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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・123『ARISEとお知らせ』

2016-12-14 06:31:01 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・123 最終号
『ARISEとお知らせ』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです



 攻殻機動隊:ARISE4完結いたしました。

 ちょっと違うストーリーを予想していて、肝心の導入部を読み間違って、帰宅してディスクを見返した上で書いています。毎度、本作は一筋縄では行きません。それは全くそうで、なんせ25年前に、今日の社会情勢、水の問題、人間心理の変化……などなど、見事によみきった作品。それをウブカタ・トウが深読みに読み込んで、“公安9課攻性部隊”結成前夜を描いている。確かにファン数はワンピースに比べれば極少数、しかし、そのコアさ加減は並みじゃない。少しでもミスればズタズタにされてしまう。それを、納得の深い溜め息と拍手の中に劇場を巻き込むのだから、こいつは凄い!まさに脱帽です。
 さて、本シリーズ、幕開けから“電脳ハックと疑似記憶”が物語のメインを流れています。各人が、その必要に応じて義体(サイボーグ)化し、肉体に手は入れずとも、何らかのコンピューターと外部接続端子は、この時代の人間には必要な装備
。現代の我々が携帯電話なしに生活する事が困難なようにです。

 ただ、そうなると、外部からの操作で偽物の情報を与えられる危険性が惹起してくる。しかも、与えられるだけでなく記憶を書き換えられる可能性が出てくる。物語の前提として、人間の精神の最奥部には、その人固有のゴースト(魂?個人を個人たらしめる精神)が存在し、未だ、ゴーストのハックは研究中の段階。
 原作①には、ゴーストのコピーを作る逸話が出てきますが、本シリーズは原作の前夜ですから、まだ、そこまでの技術は無いとなっています。
 本シリーズ③のラストに一人の少女が登場しましたが、彼女は草薙少佐と戦えるかと問われ、頷いていました。そのときは、単に電脳ハックのスペシャリスト?くらいにしか思っていませんでした。
 本作導入部、多数の人間が同時にハックされているシーンから始まります。 なる程、そういう能力なんやね……と見ているとさにあらず、彼女はもっととんでもない能力を秘めていました。さらに、その後ろに501部隊の影が見え隠れするわ、軍部の暗躍はあるわ、某国の謀略が絡むは……ややこしいったらありゃしねぇ、とても一回見ただけじゃ取りこぼしが出てしまいます。と、まぁ、あんまり喋ったんじゃファンの皆さんの興味を殺いじゃうんでこの辺にしときます。

 そこで爆弾情報!来年、“攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL”最新作劇場版公開です!どこまで続く? 本作には、原作では不明であった、設定のアンダーグラウンドに答える部分が幾つもあります。一番大きな所はゴーストに対する考え方でしょう。後日、草薙が出会って一体となるA.I.人形使いにゴーストは在ったのか(在ると結論せざるを得ないが、それはこれまでデータ不足で、ストーリー設定を受け入れているだけだった) 草薙と人形使いはネットの中に入っていくが、果たしてネットの中にまでゴーストは持っていけるのか。 ゴーストとは、複雑ではあるが、ある種のデータに過ぎないのか……知的(痴的?)興奮を覚えますね。
 さて、小咄程度ですが、素子達のバックアップロボット(A.I.を組み込んだロジスティック・コンベイヤー・マシン 通称ロジコマ)は、原作では“フチコマ”と呼ばれていました。これは、日本神話にある、素戔嗚尊の乗馬「天乃斑駒」からの命名、アニメシリーズのロジコマが“タチコマ”と呼ばれるのは、「タチコマはフチコマより“立っている”から」……だそうです。(´ヘ`;)はぁ~~なんだんねん!の真相でありました。チャンチャン。


 お知らせであります。 私、映画評のゴーストゴーストライターをやっていた関係で、その下書きを兼ねて、当「押し付け映画評」を配信してきましたが、実は、私に仕事を振ってくれていた編集事務所は、本年初めに解散しています。 今までも、同じような事態は何度かあったのですが、そのたび復活していました。しかし、どうやら今回はこれまでのようで、社長も編集長も、老後の楽しみとか言って、この春から海外に消えとります。

 これまでは、編集スタッフだった女性が二人、仕事を取り次いでくれていたのですが、一人が結婚し、残っていた一人も、今回を最後に別な編集局に就職しました。 まぁ、別に、個人的に見に行ってウダウダ書きゃあええだけですが、ちょっと一息つきたいと思います。 気にはなってるんですよ来週の「舞妓はレディ」えらい顔ぶれです。「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」こいつら来年のアベンジャーズに登場?「るろうに剣心」どんな決着? 猿の惑星」予告見る分には予想してたのと違うみたい。「ゲッタウェイ」は期待はずれでしょう。「世界一受けたいお稽古」活ける伝説、ピーター・ブルックの舞台演出ドキュメント。10月に入って「蜩の記」岡田准一 今回はいかに、「ミリオンダラーアーム」インドからメジャーリーガーは生まれるか? 「不思議な岬の物語」大して期待なし。アタシャ吉永小百合さんをあんまり評価しとりません、竹内結子さんも、ちょっとオバチャン化?「誰よりも狙われた男」フィリップ・シーモア・ホフマン遺作、ジョン・ル・カレ原作。「ヘラクレス」う~~怖いなぁ~。あと、年内、ヴァンサン・カッセル、レア・セドゥ「美女と野獣」実写、説明不要「エクスペンダブルス3」、期待してます!クリストファー・ノーラン監督「インターステラー」。ついにやります「寄生獣」 ブラピの「フューリー」はプライベートライアンの焼き直し以上の物語を見せられる?ディズニーの「ベイマックス」は日本人のお話、これは何らかのムーブメントの先駆け? 年明け、黒人版「アニー」やいかに、ほんで最大興味は「エクソダス」“十戒”のリブートであります。クリスチャン・ベールのモーセです。“ノア”みたいに、またまたいがんだ聖書物語に成っちゃうんでしょうか、私の記憶に残る、一番始めの映画はチャールトン・ヘストンの「十戒」です。さて、どうなんでしょうね。

 これまで何度も言って来ました。人がなんと言おうとも、あなたが「面白い!」と思う映画が面白い作品です。「こりゃ、テレビでええわ」とか「こんなもん、見やんでええ〓」っつな作品もございますが、それはそれで、見た後ブツブツうなるのも楽しいもんです。 皆さん、映画を愛して下さいね。私のウダウダに返事をくださった多くの方々、喧嘩した事もありましたね。クェンティン・タランティーノは言うに及ばず、リチャード・ロドリゲスファンの皆さん、よう ド突きあいにならんかったですね、いや面白かったです。では、またどこかでお会いするかも……しばし、お別れいたします。

 お付き合い、心より感謝いたします。 サイナラ〓さいなら〓サイナラ〓 アハハハ パクリヤ〓



 ※:次回からは、滝川浩一くんが残した書評やエッセイを掲載いたします。ご愛読ありがとうございました。 大橋 むつお
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画論・122『LUSY』

2016-12-13 06:18:34 | 映画評
タキさんの押しつけ映画論『LUSY』

この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


まず、面白い映画でした。それは間違いなし。

 スカーレット・ヨハンセン主演だから……否定しません。綺麗でした。始めは、ルーシーの役をブラピの嫁にオファーしたらしいが、いゃあ、アンジーで無くって良かったですねぇ、この役は絶対スカーレットどす!ほんまどす! 本編90分あるかないか、相当スピード早いです。これって、リュック・ベッソン的ごまかしでしょうか? 実感としては“???”なストーリーが随所にあります。
 例えば、脳のアクセスが30%くらいで複数の人間を昏倒できるのに、もっとアクセスが上がった段階で敵をそのままにしていたりします。そういうアンバランスが多数存在しますが、割と平生に受け入れて見ていられます。
 ルーシーは、自ら「どんどん人間性を失って行く」と語っていますが、これは増えて行く情報を処理するのにタンパク質とアミノ酸の肉体は不適当だ、という判断とイコールになっていて、これがスムーズに納得出来るストーリーになっているからです。
 正直、あちこちで引っかかるのですが、間に正確な脳科学情報を挟み、展開をスピードアップして、あまり深く考える余裕を与えない、しかも次の展開がスリリングな構成になっていて、画面に目をとられるので余計にそうなります。リュック・ベッソン一流の映画作法ですね。
「ニキータ」や「レオン」と同じく、有り得ない設定をリアルに見せる、あるいはそれ以上に、映画の中に深く感情移入させてしまう。 これが彼の上手さで、成功すると絶大な効果を発揮します。ニキータなんてのは、設定の割に組織が脆弱に感じられ、画面もどこかチープなのに、あまり気にせず見ていられましたからね。
 ルーシーが、脳アクセスアップと共に段々変化していくってのは、あんまり感じられません。一番始めのアクセスアップでの変貌が最大です。あとは、アクセスアップに伴って自分が踏み込む領域に驚いたり感動しているように見えます。 ちょっとネタバレになりますが、重要なファクターは「時間」だと結論され、アクセス100%に達すると時間の流れに乗る事が出来るようになるのですが、そこで彼女が何をするかに注目、ここでドジると、ラストでもありますし、取り返しはつきません。
 スカーレットは少々難ありながら、問題なしです。これがアンジーだったら、もっとえらい事になったでしょうからね。   モーガン・フリーマンはさすがの説得力ちゅか存在感ちゅか、大したセリフが在るわけでもありませんが、彼の存在で映画にリアルを与えています。 敵役、台北のマフィアに「オールドボーイ」のチェ・ミンシク。チャンという名前なので、韓国俳優が中国人を演じているのかと思いましたが、喋っている言葉が韓国語で、韓国マフィアです。ここでも中国人を悪役にしない配慮がされています。舞台は台湾なのにであります。嗚呼、リュック・ベッソンよ、お前もか!ってなもんですが、これもマーケットリサーチの結果、商売商売ですね。

