―そして 母よ 仏蘭西(ふらんす)人の言葉では あなたの中に海がある
・・・なんとなく、国語の教科書にあった三好達治の詩を思い出させるタイトルでした『その女の海』(BS日テレ月~金16:00~)も、BS11の『あなたはひどいです』に続いて22日が最終回。
全60話、もともと韓国では全120話で放送されていたのを半分の話数に圧縮したので、韓国ドラマとしては普通な変転幅だったストーリーも「あれよあれよ」と、気がついたら終わってしまっていたような感じでした。
『あなひど』に比べれば設定もそんなに派手さはなく突飛でもありません。前にこのドラマに触れたエントリで書いたように、本妻とその娘たち+愛人とその息子が一つ家で同居し、二人の母が放埓で怠けがちな夫(←財閥でも何でもない落ちぶれ小商人)をカバーしつつ互いの子らを守り合う不思議な家族、という構図以外は、ごくごく普通の韓ドラ設定でした。
若いヒロインが心変わりした恋人を思い切り家族にも告げずに故郷を離れシングルマザーとして働く展開も、コンサバなストーリーの多いTV小説としては斬新なほうでしたが、転職先の社長との格差恋愛や出生の秘密、結ばれない関係の新恋人と再会した元恋人との三角関係など、いかにもありそうな設定の範囲。
ただその枠組みの中で、話の焦点=何が難題なのか、何がつらいのか悲しいのか?のフォーカスが次から次へと移り、それだけなら同じところを低回ループしているより展開に勢いが出るから結構な事なのですが、移ると、前に焦点だったことがあっさり放置されたり忘れられたりしがちで、そのために全体的に、ストーリーがかなり劇的なわりには要所での感動や胸迫る切なさの薄いドラマになったような気がします。
本放送での2話を1話にカット圧縮して流したからいやが上にもこうなったのかもしれませんが、たとえば、序盤のヒロインの小学生時代のエピソード。
ヒロインのスインは貧しいが成績優秀で、地元大手の社長の娘セヨンとクラス首位をいつも争っています。演劇発表会で負けず嫌いで目立ちたがりのセヨンが志願して主役の王女役、スインは主役の次に大役の魔法使いの役を振られますが、主役はセリフが多いのでセヨンは覚えきれず、リハーサルではスインに助けられてばかり。見かねた担任教師が主役はスインにと交代を命じます。
発表会には王女役にふさわしい豪華な衣装を母が用意してくれた。孫娘の主役を楽しみに祖父母も来訪することになっている。でもライバルのスインに「主役を降りて」と頼むのはプライドが許さない。セヨンは悩んだ挙句スインの幼い異母弟ミンジェを連れ出して「スインが監督不行き届きで叱られればいい」と海辺に置き去りにしようと企てますが、これが思いがけず大事故につながり・・
・・んで、じゃ結局演劇の主役はどうなったのか、の描写がまるでないままなのです。この大事故のために、スインだけでなく家族も苦境に立ち状況は動いていきますが、これらは結果です。セヨンをそんな非道な企てに追い込んだ動機、原因のほうはどんな顛末を迎えたのか。主役に抜擢されたスインが、家族をゆるがす大事故の後でも持ち前のセリフ覚えを発揮しやりとげたのか、セヨンが目論み通り主役を取り返して祖父母らの前で鼻高々となったのか。
別に大人数エキストラが必要な発表会シーンを実写で入れなくても、たとえば虚栄心の強いセヨンの母が発表会後の夕食の食卓で「やっぱり主役はセヨンがふさわしかったわね、ドレスが似合っていたしセリフも2回しかつかえなかったわ」「スインは大丈夫かしらね、弟が行方不明の上に父親も逮捕されては学校に来られないのは当然よね」・・うわの空で聞きながらセヨン沈んだ顔、ぐらいの描写でもよかった。
このドラマは万事こういった調子で、人物が考えに考えて、悩んで、あるいはヤケくそで、何かの決断や行動を起こすと、その結果もしくは副産物として出来した状況は描写されるのですが、考えたり悩んだり彼らを追い詰める原因になった事象が結局どうなったかフォローされないので、結果のほうも、なんか軽い感じになる。これは月河の勘ですが、ノーカット本放送版を視聴して比べても大して変わらないような気がします。
本妻スノクの実母、スインの初恋の相手で結婚を約束していたジョンウクの母と弟妹、身重のスインを自分の職場に紹介した女友達など、一時的ながら物語に重要な影響を与えた人物たちもあっさり途中から消息すら語られなくなりました。長尺のドラマではしばしばあることで、俳優さんたちのスケ縛り等大人の事情もからみますから一概に責められませんが、あの人物もこの人物もとなると、えらく建付けが雑な後味で終わるのは否めません。
想像ですが、演出がこのドラマの4年前に放送された同局同枠の『ウンヒの涙』と同じ人なので、前作で後半~終盤“悪の張本人を暴く追及と、隠蔽偽装工作の蟻地獄”の繰り返しばっかりになった反省が、強く働き過ぎ、「とにかく話の焦点を動かそう動かそう」と、いささか腰の落ち着かない姿勢につながってしまったのではないでしょうか。
“一つの話題のループを避ける”ことと、“顛末を置き去りにする”ことは全然違うのですけれどね。今作も終盤、スインたちがチョン社長の重ねた悪事の動かぬ証拠や証人をつかんでは、奪われたり拉致されたり始末されたりで空振りになる“繰り返し”はどうにかならないのかと思いました。
個別のキャストを言えば、金の力に搦め取られてヒロインをうっちゃり、チョン社長の片棒を担ぐ悪となっていく、振幅の大きいジョンウク役を最終話まで出ずっぱりで演じたキム・ジュヨンさんが特に頑張っていたと思います。
以前も書いたように『ウンヒの涙』組の俳優さんが大挙して出演、それも前作とは対照的なキャラを演じている人も多いので、“ドラマ仕立ての同窓会”のようでもありました。とりわけ前作で諸悪の根源なまま“壊れ勝ち”で逃げ切ったような役だった大御所パク・チャンファンさんは、今作でようやく役者として溜飲が下がったのではないでしょうか。
ガタついたり隙間が多かったり不安定な建付けではありましたが、全100話超を半年近く平日オビで放送する図太さ、ある種の鈍感力な製作姿勢も日本ドラマにはない韓ドラならでは。今作の反省(してるよね)を糧に、懲りずにまた挑戦して放送してほしいと思います。