にも大攘夷と小攘夷の差がある。しかも幕末の登場人物達は一つの立場を守り通した者の方が少数であり、大方は時と情勢に添って微妙に、ある者は大胆に考え方・立場を変えつつ明治へとなだれ込んでいきました。
 アメリカンコミックは一つのシリーズが終わってもマーケットリサーチで主人公に人気が有れば再開されます。新シリーズに際して、さらにマーケットリサーチしてヒーロー像が決定され脚本家を招請、作画家が決定されます。だからヒーロー達は時代の雰囲気によって、大きな存在価値を変えないまでも微妙に性格を変えて行く。昔は堂々と“アメリカの正義”を名乗ってはいても、現代においては何が正義なのかが解らない。ましてやアメリカ単独の正義など大声で叫んでもアメリカ本国でもそっぼを向く人々がいるでしょう。だからキャプテンアメリカも、所属する組織に牙を剥く結果に成ろうとも、自ら忠誠を誓った物に殉じざるを得ない。彼は「アメリカ」に忠誠を誓ったが、「アメリカ」とは「政府」ではなく、“国土”であり“郷里”であり、そこに生きる人々なのです。求めた“自由”はアメリカ国家の自由ではなく、“人々の自由”だと“彼自身が悟った”のです。
 スーパーヒーローの抱え込んだ悲劇(元々の発生からすれば)とも言えますが、現代を生きるならば必要な変化なのです。

 さぁて、ばらしちゃいますが、ヒドラは完全に壊滅した訳ではなく細胞が残っています。次回作でのリベンジを誓っています。キャプテンアメリカの次回作は“アベンジャーズ②”……って事はアベンジャーズの次なる相手はヒドラ? アベンジャーズ①のラストで次回作での敵は別な宇宙人だったのでは? 更にアベンジャーズ②の前に公開されるのは“スペースガーディアンズ”っちゅう新キャラクターによるスペースオペラ、これまでのシリーズ経過からすると、この新キャラクターもアベンジャーズに絡むはず。
 そうなると、本作のウィンターソルジャーが次回作でどうなるのか、アスガルドのロキはどう動くのか……etc.
 原作を読んでりゃ判るんでしょうが、風呂敷を広げ過ぎて収集つかんのやないですかねぇ。これを圧倒的な画作りで見せきるつもりなら、一体どんな映像を見せてくれるのか。お手並み拝見であります。

 私ゃ ブラックウィドーが綺麗やったら それだけで全くO.K.ではあります。ダハハハ〓

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・101『ローンサバイバー/ウォルト・ディズニーの約束』

2016-11-22 06:30:08 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・101
『ローンサバイバー/ウォルト・ディズニーの約束』

この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に、身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


ローンサバイバー

“ブラックホーク・ダウン”と同じく、実話です。
タリバンの指導者を狩る作戦で、米軍SEALの偵察隊4名が、現場で出会った村人を解放した為、タリバンに通報されて囲まれる。激戦の中、3名死亡、救出に来たヘリも一機撃墜され、たった一人残った兵士を救ったのは ある村のアフガン人だった。
 何故、アフガンに米軍がいるのか……タリバンがアメリカを憎むのは何故か……この戦争に大義名分はあるのか……ets これらに触れずに本作を語れない。