 さて、ハリウッド情報を少々、かつての007 ピアーズ・ブロスマンがスパイとして復活「スパイ・レジェンド」来年1/17公開。この人、幾つになったんですかね。原作はベストセラーのスパイ小説です。
 イントゥ ザストーム 公開3週間で10位落ちですが、4000万$に迫ってます。ほんまに微妙~ですねぇ。
 シン・シティ2が初登場8位の680万$……あっちゃ~ですね。原作者のフランク・ミラーを久し振りに見ましたが、なんか「エルムストリート」みたいになってました。存在が妖怪じみてましたよ。
 1位2位は先週と入れ替わり「亀」が落ちて「アライグマ達」が返り咲いてます。売り上げは、以然低調なままですが、ランク内は400-1800の範囲内、ドングリの背比べ状態で平和に推移しています。
「ルーシー」はランク外に成りましたが、4週間で1億$を超えてますから大ヒットしとります。こっちでも、大体満員の入りで、結構当たっているようであります。
 あっと、もひとつ、「ルーシー」ラストに、日本のアニメ(漫画)ファンなら、思わずニンマリするセリフが有りますよ、どの漫画か指定するとバレちゃうんで、ファンの皆さんお楽しみに〓

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・121『ハリウッド情報』

2016-12-12 06:20:01 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・121
『ハリウッド情報』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


さて、エクスペンダブルス3は初登場1位になったんでしょうか?

 そいつは後のお楽しみ。月刊スクリーンの西森マリーさんのコーナー(この人、映画の引っ掛かり方が私と一緒ですわ)にまたまた注目です。
 今月のテーマは「いかにハリウッドは中国に媚びを売っているか」であります。あったりまえでは在りますが、「トランスフォーマー/ロストエイジ」があんまりっちゃああんまりだったので、アホらしいやら、フツフツと怒りが……中国は近日中に日本を抜いて世界第2の映画鑑賞国(アメリカがトップ)になると聞いていたのですが……2012年既に国内売上27億$を記録、堂々の世界第2にのし上がっています。この勢いだと、2020年にはアメリカさえ抜かれると予想されています。
 まぁ、そうはいかんと思います。数字の取り上げが偏っているし、映画産業総枠の稼ぎからするとまだまだ桁が違ってます。アメリカは何じゃかんじゃで1千数百億$ですからね。ハリウッドとしちゃ13億(15億とも)の人口は魅力ですが、映画を見にいけるのはそのうちの2億に過ぎません(それでもデカイ数字ではありますがね)
 アメリカ国内売上より中国での売上の方が上になる状況も続いています。「トランスフォーマー」がアメリカ17千万$の時に、中国では22千万$でした。「パシフィック・リム」の売上もアメリカ1億$少々に対し、中国11千万$(日本は1千4百万$で桁違い) とは言え、中国は自由市場ではなく「チャイナ・フィルム・グループ」っちゅう中国政府組織の上映許可がいります。外国映画の年間公開は34本(2011年まで20本)でかなりの狭き門。だからハリウッドはなりふり構わずチャイナ・フィルムに尻尾を振る訳です。 最近ハリウッドの悪役から中国人の姿が消えています。東洋人でなければならなければ「朝鮮人」になります。主人公が外国に行く設定も、原作ではフランスになっているものを中国に変えたり、主人公の恋人も、元々アメリカ人だったのに中国人に変更……日常チャメシすぎて、一々あげられない位です。

 当の中国人には、このハリウッドの“媚び”を「中国人を馬鹿にしている」と受け取る向きもあるそうで、何を考えてるんでしょうね? んなもん「商売」に決まっとりまんがな、ハリウッドが目指すのは「金儲け」に決まっとります。
 反中国の作品には、政府様から厳重なお叱りがございます。「セブン・イヤーズ・イン・チベット」なんざ“歴史改竄だぁ~!”てなもんで、どっかの国に対するようにカンカンです。ホンマにどの口がほざくやら、対するハリウッドは馬耳東風(今ならどうなるかわかりまへんけど)どこぞの国も知らん顔しとったらええのにね。いつ靖国に行こうと、こっちの勝手でんがな、ね〓 まぁ、チャイナ・フィルムにも抜け穴があって「合作映画」は範囲外っちゅう事で、今後中国資金がどんどこハリウッドに入りそうです。
 暫くは、ハリウッド映画で中国人が暴れ回りそうですね、しゃあないっす。
 
 まぁ、そら置いといて、“アリス・イン・ワンダーランド”の続編が決定いたしました。キャストはそのまんまで、2016年夏公開、もち“鏡の国のアリス”でんす。
 続編と言や“ミュータント・タートルズ”も2016年に公開決定。これ公開3~4日で発表されてます。
“シン・シティ”の続編が完成しました。ブルースとミッキーはこっちに出るから“エクスペンダブルス”に出なかったのかな?
 さて、ランキングですが、先週の⑧~⑩がランク外に、③~⑦が三つずつ下げてます。中でも「LUCY」が1億$〓“HUNDRED FOOT JURNEY”が邦題決定「マダム・マロリーと魔法のスパイス」…ムムゥ…このセンスはいかがなものか?新登場⑤THE GIVER(1230万$)ちょっと寒い売上、見てないんで解りませんが、“クラウド・アトラス”的失敗?④エクスペンダブルス3(1580万$)……信じられん低空飛行ですが、映画を盗まれ、違法ロードされたらしいです。ダウンロードが200万以上あったとか、災難ですね。③LETS BE COPS(2620万$)毎度お馴染みバディコップ・コメディ……全然知りませんでした。当の制作者が一番ビックリしてるようです。 ①②は先週と同じくタートルズとガーディアンズです。とは言え、どちらも3千万$以下、今週はどうも不作やったようです。
 年末にかけて、こんな感じで推移していくと思います。

 ローレン・バコールとロビン・ウィリアムスが亡くなりました。バコールは相当のお歳ですが、ロビンは60を少し超えたくらい。ご冥福お祈りいたします。 ロビンはまだまだ見ていたい俳優さんでした。色んなシーンが思い出されます。別に引っ掛けるつもりはありませんがクロエ・グレース・モレッツの最新作品は事故にあって肉体から離れてしまった魂の役、人間じゃないけど怪物でもない。久しぶりに普通の女の子を演じる彼女が見られそうです。では、この辺で。また、来週お目にかかります。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・120『ハリウッド情報』

2016-12-11 06:47:15 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・120
『ハリウッド情報


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評です。今回は番外ハリウッド情報です。



 てな訳で、お休み恒例“ハリウッド情報”

 トランスフォーマー/ロストエイジ……世界興行10億$〓で、現在歴代19位! 因みに“アナ雪”は12億5千万$〓の5位でんす。
 エクスペンダブルス3……またまた新顔登場、その中で、ハリソン・フォード/ウェズリー・スナイプス/アントニオ・バンデラスは味方みたいです。メル・ギブソンが敵役。ジェット・リーも復活、ただ 今回もミッキー・ロークは出ないようで……大ブーイングであります(個人的に)
 スピルバーグ制作/ヘレン・ミレン主演“THE 100FOOT JORNEY”全米先週末公開(日本11/1)の作品。ヘレンのミシュラン星付きレストランの向かいにインド人が越してきて、インドレストランを開くというお話。最近のハリウッドは、オイルマネーやら日本資本、中国資金と並んでインドマネーも絡んでます。映画のストーリーにも反映されてて、金は出さんが増える傾向にあるのが、ヒスパニック向けと黒人向け。キリスト教系作品は誰が金主かよぉ判りません。

 では全米ボックスオフィス順位です。

⑩プレーンズ2(4週目、5290万$)アニメとしちゃ、お寒い売り上げ。とは言え「カーズ」の成績からすりゃこんなもんでありんす。
⑨猿の惑星:ライジング(5週目 2億$目前)前作が7週で1億7千万$強でしたからスケールアップ。 ここらで止めた方がええんやけどね……続編はあるんやろなぁ。
⑧GET ON UP(2週目 2千万$強)“ゲロッパ”でお馴染み、ファンクの帝王 ジェームス・ブラウンの自伝。まあ、来週は消えてますね。
⑦ヘラクレス(3週目、63百万$)なんとか7千万$には乗りそうな勢い、たぁ言え少々微妙。日本公開10/24……この類、最近日本じゃコケるんで、さて、どないだっしゃろ?
⑥STEP UP ALL IN(1週目 640万$)STEP UPシリーズ最低スタート。ダンス映画で、ヒットしたためしが無いのに、毎年1本作ってます……まぁ、製作費が安いんでしょうね。これも来週には消える運命
⑤LUCY(3週目、1億$弱)人間の脳が100%覚醒したら? っちゅうSF、今月末公開で、次の押し付けはこれです。スカーレット・ヨハンセン主演ですから“華丸お薦め”決定しとります。アハハハ〓
④THE 100FOOT JORNEY(1週目、1千万$強)上記、スピルバーグ制作の作品、内容からすると破格のスタート成績、さて、どこまで伸びますやら、注目です。
③イントゥ ザ ストーム(1週目、17百万$)これも、何年かに1本作られる“竜巻映画”……今回は同時多発巨大竜巻で、まぁ、展開は読めとります。来週 急降下すると思います。
②ガーディアンズ オブ ギャラクシー(2週目、1億8千万$)ご存知マーベルの“アベンジャーズ”系譜の一本。次がいよいよ“
アベンジャーズ2”で、これまでのいきさつからすると“ガーディアンズ”が新メンバーとして参加します。はてさて、どんな突飛なストーリーに成るんでしょうね、“アベンジャーズ2”を見る予定の人は必見。日本公開9/13です。
①ミュータント・タートルズ(1週目、65百万$)ある程度年配の方ならご存知の“亀の忍者”のお話です。キャラクターの歴史は古いと思とりましたが、なんと30年前に出来たキャラクターらしいです。案外新しいキャラなんですね。“トランスフォーマー”を、自らの暴言で首になったミーガン・フォックスが共演(これだけで、見る気が失せますなぁ)してます。1億$〓には成るんでしょうが、私、何やら嫌~~な予感がいたします。

