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今年始めての映画館 ドキュメンタリー二本のうち『スープとイデオロギー』

2023-02-09 15:27:43 | 映画評論

 TVの画面越しでの映画は観ていたが、映画館のスクリーンでは今年初めて。しかも、二本続けて、さらにどちらもドキュメンタリー。

      
                  

 一本は、かつて私が観て感動した、帰国事業で北へ渡った兄が一時帰国でやってくるということを巡っての劇映画『かぞくのくに』(安藤サクラ、井浦新など)を撮ったヤン・ヨンヒ監督(在日二世のコリアン女性)が自分の母を対象にしたドキュメンタリーで『スープとイデオロギー』と題されている。

            

 この母も、そして既に亡くなっている父も、朝鮮総連(北側の在日コリアンの組織)の活動家であった。そのせいで、ヤン・ヨンヒ監督の三人の兄はすべて、いわゆる帰国事業で北へ「帰って」いる。その兄の一人が一時帰国した折の状況を踏まえた劇映画が私の感動を呼んだ『かぞくのくに』だったわけだ。
 このドキュメンタリーは、監督の一家がなぜ「北」を選んだのかを1948年の済州島事件に遡って明らかにする。

       

 済州島事件というのは、第二次大戦後(日本敗戦後)、38度線で分断された南側の権力者たちが、南側だけの選挙を行い、分断されたままの国家を立ち上げようとしたのに対し、それに反対する済州島の住民に対し加えられた大弾圧である。
 1954年まで続いたというその弾圧の凄惨さは、「政府軍・警察及びその支援を受けた反共団体による大弾圧をおこない、少なくとも約1万4200人、武装蜂起と関係のない市民も多く巻き込まれ、2万5千人から3万人超、定義を広くとれば8万人が虐殺されたともいわれる。また、済州島の村々の70%(山の麓の村々に限れば95%とも)が焼き尽くされたという」(Wikiによる)。

       

 このドキュメンタリーの主人公=監督の母は、その折、18歳であり、後に監督の父(朝鮮総連幹部)となる男性とは別に、若き医師と婚約関係にあったが、この男性はその父とともに済州島事件で殺害されてしまった。
 済州島事件で、活動家でもない住民をも対象とした殺戮撃は凄まじく、母の証言によれば、かたわらの小川は赤く染まって流れていたという。

 この済州島事件を始めとする南での惨事の連続は、日本の敗戦で一度は帰国した在日コリアンを、さらには新しいコリアンをも亡命同然に日本へ向かわせた。
 監督の母も、幼いきょうだいを伴い、済州島で30キロを歩き、手配した船で日本へ入国したのであった。

       

 ここに、彼女と、後に連れ添った夫とが、南側ではなく、北側の朝鮮総連の活動家になった経緯がある。そして同時に、戦後の在日コリアンの90%以上が南の出身でありながら、なぜ北側の「朝鮮総連」に圧倒的に多くの人々が所属していた時期があったのかを解く鍵がある。

       

 さらにはそれが、のちの北への帰国事業に発展し、息子たち三人の北への「帰国」となり、そしてこのドキュメンタリーの主人公の連れ合いにして監督の父は、亡くなったあと平壌郊外の墓地に眠っているという。
 要するに、済州島事件は朝鮮半島分断とその双方におけるその後のいきさつを決定づけた事件だったのであり、ヤン・ヨンヒ監督一家はそうした歴史的経由をまるまる抱え込んだいっかだともいえる。

       

 映画のクライマックスは、認知症に侵された母が、2018年、済州島で行われた4・3弾圧70周年記念大会に参加するところである。記念式場では、沖縄の平和祈念公園同様、済州島事件で亡くなった犠牲者を彫り込んだ黒い御影石が建っている。刻み込まれた無数の名前。それを前に、半ば記憶を失った母は、かつての婚約者などの名を捜す。
 そこでは見つからなかったものの、後に訪れた広大な共同墓地で、それは確認されたという。

       

 タイトルの『スープとイデオロギー』は、しばしば出てくる全身の鶏肉の腹に、にんにくやナツメなど香辛性のものを詰め込んでじっくり煮込んだ蔘鶏湯に似た料理が対象で、いろいろな歴史的変遷、立場の変化などがあっても、その味は変わらないというところから付けられたらしい。

       

 在日コリアンの一家族、その母の記憶、並びに記録だが、それは既に述べたように、朝鮮半島の戦後史を凝縮した形で色濃く保つものであった。 とはいえ、そのタイトルが示すように、話はその母と監督夫妻を中心としたホームドラマのような展開で、固っ苦しかったり、重苦しかったりといった感はない。

 もうじゅうぶん長くなってしまった。もう一本の方はまた回を改めることにしよう。

   名古屋シネマテーク 2月17日まで   

コメント
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