 しかし、止めます。

 私が「宗教原理主義」を憎悪している事も、アメリカの強引な論理を認めない事も……一切排除して、不屈の男達の物語として語りたい。
 ハリウッドの論理に嵌ったと言われても仕方ないでしょう。確かに、アメリカ人のヤンキー魂に火をつけるストーリー(実話ではあるが、あくまで劇映画)だし、SEALの宣伝と言っても良い……しかし、男達の比類無き勇気と友情に溢れている作品であり、そこに感動が生まれる。
“ブラックホーク・ダウン”では、敵のアフリカ人は単なる野蛮人でしかなかったが、本作ではそのようには描いていない。マーカス・ラトレル兵長を助けてくれるアフガン人がいたと言う事情もある。ハリウッドが表現の論法を変えた(現在、状況を相対的に捉えない作品は陳腐化される)とも言える。
 しかし、作品の裏側にある あらゆる事情を乗り越えて、感動を見る者に伝えてくる。
 本作を見て、嫌悪感しか覚えない人は大勢おられるだろうが、敢えて言いたいのです。これまでの映画では、米軍のSEALといえばスーパーマンの集まりってな風に描かれ、彼らに不可能な作戦は有り得ないように語られる事が多かった。この映画では、確かに筋肉アーマードではあるが、ごく普通の人間として描かれる。
 タイトルロールに重ねて、本物のSEALの選抜シーンが流れる……訓練なんてな範疇には無い、下手をすればどころか殺すつもりの選抜、これを乗り越えるだけで互いに尊敬しあい、絶対の友情が生まれる。そんな男達だから、絶望的な戦況にあっても戦う事を止めない。そんな事が可能なのかと思えるような行動を躊躇なく取る。実話の重みもあって、戦闘する人間の究極の姿がスクリーンに映し出されている。そんな彼らが一皮剥けば 当たり前の人間なんだと言うところに感動がある。
 批判的に見れば“否定”する以外に無い作品ながら(日本人とすれば……本作の意味を問うのはアメリカ人に任せる)ただただ 戦う男達の姿に敬意を覚える。マッチョイズムだとの批判は甘んじて受け入れます。
 しかし、戦う者に敬意を表し、物語を与える(アメリカの国策ですが……)この国が羨ましくもあるのです。ベトナムの反省(帰還兵士を狂人扱いした)も有るのでしょうが、国の為に戦った人間を顕彰するのは至極当たり前な行為であると考えます。


ウォルト・ディズニーの約束

 いやいや、あの“メリー・ポピンズ”にこんなインサイドストーリーがあったとは……確かに、単に楽しいだけのファンタジーじゃないとは思ってはおりました。
 しかし、全く違う解釈をしていました。えっ? どんな解釈かって? ご勘弁を、こんな仕事を始める前の、ほんのガキの感想ですけぇ。
 なる程ねぇ、原作者にはこんな悲しい歴史が有った訳ですか、「ハリー・ポッター」のサーリングが シングルマザーで金も無く、カフェの片隅で粘りながら執筆していたとか、「指輪物語」のトールキンは本気で神話を作るつもりだったとか……こいつは知らなきゃ思い至らない話です。
 原作者のトラバース夫人は、ウルトラ気難しい女性。なんせ、あのディズニーが20年に渡って映画化権交渉しながらも口説き落とせない相手! 一体どんな人なのかと見ていたら……こらぁ あきまへんわ、アタクシでしたら出逢ったその日に匙投げてます。
 しかし、ディズニーが20年かけても映画にしたかった物語、担当者だって真剣にならざるえない。
「メリー・ポピンズ」の脚本担当だったドン・ダグラティはまだ生きていて、ミズ・トラバースとの間に良い思い出がある訳もなく……彼は本作を見て号泣したそうです。
 これからご覧になる方々の感動の邪魔になっちゃいけないんですが、ミズ・トラバースにとって「メリー・ポピンズ」は単なる物語ではなく、子供の時の大切な……美しくも楽しくもあり、かつ悲しい思い出……しかも未だに自分の人生を縛っている出来事が下敷きになっていて、彼女にしてみれば人生そのもの、けっして妥協なんぞ……冗談じゃない。
 話はディズニーがミズ・トラバースの過去を探った所から回り始める。これ以上書くのは愚の骨頂ってもんで、この先は劇場で確かめて下さい。きっと、もう一度「メリー・ポピンズ」を見たくなります。
 エンドロールに実際のミズ・トラバースの声が出てきます。エマ・トンプソンの声かと思いましたわ。名優と言われる人は本間になりきります。私らみたいな付け焼き刃役者には想像もできん世界です。

 てな訳で、本日は実話2連発でした。

 どちらも感動作かつ、どちらも今年のアカデミーノミネート、しかも両方無冠です。 そらそうやろね、ノミネートまではええけんど、この両作品に賞を与えるのは考えもんでしょ。片や、9.11はあったものの大儀に?マーク付きの作品。片や、感動ストーリーながら、本の当事者が社長だった会社の作品……“コマーシャルじゃん”といわれたら否定のしようがない。
 しかし、そんな事情は一切捨てた所から見てみたい作品達でありました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・100『ROBOCOP /アナと雪の女王』

2016-11-21 06:39:27 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・100
『ROBOCOP /アナと雪の女王』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


ROBOCOP

これだけ映画のSFXが進化して 様々なSF作品がリブート(再起動…リメイクとは意味が異なる)される中 「まだやらんのかい!」とイライラしながらまっていたのが、まさしくこれでした。