 さて、来週は、いよいよ“エクスペンダブルス3”の公開です。初登場1位を取れるや否や。今回もド派手な映画なのは間違いなし、日本公開11/1からです。
 今回は、もう消えとりますが、日本公開未定ながら注目されるのが、“TAMMYメリッサ・マッカーシーっちゅう太ったオバサンのコメディ、低予算作品ながら全米スマッシュヒット。もう一本、ロブ・ライナー監督(名匠)、マイケル・ダグラス/ダイアン・キートン共演“AND SO IT GOES”頑固爺と隣のオバチャン設定と来たら、こらみのがしちゃいけません。十戒”のリメイク、日本公開は来年のようですが、アメリカは年末公開。さぁて、どんなモーセが登場するやら、またもや賛否両論/侃々諤々大作なんでしょうかね、相当意地悪な気分で待っております。 では、来週も“押し付けハリウッド情報”の予定。“エクスペンダブルス”の成績はどうなんでしょうか、乞う ご期待。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・119『トランスフォーマー/ロストエイジ』

2016-12-10 06:18:04 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・119
『トランスフォーマー/ロストエイジ』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


アクションは、そらぁ見事なもんで、思いっきり食い足りなかったシリーズ第一作とは天地の開きです。

 殊に、戦闘でもつれ合うと、どちらがオートボットでどちらがディセプティコンか判然としない場面が有りましたが、前作くらいからデザインを判りやすく分けてあるので、そういう錯誤もありません。
 頭空っぽにして、いらん事は考えず、ただただお楽しみ下さいませ。お薦めいたします。

 で、ここからは私の私的小理屈であります。本作から、シャイア・ラブーフが外れて、マーク・ウォールバーグが人間の主役です。なんでシャイアが外れたのか、一切説明っちゅか情報はありませんが、作品のイメージを変えるってのは言い訳で、この所のシャイアの御乱行が祟ったんじゃないですかねぇ。
 このシリーズ、シャイアの恋人役が、暴言吐いて降ろされたり、なぁんかキャストにケチがつきますなぁ。間違いなく次回作が有りますから、今回キャストの皆様、くれぐれもご注意されたしであります。
リメイクではなく、リブートで、人間キャスト総入れ替え。しかし、前作から3年後設定なので、ドラマ構成が難しい所ながら、その点は上手く作ってあります。マーク演じるオヤジは果敢に戦闘にくわわりますが、シャイアのように単に無謀ではなく、動機も武器もちゃんと用意……し・か・し~~、ロボと人間の圧倒的なエネルギー差からして、あんなシーンに飛び込んだら瞬殺でミンチやなぁってのは今回も感じました。飛んできた小石一個が当たっただけでお陀仏でありますわ。まぁ、これを言い出すと映画にならんので禁句ですがね。
 それと、ストーリーそのものに唐突で乱暴な所が散見、これはマークと娘のエピソードに時間を割いたので編集上の都合でしょう。なんせ2時間45分ですからこれ以上長くは出来なかったでしょうからね。最後に、こらど~~でもよろしおまんねんけど。本作、中国にえらい気イ使ってます。ラストの戦場が香港で、「香港は政府(北京)が守る」っちゅう政府高官が登場、「ジェット機で攻撃する!」
とぶち上げる。どこの基地から上がったのか知りませんが、待てど暮らせど飛んできませんけどね。
 エレベーターに乗り合わせただけの兄ちゃんがえらい強かったり……。
 大作映画の場合、国内版以外にインターナショナルバージョンを用意しますが、本作にはもう一つ、中国バージョンがあります。 さぞかし、解放軍が活躍するんでしょうなぁ。人海戦術だとか言って、人民の海でディセプティコンを飲み込んだりして……アハハハ ハリウッドは政治に敏感で、政府が中国に秋波を送っているとなると、恥も外聞もなく摺りよります。ずっと敵対していた筈が、経済的に有効となると、政治的に何ら変化も無いのに百年前から友好国みたいな雰囲気です。

 これの一発目は、ディズニーが「ムーラン」なんてなアニメを作った辺りです。

 まあ、ええんですけどね、なんかしらけます。とは言え……です、中国の映画鑑賞人口は日本を抜いて、アメリカに次いで世界二位に成
ると言われています。本作は米中同時公開され、アメリカで1億7千万$売り上げに対して2億2千万$の売り上げ、こらぁゴマの一つもすらんとあきませんわなぁ。
 と、まぁ、ど~~でもええ小ネタでございました。おっと、忘れておりました。今日は久し振りに3Dを見ました。結論から言って、まぁまぁの出来で頭痛もしなかったのですが、映画の始めの方ではこれ見よがしに浮き上がる画面が気色悪いし、若干のブレも感じる、一番奥の背景が書き割りのように見えてしまう。ただ、見ている内に気にならなくなる……のではありますが、どうやらカラクリがありそうです。所々で3Dメガネを外して見るのですが、外すと当然ダブった映像が見える訳ですが、そのダブり具合が段々緩く成っているように見えます。映像の飛び出し加減で製作費に差が付くもんでも無いと思います。 ちゅう事は、やはり極端に飛び出す映像は不自然だという判断が製作側にもあって、見慣れると自然に見えるんだと観客に錯覚させる工夫(ワザワザ)がされてるんですね、なんのこっちゃら。
 てな訳で、やっぱり3Dはまだまだの技術です!と結論いたします。こんなもんで別料金盗るんやないわい〓〓〓 映画は2Dで充分であります。これ結論!

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・118『るろうに剣心~京都大火編』

2016-12-09 06:35:11 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・118
『るろうに剣心~京都大火編』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


タケルンとエミチャンファンの皆様、お待たせ!必見であります。

 だから「るろ剣」ファンは、以下 読まないでええよ~~〓
 正確には完結編を見た上で最終評価します。取り敢えず今作の感想。
 長いよ~、2時間20分? マァジですかい、ほんで9月に続きがあります。 正直、原作を知らない者には辛い2時間強です。
 私、結局 アニメビデオを見ただけで原作未読。 そんな私でも、剣心/佐藤健、薫/武井 この二人がドンピッタリなのは判ります。

 今作志々雄役の藤原竜也が名演です。志々雄の狂気と悲しみ(今作に“悲しみ”は関係ないけど、次回完結編には出てくる…筈。原作読んでなくても、それくらいは知っている)が、目の表情から現れている。 やっぱ、巧い役者は余裕があります。逆にダメなのが、志々雄の部下の一人 沢下条と、家族を志々雄の一党に殺されたガキ。
 沢下条役、よう喋らんのなら「大阪弁」使わないで頂きたい。耳障りなだけ。 ガキ役、最近の子役は巧い子ばっかりなのに、この下手さ加減は一体何?
 ついでに言うと、エキストラを5000人使ったらしいが、ちゃんと演技指導してません。ほとんど衣装を着けてウロウロしているだけです。
 これを書くと、まぁた剃刀の刃が届きそうですが、原作の世界観が元々ムチャクチャ(漫画には説得力が在るんだと思いますが)なのに、それを実写映画としてリアルに見せる工夫が無い。
 瀬田役/神木隆之介も、現代の中学生が着物を着てチャラチャラしているようにしか見えない。神木隆之介は巧い役者なので、これは偏に監督の責任、それとも堤幸彦の作品に出過ぎて壊れたのかな? 大体が大嘘の明治初期が舞台。大嘘を本当に見せるには、舞台がグルッと回って虚構が真実に見えるまで大嘘を積み重ねる事。それが、何の説明の無いままに小嘘を並べてある。原作を知っていれば、総て「前提」なんだけど、原作を知らない身には小嘘が出る度に一々納得しなければ先に進めない。

 前作ではアクションがまるで「香港カンフー」だったが、今作は多少マシ。但し、これは原作の曖昧さなのか、映画監督(アクション監督)の無知なのかは判らないが、暗殺剣と技巧的剣術と戦場の剣の区別がついていない。剣心の剣法は明らかに多数を相手の戦場の剣、細かいようだが、これの区別がついていないとリアリティがすり抜けていく。
 同様に、薫が木刀で素振りしているシーン。ヨレヨレの振りだし、切っ先が震えている。芝居じゃあるまいし映画なんだから、いくらでも細工できるのに、なんでそのまんまなん? そういや剣心も、振り抜かずになぜているように見える所がある。アクション監督 何してた?
 とにかく、細かいお約束が多すぎて、そのまんま受け入れるのがしんどい。 何度も言うが、実写にはアニメとは違う作法があります。それを守らずに漫画をそのまま映像にしてもリアリティは生まれない。 せっかくスケールのある話と迫力シーンの連続なのに、小嘘で繋ぐと、そいつに引っかかって楽しめない。
 来月までに原作を、せめて京都編だけでも読もうと思いますが……あの絵柄があきまへん。結局、読まんやろなぁ。

 誰か、持ってたら貸しておくんなさい。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・117『ゴジラ』

2016-12-08 06:23:52 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・117
『ゴジラ』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、おったいないので転載したものです。



