ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
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トリノ王立歌劇場来日公演 「椿姫」(7/26) @東京文化会館

2010-08-01 | オペラの感想
少し遅くなりましたが、先週観てきたトリノ歌劇場の来日公演の感想を。
幸い今回は「椿姫」「ラ・ボエーム」の2演目ともに観ることができた。
いずれも甲乙つけがたい感動的な上演で、本当に幸福な時間を過ごさせてもらった。
それでは、まず26日に観た「椿姫」の感想から。

「椿姫」といえば3年前の9月に観たチューリッヒ歌劇場の来日公演が忘れらない。
エヴァ・メイのヴィオレッタを聴きながら、私はその可憐さに思わず涙した。
現在聴ける最高のヴィオレッタだと確信しながら・・・。
そして、その感動も覚めやらぬ11月、東京オペラシティのリサイタルでナタリー・デセイが歌った「そは彼の人か~花から花へ」を聴いて、私の心は揺れた。
「最高のヴィオレッタが何人いてもいいじゃないか。せめて一度でいいから、デセイのヴィオレッタをオペラの中で聴きたい、いや観てみたい・・・。」と。

そんな夢が、トリノ歌劇場の初めての来日公演という形で早くも実現した。
そして、実際の舞台は、私の夢をはるかに上回るものだった。
ローラン・ペリの演出も、デセイをはじめとする歌手陣も、全体を見事にまとめあげたノセダもお世辞抜きに最高。
加えてこの日の席はD席ながら、東京文化会館の5階1列目中央という、音の良さと見やすさを兼ね備えたまさに垂涎の天井桟敷席。
こんな素晴らしい席で、夢にまでみたデセイのヴィオレッタを観ることができたのだから、神様のプレゼントと言わずして何と言えばいいのか。
ただただ、感謝するのみでございます。

第1幕
幕が上がると、その舞台の暗さに驚く。
前奏曲直後の華やかなサロンのイメージを我々が知っているだけに、そのうす暗さは一層衝撃的だ。
しかし暗いのも当然。ローラン・ペリは、冒頭の場面をヴィオレッタの葬儀として描いたのだ。
「ひとりの薄幸の女性が天に召された。今日は彼女の葬儀だ。」と考えると、逆にこの前奏曲の哀しいまでの美しさも納得できる。
そして、これから続く物語はヴィオレッタ・ヴァレリーを偲ぶお話なんだというペリーの演出には、大きな説得力があった。

前奏曲が静かに終わり、鮮やかなピンクのドレスを着たデセイが登場するところから華やかな夜会が始まる。
小柄ではあるがデセイの演技力と歌唱力は、やはり桁違いだ。
歌と演技がともに素晴らしいというよりも、彼女の場合、もはや二つの要素が別物ではなく完全に一体のものとなっていることが凄い。
「エ・ストラーノ(不思議だわ)・・・」とつぶやく場面も、寝た状態からくるっと半身を起こし、これしかないという絶妙の間で表現してみせる。この自然な呼吸感をともなった歌と演技こそがナタリー・デセイの真骨頂。
だから、続く有名なカヴァティーナとカバレッタも、ヴィオレッタの揺れ動く心理としてしっかり聴き手に伝わってくるのだろう。

第2幕
さきほど歌と演技が完全に一体のものになっていると書いたが、歌だけとっても、やはりデセイは超一流だ。
歌唱の安定感、歌詞の内容を完璧に聴き手に伝える表現力、そして何よりも滑らかで伸びやかな声、いずれをとってもディーヴァの名にふさわしい。
ジェルモンとの長い二重唱の場面、「一度堕落した哀れな女は、幸せになれないのね」と歌うデセイに、もう目がうるうるしてきた。
そして「美しいお嬢さんに伝えてください・・・」と歌い出す弱音の何と美しいこと!
ヴェルディがアンダンティーノ・カンタービレの美しい音楽に込めた思いを、デセイは十全に表現して見せる。
それにしても、同じ8分の6拍子でありながら、第一幕のカバレッタ「花から花へ」の雰囲気とこれほどまでに違うことに、あらためて愕然とさせられた。
聴きながら、ちょっぴり8分の6拍子の気まぐれさに恨めしさを感じた次第。
その後、ト短調で4拍子に転じたあと、ヴィオレッタが決然と歌う「私は死んでいきます」のテンポが異常に速い。
少しでもテンポが緩んだら、また別れる決心が崩れると思っているかのようだ。
またジェルモンについては、いつも「このオヤジ、何を理不尽な言いがかりをつけて可愛いヴィオレッタを泣かせているんだ」と勝手に腹を立てているのだけど、この日は不思議にそう思わなかった。
デセイの夫君であるナウルの存在感ゆえかもしれない。

