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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

絵に描いた果物と戦争

2007-06-21 17:26:23 | よしなしごと
 わが家の枇杷を、既に数度にわたって収穫した。
 その都度、娘の勤める学童保育のおやつや、私の老母のおやつに供してきた。

 今の子供たちは、枇杷を結構珍しがるようである。
 むろん、スーパーには売っているが、それが子供のおやつとして供される機会が少ないのだろう。

 
       枇杷の花.こんなに綺麗なのですよ。

 私にとっては、枇杷は懐かしい果物である。
 と言うより、戦時中の私にとっては、口に出来る果物と言えば、イチジクと柿と栗と枇杷しかなかったからである。これらは、それぞれ、私が疎開していた母の実家の敷地内にあったもので、それらが熟す時期は、私達子供にとっては天国であった。

 しかし、それ以外の果物については、全く疎遠であった。  
 戦時中の食糧難の中にあって、果物などは全くの贅沢品であり、今なら最もポピュラーなリンゴやミカンすら入手困難であった。
 それらの果樹園は伐採され、もっと基本的な食料生産のために畑などに転用されたからだ。

 だから、私達の口に出来た果物と言えば、前に述べたようなものに限定されたのだが、それらはいずれも、農家の庭先で獲れるものであった。

 ところがである、私達よりやや上の世代は、私達が口に出来ない果物を食していたのである。

 それはまだ、日本が列強によって追いつめられ、戦況が悪化する前のことである。
 台湾からは美味いバナナが入ってきた。その他、東南アジアの占領地からはマンゴー、パパイヤ、パイナップルなどが入ってきていた。

 しかし、やがて戦争はいっそう激しくなり、制海権や制空権をも連合国側に掌握され、兵員や軍事物資の輸送すらままならぬ状況下にあって、果物どころではなくなっていたのだ。

 

 不幸にして、私がものごころ付いたのはそうした時期であった。だから、前記の海外産の果物の中で、私が戦前口にしたものとしては、乾燥バナナの切れっぱししかない。それは、いわばレーズンのようなもので、口に入れている内に柔らかくなり、かすかにバナナの味覚が広がるのだった。

 しかし、私達にとって残酷だったのは、それらを口に出来ないということもあったが、それ以上に、むしろ知らないならば知らないで済むのに、回りには、やたらそれについての情報が氾濫していたことだ。

 台湾は日本の統治下であり、南洋諸島も日本の占領地であることが絵本や雑誌にはエキゾチックな挿絵と共に、これでもか、これでもかと強調されていて、やがてそれらの場所は、大東亜共栄圏として、わが国がリードするいわば従属国になるのだと記されていた。

 それだけならばよい。それらの雑誌には、必ずそこらで獲れるバナナ、マンゴー、パパイヤ、パイナップル、ドリアンなどの写真や絵、それに、それらがいかに美味であるかの叙述が添えられていたのである。
 また、南洋に領地を得た『冒険ダン吉』という当時のマンガには、「土人」たちが恭順の印に、それら果物を大きな籠一杯に持ってくるというシーンが何度も登場するのだった
 まさに絵に描いた餅ならぬ、絵に描いた果物である

 今の雑誌文化のように、情報が素早く交換される時代ではない。紙や印刷にすら窮している時代であったから、子供たちは、そうした本を繰り返し繰り返し読まされたのだった。
 主食にさえ窮し、芋のつるや彼岸花の球根を毒抜きして食べ、飢えをしのぎながら、山と盛られた美味珍味を見せつけられていたのである。大東亜共栄圏の繁栄の証としてである。

 
 戦後、しだいに食糧事情が緩和され、やがて、果物も出回りはじめるようになった。
 しかし、私の場合、もはや果物には食指が動かなかった。
 なぜなのかはよく分からない。あまり長い間「お預け」をさせられた反動なのかも知れない。

 今の子供たちや若い人は、自由に世界中の果物を口にすることが出来て幸せだと思う。
 しかし、戦争はそれらのすべてを奪う。戦争というのは、前線での壮絶な戦いや、「特攻隊」や「男たちの大和」のようなヒロイズムに満ちたものばかりではない
 その銃後といわれる国民の衣食住にわたる生活そのものをも含め、学問や芸術もむろん、すべてを破壊し尽くすものなのである。戦争は、現実生活から隔離されたゲームではない

 軽率にも、戦争への傾斜を容認する人たちは、こうした面をトータルに見ていない場合が多い。
 子供たちが様々な果物を口に出来ること、そのささやかさの内にも計り知れない価値があるのだ

 枇杷を獲る。これを食べてくれる子供たちのことを考えながら。
 子どもたちは上手に皮をむくだろうか? 種を飲み込んだりしないだろうか。

コメント
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