 まず、映像から言うと若干の不満はあるものの、この先シリーズ化されるとして(アメリカでは今一の成績、今後 世界でどれだけ稼ぐかにかかっていますが)その前提で考えると ギリギリ合格点を付けて良い出来上がりになっています。         
 当然の事ながら87年のヴァーホーベン版の どこか漫画チックな画面とは一線を画し、まさに“生きたロボコップ(?)”が暴れまわっています。
 監督のジョゼ・パジーリャ(ブラジル人/主にドキュメンタリー監督「バス174」/ドラマ「エリート・スクワッド」)は87年版とは違うロボコップを作ったが、前作へのリスペクトは全編に溢れている。
 細かい描写はこれから見る人の邪魔になるので割愛しますが、設定に穴が少々……幾つか有りますが、主にロボコップの生体部分維持(前作では ワザと無視してあった)へのこだわりと、そうした場合のメンテナンス費用 及び ラストシーン以降 誰が負担するのか……話がドキュメントタッチに進行する為、かえって気になってしまいます。
 前作ではオムニ社副社長が悪党で、ラスト 社長が副社長に馘首宣言する事に拠ってロボコップの禁忌コードが外れ、会社としてはプロジェクト続行となる。
 今作ではロボットプロジェクトはオムニの一部で、更に本社が存在する(いきなりラストでアナウンスされる)らしく、まぁ その辺は続編に出てくるんでありましょう。
 さて、87年版は 結構政治的な作品でした。アメリカがオイルショック以降 構造不況に陥る中、レーガノミクスが打ち出した新自由主義経済は「公共から民営化」の波を作り出し始めていました。
 こういう状況下、「もし、警察までが民営化されたら?」という設定で作られたのが前作でした。 ヴァーホーベンのアメリカに遠慮の無い語り口と、過剰過ぎる残酷描写は そのディストピアを描き出し、これは まさに現在の世界の先取りでした。
 今作ではブラジル人監督(ヴァーホーベンはオランダ人)が現在のアメリカが既にディストピアの入り口に在るとして製作しています。
 アメリカは兵士の死に耐えられずイラクから撤兵しましたが、これがロボット兵士なら? 映画では2018年にいたるも駐留を続けている事になっています。国内には警察にすらロボットの導入を禁ずる法律が存在するのに……政治経済の微妙な違いを映画は見事に吸収して作られています。
 内容に少し触れますが、前作のロボコップは“人間としてのマーフィー”のアイデンティティを奪われた存在として登場、彼がいかにして人間に再生していくかが重要なテーマでした。 今作でのマーフィーは人間としての記憶を持ったままサイボーグ化され、それでは都合が悪くなり感情を奪われる。それをどう取り戻すのか、家族との関わりを絡ませながら描いて行く。  
 どうしてもストーリーに触れますなぁ。正直、小理屈こねないと半端に感じる部分があるので どうしてもそっちに行っちまいます。これはねじ伏せて続編以降をまちましょう。
 SFアクションとしては基準を満たしています。


アナと雪の女王

 現在までに作られたCGファンタジーの極北です。身体ごと鷲掴みにされるような物語をクリエイトできる能力は悪魔的ですらあります。これでも褒め言葉なんですよ、もう絶賛する言葉がありませんわ。
「また ディズニーが童話をねじ曲げた」だの「キリスト教の臭いがキツい」だの「アメリカの論理」だのと……散々ハリウッド映画に噛みついてきた私が言います。この作品にそんなイチャモンつける奴は絶対許さん! のめり込みすぎですかねぇ~ なんせ、まるっきり始めのシーンから 余りの美しさ、あまりの躍動感に思わずウルッときちゃいました。エルサが氷の宮殿で歌う“Let It Go”なんて震えました。吹き替えを見ないで良かったと今日ほど思ったことはありませんわ。エルサの吹き替えは松たか子で……最近松たか子を見直したばかりですが、この歌で同等以上の感動を伝えられるとは思えない(ちなみにアナは神田沙也加)
「真実の愛」が魔法を破るというキモ以外はアンデルセン童話とは何の繋がりもありません。100%ディズニーオリジナルの物語。 ピクサーCGとは一味違う、本来のディズニーアニメの歴史線上にある まことに素晴らしい作品です。これは見るというより体験する以外にありません。どうか映画館に足を運んで下さい。
 老婆心ながら、小さい子供連れでなければ 是非とも字幕版をご覧になって下さい。絶対に!!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・99『アカデミー賞決定』

