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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

「誰を生かし、誰を殺すか」という神の視座

2016-08-02 17:52:41 | 社会評論
             

 相模原の事件のほんとうに怖い問題点は、その二次現象として被疑者を「理解」し、それを正論だとする人たちが公然と、あるいは隠然と現れつつあることです。
 こうしたヘイト・クライムの入り口がヘイト・スピーチだとするならば、それを肯定する人たちはかなりの数にのぼります。

 都知事選挙では、ヘイト・スピーカーの親玉、桜井誠が11万4千票余を集め、泡沫候補とはいえない域に達しました(第5位)。
 東京の人口を日本全体の10分の1と考えると、全国では100万人超のヘイト・スピーチ賛同者がいるわけです。

 ヘイトの基本は、些少な差異を差別にまで拡大する点にあります。なぜ、単なる差異を差別にしうるのでしょうか。
 そこには、「本来性」という思考があります。人間があるべき姿=本来性が厳然としてあり、自分はその本来性の側にいるという幻想です。だからそれから外れた者たちを罵り、場合によっては抹殺する権利があると思い込むのです。

 しかし、そうした「本来性」は歴史的、地理的にどのようにも変動しうるのです。古代の人間像、中世の人間像、近世の人間像、現代の人間像はそれぞれ違います。
 ヨーロッパ、アジア、アメリカ大陸、アフリカなどでもそれぞれ違うかもしれません。

 前世紀、私たちの歴史は、「本来性」に基づく二つの体制を経験しました。
 そのひとつはナチズムです。彼らはアーリア民族、その最も濃厚な後継者ゲルマン民族をあるべき「本来の人間」とし、それを犯す敵対者としてユダヤ人を措定し、その殲滅を図りました。
 恐るべきは、それがスローガンに終わらず実践されたことです。その結果が、600万人に及ぶユダヤ人の屍です。
 同時にナチスは、その優生学的短絡思想に基づき、「本来性」から外れたものとして30万人余の障がい者を抹殺しています。

 もうひとつは、ソヴィエト・ロシアによるもので、そこでは観念的に抽象化された「プロレタリア的人間」が本来の人間とされ、それからの逸脱を「人民の敵」として抹殺しました。その犠牲者は1千万人にも及ぶともいわれています。

 ナチズム、スターリニズムともに、「本来的人間」を掲げたイデオロギーと、それに反する者たちへのテロルが暴走した結果です。
 現今のヘイト・スピーチからヘイト・クライムへの道筋は、明らかにこうした思考様式を共有しています。

 「本来性」という思考に縛られると、何か世界や人間のあり方に確固としたものを見いだせたかのように思えてきます。そして、あらゆる言動、あらゆる行為がその「本来性」実現のためには許されるかのように思えてくるのです。
 それが今回の被疑者が平然と多くの人を殺すことができた、そしてナチズムやスターリニズムが想像を絶する人たちを抹殺することができた構図です。
 「ヒトラーが降りてきた」とき、今回の被疑者はそのように「覚醒した」のです。

 何をいいたいかはもうおわかりできたと思いますが、この「本来性」、それから外れたものをヘイトし、差別し、抹殺さえするその思考こそが問題なのです。
 人間は端的にいって複数な存在なのです。これは、世界にはいろいろな人がいるという単純な事実と、それらの人たちが同時に共存するということこそ世界の現実であり、それを否定してはいけないとうことを示しています。

 確かに、「本来性」のような思考をもつと、世の中がすっきり整理できたような気持ちになるかもしれません。それが危ないのです。世界はそんなにすっきり整理できるようなものではないし、だからこそさまざまな出来事が生起し、そのなかで私たちは喜怒哀楽を覚えながら生きているのです。

 この事実は、世界をありのままに受け入れよということではありません。確かにさまざまな問題があります。そしてそれらには具体的な対応をしなければなりません。
 貧困、格差、人権、自由・・・etc.etc.
 こうした折に、「本来性」をもちだし、「本来性」を実現すれば(ということはそれに背くものを片付ければ)、あらゆる問題が解決するとするのはとても危険な短絡です。
 そうした思考は、自らを神の視座へと高め、「誰を生かし、誰を殺していいか」を決定しうるかのように作用しますし、実際にそれを実行します。
 今回の事件のように。


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