先週、第87回アカデミー賞の各候補が発表された。一番印象的だったのは「グランド・ブダペスト・ホテル」の最多ノミネート。そして、一番のサプライズは「アメリカン・スナイパー」の逆転ノミネートだった。作品賞と主演男優賞、ほか4部門(計6部門)に入る。外国人記者によるGG賞では総スカンだったのだが。。。やはり、この映画が扱うテーマはアメリカ人にとって特別なものだったのだろう。
その発表の前々日に、運よく完成披露試写で観ることができた。
抜群の狙撃の腕を持つネイビー・シールズの男が、アルカイダ殲滅を目的として、イラク戦争に従軍する話だ。映画を観て初めて知ったが、主人公は実在の人物らしい。
9.11を目の当たりにした主人公はネイビー・シールズに入り、母国を守ることを決意する。イラクという戦地に赴き、目の前の敵を殺すことが母国の平和に直結すると信じて、銃弾の引き金に一心する。「殺される前に殺す」という戦争原理は変わらないが、狙撃による攻撃という点が本作のポイントだ。相手に隠れ、見方の命を奪おうとする脅威を銃弾一発で仕留めることが主な役割だ。見方からすれば「守護神」であり、敵からすれば見えない「脅威」。狙撃手にとって殺した敵の数は、イコール救った味方の数(もしくはそれ以上)である。多くの命を救った(殺した)狙撃手は必然的に英雄になる。
また、軍法が整備された現代において、狙撃手は敵と味方を瞬時に見極めなければならない。誤った判断によって一般人を殺せば法律によって裁かれ、逆に敵を見過ごせば味方が殺される。本作ではその状況を若干の脚色を加えながら、緊張感をもって伝える。
スナイパーによる攻撃は決して穏やかなものではなく、その一発を皮切りに激しい銃撃戦になだれ込む。想像以上に戦闘アクションに多くを割かれていた印象だ。なので、同じ戦争を描いた映画として「ハートロッカー」や「ローンサバイバー」などを想起し、比較して観てしまうのは避けられない。これらの傑作は生と死の狭間にある、人間の本能に近い心理を生々しく描いてきた。それに比べると、本作ではリアリティよりもセンチメンタルを優先したかのような戦闘シーンが多く出てくる。その度に「そんな余裕ないでしょ」と熱が冷める。これは人の好みによる部分なのかしれないが、他の描き方も多分にあったはずで自分は好みでない。あと細かいところだけれど、主人公の帰国時のシーンで、登場キャラが人形で代用されるシーンもあったりした。諸事情があったかもしれないが、イーストウッドはフィンチャーやノーランなどの完璧主義者とは、良くも悪くも違う次元で映画を撮る人なのだと実感する。
戦闘シーンがまず印象に残るが、本作において最大のテーマは、過酷な戦場で狂気にとりつかれてしまった兵士の苦悩だ。戦場のリズムが、母国の平和な日常の中のリズムとシンクロするシーンは、実際の体験談が元にしなっていると思われる。それは現在のアメリカ国内でも多くの元兵士が苦しめられている後遺症であり、その事態の深刻さを浮き彫りにする。実在の人物を描いた伝記ドラマであると共に、硬派な社会派ドラマだ。
主人公演じたブラッドリー・クーパーは大幅な肉体改造をして熱演を魅せる。製作も兼ねており意気込みが違う。マッチョというよりも、脂肪もしっかり蓄えた冬眠前の熊のようだ。どてっぱらに丸太のような太い手足が突き刺さっている。喧嘩したらリアルに強そうな体型だ。顔面にも肉がついたことで、ライフルのスコープをのぞき込むたびに頬の肉がムニュっとなる。抹殺者であり、ヒーローであり、父親。多くの顔を持った実在の人物の人間性を綿密に分析した、彼の実直さが演技にも現れているようだ。(ただ、個人的にはナイトクローラーのジェイク・ギレンンホールに候補入りしてほしかったなー)
自分はイーストウッド信者ではないので、彼が手がけた映画に対して、もれなく「さすが~」という枕詞をつける日本の風潮が好きではないのだけれど、80を超えた年齢で立て続けに映画を生み出すそのエネルギーは本当に凄い。ただ、もう少しじっくり映画を撮ってもよいかな、と。
母国に戻り、新たな生き方を見つけた主人公に待ち受けているラストに衝撃を受けた。もしかすると、これが本作の一番大きなテーマだったのかもしれない。まさにアメリカが無視してはならない映画だった。
【65点】