第2場で印象に残ったのが、最後のほうで夜会の参加者がヴィオレッタに向かって、「我々はみんな貴女の味方よ。涙を拭いなさい」と口々に言う場面。
そんな優しい言葉とは裏腹に、誰もヴィオレッタに近寄ってはこないのだ。
結局、道を外したヴィオレッタは一人ぽっちなんだということを暗示していたのかもしれない。
そして、その孤独感を漂わせたまま、舞台は第3幕のヴィオレッタの寝室へと変わる。
この間、女性たちがヴィオレッタを取り囲み、デセイが衣装替えをするシーンも印象に残った。

第3幕
この第3幕は、いつも涙なしには見れないのだけど、この日も涙が止まらなくて大変だった。
ヴィオレッタの手紙朗読の場面は、決して大げさな表情をみせないのに胸にぐさりとくる。
やはりオペラ女優だ。
続くアリア「さようなら、過ぎ去った日よ」は、聴き手の心にひたひたと迫ってくるような圧倒的な名唱。
「ラ・トラヴィアータ(道を外れた女)」という言葉の重みを、デセイは見事に表現してくれた。
オーボエのソロも絶品。
そういえば、この素晴らしいアリアも8分の6拍子だ。
ヴェルディは、このオペラの中で重要な部分にこの拍子を使っているように感じる。

そして、衝撃のラストが待っていた。
美しいヴァイオリンソロに導かれるようにヴィオレッタが「エ・ストラーノ・・・」と歌い出した後、ジェルモンもアルフレードも、みんなヴィオレッタから静かに離れていくのだ。
照明も徐々に暗くなっていく。
そんな中、ひとり寂しく死んでいくヴィオレッタ。
こんな結末は見たことがなかった。
あまりに可哀そうじゃないか。
でも、結局のところ、「さようなら、過ぎ去った日よ」の中で彼女自身が歌った「(道を外れた)私のお墓には十字架もない、花もない・・・」ということなんだろうか。
悲しすぎる結末だけど、人生の厳しさというか私たちに強烈なメッセージを伝えてくれた舞台だった。

夢にまでみたナタリー・デセイの「椿姫」。
本当に大きな感銘を与えてくれた。
きっと、一生忘れないことだろう。

最後にナタリー・デセイが語ったメッセージを・・・。
~ヴィオレッタは技術的にもソプラノ歌手にとって最大の難関。
その難役を自分の意見を最大限に採り入れた演出で挑戦できる。
私の仕事の到達点であり声の極限。これ以上先には進めない~


ヴェルディ:オペラ《椿姫》
<日時>2010年7月26日(月)18:30開演
<会場>東京文化会館
<出演>
■ヴィオレッタ:ナタリー・デセイ
■アルフレード:マシュー・ポレンザーニ
■ジェルモン:ローラン・ナウリ
■フローラ:ガブリエッラ・スボルジ
<指 揮>ジャナンドリア・ノセダ
<管弦楽>トリノ王立歌劇場管弦楽団
<合 唱>トリノ王立歌劇場合唱団
<演 出>ローラン・ペリ

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2 コメント

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デセイのヴィオレッタはまだ・・ (ご~けん)
2010-08-01 19:28:15
私のライブラリにもありません。見てみたいものです。ノセダはどうでしたか?
音楽的にも素晴らしかったのではないでしょうか。今度はゲオルギュも来日しますね。椿姫の定番はなかなかコレと言えないところがあって、曲が良すぎるせいか、全て感動してしまいます。
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>ご~けんさま (romani)
2010-08-02 05:17:39
おはようございます。
デセイのヴィオレッタ、本当に素晴らしかったですよ。3年前のリサイタルで聴いたのが、今から思えば予告編だったように感じます。
ノセダですが、決して無理強いをしないのですが、繊細さを持ちながら緊張感の描写も見事でした。

>曲が良すぎるせいか、全て感動してしまいます。
まったく私も同じなんです。
何かミーハーのように思われそうで言い出しにくかったのですが、ご~けんさんのお言葉を拝見して嬉しくなりました(笑)
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