かの世界この世界:185
「ありがとうございます、やっと人心地がつきました……」
タングニョーストはアメノミヒシャクにかぶりついて、五分ほども飲み続けたあと、顎の雫を拭いもせずに、ひとまずの礼を言った。
「こちらは、この世界の主神であられるイザナギさまだ。人心地着いたら、ご挨拶しろ」
「これはご無礼をいたしました。自分は北欧の主神であるオーディン陛下の臣にして、ムヘン方面軍司令トール元帥の副官を務めております、タングニョ-ストであります。任務とは言え、無断で、こちらの世界に侵入して申し訳ありません。アメノミヒシャク、ありがとうございました」
「いや、こちらも、やっと国造りの緒に就いたところでね、ヒルデさんたちには大変助けていただいているんだよ。慣れない国生みで妻のイザナミを死なせてしまってね、まだまだ国づくりには妻の力が必要なので、黄泉の国まで迎えに行くところなんだ。よかったら、タングニョーストもいっしょに来てはくれないだろうか?」
「むろんです。姫がお決めになられたことであれば、その指揮のもとに行動するのは臣の務めでありますし、軍司令トール元帥の命じるところでもあります」
「ありがとう。それでは、しばらくの間、よろしくお願いするよ」
「ハ! 了解いたしました!」
イザナギに正対して、ビシッと敬礼を決めるタングニョースト。ちょっと遅れて答礼するイザナギ……なんとも敬礼の似合わない神さまだけど、これが日本の神さまの大元だと思うと、ちょっと微笑ましい姿でもある。
「ところでタングニョ-スト、タングリスはどうした?」
あ……わたしも気には掛けていたけど、ヒルデははっきりと聞いた。
タングリスは、瀕死の重傷を負ったトール元帥に自分の体を食べさせたのだ。
そういう宿命にあったとはいえ、森の中で大破した戦車の陰で、トール元帥に自分の体を与えていたタングリスの姿、そしてガツガツと音を立てながら貪っていた元帥の背中は日本人のわたしには、ちょっとトラウマになる光景だった。
「タングリスは、この背嚢の中であります」
え!?
これには我々も驚いた。
タングリスはトール元帥に食べられて骨と皮だけになっている。その、骨と皮だけになったタングリスが入っているのかと思うと、ちょっとね……。
「タングリスも最後まで姫のお供をすることを希望しておりましたので、トール元帥が同道することを許可してくださいました」
「そ、そうか」
「骨と皮が残っていれば、環境が良ければ数週間で回復するよ。回復したら、よろしくな(^▽^)」
ヒルデが背嚢を叩くと、カサカサと骨がこすれる音がした。
「タングリスも頑張るって言ってるみたい! 今の音は、笑顔になって顎の関節が動いた音だよ!」
気味悪がっていたケイトも、骨のこすれる音で旧友と言っていいタングリスの気分が分かって嬉しいようだ。
カサカサ ポロロン
「おお、手足の骨が動かして肋骨を鳴らして、相棒も嬉しいようであります(^▽^)」
ムヘン組は和やかな気持ちになったが、イザナギは笑顔のまま頬が引きつっている(^_^;)。
タングニョーストを交えて食事を済ますと、我々は西の対岸、四国を目指した……。
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
- 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
- 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
- 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
- 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
- テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
- ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
- ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
- タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
- タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
- ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
- ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
- ペギー 荒れ地の万屋
- イザナギ 始まりの男神
- イザナミ 始まりの女神