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銃を抱いて寝る女たち 映画『バハールの涙』を観る

2019-02-07 17:35:10 | 映画評論
 あれはもう一昨年になるのだろうか、ジム・ジャームッシュ監督の『パターソン』は面白い映画であった。その映画で、主人公のバス運転手で詩人のパターソンの、恋人にして造形美術家役を演じたゴルシフテ・ファラハニが主演ということで、名古屋へ出た折に『バハールの涙』を観た。『パターソン』とはまったく毛色の違う映画である。

 凄まじい映画だ。終始、画面には緊張がみなぎる。主人公は、クルド人であり、ISに一族を殺され、息子を奪われ、自身は、性奴隷として肉体を蹂躙され、家畜のように奴隷として売買された女性である。彼女は、そうした人びとを救援する組織との連絡に成功し、なんとかその境遇から脱出することに成功する。

          
 しかし、それは物語の発端に過ぎない。彼女は、自分の息子を奪回するため、また女性を辱めるISと戦うため、女性からなる部隊を組織する。彼女たちは、常に銃を抱いて眠り、戦闘においては最先端での銃撃戦に出撃する。
 映画はそうした彼女の現実と、その屈辱の過去を相互に映し出してゆく。

       
 私はここで、1940年代、ナチスに迫害されたユダヤ人のために、どこの国家にも属さないユダヤ人部隊を構想したハンナ・アーレントを想起した。この構想は実現しなかったが、主人公バハールはまさにそうした部隊のコマンドとして、銃弾が飛び交う中で躍動する。
 なぜ、ここでアーレントを思い出したかというと、バハールの属するクルド人は、国家をもたない最大の民族として、中近東の数カ国に居住しながら、どこにおいてもマイノリティとしての立場を強いられているからである。この状況は、イスラエル建国前のユダヤ民族のありようとよく似ている。

       
 この映画を彩るもうひとりの女性を紹介すべきだろう。やはり戦場で負傷し隻眼となった彼女は、フランス人のジャーナリストで、夫であった記者を地雷で失い、幼い娘を国に置いたまま、バハールとともに最前線で、まさにいつ相手に狙撃されても致し方ない至近距離で作戦に同行し、銃ならぬカメラを構えてその現実を伝えるようとする。

       
 日本という国では、そうした戦場ジャーナリストを、「勝手に」危険なところへ出かける「無法者」として、彼らの災難も自己責任だとして突き放し、非難の対象にすらする。それのみか、最近では、彼らの渡航に対し旅券の差し止めさえ行っている。
 それによって、私たちが安穏と過ごしているこの日常とまさに並行して、世界でどのような事態が起こっているかは明らかにされることはないまま隠蔽され続ける。

       
 過去の戦争で、朝鮮戦争で、ベトナムで、カンボジアで、アフガニスタンで、イラクで、そして現今のシリアで、事態がどのように進んだかの私たちの情報や知識は、彼ら戦場を駆け巡るジャーナリストの活躍によるところが多いのだ。

       
 映画に戻ろう。バハールの戦闘は、あるISの拠点を陥落させることによって勝利し、息子を奪回することもできる。フランス人ジャーナリストも負傷しながら従軍記事をモノにする。

 しかし、これがハッピーエンドだろうか。ISのようにあからさまに性奴隷制度をとらないとしても、それに近い現象はイスラム圏にとどまらずいわゆる先進国にもあるのではないか。DVがその発露でないとはいえないだろう。

       
 もう一つの私の杞憂は、上に述べたクルド人たちの存在にある。別に国家をもつべきだとはいわない。どこの国家においても、彼ら、彼女らの人権が尊重され、平等に扱われるならばいい。しかし、そうなっていないのが現状だ。彼らは、どの国家においてもマイノリティなのである。


       
 彼女が勝ち取ったつかの間の勝利が、とりわけ、女性たちが主体となって情勢と対峙する基本的権利が、さらに持続し、広がりを見せることを祈らずにはいられない。
 女性が銃を取れというのではない。男女を問わず、銃を取らなくても良い世界の到来を願うのだ。

 過酷な戦闘シーンなどもあって、緊張を強いられる時間であったが、その合間に、女性兵士たちが列をなして歌い、踊るシーンは、彼女たちがIS支配下で泥沼の生活を強いられた過去をもっていることを知っているだけに、なにかふつふつと湧き上がるような感動がこみ上げてくるのだった。

 ゴルシフテ・ファラハニが演じるバハールが、過去の悲惨を乗り越え、未来へと向ける眼差しは凛として美しい。

 


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