2016-11-20 06:10:01 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・99
『アカデミー賞決定』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


実は少々「良かったね」ってのと「ええ~〓」ってのが混ざってます。

 今年はアカデミーに先立つ各賞決定の結果から“作品”“監督”以外は鉄板でしたから予想通りというより予定通りの顔ぶれです。あえて言えば“アメリカン・ハッスル”“それでも夜は明ける(コノ「ホウダイ」ドナイカシテクレ)”の助演女優賞の争い位ですか。

「風立ちぬ」が惜しかったなんぞと言う方がおられますが、これは相手になる訳が無いんです。駿さんはアメリカでも最高に尊敬される監督ですが、なにせ「アナと雪の女王」はアメリカ社会現象的ヒット、劇中の主題歌を知らない奴はアメリカンじゃないってぐらいです。これは素直に脱帽いたしましょう。
「ダラス・バイヤーズクラブ」はなんとか見に行って来ます。“12years a slave (それでも夜~)”は来月までおあづけで、今はなんともコメントできません。

 まあ、予想段階から“ウルフ オブ ウォールストリート”の無冠は判っていたのですが“アメリカン・ハッスル”の無冠は残念です。オスカーがゴールデングローブのようにドラマ/コメディに別れていれば……いやいや、繰り言であります。
 作品賞が最大10作品ノミネートに成っている事で良しとしましょう。これが5作品だけだと“グラビティ”は弾かれた可能性がありますからね。 まだ公開されていないからなんとも言えないのが“her”の脚本賞、コンピューターと恋に落ちる男の物語……こりゃあ公開が待ち遠しい。
 心からおめでとうと言いたい! マシュー・マコノヒーの主演男優賞、彼はまだまだ二枚目で通用するのに20キロ減量して末期エイズ患者を演じた。思えば'13年のキャリアはずっとインディーズ作品、大ヒットはないが限定公開から必ず拡大公開になった。“ダラス~”にずっと関わってメジャー作品に出る時間が無かったのかもしれない。兎に角努力が報われた、本当におめでとうございました。
 ウルフ オブ ウォールストリート/アメリカン・ハッスル/キャプテン・フィリップス/ネブラスカ/あなたを抱きしめる日まで/8月の家族たち……半分はまだ未公開ながら素晴らしい作品である事は間違いない。

 今年ほど未公開作品だらけで こんな原稿を書いた事はない。一つには試写会に行かないせいではあるが、少なくとも1/3以上はまだ試写会すら開いていないはず……もう言いませんが 何が言いたいかお分かりいただけると思います。 今年のアカデミーを見ていて、ショーアップが足りなかったのが少々不満です。本年のノミネート作品賞の内、なんと6作品が実話とあってイジリ難い部分があったんだとはおもいますが そこをなんとかするのがアメリカンのショウマンシップですよね。
 今年はユダヤも政治色も感じられず、その点スッキリしていたのですが……あんまり地味に過ぎると、いつぞやみたいに視聴者離れが起きます。
 とは言え、無事に86回も終わり、すでに87回に向けてのレースが始まっています。来年に向けては、もう一つのパターンが出ていて、それは宗教です。キリストの生涯/ノアの方舟が既にラインに入っています。

 来年は俄然きな臭くなるのかもしれませんねぇ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・98『ホビット2スマウグの荒らし場』

2016-11-19 06:29:02 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・98
『ホビット2スマウグの荒らし場』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。



う~ん 納得 満腹です。

 前作「思いがけない冒険」から引き続き P・ジャクソン以下“トールキンオタク”による凄まじいファンタジー作品です。
 
 おさらいさせてもらうと、原作者トールキンはイギリスに神話が無い事を悲しんでいました。ブリテン島の歴史は日本と比べて遜色ありませんが、数度の侵略によって寸断されています。ヨーロッパの国々はいずこも似たような経験を持っていますが、自国の神話は征服者の神話と混淆され長く残っています。グリム・アンデルセンの説話のアンダーグラウンドに共通点が有るのはこの事によります。似たような経緯に有りながら何故かイギリスだけが独自の神話を持っていません。

