モルバランが額にうっすら汗をかいて駆けてきた。
「アラ、どこへ行ってきたの」
とメルリッチェルが訊ねた。
「花見」
「いいわねえ。で、どこへ行ったの」
「中将姫桜と薄墨の桜と荘川桜」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
と、メルリッチェルが驚きながら訊ねた。
「中将姫桜は岐阜市内よ。だから行ってきたといっても驚かないわ。でも、薄墨の桜は根尾谷でしょう、そして荘川桜は御母衣(みほろ)ダムの湖畔でしょう、それって全部回ると300キロ以上あるんじゃない。あなた出かけたのは昼過ぎでしょう」
「でも全部行ってきた」
「うそ。いくらあなたが健脚でもそれは無理だわ」
「うん、ごめん。少しうそがある。俺、見たのみんなレプリカ」
と、モルバランは正直に答えた。
「え、桜のレプリカなんてあるの」
と、今度はメルリッチェルが驚いて訊ねた。
「それがあるんだな。JRの岐阜駅が整備されてバスターミナルの真ん中に陸の孤島のような緑地帯ができたろう」
「ああ、そういえばそんなのあったわね」
「その緑地帯の中に、岐阜県内の桜の名木の子供や孫が植えられていて、それらが花開いたって訳さ」
写真はいずれも夕刻の曇天、最悪の条件
中央が薄墨の桜 右が中将姫桜 左が荘川桜
「ああ、そうなの」
「だけど、ちょっといじらしいこともある」
「なに」
「根尾谷にしても荘川にしても山地だろう。だから、本家本元の親はまだ開花していない。だけど、移植されたその子孫たちはもう花開いている」
モルバランはちょっと考え込むようにいった。
メルリッチェルがそれにかぶせるようにいった。
「だったらそんなレプリカ見たって興ざめでしょう」
「うん、それがそうでもないのだ」
「どうして」
「そうだな、想像力みたいなものだろうか」
「想像力って」
モルバランは目を閉じながらいった。
「その木の前で思いを巡らすんだ」
「なにを」
「薄墨の桜なら、死に絶えそうなそれを懸命に回復させた人たちの話、そして、それを克明に書き綴った宇野千代さんの思い」
「なるほど」
「で、荘川桜は」
と、メルリッチェル。
「高度成長期の中で、電気は国力のスローガンの中、湖底に故郷を沈めた人たち、にも関わらず、その故郷のランドマークだった桜を湖畔へ移植した人たち」
「あ、そんな話があったわね」
「そう、いまでも花が開く時期には、旧村落の人たちが花の下で旧交を温めるそうだ 」
「いい話ねえ」とメルリッチェル。
モルバランの話は続く。
「それから中将姫桜だ」
「でもそれってなんか伝説の桜でしょう」
「それはそうだけど、単純な伝説ではない」
「アラ、どうして」
「幼くして才能があり、中将の位まで与えられた姫だが暗い伝説がある」
「へぇ、そうなの」
「まず、姫は当時のドメスティックバイオレンスの被害者だ」
「え、そうなの。で、どうなったの」
とメルリッチェル。モルバランの説明は続く。
「それから逃げて美濃の国まできたのだが、その途中、ひどい婦人病に悩まされたという」
「それと桜とどういう関係があるの」
「そこなんだ。そうした女性の心身や社会的不幸からすべての女性が自由であるようにと祈願して植えられたのがこの中将姫桜だという」
「・・・・・・・・・」
しばし無言でいたメルリッチェルがいった。
「すごいじゃない。レプリカじゃぁだめってのは取り消すわ。だって、本物見てもモルバランのように感じる人少ないんだもの」
モルバランは少なからず照れていった。
「俺、もう行く」
「アラ、今度はどこへ」
「近くの名もない桜を見に」
というが早いか、モルバランは駆けだした。
「アラ、どこへ行ってきたの」
とメルリッチェルが訊ねた。
「花見」
「いいわねえ。で、どこへ行ったの」
「中将姫桜と薄墨の桜と荘川桜」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
