そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

「玉蘭」 桐野夏生

2005-08-10 22:46:29 | Books
玉蘭 (文春文庫)
桐野 夏生
文藝春秋

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ここではないどこかへ・・・・・・。東京の日常に疲れ果てた有子は、編集者の仕事も恋人も捨てて上海留学を選ぶ。だが、心の空洞は埋まらない。そんな彼女のもとに、大伯父の幽霊が現れ、有子は、70年前、彼が上海で書き残した日記をひもとく。玉蘭の香りが現在と過去を結び、有子の何かが壊れ、何かが生れてくる・・・・・・。
(裏表紙より引用)

一人称が、章ごとに主要登場人物4人の間で入れ替わっていく構成。
どの人物が主人公となるパートも読み応えがある。
時代背景や、負っている痛みの種類には違いはあれど、傷ついて人格を少しずつ崩壊していく彼ら彼女らの心理描写にはリアリティがある。
人間の情念に対する深い観察眼と時に冷酷なまでの描写は凄い。
4人の情念が時空を超えて交錯する第六章「幽霊」は、読んでて息苦しくなるような濃密さに包まれている。

・・・と書いたところで思い返してみると、実は4人のうち一人だけ最後までイマイチつかみきれなかった人物がいることに気づく。
「広野質」だ。
有子、行生、そして浪子の人物像のリアルさに比べて、質だけは、まさに小説の中に描かれている通り幽霊であるかのような存在感・現実感の希薄さを感じさせる。
「あえてそう描いた」とも考えられるが、「文庫版あとがき」によれば、この人物が著者・桐野夏生の実在の大伯父「萩生質」をモデルとした人物であるとのこと。
著者自身の思い入れの強さゆえ、広野質の輪郭を造形しきれず、ぼやけた人間像のまま終わってしまった面もあるのではないだろうか。
特に、文庫版で著者の希望により付け加えたという、質の「その後」を描いた最終章は、広野質という存在の曖昧さを助長する効果しか生まず、蛇足であるように思えた。
コメント
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