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音楽と食の祭典 ジャコバンピアノ音楽祭2019 in 岐阜

2019-05-22 02:13:51 | 音楽を聴く
 5月19日、岐阜サラマンカホールで行われた「ジャコバンピアノ音楽祭2019 in 岐阜」にでかけた。「ジャコバン」といっても、フランス革命後に暴虐の限りを尽くしたというあのジャコバン党とは関係がない。
 この音楽祭を主催者のパンフから拾うとこうなる。

          
 「薔薇色の街がピアノに染まる。世界でもっとも美しいピアノ音楽祭。フランス南西部にある中世のレンガ造りの街並みが美しい《薔薇色の街》トゥールーズ。
 13世紀ゴシック建築のジャコバン修道院を舞台に、半世紀前から世界中のピアニストたちに愛されてきたピアノのための音楽祭、《ジャコバン国際ピアノ音楽祭》があります。
 

       
 リヒテル、ブレンデル、アルゲリッチ…。この音楽祭の歴史を彩ってきたのは、きら星のようなピアニストたち。音楽祭のコンセプトは、とてもシンプル。テーマもなく、ジャンルもない、ただピアノだけ。ピアノでみんながひとつになる。
 新たな国際交流の第一歩が、いま、はじまります。
 主催:サラマンカホール 共催:岐阜新聞・ぎふチャン
 後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
 協力:大野町、大野町バラ苗生産組合、アペリティフ365 in 岐阜実行委員会」

          
       ホールに飾られた薔薇の塔 白いのはヤマボウシの花

 コンサートはマチネ(昼の部)とソワレ(夜の部)に別れるが、次の予定があったのでマチネのみを聴く。
 マチネの一部は三浦友理枝さんのピアノ。
 ラヴェル、サティ、プーランク、ドビュッシーとフランス一色。
 そのせいか、弾きまくるという感じではなく、繊細なタッチをじっくりと聴かせるタイプ。このようにまとめて聴かせてくれると、同じピアノ曲でも、おフランスのそれはやはり独自性をもっていることがよく分かる。

       
 このひと、演奏もいいが、その解説がいい。作曲家ごとにトークが入るのだが、それがとてもいい。滑舌の良さもだが、その内容が要点を的確に衝いている。
 例えば、ラヴェルは印象派に数えられてしまうが、その枠を出てより前衛的なものを志向していた反面、ドイツバロックではなくフレンチバロックへの先祖返り的志向があったこと、ドビュッシーの前期と後期の曲想の相違などがそれだ。
 こういう形で整理できる人は、自分が弾いている作曲家のコンセプトを掌握しながら演奏できるのではないかと思った。

       
 マチネの二部は、フランスからやって来たフィリップ・レオジェというジャズピアニストで、前の三浦友理枝さんとは違ってガンガン弾きまくるタイプで、最初の三曲ほどのシャンソンのスタンダードナンバーをアレンジしたものはわかったが、、その後の曲はアレンジのせいか、もともと私が知らない曲なのか、曲名もよくわからなかった(プログラムにも非表示)。
 しかし、その迫力溢れる演奏は、ジャンルを超えたピアノという楽器の表現の可能性を追求しているようで、心地よい後味を残す演奏であった。
 小さなライブハウスや、ジャズクラブでの演奏スタイルとは全く異なり、コンサートホール向けの演奏だと思ったが、小ホールではそれに合った演奏をするのだろう。

          
 マチネが終わった夕刻、サラマンカのホワイエでは、ピアノのミニコンサートが続いていたし、サラマンカが入るふれあい会館の大ロビーでは、デリカテッセンの催しが全開で、ワインとフレンチの一品料理を楽しむ人、ソフトドリンクとケーキに舌鼓をうつ人で溢れていたが、次の予定のためにその場を後にせざるをえなかった。

 余談だが、陽気が良かったので自転車で会場に向かったのだが、道半ばで、肝心のチケットを忘れたことを思い出し、全速力で自宅へ取って返し、また全速力で会場へ向かった。はじめに、余裕を持って家を出たので、なんとか開演には間に合ったが、八〇歳を過ぎての数キロのツール・ド・フランスなみの自転車の全力疾走、やはり腰に来て、翌日から激しい腰痛に悩まされている。



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