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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

書かなくともいい(したがって読まなくてもいい)日記

2015-03-01 00:39:43 | 日記
 今月も今日で終わり。
 といっても特に感慨はない。
 
 Mac Book Air の音が出なくなってしまった。
 この間は再起動で直ったが今回は駄目だ。
 サポートセンターに電話。
 いわれるままに2、3を試みたが成果なし。
 システム環境設定のサウンドは消音のまま。
 スピーカーのアイコンは灰色のままだ。
 「もう7年経っていますから・・・」
 と、いかにも寿命を匂わせる口調が結論。
 念のためSNSのMacの相互助言欄にも投稿。

  

 昼食後、何かをやる気がさっぱりでない。
 はがきを書いたのでそれを投函に出る。
 ついでに足慣らしの散歩。
 畦道のイヌフグリやペンペン草はもう咲いている。
 しとやかな感じの梅を見かけた。
 あまりケバくないこういうのが好きだ。

  
  

 このガラケーのカメラ、よく使った。
 シャッターボタンが緑青を吹いて変色してきた。

 帰宅したら、朝からのモヤモヤが形に。
 老人性自己嫌悪シンドロームの来襲だ。
 俺は何をやっているのかと自分を責める。
 責めるのも自分、責められるのも自分。
 勝負がつくはずがない。
 モヤモヤが累積してゆくのみ。

  
 
 夕食を作る。
 メインディッシュはキンメダイの煮付け。
 あとはほうれん草とシメジのバター炒め。
 人参と里芋の炊合せ。
 箸休めに胡瓜のスライスに刻み大葉、
 味付けはサラダオイルに醤油一滴を垂らす。

 夕食後、夜陰に乗じて町内に広報を配布する。
 昼間歩いた道も含むが夜はまた顔が違う。
 ありがたいことに寒くはない。
 班長の任期はあと1ヶ月だから
 広報配布もあと2回ほどで終わる。
 次に班長が回ってくる頃には生きてはいないだろう。

     

 夜風を胸いっぱい吸って帰宅。
 この間買った、サントリーウィスキー発売当時の
 復刻瓶の「白札」をロックで飲む。
 この氷では不味いから、そろそろ水割り用の氷を
 冷凍庫にタッパーを入れて作らなければ。
 水割りの氷はやはりアイスピックで割らなきゃね。

 少しは落ち着いたが、自己嫌悪シンドロームは、
 通奏低音のように鳴り止まない。
 明日は雨模様。

 

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4 コメント

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Unknown (花てぼ)
2015-03-01 22:45:46
書いた方がいいし、読ませた方がいいと思います。
私も偶に(この「偶に」という言葉、私は「時に」、「ある時は」または「そういう時ってあまりないのですが」の意味で使いますが、正確な使い方でしょうか。何か方言のようにも思うのですが)、ブログを止めてしまいたいと言う気持ちになる時があります。でも本当に止めてしまったら寂しいのだろうなと思います。或いは、案外ブログなしの生活にすぐに慣れるのかも知れないとも思ったりします。
”俺は何をやっているのかと自分を責める”
こういうこともよくあります。
それでも何か発信していた方がいいのでしょうね。正に「私は一体何をしているのか」ですが・・・
返信する
応答のサイクル (六文銭)
2015-03-01 23:36:23
 最初に「偶に」ですがごく一般に使われる日本語です。念のため、辞書にあたってみましたら、「岩波国語辞典」では、「たま」、「たまに」を副詞として紹介しているものの、漢字表記はありませんでした。ただし、「広辞苑」では「偶に」という漢字表記で、意味は「まれに」とありますから、花てぼさんの使い方でドンピシャリです。
 なお、古語など古い日本語では「偶」の一字で「たまたま」と読ませ、漱石や鴎外はこれを使っていたように思います。
 なお、これは「偶然」(必然の反対、然るべき根拠はないけれど)の「偶」ですね。

 私の虚しさは、いい歳をして自分の行為や予定をちゃんとコントロール出来ないという焦りと、自分の言葉が、果たして人びととの応答のサイクルのうちにあるのか、といったところでしょうか。
 しかし、こうした問題のたて方は、良く言えば自分の言動をメタレベルで見る、悪くいえば内面吐露の形をとった単なる愚痴になってしまいますね。
 ですから、上の文章のような書き方はあまり良くないと反省しています。むしろ、こんな舞台裏の話ではなく、自分が紡ぎだした言葉が、私以外の方々との応答のサイクル内でちゃんと機能するように書く努力をすべきだろうと思います。
 年寄りの愚痴としてお聞き流し下さい。
返信する
愚痴は言うべし (さんこ)
2015-03-02 11:16:18
六文銭さん

愚痴は言うべしです。私のブログは愚痴を消したら何も残りません。でも、覗いてくださる人が一人でもいるうちは、
同じような愚痴ばかりを並べてお目を汚しています。

ああ、同じように感じている人がいるなと、読者はホッとします。老いては愚痴友達。良いのではないですか?
返信する
父の背中 (六文銭)
2015-03-02 11:40:23
 寡黙で決して愚痴を言わず、それでもって責任をもって事態を進めるような父の背中を見て育ちました。私も父にとっては愚痴のタネだったのでしょうが、それを口にすることはありませんでした。
 その代わり、私以上に大酒飲みでした。しかし、酔っても、15歳で奉公に出た自分の回顧談はするものの、決して他者を巻き込んだ愚痴はいいませんでした。
 私はそんな父を人格的に尊敬しています。
 そのせいで、愚痴はいうまいと思ってきたのですが、ここへ来てやはりその禁則が緩んできたようです。
 他者を巻き込むことなく、自分の苦境をそれとなく訴えるような上手な愚痴のいい方を身につけなければなりませんね。
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