と、メルリッチェルが驚きながら訊ねた。
「中将姫桜は岐阜市内よ。だから行ってきたといっても驚かないわ。でも、薄墨の桜は根尾谷でしょう、そして荘川桜は御母衣(みほろ)ダムの湖畔でしょう、それって全部回ると300キロ以上あるんじゃない。あなた出かけたのは昼過ぎでしょう」
「でも全部行ってきた」
「うそ。いくらあなたが健脚でもそれは無理だわ」
「うん、ごめん。少しうそがある。俺、見たのみんなレプリカ」
と、モルバランは正直に答えた。
「え、桜のレプリカなんてあるの」
と、今度はメルリッチェルが驚いて訊ねた。
「それがあるんだな。JRの岐阜駅が整備されてバスターミナルの真ん中に陸の孤島のような緑地帯ができたろう」
「ああ、そういえばそんなのあったわね」
「その緑地帯の中に、岐阜県内の桜の名木の子供や孫が植えられていて、それらが花開いたって訳さ」
写真はいずれも夕刻の曇天、最悪の条件
中央が薄墨の桜 右が中将姫桜 左が荘川桜
「ああ、そうなの」
「だけど、ちょっといじらしいこともある」
「なに」
「根尾谷にしても荘川にしても山地だろう。だから、本家本元の親はまだ開花していない。だけど、移植されたその子孫たちはもう花開いている」
モルバランはちょっと考え込むようにいった。
メルリッチェルがそれにかぶせるようにいった。
「だったらそんなレプリカ見たって興ざめでしょう」
「うん、それがそうでもないのだ」
「どうして」
「そうだな、想像力みたいなものだろうか」
「想像力って」
モルバランは目を閉じながらいった。
「その木の前で思いを巡らすんだ」
「なにを」
「薄墨の桜なら、死に絶えそうなそれを懸命に回復させた人たちの話、そして、それを克明に書き綴った宇野千代さんの思い」
「なるほど」
「で、荘川桜は」
と、メルリッチェル。
「高度成長期の中で、電気は国力のスローガンの中、湖底に故郷を沈めた人たち、にも関わらず、その故郷のランドマークだった桜を湖畔へ移植した人たち」
「あ、そんな話があったわね」
「そう、いまでも花が開く時期には、旧村落の人たちが花の下で旧交を温めるそうだ 」
「いい話ねえ」とメルリッチェル。
モルバランの話は続く。
「それから中将姫桜だ」
「でもそれってなんか伝説の桜でしょう」
「それはそうだけど、単純な伝説ではない」
「アラ、どうして」
「幼くして才能があり、中将の位まで与えられた姫だが暗い伝説がある」
「へぇ、そうなの」
「まず、姫は当時のドメスティックバイオレンスの被害者だ」
「え、そうなの。で、どうなったの」
とメルリッチェル。モルバランの説明は続く。
「それから逃げて美濃の国まできたのだが、その途中、ひどい婦人病に悩まされたという」
「それと桜とどういう関係があるの」
「そこなんだ。そうした女性の心身や社会的不幸からすべての女性が自由であるようにと祈願して植えられたのがこの中将姫桜だという」
「・・・・・・・・・」
しばし無言でいたメルリッチェルがいった。
「すごいじゃない。レプリカじゃぁだめってのは取り消すわ。だって、本物見てもモルバランのように感じる人少ないんだもの」
モルバランは少なからず照れていった。
「俺、もう行く」
「アラ、今度はどこへ」
「近くの名もない桜を見に」
というが早いか、モルバランは駆けだした。
まさにいながらにして岐阜の名桜が楽しめます。
しかもそれらは、本家本元派がまだ蕾の段階なのに、岐阜の町中の気候に合わせて、けなげにももう花をつけています。
一つだけ残念なことがあります。
それは、飛騨きっての名桜「臥龍桜」がないことです。
当然この庭園を企画設計をした人はその存在をしらななったはずはありません。また、それが他の桜に劣るという節は全くありません。
おそらく誘致の段階で何か齟齬があったのでしょう。
数年前、臥龍桜の最盛期、地区の婦人会の面々がうった手打ちそばの味が忘れられません。
*花そのものでは中将姫桜がとてもきれいでした。