イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

傷だらけの

2008-11-21 01:20:06 | ニュース

厚労省元次官と夫人の連続殺傷事件に関するナマ放送のTV番組をラジオ音声で聞いていますと、キャスターもコメンテーターも軒並み「宅急便」と言ってはあわてて「宅配便」と言い直してますな。“セロテープ”“サインペン”“ポリバケツ”の類いで、普通名詞のようで実は特定の一企業の商標だからでしょうね。

結構、通販利用頻度が高く、従って消費生活における宅配便依存度も高いほうな月河の経験では、ピンポン来て「宅急便です」と名乗るのは、やはりアノ業者さん1社だけだと思います。月河よりずっと在宅時間の長い高齢組から聴取したところでは、「Pリカン便です」「S川急便です」が次いで多く、Yうパックの場合は「Yうパックです」より「Y便局です」と名乗るほうが多いような気がするとのこと。小泉元首相の念願・民営化成ったとは言え、やはりY便局は“日本Y便”よりいまだ“Y便局”のほうが日本全国通りが良いでしょう。

あんまりワイ、ワイ書いてると“”を連想してしまうな(しないか)。

本放送中の『相棒season719日(水)放送『顔のない女神』をタイトルに惹かれて録画視聴。

最近、日中在宅するとseason6の再放送を観ることになるし。在宅時間が長かった頃、気がつけば“昼も夜も片平なぎささん”“昼も夜も橋爪功さん”って時期がありましたが、最近は“ボケっとしてたら年中相棒”状態です。当地が水谷豊さんの出生地に近いことも編成上、関係しているのかも。

“落日のベテラン女性DJ”“鉄壁のアリバイあるナマ放送中の凶行”と揃えば94年『古畑任三郎』で桃井かおりさんが扮した名キャラ・おたかさんこと中浦たか子を思い出します。

今作は彼女へのオマージュというわけでもないのでしょうが、“狂信的ファン?ストーカー?”“服装で人違い殺人?”ファクターのほか、“ナマ放送の曲中に中座し工作の途中、廊下で立ち聞きした時事ネタを放送復帰後のトークに入れたため露見”まで織り込みながら、人違い“させて”標的の女性Pを殺させる計画が、もうひと捩じれして別人に凶行が及ぶという、例によって『相棒』シリーズらしい皮肉と空しさに満ちた、『古畑』の哀愁ある滑稽味とはまったく違う新鮮なエピソードに仕上がっていました。

「番組打ち切られたら自殺する」とハガキを送ってくる熱狂的リスナーというのは、71年のクリント・イーストウッド監督主演作『恐怖のメロディ』にも通じる、声だけで感受するラジオ媒介なればこその濃厚な妄想的情緒の産物で、結構伝統(?)のあるモチーフですが、そのハガキを見て「こういう傾いた心情の持ち主なら、自分の声で懇願すれば殺人の道具に使えるかも」と思いついて実際やってしまうローラ(清水美沙さん)もつくづく精神がひずんでますな。自分をラジオDJとしてスカウト、10年組んできた女性Pが「自分の電話の声を聞き分けてくれなかった」が犯行計画への最後の引き金…というのも、ラジオひとすじの“女神”のプライドと言えば言えましょうが、「本気ではないかもしれないけれど、このリスナーに自殺を思いとどまらせなければ」とローラ以下誰も本気で行動したふしがないのは何ともはや。こうした手合いにいちいち額面通り対応してたら、ラジオ番組なんかやってられないでしょうがね。

久しぶりにドラマでお顔を見た気がする清水美沙さんの、ノーブルでジェントルな空気ながらもどこか浮き世離れ、地に足のついてない佇まいがとてもよかった。清水さんでなければ、えらく病的で残忍な犯人役になったかも。相変わらず大きなオフタートルネックのニットがお似合いですね。

それにしても、曲中に廊下の公衆電話からかけたローラの声を木下が聞き分けられず「誰ですか?」「ローラさん?まさか、そんなバカな、いたずらでしょ」とでもリアクションしていたら、ローラはその時点で計画を放棄したかもしれない。そう考えると相棒的皮肉感もひとしおです。「電話越しの声で、自分を伊沢ローラと認識してくれた」という心強さが、皮肉なことに彼女の背中を押してしまったのです。

『顔のない女神』というエピソードタイトルをTV誌で知って、“容姿非公開のラジオDJの話”という内容紹介を読む前に頭に浮かんだのが、後期ギリシア美術の代表作として教科書でもおなじみ“サモトラケのニケ”像のイメージでした。勝利の女神としてスポーツ用品のブランド名“NIKE”ともなっているこの有翼の女神は、戦いの勝者には雪花石膏のように白い肌と翼、炎のように燃える金髪の眩い姿を現す一方、敗者には臨終のまぎわの朦朧たる幻影に見えると言われています。

ドラマでもワンカットでしたが、局舎内にニケ像のレプリカが映りましたね。ラジオに人生のすべてを賭けて来たローラは、伊沢絹江というひとりの女性、声だけでなく顔も肉体もあり、血のかよったひとりの人間としての“片翼”をもどこかに打ち捨ててきてしまったことに気がついていなかった。

ロボット役・木下にしても、ローラが顔を秘した声だけの存在でなく、“顔が見えて”いたら手を下せなかったかもしれない。女神の声で依頼された通りの役割は、果たしたつもりで果たせず、女神の“本心(女性P殺害)”にもかなわず、女神の声に出会う前からの願望=自殺だけ完遂した彼にとっては、ローラはまさに朦朧たる幻影だったことになる。

亀ちゃん(寺脇康文さん)とともに角田課長(山西惇さん)がラジオ局に居合わせるきっかけとなり、木下の自殺手段ともなったのが“毒キノコ”というのも凝ったアイロニーです。

“茸(きのこ)”は草カンムリに“”と書きますから。声だけの女神と、女神に対して生きた人間としてのシンパシーを持てなかった者たちの末路は“耳に毒草が宿ってしまった”ゆえの悲劇でもあったのです。

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