6月7日以来の日記への復帰です。今後ともよろしく。
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実に不快である。しかも二重に・・。
私はカレイとサンマを焼いていた。
いかに現役を引退したとはいえ、昔取った杵柄である。しかも、道具や装置は30年間使い込んできたものと同じ。仕事に誤りがあろう筈がない。
確かに少し忙しかった。それぞれ複数尾を同時進行で焼かねばならなかったのだ。しかし、あらかじめ串をうったそれらを焼き上げるのは、私の能力の範囲を越えるほどの仕事量では決してなかった。
だが、それを見かねたのか、私の旧知の男が手を貸してくれた。
今にして思えば、最初から、「手伝ってくれなくともよい」と言うべきだったのだ。しかし、彼は気のいい男で、しかも善意である。つい、それを言いそびれてしまったのだ。
それが裏目に出た。彼が「手伝って」くれる事柄がことごとく災いとなるのだ。片面が焼け、私がせっかくかえして置いたものを、彼がまたかえしてしまうのだ。ほどよく焼けるよう、火勢と素材の大きさ、厚さなどで、焼き面の高さを調整して置いたものを、彼がまたいじって変えてしまうのだ。ほぼ焼き上がって脇へ寄せて置いたものを、また火にかけたりもした。
結果として、片面だけ異様に焼けすぎたもの、焦げ目が付きすぎるもの、などなど、いわゆるお釈迦が続出するのだ。お釈迦とまでは行かなくとも、私の基準からいったら、とても満足できる焼き加減ではないものもある。
ここで、うんちくをいっておくと、魚を焼くというのは結構難しいのだ。まず、「強火の遠火」であることが要求される。「表四部に裏六部」といって、十部火を通すとしたら、そのうち表は四、裏から六の火を通したものが綺麗に上がる。
だから焼くときは、まず表になる面を焼く。やや焼きが甘いかなぐらいでかえし、裏からしっかり火を通す。それとて、どんどん火が通ればいいというのではない。真ん中の骨の回りにやや赤みが残るのを少し越えたぐらいで火から降ろす。それぐらいの焼きがいちばん美味いのだ。
ややっこしい書き方をしたが、骨の回りに赤みが現実に残るようでは、やや焼きが甘いことになるし、気味悪がった客からクレームが来る。かといってそれを通り過ぎてどんどん火を入れすぎると、いわゆる焼きすぎで、身はふっくら感を越えて固くなるし、結果として素材の味を損なうことになる。さらには焦げる。
もちろん、中骨の回りがどのようになっているかは、外からは見えるわけはない。しかし、その辺の加減ちゃんと心得るのが職人の技である。
30年やって来た私にはほぼそれに近い焼きをする自信がある。
但し、家庭用の魚焼き器では私といえどもそれは不可能である。手軽で便利すぎて、かえって、上に述べたような緻密な作業が出来ないのだ。
話を戻そう。
そんな次第だから、彼が変に手伝ってくれるのが極めて迷惑なのである。
私の折角の技量とは全く違ったものしか上がらないし、その事実にまことにいらいらさせられる。
しかし、相手は善意、もともと人のいい男である。完全に足手まといとなっているのだが、私は、「もういいから止めてくれ!」と言い出しかねていた。
しかし、我慢の限界を越えるときがきた。
私が、焼き上がったものの姿(一応、踊り串がうってあった)を壊さないよう、抜き台の上で、少し串を回し、慎重に仕上げて置いたものを、彼はいきなり壁にたたき付けてしまったのだ。
せっかく焼き上がったそれは、無惨にも押しひしがれて床に散乱していた。
「何をするんだ!」と声を荒げる私に、彼はいうのだ。
「最近読んだエコロジーの本で、こうしたものは捨てろと書いてあった」と。
何を訳の分からないことをと、ここにいたって私は怒り心頭に発して叫んだ。
「ばかもん!とっとと失せろっ!」
自分の声に驚いて目覚めた。
何とも後味の悪い夢であった。ねっとりとした不快感が残った。
冒頭に、二重に不快だったと書いた。
それは、私が怒鳴りつけた男は40年ぐらい前からの知己で、しかも今は故人であり、私はその男のための墓碑銘ともいえる小文を書いたことがあったからだ。
不思議なことに、もはや彼が故人であることに気付いたのは、目覚めてしばらくしてからだった。
二重の不快感が、私に重く重く、のしかかるのだった。
彼が、あの世から私を呼んでいるのだろうか?
