イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

現在進行ケイ

2011-04-23 21:04:55 | 昼ドラマ

さて、やっとじっくり書ける時間が来た。贔屓枠・東海テレビ制作昼帯の4月期新作『霧に棲む悪魔』、予定より1週遅れの11日(月)スタートで、第2週まで進みました。

近年は20054月期『危険な関係』に始まる“背徳三部作”を筆頭に、昼帯伝統の“ままならぬ恋愛”ストーリーをあくまで芯に据えながら、ドキハラサスペンスと謎解き・真相探しに知略計略犯罪ものの味をもからませた一連のシリーズで、一定の評価を得ている風岡大Pチームによる作品です。

狭い人間関係の中でのドロドロねちょねちょ、湿気っぽく高粘度な、利害情念からみ合いのイメージが強いこの枠の昼帯の中では、比較的“乾燥”した、異色な作品をいつもプレゼンしてきた同チームが、さらに敢えて「まったく新しい昼ドラ」と前宣伝してきただけあって、本作、かなり特異です。背徳三部作や、その系譜作と比べても歴然と特異。

何が特異って、22日(金)までですでに210話を消化したにもかかわらず、事件と言える事件がまだ何も起こっていないのです。

誰も死んでいないし、もちろん殺されてもいない。過去時制での病死や事故死が人物のクチから語られてはいるものの、事件性は仄めかされていません。財産狙いや復讐の計略もひとつも張りめぐらされないし、不倫、密通関係もなし。

そもそも、ヒロイン圭以(入山法子さん)が独身でやっと婚約してるのしてないのという段階で、両親もともに亡く、異父姉の晴香(京野ことみさん)などは独身プラス、男っけの片鱗すらまるで無し。完成安定したカップルというものが物語のセンターに出てこないので、不倫三角関係を軸にしたドロドロになりようがない。

「昼ドラ初の本格的ミステリー」という前宣伝が売りのドラマで、冒頭210話にわたって事件らしい事件が起きないというのは、作品として相当に特異だし、何より、大胆です。

序盤に食いついて継続視聴されてナンボの、多話数の帯ドラマの作り方としては「向こう見ず」とすら言ってもいい。

10話の間、すべては事件としてではなく、人物の心の中で起こっている。骨折しバレエダンサー生命を絶たれて自殺企図、深い森に踏み込んだ弓月(姜暢雄さん)が、全身白い服の謎の女(入山法子さん二役)と遭遇、傷の手当てをきっかけに束の間のキス抱擁。病院関係者と思われる男たちに追われて逃げ去った彼女が言い置いた言葉をたよりに、圭以の生家=龍村家が代々オーナーとなっている農場“龍の眠る丘”にたどり着いた弓月が見聞する事ども。圭以が白い女と瓜ふたつの容姿をしていたことがまず弓月を龍村家に引き留め、彼女の病没した父の希望で婚約者となったIT実業家御田園(戸次重幸さん)、亡父の双子の兄という引きこもり変人の玄洋(亡父遺影と二役榎木孝明さん)、農場と併設チーズ工場の支配人克次(逢坂じゅんさん)と出戻り娘で家事担当の美知子(広岡由里子さん)親子、出入りの運送業者鹿野(弁護士兼業?山﨑邦…ちゃうわー本村健太郎さん)らと知己を得るうち、圭以が継ぐ莫大な財産についても知る。

その一方、農場周辺に白い女の影がちらつき、彼女が圭以に宛て通りすがりの子供に託した手紙の「人の姿をした悪魔」という字句が圭以を動揺させ、亡母のメモリアルコンサートのため海外から帰国した御田園との関係にも波紋が。一方、白い女を忘れられず農場にとどまって働くようになった弓月に、ダンサー時代からファンだった晴香はひそかに恋心を抱き………

“白い女”という、弓月以外の人物は誰もまだ実在の人間として目視認識していない、この世のものですらあるかなきかの正体不明の存在を引き金として、一見平和で満ち足り何も問題なさげだった資産家一族と静かな山間の農場に、水面下でざわめきが起きていく。やがて過去の経緯や、人物たちの隠されていた欲望、情動をも明るみに出す。

しかし未だあくまで“水面下”。こんな方向に、こんな波紋が起きるのではないか、こんな人間関係や経緯が隠れていて、こんな案配に暴露されるのではないか…という気配をただよわせるだけで、この2週は終わっているのです。

客観的に見て、これは普通に騒がれるわと強いて言えば言えるのは、冒頭説明的に提示された、“新進ダンサー北川弓月、主役デビュー初日に舞台上で骨折、公演続行不可能に”“代役起用の後輩ダンサーが大成功をおさめ海外進出、弓月は表舞台から消える”という一連の出来事ぐらいでしょう。このへんはワイドショーや女性週刊誌程度なら食いつきそう。負傷前の北川弓月は、晴香やコンサート招待客の一部がファンを自称するぐらいには名を知られた存在で、デビュー公演の当日券が売り切れるほどの人気があった様子ですからね。