楽しめる映像ではあります。ただし、色んな物を諦めるか無視すれば……と、条件付き。

 画像の作りは良く出来ているのですが、残念ながら説得力に欠ける、そのままリアリズムと書いても良い。要するに“全く怖く無い”のです。困ったもんでおます。
 まず、音がいかん。ここは効果音やろ~と思う所に“音楽”が入ってます。マァジですかいのう。音楽にした所が、作曲家は伊福部さんのオリジナルを聞き込んで、オマージュを捧げたと言うておりましたが……どこが? 私、音楽素養全く0で、もっぱら聴くのみです。私には判らん何かがあるんかもしれませんが、聴いてる限りにおいて「どこがオマージュ?」です。オマージュなどと考えなければ、スリルを盛り上げる作品だと思えますが、いかんせん、使う場所を間違えています。
 54年のオリジナルにインスパイアされ、リスペクトしているのは、そこいら中に認められます。ゴジラの背鰭が青白く光り(チェレンコフ光っちゅうんですわ)口から放射能炎を吐くのか? これは予告を見る限りでは判らない、ここ大注目ポイント! 監督のエドワード・ギャレは“モンスターズ:地球外生命体”っちゅう映画をたった50万$で作ったお兄ちゃんで、メジャー作品は初めて。そのせいか、怪獣のCG以外はなんか貧乏臭い、まるで日本映画のチープさにオマージュを捧げたように見える。
 それと、これは本の問題であるが、人間のエピソードが設定ミス。そんな作戦は有り得ない、????な設定。
 言ってみりゃ怪獣を人間としたら、まるで蟻の抵抗。ある一家を中心に据えて、描き込んではあるが、感情移入する所まで行かない。所詮 蟻の抗いだから人の痛みや恐怖が浮かび上がってこない。だから少しも怖くない。オリジナル第一作は怖かったっすもんね。 人間の地球に対する傲慢、対するゴジラは自然の代理であり、戦争の記憶が生々しさを持っていた54年に東京に上陸したゴジラの破壊は東京無差別爆撃の再現でした。オリジナル・ゴジラは日本人に刷り込まれた恐怖をそのまま映像にしてありました。
 本作で東京大空襲に当たるのは、福島の原発事故ですが、なにやら及び腰。 全てがこの調子なので、バランスが悪過ぎる。 映像は良し、ゴジラが「おっ!!」と思うような身体能力を見せるし、見所は満載……なのに、設定にご都合主義の小嘘がチョコチョコ顔を出すので入り込めない。大嘘はええんですが、中途半端な小嘘はあきまへん。渡辺謙も、これじゃどないもなりません。

 ホンマに惜しい映画であります。それなりに楽しんで見ましたが、もって恐がらしてもらいたかった。救いは、変な“環境主義的説教臭”がなかった事(在るにはあるんですが、あんまり声高ではない)ですかね、これで“環境原理主義”が顔を見せたら全否定でありますわい。ホンマに惜しい(涙)

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・116『思い出のマーニー』

2016-12-07 06:08:56 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・116
『思い出のマーニー』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


久し振りのジブリアニメは、いつも通りの美しい自然を背景に、ちょっと不思議な、そして、切ないまでに優しいお話でした。

 原作は、1967年のイギリスの児童文学ですが、舞台を北海道に変えて作られています。 幼い時に、両親を同時に亡くし、引き取ってくれた一番近しい親戚とも死に別れ、多少 遠縁に育てられている杏奈。愛情一杯に育てられているが、ある行き違いから、愛情を信じられなくなる。そんな自分の事も大嫌い、周囲にも溶け込めない。 いつも殻の中に閉じこもり、無理にドアを開けようとする者には牙を剥く。  彼女は喘息で、中学校の夏休みに田舎の親戚の家に療養にやってくる。その海辺の町で、杏奈は不思議な少女マーニーと出合う……。

 人は誰しも子供ながらに深く傷ついて、遣り場の無い怒りと悲しみに身動きがとれなくなる経験をするものだと思います。
 大概は新しい経験や、他者との関わりの中で癒やされ忘れ去って行くのだと思いますが、中には生涯忘れ得ない傷として残る経験もあるかもしれません。
 主人公 杏奈もそうなってしまったかも知れない、彼女はまさに崖っぷちに立っている。湾の奥に建っている洋館の少女マーニーも、金持ちのお嬢様ではあるが、愛情に飢えた存在だった。 孤独な魂が呼び合うようにして、二人は出会う。ひと夏の出会いが、この傷ついた二つの魂を癒やして行くさまを情感たっぷりに描いてあります。

 これを見て、古い映画を思い出しました。

“わが青春のマリアンヌ”1955年 仏/西独合作 監督:ジュリアン・デュビビエ <マリアンヌ>にマリアンヌ・ホルト…そらもう、人に在らざると思う程 美しい女性(に見えました……ガキの目にはね)でありました。一目で彼女に恋する少年ヴィンセントにホルスト・ブーフホルツ(“荒野の七人”で一番若いガンマン役) 殆どディテールしか覚えていませんが……ヨーロッパの山中、三つの国が国境を接する所(これはウ゛ィンセントがマリアンヌを追いかけて行く先だったかな?)に寄宿学校がある。そこに、親に見捨てられたらウ゛ィンセントが転校して来る。彼はアルゼンチンからやってきたので、ウ゛ィンセントとは呼ばれず「アルゼンチーナ」と呼ばれる。湖の対岸に「幽霊城」と呼ばれる無人の古城が有った。ある日、ウ゛ィンセントは肝試しに連れ出されて古城に向かう。
 無人の筈の城には、見るからに恐ろしげな大男の管理者がおり、ウ゛ィンセント以外の生徒は逃げ出す。一人城に入ったウ゛ィンセントは美しい女性の肖像画を見つける。すると、その肖像画から抜け出すようにして美少女が現れる……この女性、現実なのか幻なのか最後まで解らない。現実の存在だとしても、その正体も事情も全く解らない。マリアンヌは幻のように消え(連れ去られた?)湖畔をさまようウ゛ィンセントが発見される。
 ウ゛ィンセントはマリアンヌの実在を信じ、彼女を求めて学校から旅立つ。もう、ロマンと幻想に彩られた青春映画であります。今見たら突っ込み所満載?……いや、デュビビエの耽美映像は決して古びませんから、50年前(観たのは8~9歳頃)と同じように引き込まれるかもしれません。“マリアンヌ”は、少年から大人へと旅立つ男の子の話で、本作は、少女の傷ついた魂の救済の話。設定は全く違いますが、どこか同じ匂いがします。 いずれも自分の子供時代・青春時代を思い出して(“マリアンヌ”初見はジャリの時でしたから単に物語世界に憧れてました。)切ない胸苦しい想いに捕らわれます。 少々ホラーテイストを含んではいますが「怖い」とか「ゾッとする」とかは全くありませんのでご安心下さい。本作の重要なテーマは“許し”です。“許す”というセリフに注目して見て下さい。

 さて、長編アニメからは引退した宮崎駿さんでありますが、御大も原作のファンであるらしく、実にたびたびスタジオに現れ、ある時はさりげなく絵コンテを持ち込んだり、自分の設定を喋ったりしたそうであります。たまりかねたスタッフは「宮崎駿の話を聞く会」アハハハハ〓 なんてのを開いて、存分に語ってもらったそうです。結局、殆ど無視(宮崎駿設定では舞台は「瀬戸内」とか言うてはったらしい)されたようで……。
こうなったら無視した若手に一撃を加えるべく、宮崎駿は現場復帰する以外にありません!!
 復帰するなら、原作物のアレンジではなく、堂々たるオリジナルストーリーのSF/ファンタジーで勝負! 待っとります〓

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・115『キリスト教映画のバックグラウンド』

2016-12-06 05:51:21 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・115
『キリスト教映画のバックグラウンド』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画論ですが、もったいないので転載したものです。

昨年末から、やたらとハリウッドでキリスト教の映画が作られてるってのは、たびたび指摘してきましたが、どんな社会的要請があってそうなっているのか? 各作品の後ろには、どんな意図を持った製作者がいるのか? よくわかりませんでした。

 先月のスクリーンに面白いコラム(西森マリー/アメリカ文化 常識&非常識)が載っとりましたので、それにそって考えてみたいと思います。
 アメリカは、建国の基盤を担ったのが、カトリックの迫害を逃れた改革派のクリスチャン(新教徒)であったから……と言うより、そもそも新大陸はキリスト教のための新発見であると認識されており、ヨーロッパの白人にとってはメイフラワー号(1620年)の到着のずっと前から「キリスト教の大地」と考えられていました。いまだに、「進化論」を教えただけで逮捕される州があるのですが、1930年代までアメリカ全土で、聖書は公立学校の副読本であり、科学の授業で「天地創造」を教えていました。
 映画の黎明期には数多のキリスト教映画が作られ、黄金時代を迎えたハリウッドでは50年~60年代前半にキリスト教大作映画が次々に製作(「ソロモンとシバの女王」~「偉大な生涯の物語」)されました。その後、ベトナムの泥沼化と共に広がったカウンターカルチャーに呑み込まれ、アメリカ(特に「都会」)から宗教色が薄れて行き始め、映画からもキリスト教色は消えて行きました。
 果ては88年「最後の誘惑」のように、キリストを全くの俗人として描いた作品まで現れます。

