乱流 米中日安全保障三国志 | |
秋田 浩之 | |
日本経済新聞出版社 |
著者が2008年に書いた『暗流ー米中日外交三国志』は抜群に面白かった。
あれ以来、日経紙面に著者の署名記事を見つければ進んで目を通してきた。
それから8年の時間が流れて発刊された待望の続編。
8年といえばまるまるオバマ政権下の時代である。
そしてその間、中国では習近平、日本では安倍晋三がリーダーの座に就き、長期政権を続けている。
本書では、主にオバマ政権の中国に対するスタンスの変遷、そして南シナ海・東シナ海において圧力を強めている習近平政権の戦略と力学を中心に、米中関係をめぐる出来事を紐解くとともに、二つの大国間で難しい舵取りを迫られる日本の行く末に対する著者なりの処方箋を示している。
まず、著者は米国の対中スタンスに働く「法則」について考察する。
ニクソン政権〜ブッシュJr.政権の米中関係では「接近の法則」が働いてきた。
米政権の発足当初はギクシャクするものの、次第に妥協し、2年以内に協調関係に入っていくというパターンで、ソ連という共通の天敵がいたり、中国がまだ米国を脅かすほど強大ではなかったことがそれを可能にしていた。
ところが、中国が強大になり、米国が米主導の秩序が脅かされることに警戒感を深めるようになった今、もはや「接近の法則」は働かず、「離反の法則」が米中関係を動かしてゆく。
オバマ政権はその適用第1号だったと言えるのではないか。
「離反の法則」は以下のように働く。
大統領選では候補者が厳しい対中政策を競い、就任後はややトーンダウンして現実路線を試みる。
だが、思うような成果が上がらず、米中関係は冷え込む。
次の大統領選は前任の教訓を踏まえて、より厳しめの対中政策からスタートする。
それを繰り返すことで米中関係は対立の方向へとエスカレートしてゆく。
著者に言わせると、米国にも中国にも「国家のDNA」がある。
米国のDNAは「西へ、西へ」と開拓精神で突き進むところにある、と。
だからこそ、太平洋を挟んで遠く離れた南シナ海や東シナ海の情勢にも関心を寄せ、影響力を行使してきた(もちろん航行の安全という実利もあるが)。
だが、ちょうど先週米国大統領に就任したトランプの言動をみる限り、そんなDNAなどという情緒的な言葉で本当にすべてが語れるのか、という疑問も抱かざるを得ない。
本書は、昨年のアメリカ大統領選の結果が出る直前に書かれている。
トランプが勝利する可能性にも配慮した書き方はされているものの、大統領選の結果は筆者にとっても想定外のものだっただろう。
トランプ政権の滑り出しを見るに、上記のような「離反の法則」すら働いていないように思えてくる。
中国に対して強硬な姿勢をとってはいるが、関心事は安全保障にはなく、もっぱら経済問題にあるように聞こえる。
著者自身、先週の日曜日の日経朝刊一面コラムで、トランプ政権が通商・通貨問題で中国に言うことを聞かせるために安全保障面での譲歩を取引材料に使うのではないか、という懸念を示している。
一方、中国はどうか。
著者は、中国のDNAは、万里の長城に象徴される、自分の縄張りの囲い込みだとする。
東シナ海や南シナ海に「万里の長城」を築き、米国を追い出そうとしているのだと。
著者の見立てでは、習近平政権の大目標は、2049年の建国100周年までに米国に代わって世界のリーダーになること。
そのため、それまでは米国との決定的な衝突を避け、外堀を埋めていく戦略をとる。
対日本についても、その文脈で、米国から引き剥がすような揺さぶりをかけてくるだろう、と。
問題なのは、中国も権力闘争や経済成長の鈍化などの内憂を抱えていること。
人民の反発や軍の暴発を制御しきれず、突発的な衝突が発生するリスクを内包している。
そこにきてトランプ政権という不確定リスクが加わってしまった。
そんな混沌を深める米中関係の狭間で、日本が取りうる策には何があるのか。
著者は、本書の時点では、最も現実的な日米同盟基軸路線を維持できるよう努力を尽くすのが最優先だと言う。
他方で、それが将来うまく立ち行かなくなるリスクに備え、日中協商関係路線や自主防衛路線に向けた備えをしておくべきであると。
個人的には、自主防衛路線は政治的に、そして何より財政的に、かなり困難なのではないかと思う。
だとすると、日中協商路線という禁断の道を選択せざるを得ない日がいつか訪れるのかもしれない。
悩ましい時代になったものだ。