 イングランドの原形は6世紀末の七王国時代からとされますが、その後 デーン人(バイキング)の侵入を受け、その血を引き継ぎながらイングランドとして安定するのは1100年代から、これ以前の神話は消えています。
 アーサー王伝承(アルフレッド大王/871年~ と北欧神話の混淆)以前のものは判然としません。
 大陸ヨーロッパ(主に東欧諸国とドイツ・オーストリア)の国々は“黒き森”の伝承を有しており、それと征服者の神話が融合しました。
 比べて ブリテン島には“黒き森”のイメージが無く、被征服以前の神話が弱かったんじゃないか……と考えています。第一次大戦後 言語学者であったトールキンは小説形態の神話構築を試みます。それが「指輪物語」なのですが、当初 余りの長部に出版してくれる会社が無く、プレ指輪物語として子供向け童話の形で「ホビットの冒険」を製作しました。
「指輪物語」の中でヴィルボ・バギンスが書いている「行きて還りし物語」がこれです。これが子供だけに止まらず大ヒットし「指輪物語」発刊の後おしになりました。「ホビットの冒険」は童話であると共に「指輪物語」のパイロット版でもあり、その内容は駆け足の「指輪物語」です。大人なら半日もあれば読み終える量しかありません。
 これを指輪シリーズと同じく一編3時間弱の三部作にする為に、映画独自のキャラクター(指輪に登場するエルフのレゴラス/オーランド・ブルーム/は原作には登場しません)を出したり、原作には描かれず謎に成っているシーンが挿入されています。これらはデタラメに作ってあるのではなく、「指輪物語追補篇」「シルマリルの物語」等 本編以外の膨大な周辺部資料をくまなく渉猟した上で製作されています。
 トールキンの残した本編未収録原稿は まさに膨大必ずしも本編に添っているとはいえませんが、これを「ホビットの冒険」に添わせ かつ「指輪物語」に繋がる 矛盾しないストーリーに組み上げてあります。
 ただ一言「見事!」……原作ファンが「こうであろう」と考え「これが見たかった」とつぶやく映像です。
 そこまでの拘って作りこんだ作品ですから、正直 「指輪物語」の世界をご存知無い方には前提となる部分が大きすぎて十全に楽しめないかもしれませんが、一切をそのまま受け入れれば、見事なノンストップアクションファンタジーです。まずは気楽にご覧ください。お気に召しましたら 前作および「指輪三部作」をご覧下さい。原作も読んでいただくと この作品が いかにエゲツナイまでの凄い映画であるか お分かり頂けると思いますです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・97『キックアス2』

2016-11-18 06:23:47 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・97
『キックアス2』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が、個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。




あ……アホや……あまりにもアホや。

 ようまあこんな映画、恥ずかしげも無く堂々とつくるなぁ、恐れ入りました もう勘弁して下さい。なんですかぁ~~? 原作はもう一本あるってぇ?? しかも原作はさらにゲロゲロ内容だすってぇ!? いや本間にご勘弁、参った参った もう降参だす。

 前作は「もし本当にヒーローを名乗る者が出現したら?」ってのがテーマで、本作程ではないものの相当狂った世界設定だったが、まだ納得できた。世界観はどんどんズレて行くが、グルッと一回転して、ラストはマニアックかつカルトな味わいがあり ちゃんとカタルシスを感じられた。
 それが……本作はちょっと(どころか大々的に)ぶっ飛び過ぎですわ。一回転し終わらないうちから別な回転が始まり しかも全く違う起点から その回転も中途半端なまま さらにまた回転し始める。収集がまるっきり付いていない。アクションはマジで ほかにもリアルを意識したシーンがあるからさらに混乱する。  
 まぁこの辺りがパチモンモックバスターと一味違う所で金もしっかりかけてます。故に混乱するわけで「マチェーテ」みたいに笑い飛ばして「オシマイ」にはならない。
 ジム・キャリーは本作が余りに暴力的だってんで一切のキャンペーンに参加しなかったそうですが、このジムの使い方が全く意味不明、名だたる百面相役者を使いながら わざわざ仮面のようなメイクを施し表情無しです、目さえ動きません……まるで出演オファーを後悔して わざとそうしているのかと思える程。

 まぁ、あんまりマジに語る作品じゃありませんが、アメリカでも前作ほどには受け入れられておらず、世相を覗く窓にもなりませんわい。
 そう言えばタランティーノが絶賛しています。タランティーノファンなら何か感じるかも(?) ファンならずとも怖いモノ見たさ(珍奇なモノ見たさ)って方、どうぞ お止めはいたしません(犠牲者増やしてやるガハハハハ)
 クロエ・グレースは相変わらずキュートですが、そろそろ怪演以外の演技が見たいと思いますね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・96『エイジェント:ライアン』