 この潮流にストップをかけたのが、92年のクリントン政権でした。 あまりにリベラルなクリントンへの反動で、それまでサイレントマジョリティとされてきた「非都会」に住むクリスチャンが勢力を持ち始めました。
 01年の同時多発テロ後、アメリカは一気に保守化、ブッシュ大統領の影響(彼自身 再生派クリスチャンで、保守的キリスト教勢力がバックグラウンド)もあって、「福音主義者」の発言力が極端に強くなった。[福音主義者(エウ゛ァンジェリスト/キリスト教原理主義者の母体)]
 こうした背景の元、03年 メル・ギブソンが「パッション」を発表。88年の「最後の誘惑」と同じく、キリストの最期を描いた作品ながら、全編、アラム語・ラテン語・ヘブライ語の映画で、英語字幕が付けられた。
 アメリカでは、外国語映画はほぼヒットしないのに、これは4億$に迫るヒットで「神の奇蹟」とまで言われた。
 とは言え、極端に宗教色の強い作品は、好いところ年間1~2本に過ぎず、昨年末からの宗教作品ラッシュには説明がつかない。これにも政治のベクトルが深く絡んでいます。現職オバマが就任後、「都会派アメリカ人」は、宗教色が薄まったどころか、異常なほどの「アンチ・キリスト」となり、未だに勢力を保持する「非都会派アメリカ人」との間に溝を深めてしまう事となった。

 最近作品「ノア~約束の舟」は、非常に物議をかもしたが、これは、「都会派」の作った映画に「非都会派」が“NO”を突きつけているのです。
 主な批判は、ノア達が菜食主義者で、カインの末裔である王が「人間が動植物の支配者だ」(聖書では神の言葉)と言い放つ台詞にあるようです。 聖書の物語を借りた「環境保護推奨映画」じゃねえか!……って訳です。この点は、私も同じようにかんじました。
「トランセンデンス」にも同じ臭いがしていました。 環境保護原理は、あらがいがたい真理を含むため、ほんまに始末が悪い。まだ、日本公開になっていないキリスト教映画は多数あります。その全てが、いわゆる「都会派」の作った物なのか否かはわかりませんが……どないなんですかねぇ。
 年末に「十戒」のリメイクが公開されますが、これがここで言う「都会派」の作品だとしたら……どんな風にいがめるんでしょうか。
 よく、日本人は節操なく右左に振れると言われますが、こんな風に見てくるとヤンキーにだきゃ言われたないわい! と、思うのでありますよ、ホンマ、腹の底からであります。
「環境保護」は、アメリカにおける新しい宗教になっています。その意味「神の言葉(福音)を勝手に解釈するな」と、一言一句 聖書の文面の通りに従おうとする原理主義者と変わるものではありません。宗教哲理に重きを置かない大多数の日本人の目からすれば、理解しがたい人々なのであります。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・114『マレフィセント』

2016-12-05 06:40:30 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・114
『マレフィセント』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


ディズニーの1959年のクラシックアニメ“眠れる森の美女”の真実を明かす……と来れば、またまた相対化ですかいな〓〓 物事には裏も表もありまっせ、右から見るのと左からでは全く違う話が見えて来るって訳ですが、本作はそうではありません。

 これが真実なら、59年のアニメは、いわば「古事記」か「日本書紀」つまり、オーロラ姫の子孫が歴史を記す時、人間にとって都合の悪い事実を全面的に書き換えたって形です。
 以下、今回はネタを割りますから、見に行く予定の人は読まないで下さいませ。 さて、本作の原型はシャルル・ペローの「眠れる森の美女(1697)」と、グリムの「いばら姫(1812)」です。いずれもイタリアの説話集「ペンタローネ(1636)」に端を発していますが、今や、これしかないマレフィセントのイメージは全くディズニーのオリジナルです。 そして、ストーリーは、チャイコフスキーの書いたバレーにインスパイアされている。

 バレー版に登場する妖精は7人で、マレフィセント(バレー版ではカラボス)も含まれる姉妹です(ちなみに民話には12人)。カラボスが呪いをかけると、リラの精が「愛する人のくちづけで目を覚ます」と魔法をかける。本作のマレフィセントは、このカラボスとリラが合体している。彼女自身が呪いをかけた後、「真実の愛のくちづけだけが、この呪いを解く」と続ける。
 この世に“真実の愛”など存在しないと確信しているからであるが、彼女は元々は心優しい妖精で、妖精の国の守護者であった。 それが何故、悪魔のような妖女に成ってしまったのかというのが本作の肝。
 洗礼式の祝宴に招待されなかったのを怒ったというのがこれまでの設定だが、もっと以前に因縁があったことになっています。オーロラの父・ステファン王とマレフィセントの間にロマンスがあって、ステファンの心変わりで手ひどい裏切りに会った。そこから彼女は歪んで
行ったとしてある。
 本作品、アメリカでは5週目、2億$を超えるヒットに成っています。設定も面白く、映像デザインも美しい……のですが、私には入り込みにくい映画でした。
 なんかストーリー運びが中途半端で感情移入出来ない。森に隠れたオーロラを陰ながらマレフィセントが見守っているのだが、その愛憎半ばの視線が表現できていない、ここが最重要ポイントなのに……なんで? オーロラを預かった3人の妖精が全く役立たずで、放っておいたら16歳の誕生日までに死んでいる。 オーロラを育てたのは、マレフィセントだということなのだが、これに3人が全く気づかない。というより3人の妖精が殆ど描かれていない。この中途半端、原因が脚本なのか編集なのか、はたまたアンジェリーナ・ジョリーの演技力不足なのか? 見た感じでは全部に等分の罪がありそうです。姿形は、リック・ベイカーの見事なメイクもあって、アンジー以外に考えられない位、まさしくマレフィセントなのですが、なんせ複雑な性格、ちょっと難しかったのかな?

 アンジーに難が在ったとしたら、そこはサイドが埋めなくてはならないが、どうもアンジーの存在感に任せ過ぎている。マレフィセントの手先のカラスが、魔力で様々に姿を変え、彼女に語りかける。この役をもう少しうまく使えば相当変わった筈。 ストーリーにリアルが欠けるから、見事なセットも衣装も楽しめない。逆に盛り込み過ぎでゴタゴタ感じる。上映97分(実質90分位)、時間的にはまだ余裕がある筈、最終編集がどんな考えで行われたのやら。監督のロバート・ストロンバーグは長年 美術監督として名を馳せた人で、本作が監督デビュー。さすがに美術に対する目配りは行き届いているが、ストーリーテリングに難有りです。オーロラは森でフィリップ王子に出会いますが、果たしてこの程度で“真実の愛”が生まれるのか? というのは、極当たり前な現代的視点、ならオーロラは誰のキスで目覚めるのか…これはもう、書くまでもありませんが、この見え見えの結論を感動的に見せるためには、そこに至るまでの積み上げが肝心なのですが……う~~ん、残念!

 エンディングにしても、ハッピーエンドではありますが、ホンマにこれでええんかい?と思います。登場人物は、現代的な事象をカリカライズされた存在ですが、これを欲張り過ぎているのも混乱の一因であります。さて、これをお薦めするか否か……う~~ん、難しいなぁ。アンジーのマレフィセントぶり(姿)だけでも見る価値はありますが、ちょっと演技がねぇ~。ゴージャスな画面ですが、盛り込み過ぎ?
 総体、デラックスな作品ですから、見て損とか馬鹿にしとんかい!ってな事もありませんし、まぁ……お薦めとしときます。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・113『トランセンデンス/オール・ユー・ニード・イズ・キル』

2016-12-04 06:36:49 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・113
『トランセンデンス/オール・ユー・ニード・イズ・キル』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


さて、「トランセンデンス」であります。

 クリストファー・ノーラン監修(なんで監督じゃないの?)によるSF、ジョニデ主演、モーガン・フリーマン共演。鳴り物入りで公開されたが、全米トップ10から2週で脱落、興行収益2000万$を超えた??程度、早い話がコケとります。さぁて、なんでなんでしょうねぇ。とりあえず見てみましょう。
 おっと、その前に、時間の都合上仕方なく“吹き替え”を見ました。只今、自己嫌悪と共に大後悔、ずっと違和感持ったまま二時間座ってました。しかしまぁ、内容は判りました(当たり前)。本作がなんでコケたのかも、ハッキリ掴めました。
 主犯は脚本です。ストーリーがあまりにも表面的かつ単純かつ一方的なんです。
 最近流行りのキリスト教関連映画風に言うなら“アダムとイブの楽園追放物語”です。死にかけている夫の頭脳をコンピューターにアップロードしようとする妻の名前が“エブリン”……EVEの名前が含まれている。となると、神様は師に当たるモーガン・フリーマン、同僚であり友人でもあるポール・ベタニー(本作の語り部でもある)は、さしずめ「失楽園」著者のミルトンだろう。「フランケンシュタインの怪物」を書いたシェリー夫人でも良い。以上の比定はパンフにも書かれているが、これは簡単に想定できる、ちゅか、それしかない。
 設定があまりにも安易かつご都合主義です。いつものように、ストーリーを開いていく角度に例えると、映画が始まって30度、90度と開いて行くが、丁度180度になった所で物語は終わる。
 えっ? この先は無いの?……思いっきり欲求不満だけが残る。量子コンピューター“ピン”に向かって「お前に自我は在るのか?」と質問し、ピンシステムが応える「難しい質問です……あなたは自分の自我を証明出来ますか?」この質疑は二度繰り返され、二回目はアップロードされたジョニデに向けられる。

ジョニデの答えは「ピン」とまるっきり同じ。ここは重要ポイント!

