今度はメルリッチェルが訊ねた。
「良心ってなあに」
モルバランは答えた。
「自分の中の自分、またはその自分との対話」
「誰がそんなことを言ってるの」
「ソクラテス」
「へ~、そうなの」
「ソクラテスはうちへ帰るのが怖かったようだ」
メルリッチェルが興味に瞳を輝かせていった。
「知ってるわ、奥さんが悪妻だったからでしょう」
モルバランは落ち着いて答えた。
「そうじゃない、君は週刊誌の読み過ぎだ。怖いのは、うちにもう一人の自分が
待っていたからさ」
「もう一人の自分って?」
「さっき言った自分の中の自分さ。それは何かをしていたり喧噪の中では現れな
いんだよ。うちへ帰って一人になると現れるのさ」
「で、どうしてそれが怖いの」
「今日一日、自分の言動の中にあった曖昧さや軽薄さがもう一人の自分によって
暴かれるからさ」
「なるほど。で、あなたはどうするの?」
「俺は走る、走り続ける」
そういってモルバランは立ち上がって出かけた。
「やはり自分との会話が怖いんだ」
背後でメルリッチェルがつぶやくのが聞こえた。