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【読書の窓】『丸山真男の時代』おぼえがき

2011-10-22 02:33:28 | 現代思想
 本書とよく似た書名の『丸山眞男とその時代 』(福田 歓一 2000年 岩波ブックレット)という本があるがそれとは違う。
 こちらの方は『丸山真男の時代』(竹内 洋 2005年 中公新書)である。
 この書名の差は微妙であるが、後者は丸山真男という現象を通じて見た「時代」の方にウエイトがかかっているといっていいかも知れない。

 正直言って、私は丸山真男とあまりちゃんと向かい合ったことはない。いわゆる「丸山世代」というのは私よりもさらに年長の人々といってよい。そんな私でももちろん、彼が雑誌『世界』などを舞台としたいわゆる戦後知識人であり、岩波文化人であることは知っていてそれらの論文を読んだことはある。

 さてこの書であるが、丸山真男の思想を手っ取り早く吸収しようとするむきにはいささか当てが外れるであろう。既に少し触れたように、この書は丸山真男という現象、出来事がなんであったかを解き明かすことにウエイトをおいているからである。
 ちなみに著者はその対象である丸山と政治学やその思想を追求する分野で共通するものはなく、社会学者である。しかし、そのことによってこの書は、丸山という鏡に映し出された事象をその「表裏」から考察し、もって丸山を逆照射し、従来の丸山像を越えたそれを紡ぎだす。
 そして同時に、丸山に代表されるいわゆる知識人の功罪を、とりわけその後期にいたっての凋落を明らかにする。

            

 先に鏡の表裏と書いたが、その表面が戦後のオピニオン・リーダーの丸山だとしたら、裏面は若き学徒の時代(戦前)に吹き荒れた蓑田胸喜らによるファナスティックな帝大追放=インテリ追放の運動への、トラウマのようなものに捉われた丸山ともいえる。
 実際のところ、皇国史観などにもとるとして蓑田らの運動により、大学を追放された研究者はかなりの数にのぼる。

 それが途絶えた、敗戦の日八月一五日をもって、丸山に日本の「革命」といわしめた要因であったとも思われる。実際のところ、この日を境に日本の言論界は様々なタブーから解き放たれたのであり、知識人が大衆に語りかける自由を得たのであった。

 もう一つの鏡の表裏は、そうして解放された丸山ら知識人の活動の高揚と凋落の歴史である。
 そうした知識人たちは、例えばいわゆる六〇年安保で大きな力を発揮する。六〇年安保の高揚は、日本共産党の一元支配を離脱した全学連の街頭闘争と丸山たち知識人の連携によってもたらされたといっても過言ではない。

 しかし、六〇年安保以降のいわゆる高度成長期においては、丸山たち知識人の提言を受け止める層がもはや劇的に変化していた。
 運動そのものは武装闘争も含めて先鋭化する一方、かたや経済成長の成果を消費者として謳歌する「ノンポリ」という膨大な大衆を生み出しつつあった。
 そこではもはや知識人の出幕はなかったといってよい。
 丸山は当時の先鋭化した学生によって吊し上げに遭い、研究室を襲撃されたりもしている。

 ただし、例外的に鶴見俊輔などのべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)が無党派層の受け皿として機能したことは特記すべきであろう。ただしこれとて、呼びかけ人の知識人による説得への呼応いう一面的な運動ではなかったように思う。

 この間の事情をこの書は社会学者らしく実証的に明らかにする。この書に挿入された多くの統計やグラフは、事態がどのようであったかの状況を具体的に示し、また、知識人の自負にもかかわらず事態がそれを裏切りつつあった過程をも示す。
 それらを含めてこの書が、丸山という鏡に写った表裏の事情を指し示しているという所以である。

       

 ところで、丸山の残したものはこれでもって途切れてしまったのであろうか。そうは思わない。
 別の書『自由について 七つの問答』(鶴見俊輔などの丸山真男への聞きがたり 2005年 編集グループSURE)でも丸山が強調するように、いわゆるプロの政治家(出家した僧)に対して、それぞれがほかに仕事を持ちながらパートで政治に参加する「在家仏教的政治参加」がものをいう時代は興味深い。

 それは丸山流ではベ平連の継承なのだろうが、それらはネット社会を経由することにより、そうした範疇をも超えてジャスミン革命であったり、一高校生の呼びかけに呼応する脱=原発デモであったりするかたちで実現しつつある。
 既存の政党や労働組合が「動員」をかけるのではない、「在家」の市民たちがそれぞれの課題に呼応して集まる、そして、そうした政治行動が事態を変える、それは丸山の夢であったのかも知れない。

付言すれば本書の中身は結構濃い。丸山をめぐる戦前戦後の歴史描写はそれ自身がとても面白い。
 

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