 まぁ、この点はちょいと置いといて、本作の中で“人間の自我”とは一体何であるのか……一切考察されないし、当然“答”も明示されない。この点をすっ飛ばしていきなりアップロードされたジョニデは元のジョニデではないと短絡されてしまう。単に“人類以上”の存在に対する“恐怖・嫌悪”だけしか映画から読み取れない。
 ジョニデを愛するが故に、彼の頭脳をアップロードする妻にしても、ロード半ばでジョニデは死ぬのに、何の検証も無く作業を進める。ここでの拙速が、後の疑惑に繋がるのだから仕方ないとも言えるが……エデンにおいて人間が知恵の実を口にしてしまうのは、悪魔の誘惑でもあるが、その責任の大半はイブにあるとするのが一般的。本作は、そこから一歩も踏み出していない。
 人間が自我を持つに至った事が果たして“罪”なのか否か……この答が無いのが本作の致命傷です。
 アップロードされたジョニデは次々に新技術を繰り出す。最大の物はナノボット(ナノテクノロジー+ロボット=細菌サイズのロボット)、研究室で作られるのみならず、おそらく地中の硅素を原料として無数に発生し、天候すら左右する。ここまで来てしまえば、アップロードされたジョニデが人類の敵であろうが味方であろうが打つ手はない。銅が電磁波を遮るってんで、対ジョニデのバリヤー代わりに使われるが、そんなものナノボットに侵食させたら一発終わり。新しい量子コンピューターを止める為、地上のソーラーシステムを破壊しようとするが、小口径の大砲一門と迫撃砲が一つだけ? ミサイル(核)は無理としても“マザー・オブ・ボム”の一発で方が付く。軍隊(政府)を即座に動かせない言い訳はされているが、それにしても貧弱過ぎる。

 再生されたジョニデと、自らウィルスを体内に仕込んだ妻が触れ合っただけで、コンピューターもダウンするのも“????”妻の心を斟酌しての心中だと考えるしかないし、それが正解ではあるが、それにしても「え~~?」である。そうだとするとアップロードされたジョニデには、ちゃんと理性もあったんだという結論になる。ピンの答えとジョニデの答えが一緒だから「自我が無い」と判断されるが、ピンに自我が在るのか無いのかの考察が抜けているから、この結論にはブーイングです。何より、この脚本で良しとしたクリストファー・ノーランとウォーリー・フィスター監督(「インセプション」の撮影監督)の真意が解らない。これじゃ、まるで「環境派」のプロパガンダから一歩も出ない。セリフの中にもインターネット等デジタル技術に疑問を投げかける物が多数織り込まれている。この二人のコンビで、こんな平板な作品が出来上がるなんぞ、信じられない。ジョニデにしても「パブリック・エネミーズ」「ローン・レンジャー」に引き続いての三連続コケ作品です。次回作は低予算コメディーらしい。
 本作が世界興行においても失敗に終わるとしても、それはジョニデ以下 出演者には何の責任も無いと考える。ひとえに、物語に力が無かったからです。

オール・ユー・ニード・イズ・キル
 こらぁ面白いです。久々にトム君、ミッション・インポシブル以外にヒット作品誕生です。

 SF原作はやっぱり日本人の独擅場ですねぇ。

 異星人の侵略を受けている地球、広報担当士官のトム君、無理やり絶望的な戦場に放り込まれ、殆ど瞬殺で死亡する。しかし、ある条件を満たした為、彼は時間をループして、その1日を無限に繰り返す事となる。 いわゆる“無限地獄SF”で、結構多数の作品があります。もう新機軸は無いと思いますが、本作はプロットの積み上げ、サスペンスの盛り上げが巧い(原作未読) 但し、本作鑑賞についても注意点ありです。まず、タイムパラドクス(悲観的な現在を改変するため過去に戻っても、そこから別な時間軸が発生するだけである)と、トム君が この能力を得るに至った事情には目を瞑って下さい。もう一つもタイムパラドクス絡みですが、タイムループの能力は元々 異星人の持つ能力で、トム君が勝った所で、今度は異星人がループする。

 かくして、無限地獄は永遠に続いて行く……はぁい!こんな小理屈は引っ込めて下さいませ。本作は全米公開3週目、初登場一位とは行かなかったが好調に推移、今週6位で7400万$の稼ぎ。1億$は苦しいと思いますがスマッシュヒット成績(製作費が判らんとなんとも言えませんが)は上がってます。日本人はトム君大好きですから、相対的には大ヒットになるかも、今日も結構入ってました。  
 あっと、昨日今日は先行ロードですから、月曜日に行ってもやっていません。次は7月4日からですのでご注意下さい。本作、アクションがなんと言っても圧巻、あの重そうな(実際アホほど重いらしい)パワードスーツを身にまとい、重いばかりか身動きしにくそうで、みんながに股歩きで走り回っています。男共はまぁよろしい、エミリー・ブラント(プラダを着た悪魔)が、あのか細い身体で大奮闘……涙なくして見られまへんでっせ。撮影中 生傷が絶えなかったそうで、「ああ、ここで怪我したな」と思えるシーンが多々ございました。
 映像は、あり得ないSF設定の作品ながら隅々までリアルに仕上がっており、監督ダグ・ライマン(ボーン・アイデンティティ)の手腕もさることながら、主役の二人以下 全キャストの本気の賜物です。戦場に放り込まれる・戦う・死ぬ・目覚める……そして、また戦場へ。繰り返しのシーンの連続ながらスリリングに展開して行き、死ぬごとにスキルアップしていくトム君に自分を重ねる。カタルシスたっぷり、これは見るしかありません!

 もう一つ、今日の映画とは全く関係おまへんが、先日、うちの店のチーフにあるバイク雑誌を見せてもらいました。 ”マッド・マックス”の第一作に橋の上でマックスの車と暴走族が交錯するシーンがあります。スローモーション映像の中、転げ落ち滑って行く暴走族役スタントマンの頭に、これも倒れ滑って来たオートバイがまともに激突、彼の首は有り得ない角度に曲がってしまいます。当時、このスタントマンは死んでいると噂され、「地獄の黙示録」で、カーツ帝国の河原に並んだ死体の中に、本物があるってのと(これは嘘だと すぐ証明された)同じく、侃々諤々の言い争いになっとりました。まぁ、映画に本当に人間が死ぬシーンなど入る訳はないのですが、これだけは“本物だ!”って事になっとりました……そこで件の雑誌であります。記事には、その当のスタントマンが写真入りで登場、「ありゃあ俺だよ。これこのとおり生きてるぜ」と……実に35年ぶりにモヤモヤが晴れた一瞬でありました。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・112『攻殻機動隊 ARISE 3』

2016-12-03 06:03:42 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・112
『攻殻機動隊 ARISE 3』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


毎度 この作品の映画評を書くのは難しい。

 士郎正宗の原作をご存知無い方には、なかなかご理解いただけないからで、それだけ原作の世界観は緻密かつ広く、どこか一カ所をすっ飛ばしても置き去りにされてしまいます。
 何も考えず、そのまま受け入れて下さい……とは言いにくい作品なのです。

 従って、物語世界を知っている者同士のオタク語りになってしまいます。アニメ作品として、新しい試みや、多彩な表現など、見るべき点は多数ありますが、やはり世界観を共有できてこその楽しみです。こればかりは、ARISEシリーズ1から見るだけでは判りません。せめて、漫画原作“攻殻機動隊1”からのご参加をお願いします。(原作には「1.5」「2」の二冊が他にありますが、とりあえず、これは今の所無視で構いません)

 さぁて、原作世界に繋がるエピソードは本作でほぼ出揃いました。

 素子は未だに公安9課の外注コンサルタントですが、トグサを除くフルメンバーで攻勢部隊を結成(資金はどうしてるんでしょうねぇ)、逆に9課荒巻に売り込んでいる気配。荒巻からは「メンバーが一人足りない」と指摘されている(荒巻の指摘の根拠が解りにくい)
 水絡みのテロ(石油の次は水っていう掴みも、アニメの新視点ではなく、91年の原作世界に登場している)や刑事の爆殺、死んだ筈のテロリストの復活などなど、従来のハードボイルドミステリー仕立てには成っているが、本作のデッカい支柱は素子のロマンス。 原作においても、素子は様々な相手(女性相手も有る)と絡んでいるが、その行為は「たとえ義体であっても、自分は人間なのだ」と確認する為の偏執的行為に見えていた(実にさりげなく、当たり前に描かれてあるだけに、かえってそう感じる。幼児期からずっと義体である彼女~この辺はテレビアニメ「STAND ALONE COMPLEX ①」~には、この欲求は生身の人間以上に強迫観念的です。
 少女時代に淡い(しかし、忘れがたい)純愛経験が有るだけに、彼女が求めるものは「心の触れ合いと無条件の信頼関係」SEXの快感は生身の人間以上なので、水に飢える砂漠の旅人のように求めて止まない。本作では、その素子の恋が重要なファクターとして描かれている。義体であるが故の相手の肉体的(?)条件と共通の興味、心の触れあわせ方が語られる。
 本作の底にはもう一つ、「人魚姫」の設定が流れている。海の中から陸の世界にこがれ、本当に人間になる為には愛する王子の命を奪わねばならず、果たせずに海の泡と消えて行く。当然、人魚姫は素子、王子は恋人・ホセとしれるが、いかにして究極の選択を迫られるかは本作のストーリーテリングの見せどころです。ただ、この設定は二重に成っていて、ホセは素子の恋人ではあるが、同じように義体……と言う事は、彼も素子と同族であって「陸の王子」たりえない。 ならば、「陸の王子」は一体誰なのか? これが意外や、殆ど生身・既婚・子持ちのあの人なんだと気付いて「ははぁ~ん」と納得が行きます。
 この点、士郎正宗の設定に元々あったものなのか、ウブカタトウのオリジナルなのかはちょっと判断しかねます。おそらくウブカタトウの読み込みなんだと思っています。
 この設定、バトーの恋愛経験なんかも見てみたいと思うのですが……思いっきりギャグ漫画にしないと、こりゃあ悲惨な話になりそうですね。バトーが同志愛を超えて、素子を想っているのは周知の事なので、出来ればこれを叶えてやりたい所ながら、物語の先では素子はNETの中に入ってしまう。バトーはどこまでもストイックに心を閉じるしかないんでしょうかねぇ。NET世界での素子の心理ってのは変化したのでしょうか? あくまでも「人間という存在」にこだわりがあってほしいとは思っています。