2016-11-17 06:13:12 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・96
『エイジェント:ライアン』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので、転載したものです。


 久方振りの“ジャック・ライアン”さぞかしアメリカでは大ヒットと思いきや、これがスマッシュヒット手前で足踏み。

 理由がよぉ~く判りました。まず、トム・クランシーは“キャラクター原案”者であるのみで脚本には一切関わっていない。クランシーは既に亡くなっていて、現在 遺作の「米中開戦」の前半が発刊されていますが、これと本作脚本の時期的な時間差がどの位あるのか分かりません。もしかしたら、脚本製作時期には関われなかったかもしれません。
 脚本家はアダム・コザックとデビッド・コープ……残念ながらどちらもこれまで注目できる作品はありません。コープの方が多作ですが、性急なストーリーが多く、原作があっての脚色なら分かりませんが、一から彼らの脚本だとすると従来からの強引な展開傾向そのままです。「トータル・フィアーズ」(ベン・アフレック主演)の時にも思いましたが、もっと原作をリスペクトしているライターに仕事させるべきですね。
 まず、ライアンが分析官から工作員に踏み込むシテュエーションが乱暴過ぎる。しかも、作戦の破綻が明らかなのに そのまま続行、そんなアホな……ですわ。 まず、どんな突飛な展開でも納得の状況をセッティングするクランシー原作の緻密さがありません。ロシアの陰謀という設定ですが、これも もう一つ裏の企みなり恨みなりが無ければ有り得ない設定です。
 アメリカ経済の転覆を狙う訳ですが、これは現実の世界経済からすれば両刃の刃で、核と同じく抑止力が働きます。これを発動する為には よほど強い動機と仕掛けが必要ですが、本作ではそのどちらも弱すぎます。映画のセンテンスにしても、時間の逼迫という一番ヒリヒリする部分が迫って来ません。撮影はそれなりだと(ちょっと足らんか?)思いますが、脚本の無理が祟ったか 編集のマーティン・ウオルシュは名手ですが……。
 クリス・パインはまぁええとして、やがてライアンの妻となるキャシー/キーラ・ナイトレイの描き方が中途半端。ケビン・コスナーの上司にしても、端から味方であることは はっきりしていて「一体誰が敵か味方か」というスリルは全くありません。
 総て脚本の不出来ばかりが目につきます。本作はリメイクではなくリブート作として、今後のシリーズ化を目指しているはずですが、クランシー既に亡き後 余程の脚本家を用意しないと このまま沈んでしまいそうであります。

 原作で残っているものが、まず映画化不能(ライアンが大統領になって日本・中共・ロシアと戦争になる)な内容ですから余計に脚本のアイデアが勝負になりますからね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・95『RUSH』

2016-11-16 06:34:56 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・95
『RUSH』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