*文中、魚を焼く技術について述べた部分は、私自身の経験に基づく事実です。
今度、外食された際、焼き魚が出たらよく観察してみてください。
そこの板場の技量が分かります。
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実に不快である。しかも二重に・・。
私はカレイとサンマを焼いていた。
いかに現役を引退したとはいえ、昔取った杵柄である。しかも、道具や装置は30年間使い込んできたものと同じ。仕事に誤りがあろう筈がない。
確かに少し忙しかった。それぞれ複数尾を同時進行で焼かねばならなかったのだ。しかし、あらかじめ串をうったそれらを焼き上げるのは、私の能力の範囲を越えるほどの仕事量では決してなかった。
だが、それを見かねたのか、私の旧知の男が手を貸してくれた。
今にして思えば、最初から、「手伝ってくれなくともよい」と言うべきだったのだ。しかし、彼は気のいい男で、しかも善意である。つい、それを言いそびれてしまったのだ。
それが裏目に出た。彼が「手伝って」くれる事柄がことごとく災いとなるのだ。片面が焼け、私がせっかくかえして置いたものを、彼がまたかえしてしまうのだ。ほどよく焼けるよう、火勢と素材の大きさ、厚さなどで、焼き面の高さを調整して置いたものを、彼がまたいじって変えてしまうのだ。ほぼ焼き上がって脇へ寄せて置いたものを、また火にかけたりもした。
結果として、片面だけ異様に焼けすぎたもの、焦げ目が付きすぎるもの、などなど、いわゆるお釈迦が続出するのだ。お釈迦とまでは行かなくとも、私の基準からいったら、とても満足できる焼き加減ではないものもある。
ここで、うんちくをいっておくと、魚を焼くというのは結構難しいのだ。まず、「強火の遠火」であることが要求される。「表四部に裏六部」といって、十部火を通すとしたら、そのうち表は四、裏から六の火を通したものが綺麗に上がる。
だから焼くときは、まず表になる面を焼く。やや焼きが甘いかなぐらいでかえし、裏からしっかり火を通す。それとて、どんどん火が通ればいいというのではない。真ん中の骨の回りにやや赤みが残るのを少し越えたぐらいで火から降ろす。それぐらいの焼きがいちばん美味いのだ。
ややっこしい書き方をしたが、骨の回りに赤みが現実に残るようでは、やや焼きが甘いことになるし、気味悪がった客からクレームが来る。かといってそれを通り過ぎてどんどん火を入れすぎると、いわゆる焼きすぎで、身はふっくら感を越えて固くなるし、結果として素材の味を損なうことになる。さらには焦げる。
もちろん、中骨の回りがどのようになっているかは、外からは見えるわけはない。しかし、その辺の加減ちゃんと心得るのが職人の技である。
30年やって来た私にはほぼそれに近い焼きをする自信がある。
但し、家庭用の魚焼き器では私といえどもそれは不可能である。手軽で便利すぎて、かえって、上に述べたような緻密な作業が出来ないのだ。
話を戻そう。
そんな次第だから、彼が変に手伝ってくれるのが極めて迷惑なのである。
私の折角の技量とは全く違ったものしか上がらないし、その事実にまことにいらいらさせられる。
しかし、相手は善意、もともと人のいい男である。完全に足手まといとなっているのだが、私は、「もういいから止めてくれ!」と言い出しかねていた。
しかし、我慢の限界を越えるときがきた。
私が、焼き上がったものの姿(一応、踊り串がうってあった)を壊さないよう、抜き台の上で、少し串を回し、慎重に仕上げて置いたものを、彼はいきなり壁にたたき付けてしまったのだ。
せっかく焼き上がったそれは、無惨にも押しひしがれて床に散乱していた。
「何をするんだ!」と声を荒げる私に、彼はいうのだ。
「最近読んだエコロジーの本で、こうしたものは捨てろと書いてあった」と。
何を訳の分からないことをと、ここにいたって私は怒り心頭に発して叫んだ。
「ばかもん!とっとと失せろっ!」
自分の声に驚いて目覚めた。
何とも後味の悪い夢であった。ねっとりとした不快感が残った。
冒頭に、二重に不快だったと書いた。
それは、私が怒鳴りつけた男は40年ぐらい前からの知己で、しかも今は故人であり、私はその男のための墓碑銘ともいえる小文を書いたことがあったからだ。
不思議なことに、もはや彼が故人であることに気付いたのは、目覚めてしばらくしてからだった。
二重の不快感が、私に重く重く、のしかかるのだった。
彼が、あの世から私を呼んでいるのだろうか?
*文中、魚を焼く技術について述べた部分は、私自身の経験に基づく事実です。
今度、外食された際、焼き魚が出たらよく観察してみてください。
そこの板場の技量が分かります。