 今シリーズにも「意志を持つA.I.がたびたび登場します、後の「人形使い」登場の布石とも見えます。人間・全身義体・人工知能のせめぎ合いも、本攻殻ワールドの重要なファクターですね。
 本作に501部隊のクルツという女性が登場しますが、これがシリーズ②に出てきたA.I.に良く似ています。何か繋がりが在るんでしょうか。素子が引っ越して来た部屋の風景、新浜市の新旧市街の描き分けなど、画から読み取れる情報も多く、尋常ならざる作り込みを感じます。攻殻ワールドへの深い思い入れを全編に感じます。一回や二回見たからといって、到底全て汲み上げられないでしょう。

 てな訳で、作画には殆ど文句ないんですが、一点気になったのが目元の影の描き方、リアルに見える部分とやり過ぎに見える所がありました。影の在り無しで人物の性格が急変するように見える所がありました。 後、何故かサイトーが、よく居眠りしてるのは、なんでなんですかねぇ?
 さて、本シリーズも9月で終了、④の主要キャラらしき人物も本作に登場しています。さて、一体どんな結末を迎えるのでしょうか。一つの興味は、トグサをチームに加える最終決定がいかにして下されるかであります。

 少々寂しい気もしますが、たった今 続きを見たい欲求もあります。ファンなんてのは勝手なもんでありますなぁ。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・111『300Ⅱ』

2016-12-02 05:43:17 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・111
『300Ⅱ』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


早朝 1回目上映だったせいもあるだろうが、正直眠たい。

 全く人間がいない。ほぼ全体CG画面なのは前作と一緒なのだけど、今作は、「ああ、CGや」という風に見えてしまう。
 前作は、フランク・ミューラーのグラフィック・ノベル(要するに漫画)を映画化するスタイルなので、よりCG合成を意識して良さそうなのだけど(実際そう思ったけど)、現実には今作の方がしらける位CGアニメに見えてしまう。
 今作には、ミューラーの原画がなく、構想(後に脚本になる)のみがあり、モデルが無かったので画面は完全に映画のオリジナル。 前作は原画の決定的シーンを忠実に切り取ってあったのだが、それが何らかの化学変化を受けてリアルに歴史(神話とも言える)を見せていた。この場合の化学変化とは、役者の成りきりと人物が丁寧に描かれていた事に拠るものです。

 前作テルモピュライの100万対300の戦いは多分に神話的要素が強いのですが、本作に描かれるテルモピュライに先立つ事10年前のマラトンの戦い(第1回ギリシャ対ペルシャの戦い、ギリシャ側の勝利に終わり、戦勝報告を兵士が走ってアテネに届けた。このマラトン~アテネ間の距離が42.195㎞で、現代のマラソンの起源に成っている)とテルモピュライと同時期にあったサラミスの海戦を描いています。ヘロドトスの「歴史」にも描かれ、人物の背景も解説されている。ギリシャの将軍テミストクレスも、元はギリシャ人でありながらペルシャ艦隊の一翼に属するアルテミシアも、勿論クセルクセス王も実在の人物である(マラトンの指揮官は別な将軍だったが、本作ではテミストクレスになっている) 」

 テミストクレスは貧しい家から這い上がるようにして市民政治家になった人で、スパルタのレオニダス王のような専制君主ではない。彼は、いかに動くかを市民議会の決定に委ねざるを得ない。ここにテミストクレスの苦悩とドラマが在るはずなのですが、映画は非戦・開戦の対立をちらっと見せるだけで踏み込まない。テミストクレスの周囲の人物にも説明がない。 だからギリシャ側の人間が誰一人浮かび上がってこない。
 逆にアルテミシアは、非常に勇猛な女性であったようだが、本作ではまるで魔女で、クセルクセスは彼女の操り人形のように描かれている。
 ドラマの深度が浅くなっているばかりか、クセルクセスの人物像までが浅はかになってしまっている。画面はスプラッタホラーかと思わせる程 血みどろではあるが、人物が見えにくい為、まるでゾンビ対ゾンビの殺し合いの雰囲気、感情移入する対象が存在しない。
 歴史とはいえ、紀元前480年のお話、半分神話の世界ではあるので、映画的脚色も許せるとは思うけど、もう少し人間を描くべきだった。 画面にも“??”と思わせるシーンがたびたび有って、後進の指示が出ているのに櫂が全く動いていなかったりするのは興醒め。
 海戦のシーンにしても、この繰船で、どうやって敵のド#☆◆○に突っ込めるのか解らない。どうせCGならもっとスマートに見せられる筈である。
 てな訳で、迫力の映像ではあるが真価を発揮出来ていないと見える。“ノア”にも共通の問題で、ドラマのどこに重点を置くのか……最重要視点は一つに絞り込んでおかないと、散漫な印象の作品になってしまう。
 これらの問題が脚本にあるのか編集にあるのかは不明ながら、現実にグラフィック・ノベルが無いのだから罪の有りどころとしては半々ですかね。
 フランク・ミューラーは現在のヒーローコミック映画全盛の立役者ですから、年がら年中製作現場に呼ばれるらしい。その為、本業のイラスト・ストーリーがお留守になるらしい、痛し痒しですね。本作の為には、イラスト原作があった方が良かったと思います

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・110『ノア~約束の舟』

2016-12-01 06:11:57 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・110
『ノア~約束の舟』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


ようやく見られました、本作は製作段階から賛否両論、クランクアップ後、ヴァチカンに推薦を頼みにいって断られている。

 ただ、プレミア公開後は賛否の声が止み、静かになった。売り上げは低めのスマッシュヒット程度、製作費が不明なので採算が取れているのかはよく分からない。
 画像は良く出来ているとは思うが、どうも盛り上がりに欠ける。世界観が解りにくいのが一因だと思う。
 これは、アメリカ人も同じように感じたんじゃないだろうか。
 物語は、キリスト教信者でなくとも皆さんよ~くご存知のお話。アダムとイブの楽園追放後、大地に満ち溢れた人間達のあまりの罪深さに神は深くお怒りになり、人間を滅ぼしてしまおうとされた。神は“正しき人ノア”に方舟を造り、全ての動物をヒトツガイずつ守れ、地上を水で満たし方舟に乗るもの以外は総て滅ぼしてしまうと告げられる。さあ、ここで何故、人間以外の動物がヒトツガイだけなんだとはお聞き下さるな、一応答えは持ってますが、説明しだすと膨大になります(だって、魚は全部助かる訳ですし…)
 ノアが人々に笑われながらも指示された通りの大きさの方舟を造りあげると、ヒトツガイづつの動物達が集まって乗り込んだ。それと同時に天の水門が開き滝のような大雨が降り始め、地上は間もなく水に覆われ沈んでしまう。雨は40日降り続けてようやく止んだ。ノアは烏を放って大地の様子を探るが、烏は何の手がかりも持たず帰って来る。
 続いて鳩を放つと、鳩はオリーブの小枝をくわえて戻った。やがて水は引き、方舟はアララト山(アゼルバイジャンに本間にある山)山頂にたどり着いた。世界はそこから再生されて行った……と言うお話であります。

 この話は旧約聖書の創世記の始めの方に有ります。僅かなページであまり詳しい記述はありません。洪水神話は聖書以外にも在りまして、一番古いのはメソポタミアのギルガメッシュ神話です。旧約聖書の世界はメソポタミアと重なっており、“ノアの方舟”はこのギルガメッシュが下敷きだと言われています。 面白いのは、ニューギニア・南太平洋にも、殆ど同じ神話が有り、この神話では3羽目の鳥を放ったが、その鳥は帰って来なかった。確か、3羽目の鳥が新天地への案内人を連れて来る筈で、舟を造った老人は森の中に姿を隠し(死んだという意味)、今も鳥の帰りを待っている。このニューギニアの神話を、現地に伝道に入った伝道師が聞いてビックリしたそうであります。
 奥地に入ってくる軽飛行機から食料やら農耕道具やらが出て来るので「鳥が帰ってきた」と騒ぎになり、聞きただした所、この神話を聞かされたと言われています。この話は起源が解らないので、どの位前から語り継がれているのか不明です。

