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土曜日は図書館とコンサート シューマン&べートーヴェンそして村田英男?

2018-03-19 02:16:53 | 音楽を聴く
 陽気がよかった土曜日、午後、少し読書をしてから三時半頃から図書館へ。
 借りていた森一郎の『世代問題の再燃――ハイデガー、アーレントとともに哲学する』(明石書店)などを返却。森一郎は前著の『死と誕生 ハイデガー・九鬼周造・アーレント』(東京大学出版会)でよく勉強させてもらったが、今回のものは前半はまあまあだったが、後半は同じことの繰り返しのようでいまいち。
 ジュディス・バトラーの『自分自身を説明すること 倫理的暴力の批判』などを借りる。

 時間が少しあったので、図書館の中庭を散策してから、音の反響がいい(辻井伸行君などがそういっている)といわれるサラマンカホールへ。
 毎年三月、大阪フィルの岐阜定期公演があって、私は飲食店を退いて以来十数回、ず~っとそれを聴いてきた。で、今年もそれを聴きにサラマンカホールへ出かけた。指揮は御大、秋山和慶氏。

            
                図書館中庭のマンサク

 小手調べはメンデルスゾーンの序曲「フィンがルの洞窟」。弱冠20歳の彼の才気がほとばしる曲で、やがてこれは交響曲「スコットランド」へ収束されてゆくだろう。
 
 前半のメインはシューマンの「ピアノ協奏曲」。何を隠そう、私はシューマンの隠れ信者だ。三、四年ほど前、あるところでシューマンに関する報告を行った際、シューマンのほぼ全曲を聴いた。しばらくは、あの独特のシューマン節が頭から離れなかった。
 このピアノ協奏曲も、出足からシューマン節全開である。
 シューマン節とは、私が勝手に名付けたのであるが、彼独特の悲哀の表現である。そう思って聴くと彼の音楽のどこを切っても哀しみの色合いがついて回る。たとえばクララと結ばれた後の充実した時期に書かれたという交響曲第一番「春」にも、そこはかとない悲哀のようなものが流れている。

            
        図書館と美術館の間のシデコブシは三分咲きぐらいか

 私はこれを「実存的哀しみ」と名付けた。小難しい言い回しだが、ようするに、具体的ななにか、たとえば失恋した、母に死なれた、財布を落とした、などといったことが悲しいのでなく、このようにあること、あることそのもの、存在することそれ自身が哀しいといったらいいだろうか。シューマンの音楽にはどれにもそれが通奏低音のように流れている。

 ピアノ協奏曲にはとりわけそれが顕著である。聴きようによってはそれが息苦しいほどだがそれがシューマンの音楽なのだ。
 ソリストは幼少時からその才能を発揮してきた小林愛美。そうしたシューマン節をあまり意識せず、若々しいタッチで淡々と弾いていたのがかえってフレッシュだった。それを堪能して前半は終わり。

            

 後半はベートーヴェンの第六「田園」。
 この曲は、ベートーヴェンの中では最も写実的で、聞き易いというか分かり易いのでいくぶん軽んじられている向きがあるが、彼独自の構成美がはっきりしていてとてもいい曲だと思っている。
 とりわけ私は以下の三つの理由で思い入れが深いのである。
 
 最初のそれは、中学生の頃、クラシックの名曲にアニメ映像をつけたディズニーの『ファンタジア』を観たことによる。私にとっては音による印象よりも視覚による印象の方が強い。だから、ずいぶん後まで、「田園」を聴くたびにこの映像がちらついたものだ。
 ギリシャ神話を題材としたそれは、実に楽しい映像だから以下を観ていただきたい(「田園」は4分40秒ぐらいから)。

 https://www.youtube.com/watch?v=rwZUh48wBXU

 もうひとつの思い入れは、何を隠そう、私が高校生の頃、初めて買ったLPがこの「田園」だったのだ。カラヤン指揮、ベルリンフィルのものだった。
 ただし、当時、わが家にはちゃちな電動式(かろうじて手回しではなかったが)の再生装置しかなく、音は乾いた無機的な単色で味もそっけもないものだった。
 そこで私は一計を案じ、親父にもう少しましな再生装置を買ってもらうべく、そのカラヤンの盤とともに、彼が好きだった村田英男を買った。そして親父に、もう少しいい音で聴いたらと提案したのだった。
 村田英男のLPに収録されていたのは以下のような曲だった。

 https://www.youtube.com/watch?v=Em_6pq5FbnQ
 https://www.youtube.com/watch?v=vF2_ScuCrvY
 
 結果は失敗だった。わが父は、音の善し悪しなどは関係なく、村田英男が歌うだけでよかったのだった。そういえば当時のラジオだって大した音ではなかった。

              
         かつてはロビーといったがいまはホワイエというようだ

 最後は、私がウィーンのベートーヴェンが「田園」を作曲するために散策したという場所を訪れた話である。
 ウィーン市内で80回近く引っ越した(これに勝る記録はわが葛飾北斎の江戸市中93回の記録。一日に三回???)ベートーヴェンの住まいのうち、有名な「遺書の家」の近くがそれである。
 田園のイメージや一般にパストラルから来るイメージは田舎の広々とした平野であろう。しかし、ベートーヴェンが歩いたという散歩道は、郊外のお屋敷が建ち並ぶような箇所で、視界が開けたような箇所は全くないのだ。わずかにそれらしいのは、そうしたお屋敷町の傍らを流れる小川で、それは清楚な水を運んでいた。もちろん、時代の変化もあるだろうが、地形からいって、広く開けた田園ではなかったと思う。
 そこはべートーヴェンの想像力の勝利といっておこう。

             
               サラマンカホール 客席へのドア

 大阪フィルの演奏は朝比奈さん譲りの重厚な音色ですばらしい。秋山和慶氏は中部フィルでも振っていてこれで4回ほど聴いているが、臨機応変というかオケの音色をうまく引き出しているように思った。包容力のある指揮者ではないだろうか。


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