語られたことでこれ以外は、ぜんぶ当事者たちの“心の中”。他人が外から見て「そりゃ大変だね、問題だね」と言えるものではありません。白い女にかかわる弓月や圭以たちの思いわずらいは、ほとんど「思い過ごしだよ」のレベル。葛藤や衝突の種はかなり豊富にくすぶっていますが、ドラマのメインになるほどの確たる手ごたえはありません。

逆に言えば、これだけくっきりはっきり、作劇や脚本にドシロウトのいち視聴者でも心配になるくらい見事に“何も起きてない”状況を、10話の話に引っ張り維持した度胸、心意気はこのチーム大したものです。“昼ドラ初”“まったく新しい”を主張するだけの何ものかはある。

22日(金)放送の第10話で圭以が、御田園に婚約解消を申し出、「(具体的に他に思う人がいる等ではなく)私の心の問題なの」と言う場面がありましたが、この言葉がいままでのこの作品の世界を象徴しています。

心の問題で、現時点でいちばん深く描かれ噛み応えのある余韻をのこしているのは、僅かの時間を森の小屋で共有した白い女に惹かれ続けている弓月の思いでしょう。彼の白い女ラブには、どこかあの有名な“吊り橋理論”に似たところがある。人生に絶望し、ダンスの夢を追うために勘当状態な郷里の両親に宛てた遺書だけをバッグに入れて、いままさに縊首せんとしたところを、白い女に声をかけられて死に損なった。言い換えれば再び生き直す機会を、彼女こそが与えてくれたのです。

しかも彼女は負傷し足から流血していた。“足の怪我”にはことのほか繊細にならずにいられない弓月は、「何もしないよりはましだ」と自分の服を脱いでテーピングを。命にかかわるほどではない、女自身も気づいていない程度の傷ではありましたが“死ぬつもりだったのに人を助けてあげた”経験は、弓月に期せずして生きていることの重さ、貴重さを思い出させたに違いありません。生きているから痛みも感じるし、血も流す。人の痛みを想像することもできる。

自分に言わば、二度めの命を吹き込んでくれた女性が、何かを伝えたがっているなら聞いてかなえてやりたい。追われているなら匿ってあげたい、狙われているなら守ってあげたい。命の瀬戸際で味わった思いが、そのまま白い女への恋愛感情に変位して弓月の中に残ったのです。揺れる吊り橋を渡る最中のドキドキ、高テンションが、そばにいる異性へのそれと脳内翻訳されて、渡り切っても残ってしまうのとちょっと共通している。

相手が入山さんの扮するような神秘的なはかなげな若い女性でなくて、なんぼ真っ白な服を着ていてもそこらの小汚いおばさんだったらそうはならなかっただろう?とか野暮なツッコみは無しにしましょう。

しかも彼女の言葉に引かれて探しあてた“龍の眠る丘”で出会ったのは、同じ顔をした圭以。なおかつ白い女の影が近隣に出没、その圭以を案じる言動を残すに至って、弓月の心に“守るべきは白い女なのか圭以さんなのか?”“圭以さんを守れば白い女の意にも沿えることになるけど…”“何が心配なのか、どんな事情で何を言わんとしているのかやはりあの女にもう一度会って訊きたい”という、二重三重にもつれ合った焦がれが生まれたのです。

白い女と圭以の容姿が同じであること、しかも、無事かと案じ気にかけるベクトルが、弓月自身からと同じように白い女からも圭以に向いているらしいことで、弓月の漠然たる恋愛感情は、体温だけが高まって、輪郭や方向は彼自身もしかとはとらえがたいものになっています。

そんな弓月と、俄か住み込み牧夫と農場オーナーというかりそめの関係で身近に接するうち、「あなたが興味があり執着しているのは私ではなく白い女なのね」という苛立ち=(人も羨む資産家美人令嬢、恐らくは生まれて初めての)嫉妬を覚えはじめる圭以。

“一度死んだ人間”である弓月が、白い女がもたらしてくれた“第二の生”の中で、ヒロイン圭以の本当の意味での相手役にふさわしい心の姿勢、情熱のベクトルを持つのはいつ、どういう過程を経てか、これは大きな眼目となるでしょう。

何かが起こりそうだが現実には起こっていない。起こりそうと思う人間の心の綾、心の襞だけで2週。これだけ堂々と引っ張る、ある意味傲慢なくらい野心的なドラマ作り。見逃せませんよ帰趨が。

元・主役級バレエダンサーにしては、弓月役・姜さんの立ち姿や歩き格好がいまだ何かゴウライ…もとい格闘技系で、どうもエレガントでないとか、「見渡す限り」級の広大な農場で相当頭数の乳牛を飼育、全国からのネットお取り寄せ注文に応じるほどの物量のチーズを自家生産しているのに、牧草栽培から柵の修理まで克次さんひとりが一手に仕切っていて、職員の人数が異常に少ないとか、細けぇことは例によって寛大に脳内補完して、まずはこの特異さ、近来稀に見るアンビシャスな制作姿勢とともにじっくり玩味しましょう。

月河の年来の贔屓のこの枠、最近は「自分が嵌まってウォッチしなくても、こういうのを好む人が他にいっぱいいそうだからお任せ」と思うドラマが多くなっていましたが、久々に“作品に呼ばれる”と言うか、「自分が観なくて誰が観る!」と熱くなれるヤツが来ました。

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