 閑話休題、映画に戻りまして、画面には全地球を台風のような雲が無数に覆っている画が映し出されています。これで、全球大雨になったというわけですね。
 旧約聖書の記述だけではプロットにもならない為、聖書以外の外典(聖書には採用されなかったが、正当とされる文書)や異端とされる文典(死海文書など)やキリスト教以外の文典にまで渉猟してストーリーを組み上げたようです。この辺りが、本作を否定的に見る人々の根拠でしょう。
 聖書には登場しませんが、ノアの祖父・メトセラやカインの末裔が王として出て来ます。この二人が極めて大きな意味を持っています。
 無宗教の人間が“信仰”を理解しにくいのは“神の意志”をいかに理解するのかっていう所につきます。 端的に言って“神の意志”は、無条件に従うものであって理解するものではありません。エデンの園で、蛇にそそのかされて“知恵の実”を食べなければ、人間は汚れを知らずに生きられたのですが、半端に知恵が付き、半端に神に近い存在になってしまったが故に苦難の人生を生きる存在になってしまった訳です。
 カインの末裔達は、この事に対して怨み骨髄(彼らにはもう一つ怨みが有りますが)「神の助けなどいらない」と叫ぶ。
 ただ、本作では神を否定しているのではなく、絶えず呼びかけているのに応えてくれない神に絶望している設定になっている。後半、このカインの末裔たる王が、イブに対する蛇のように、ノアの次男ハムに語りかける。実は、ノアは誰にも語らなかったが、ある重大な決意を秘めており(これも聖書には無い設定)、これを実行するか否か、王の囁きはこの点に関して重大な意味を持っています(あ~~~イライラする! ノアの秘密は重大伏線だから書けない! だから遠まわしにしか書けない。)
 本作では、神の意志は声として聞こえるのではなくビジョンとして見える事になっています。
 この指示にいかに従うか、ここにノアの人間としての懊悩が現れてきます。聖書にはノアの懊悩など出てきません。
 本作の弱い所は、この物語を相対的に分析しすぎたという所に尽きます。絶対的な神の物語を、人間の視線で再構築した、要するに滅ぶべき人間の言い分に幾らかなりとも正当性を持たせたという事です。
 ご存知ない方には誤解があると思いますが、この旧約聖書の世界は厳密にはキリスト教ではありません。この世界はユダヤ教世界であり、キリスト教は形としてはユダヤ教の一派です。ちなみにイスラム教もユダヤ教の分派です。だから旧約聖書に登場する預言者はイスラムにとっても預言者ですし、教典の中には創世記も出エジプト記も、その他の章も含まれています。
 本来は人間が発音出来ない名前なのですが、それをヤハウェと呼び、エホバと言い、アラーとも表す。これらは総て一つの“唯一神”“創造主(CREATER)”を現しています。
 本来、唯一神は厳しく非情なものです、しかし、厳しいも非情も人間から見ればの事であって、当の神様にしてみれば関係ない話。キリスト教も、この厳しさや非情さを受け継いではいますが、優しい愛の宗教とも呼ばれています。それは、キリストが人の罪を許す為、自ら十字架にかかった。その大きな愛が教えの中心にあるからです。
 映画は、この古いユダヤ教(もっと厳密に言えばプレ・ユダヤ教)の厳しく救いの無い(人間からすれば)話に“愛の救い”を織り込みたかったのかもしれません。
 だから、厳しい宗教映画にも出来ず、まさか単なるデザスターにもファンタジーにもするわけにいかず。人間ドラマを全面に押し出す訳にも行かなかった。面白おかしく作っているのではなく、大真面目に苦闘した跡は見てとれますが、あまりに多角的な視点から描こうとしたがため、せっかくの作品の中心が見えにくくなっています。キリスト教徒たる人々であろうとも世界観をつかみにくいだろうと思うのは、この事情からです。

 ノアの方舟は、あまり映像化されていません。大昔にあるのと、80年代「天地創造」の一部分、後はショートフィルムが有るくらいで、テレビドラマに一本(ジョン・ボイトがノア……やったと思います)ありましたね。あんまり覚えていないんですが、悪魔が小舟に乗って方舟をつけまわすエピソードがありました。
 それにつけても、毎回思うのは“方舟”があまりに立派に“船”の形をしてるんやなぁと言うことで、素直に聖書を読むと、縦・横・高さの寸法しか出てきません。竜骨をどうせいの、舵はどうだのの指示はありません、要するに馬鹿でかい、まさに“箱”を作れといわれているとしか思えない。 今作は、まさに四角い箱を作っています。これには唸りましたねぇ。しかも、実寸通りに、全長だけは3/2のセットを組んだそうです。その分リアルな画が撮れています。
 動物達は一部を除いてCGですが、そらそうですわな。動物っちゃ、膨大な数の彼らをいかに40日間養ったのかについても聖書には記述がありません。この解決策にも唸りました、なぁ~るほどね、そうきますか。
 ちょっとけなした評価にはなってしまいましたが、駄作ではありません。それぞれに感じる所も意味も違うとは思いますが、必ず誰にも見るべきシーンがあると思います。ハリー・ポッターのエマが、ノアの養女であり、長男セムの妻として方舟の中で子を産みます。ああ、あのハーマイオニーが……感慨ひとしおでありました。 それと、本作にはヤハウェもエホバも、もっと言うならGODという単語も出てきません。終始ノアは“CREATER”と呼んでいます。これに翻訳の戸田さんは「神」と言う訳を当ててはりました。“創造主の創造物”っちゅうセリフがわりと多いですから「神」とする方が収まりはええんですが……まぁ、やめときましょう。これをいいだすとまた長い話になります。
 お薦めか否か……スケールもスペクタクルもありますからお薦めいたします。いつもは、見ながら小理屈つけなはんなと言ってますが、本作の場合は逆で、映画の中の理屈をあまり気にしないで下さい…と、申し上げておきます。

 長々のご精読、感謝感激〓

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高校ライトノベル・タキさんの押しつ・け映画評・109『ポンペイ/グランド・ブタペスト・ホテル』

2016-11-30 06:00:38 | 映画評
タキさんの押しつ・け映画評・109
『ポンペイ/グランド・ブタペスト・ホテル』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評論ですが、もったいないので転載したものです。


ポンペイ

 昨今 隆盛を極める「キリスト教関連作品」かと思いきや、思いっきりデザスタームービーでした。

 考えてみりゃ、ポール・アンダーソン(バイオ・ハザード)監督が、そんな映画を撮る訳ゃないか。1959年に「ポンペイ最後の日」ってぇ作品があって、人々を蹴散らして我先に逃げようとするローマ人を、主人公は柵を閉じて阻み、槍に刺される。彼の命が果てる時、神(天使だったかも……いや、キリストだった筈)がその魂を迎えにくる……と言う幕切れでした。
 同じ展開かな? と思って見ていましたが、1/3位から 「どうやら、こら違うなぁ~」と判りました。
 ブリテン島でローマに反逆していたケルトの一族が全滅させられる。一人生き残ったマイロ少年(子役の怨みの視線が尋常ではない。毎度、最近の子供の演技力には驚かされる)は奴隷狩りに捕まり、17年後、無敵の剣闘士となり、ブリテンからポンペイに送られる。 そこでポンペイの剣闘士王アティカスやポンペイ支配者の娘カッシアと出会う。
 マイロとカッシアは恋に落ちるが、折からポンペイにやってきたローマ元老院議員コルブス(K・サザーランド)は、マイロの仇であり、また、カッシアを奪おうとする存在でもあった。 闘技場で、マイロが絶体絶命の危機にさらされた時、ベスビオス火山が火を噴き、ポンペイは絶望の縁に立たされる。
 正直、食いたりません。 本作はアメリカでは不入りで、失敗作とされています。主役のキット・ハリントンは第2のテーラー・キッチュなんぞと言われています。デザスターシーンと、マイロ/カッシアの恋愛は良く出来ていますが、他のドラマが弱すぎる。105分(実質90分)では短すぎた。キーファーが極悪非道のローマ人を上手く演っているが、後一押し。他の登場人物についても描写が足りない。
 思い入れが薄いから(悪役も善玉も)悲しみに繋がらないし、カタルシスも少ない。映像が優れているだけにこれが惜しまれる。 CGを半分以下に押さえて、ミニチュアとセットで撮ったとはいえ、相当に製作費を掛けている。 それがドラマ不足でボツになるとは……キット・ハリントンに同情したくなりました。

グランド・ブタペスト・ホテル

 本作、全米60館強の限定公開から始まって、後に少しは増えたのだろうが、基本的に少数だったはず。ウェス・アンダーソンの作品は、いつも爆発ヒットにはならないものの口コミで評判が広がり、結果、長期に渡って動員数が落ちないという結果となる。
 とは言っても、超大作のように1億$超え……なぁんてな事にはならない。確実にファンに受け、それなりに愛される作品と言える。2012年の「ムーンライズ・キングダム」は4000万$程度の興行収入ながら、10週間に渡ってランキングに留まった。
「ムーンライズ~」は“小さな恋のメロディー”的、お子ちゃま恋愛がベースだったので、多少つらい部分が在ったのだが、本作は遺産相続に絡む殺人ミステリーがベースなのでストレートに面白い(と、私は思ふ) ウェス・アンダーソンは基本的に大人の寓話を作り続けている。 そこにアンダーソンの、今や無くなった物(色んな意味で)への憧憬が入り込む。そして、現実に在りそうなファンタジーワールドが立ち上がる。 今作、ビル・マーレイ他アンダーソン常連組に加え、主役の伝説のコンシェルジュ/グスタフにレーフ・ファインズ(文句なし名演)、その片腕ベルボーイ/トニー・レヴォリ(まだ新人ながら、メチャ面白い)。特筆はティルダ・スウィントンのマダムD、何ちゅう老けメイク!そらまぁ、特殊メイクが発達しとりますから驚くにはあたらんかもしれませんが、アンダーソン作品の中に現れると本当にティルダが老けたのかと思わされる。
 アンダーソンお得意の画も満載、雪の荒野にポツンと電話ボックスが在ったり、ホテルその物もまるでマチュピチュのように有り得ない山頂にデンっと建っております。1930-40年頃のスクリューボール・コメディ・スタイル(古過ぎて私もあんまり見ていません)で作られており、古いと感じる向きも有るかもしれません。若干 好き嫌いに左右されるかも……です。
 アメリカでは、映画館一軒あたり売り上げの記録を樹立、これも10週間ランクイン、最終売り上げはまだ不明ながら、判っている所では5200万$位。多少好みのセンスとは違っても、結構笑える作りになっています。
 まぁ、騙されたと思ってお出かけ下さいまし(ダメでも料金払い戻しはいたしかねます。念の為〓)

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