興奮しました。

 76年のF-1シーンを知らなくても絶対エクサイト、且つ感動出来る作品です。

 爺婆であろうが若かろうが、およそモータースポーツを愛する者ならハートを鷲掴みされます。絶対にお薦め!
 以下、オッサンの感傷であります。お暇な方だけお読み下さい。
 私がF-1に夢中になりだしたのは70年頃、まだ今のように全レース中継など無く、モータースポーツ誌でしか詳細が判らなかった頃。二本立てロードショー公開の一本がF-1のドキュメントでした。マイケル・アンドレッティがワールドチャンピオンに成った時の映画で、当時 もう一本が目的で行ったのに、F-1の迫力に圧倒されました。
 当時のヒーローは陽気なアメシカン/マイケル・アンドレッティ……ハントもラウダもまだ居ません(彼らはF-3で暴れていた頃)エマーソン・フィッティバルディやジャッキー・ステュワートなんかとマイケルのデッドヒートの時代でした。
 今や、F-1carは世界一安全な車、300キロでスピンクラッシュしてもドライバーは安全です。94年の アイルトン・セナ以降、F-1ドライバーの事故死はありません。セナにせよ、あの当時250キロでコンクリート壁に真っ正面から激突しなければ……彼はまだ生きていた筈です。
 セナやプロストの活躍より20年前、F-1全ドライバー(25-6人)の内、年平均2人がレース中に事故死しています。クラッシュした車の破片やタイヤが観客席に飛び込んで巻き込まれた観客も多数います。当時は今より観客席がコースに近く、かつ コースの至る所に観戦客がいました。作中、ハントが「走る棺桶」とマシンを表現していますが、まさにその通り、軽自動車のドライビングビュウポイントより 更に低いビュウポイントで、軽自動車並みの自重しかないマシンに500馬力のエンジンが搭載されている。以前、軽自動車にツインキャブ搭載が流行った時、道路からの飛び出し事故が多発しましたが、F-1ドライバーの恐怖はそんなもんじゃなかった筈です。今のように機械的に接地力を付加している訳ではなく、車体前後のウィングによるダウンフォースとタイヤの食いつきに頼るしかない。しかもステアリングもダウンかアップか いずれかの傾向がある。そのため、コーナーでは車をドリフトさせるなどスライドさせてクリアしていく。現在では車をドリフトさせるのはタイムロスに成るため、そんなテクニックは事故車をスルーする時くらいにしかお目にかからない。
 現在の車はオートマティックで半分コンピューターが走らせているようなものだが、当時はマニュアルで、しかもクラッチなど踏まない。エンジン回転とスピードを合わせてギアチェンジする。勿論、回転計は装備されているが、殆どはエンジン音の変化で回転数を察知する。あの頃のエンジントラブルの大多数は回転が合っていないのに強引にシフトチェンジする事によって引き起こされています。

 さて、本作の76年のシーズンですが、よう覚えております。
 やっぱりニキ・ラウダがドイツGPでクラッシュ炎上、生死の境をさまよいながらもシーズンに復帰、最初苦戦したレースの中盤からの激走で4位に付け、ラウダ/ハントのチャンピオン争いに注目が集まった。我がアイドル マイケル・アンドレッティは既に盛りを過ぎたりとは言えまだまだ若いもんには譲らない気迫で、私ゃ相変わらずマイケルを応援しとりました。
 この時もテレビ中継は無く、ラウダのクラッシュ炎上も後のドキュメントで見ました。映画の中のクラッシュシーンが、あの時の記録映像そのままなのにはびっくりいたしました。あの頃はジェームス・ハントっちゃあ野獣のプレイボーイでラウダは冷たいコンピューター野郎、全く私の好みじゃなかった。しかし、この頃のF-1ドライバーは皆個性的、今のドライバーはストイックでアスリート性が高くなったけど人間臭さを感じられない。セナ/プロストの競り合い、プロスト引退後シューマッハが非力なマシンでベテランを脅かし始めた頃までが私には面白かった。殊にセナの死後、急速にF-1から興味が失せた。

 ワークスチームの浮沈は今も変わらないがドライバーは似たり寄ったりに成った。この頃のフェラーリも低迷していてラウダの参戦から上向きに成った。ハントタイプとラウダタイプ……どちらも天才ではあるが安定して勝つのはラウダタイプ、となると現在のドライバーは皆さんラウダを目指す。決して意地を張ったりはしない。かくして、ラウダ/プロスト/シューマッハタイプの大行列になってしまう。

 あの頃のF-1ドライバーはデッドレースに参加する異常者と言って良く、その分向こう見ずで怖い者知らず。いい子チャンになる必要がなかったとも言える。
 言うなれば闘技場でグラディエーターの試合を見ている気分、だから観戦中に事故に巻き込まれてもコミッションを訴える人間など居なかった。(と……思う) だから、観戦客もとことんエキサイトした。ハントとラウダの舌戦は雑誌に格好の記事を提供、しかし その裏にあった二人の葛藤までは知り得なかった。この映画を見て、初めて二人の関係の真相を知り深く感動いたしました。

 さぁて、なんぼでも書きたい事が浮かんできますが、あんまりしつこいのもあきませんね。最後に、ハンス・ジマーの音楽が最高!マシンのエグゾーストノートを更に増幅しています。エグゾーストノートはまさにサーキットにいる雰囲気。カメラワークは迫真!今までの総てのカーチェイス作品には無かった視点から撮影されている。監督のロン・ハワードは役者出身でアメ・グラなんかに出ていたが、かのロジャー・コーマン(製作)の「バニシングIN TURBO」で監督デビュー、B級映画まっしぐらに成るのかと思いきやどんどん名作を発表、アボロ13/ビューティフル・マインド/フロスト×ニクソン/ヘルプ……枚挙に暇無し。

 すんません、ホンマにそろそろ止めまっさ。レース映画としても、ヒューマンドラマとしても超一級作品です。見て損無しで~す!


