Color

今日はなにいろ?

最近読んだ本 「世界の終わり、あるいは始まり」 歌野晶午

2008-08-28 12:52:26 | 読書感想文
我が子が世間を騒がせるような反社会的行動をしたという疑いを持たれた親は決まり文句のように「うちの子に限って」と言い、疑惑が本当だと知ると「いい子だったのに、なぜ」と口にする。
この小説はそんな親子の物語。

この本の帯に「私の子供が誘拐犯なのか?」と言う文字が書かれているのをみて、私は二つの印象を浮かべた。
一つは「私」と言うのは50代くらいの親で、「子供」と言うのは青年なのだろうと。
そしてもう一つはかなり暗い内容だろうと。

その二つとも私の予想は外れた。
「子供」と言うのは小学生なのだ。小学6年生の子供が果たして、4人の子供を誘拐し、射殺出来るものだろうか。
読み手はそう思う。そう思ったのは主人公の「私」もまた同じ。

私=父親は、子供部屋から次から次に出て来る事件のつながりの品や事柄に驚愕。まるで刑事のように、子供の足取りを追うのだ。
父親の望みとは反し、疑惑は濃厚になってくる。

さて、このお話、相当重いだろうと思うと、確かに重い。
罪が明らかになり…。
マスコミが押しかけ、市民に糾弾され、会社はクビに。罪もない妹にまで被害は及ぶ…。
これはかなり重く辛い…。
ところがこれ、事実ではない。
「私」が想像する未来なのだ。

その後もいろんな未来予想図が展開される。
重かった内容が微妙にコミカルに転じてくる。
「私」はいろいろ考えるあまり、被害妄想のようになってくるのだ。

たとえば一家心中。なぜか「私」だけ生き残り、しかも強盗に襲われたように細工している。
それから完全犯罪も思いつく。達成しようとした時、妻が不倫していて、生まれた子供は自分の子じゃなかった、などという展開まで繰り広げている。
かなり「とんじゃって」いるのだ(このあたり、筒井康隆氏のはちゃめちゃに似ている)

結局、「私」は子供と向き合うことはない。向き合ってキャッチボールをしただけだ。
物語はそれで終わっている。
パンドラの箱に残っていた「きぼう」
これがこの一家に残っているとは私はとうてい思えない。

さあ、どうすればいいのだろう。
歌野晶午はその思いを読者に手渡し、この物語を終えている。私はそう思った。

小説の中に「虫は殺していいのに、なぜ人間を殺してはダメなの」と息子が聞く場面が登場する。
「そんなこと当たりまえ」なはずなのに「私」は答えに窮している。
自分だったらなんと答えるだろうか。

世の中には子供の健康をフォローする生命保険や、教育資金をフォローする学資保険がある。
が、昨日まで普通の子供だった我が子が、いきなり犯罪者になってしまう世の中。
社会に被害を及ぼした時フォローする。
そんな保険があってもいいのかも知れない。
生まれたときは皆同じ掛け金。
でも何年かに一度は面談して、成長と教育の度合いによって、掛け金の内容が変ってくる。万引きしたり、いじめたりしたら、掛け金は倍増。20歳まで補償します。
なーんてね。
いろいろ考えることの多い小説だった。

最近読んだ本 栄光一途 雫井脩介

2008-08-22 09:38:36 | 読書感想文
雫井脩介のデビュー作だそう。
柔道界にドーピング疑惑が広がる。それを調査する女柔道家の物語。

雫井さんは学生の頃柔道をやっていたとのことだが、それだけの知識でこれを書いたとは思えない。本当の柔道家が書いたと思えるくらい、柔道について中味の濃い内容。
迫真の試合内容だけでなく、柔道界の中味も凄く詳しく描かれている。

緻密な内容で、疑惑が解明されていく。
本格的サスペンス。
と、思って読んでいると、残り2割くらいで雰囲気ががらりと変わってくる。
たとえるなら、80分くらいは単館系で上映される映画のような雰囲気で、残り20分くらいでハリウッド映画になった、と言うくらいの変化。
劇的な結末は決して明るいものじゃない。
前回読んだ「虚貌」もそうだったが、後味があまり良くない。
これが「雫井流」なのだろうか。
次に控えているのは「火の粉」
これも驚愕のラスト、らしい。望むなら、後味がいいなと…。

最近読んだ本 アヒルと鴨のコインロッカー

2008-08-10 13:42:20 | 読書感想文
直木賞と芥川賞の発表があった。
今回、直木賞にノミネートされていた伊坂さんが、執筆に専念したいからと辞退したニュースにはビックリ。
直木賞を受賞した人には悪いけど、辞退しなかったら伊坂さんが受賞しただろうなと…。
執筆に影響が出るほど、受賞後は大変なのだろう。でも、勿体ないなあ。

伊坂作品には必ずと言っていいほど、犯罪者が登場する。
クールな泥棒がいた。陽気なギャングもいた。あまり考えないでコンビニを襲う若者もいた。憎めない犯罪者もいるのだけど、読んでいてむかむかしてくるような悪人も登場する。

この「アヒルと鴨のコインロッカー」にはペット殺しをする若者たちが登場してくる。
動物好きな人間にはこれがたまらない。
抵抗できない弱い生き物を自らの快楽のために様々な方法で殺す。
こう言う文章を読むと非常に腹が立つ。
だが、伊坂作品の多くは、ちゃんと彼らに天罰を与えてくれる。
だから、好きだ。

伊坂作品によく登場する技法、時間差、がこの作品でも使用されている。
主人公は現在の「僕」と過去の「私」
時間の軸が縮まるにしたがって、大きな悲劇が見えてくる。これがかなり切ない。

そして、もう一つ、大きな「仕掛け」がある。これにはかなり「やられた」

この小説、映画になっているそうだが、その「仕掛け」はどうやって映像化したのだろう。想像するだけでワクワクしてしまう。いつか映画も観てみようと思う。