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・94『アメリカンハッスル』

2016-11-15 05:58:58 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・94
『アメリカンハッスル』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


 今年のアカデミーに最多10部門ノミネートされ、“ダラスバイヤーズクラブ”“グラビティ”“それでも夜はあける”と並んで作品賞大本命です。

 監督は「ザ・ファイター/2010-助演男女優賞」「世界に一つのプレイブック/2012-主演女優賞」のデウ゛ィッド・O・ラッセル……今回の脚本も自ら手掛け、すっかりオスカー請負人の顔になっています。アメリカでは大ヒットになっていますが、日本ではどうもコケたようですね。物語は1979年にあった「アブスキャムスキャンダル」……マフィアと議員の贈収賄……を下敷きにしたお話で、これまた良~うでけた脚本であります。
 今回も一切 見落とし聞き落とし不可です。解らなくなるというより 勿体無い、大体が無駄なセリフやシーンが全くありません。実際の事件もFBIの強引な囮捜査で明らかになったもので、当時「いくら何でもやり過ぎ」と非難されたとか、本作のブラッドリー・クーパー演じる捜査官も大概強引な奴で、予算を渋る上司を殴りつけて脅迫するのも厭わない。てな具合で、所々なんぼなんでも脱線し過ぎな場面もありますが、シリアスシーンの間に絶妙なバランスで嵌っています。
 今回、クリスチャン・ベールは、例によって髪の毛を抜いた半禿げですが、痩せるのではなくデップリ中年男の天才詐欺師をやっとります。そのベールのカミサンがジェニファー・ローレンス、この人、まだ若いのに もはや大女優の風格があります。ベールの相棒兼愛人がエイミー・アダムス……エイミーも 来年40歳なんだなあ、でも 年齢なりにいつまでも綺麗な女性ですねぇ。理知的女優であり、かつ、如何なる役も演じきる。私はこころから今年の主演女優賞を彼女にあげたいんですが……今年も大混戦ですねぇ、ビッグネームがずらっと並んどりますわ。エイミー危うし……でんなぁ。主演女優賞ノミネートはまだエイミーと「グラビティ」のサンドラ・ブロックしか日本公開されていませんから、何とも言えませんねぇ~
 この映画の見所 その一、嫁ジェニファー vs 愛人エイミーの対決!若いだけでアーパー、しかし口から生まれたような嫁と 年増ながら頭バリ切れ者の愛人。通常噛み合わない筈が、各々の思惑のズレが 逆に作用して妙に噛み合います。
 さて、本作のストーリー。FBIの囮捜査に引っかかった詐欺師カップル、減刑と引き換えに囮捜査に加担させられる。政治家を4人釣り上げれば良いのだが、そこにマフィアが絡む、しかも極めつけ大物……このまま騙したら命が危ない!手を引きたいがFBIは思わぬ大魚に色めき立って許してくれない。どちらを向いても絶対絶命。さて、この危機をいかに切り抜けるのか? 結論を言うと、鮮やかではあるが、至極簡単なトリックでまんまとひっくり返してしまう。なんでバラしてしまうかっちゅうと……ご心配めさるな、これだけだと、良く出来たクライムサスペンス、面白いがオスカーノミネーションには物足りない。  
 天才詐欺師の癖に、変に心優しいベール君。なんぼ何でも この嫁はアカンと思うが捨てられない。しかも、嫁の連れ子を溺愛している。愛人のエイミーは詐欺の掛け替えない相棒であり、愛しているのも間違いない。ここにFBIのブラッドリーが横恋慕、エイミーはベールと別れてブラッドリーに付く、そうとも知らず嫁は噛みつくわ、マフィアと浮気して いらん事を喋りまくるわ……人間関係が歪みまくっている。 これが歪んだままラストになだれ込むと……いや、お見事と拍手する以外にございません。去年の「世界に一つ~」を彷彿とさせるストーリーテリングでありまする。

 これが日本人に受けないのは あまりに勿体無い。人気がないから、いつ行ってもゆったり見られます。どうか、一人でも多くの方にご覧になっていただきたい。絶賛お薦めです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする