そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『乱流ー米中日安全保障三国志』 秋田浩之

2017-01-25 23:33:52 | Books
乱流 米中日安全保障三国志
秋田 浩之
日本経済新聞出版社


著者が2008年に書いた『暗流ー米中日外交三国志』は抜群に面白かった。
あれ以来、日経紙面に著者の署名記事を見つければ進んで目を通してきた。

それから8年の時間が流れて発刊された待望の続編。
8年といえばまるまるオバマ政権下の時代である。
そしてその間、中国では習近平、日本では安倍晋三がリーダーの座に就き、長期政権を続けている。

本書では、主にオバマ政権の中国に対するスタンスの変遷、そして南シナ海・東シナ海において圧力を強めている習近平政権の戦略と力学を中心に、米中関係をめぐる出来事を紐解くとともに、二つの大国間で難しい舵取りを迫られる日本の行く末に対する著者なりの処方箋を示している。

まず、著者は米国の対中スタンスに働く「法則」について考察する。

ニクソン政権〜ブッシュJr.政権の米中関係では「接近の法則」が働いてきた。
米政権の発足当初はギクシャクするものの、次第に妥協し、2年以内に協調関係に入っていくというパターンで、ソ連という共通の天敵がいたり、中国がまだ米国を脅かすほど強大ではなかったことがそれを可能にしていた。
ところが、中国が強大になり、米国が米主導の秩序が脅かされることに警戒感を深めるようになった今、もはや「接近の法則」は働かず、「離反の法則」が米中関係を動かしてゆく。
オバマ政権はその適用第1号だったと言えるのではないか。
「離反の法則」は以下のように働く。
大統領選では候補者が厳しい対中政策を競い、就任後はややトーンダウンして現実路線を試みる。
だが、思うような成果が上がらず、米中関係は冷え込む。
次の大統領選は前任の教訓を踏まえて、より厳しめの対中政策からスタートする。
それを繰り返すことで米中関係は対立の方向へとエスカレートしてゆく。

著者に言わせると、米国にも中国にも「国家のDNA」がある。
米国のDNAは「西へ、西へ」と開拓精神で突き進むところにある、と。
だからこそ、太平洋を挟んで遠く離れた南シナ海や東シナ海の情勢にも関心を寄せ、影響力を行使してきた(もちろん航行の安全という実利もあるが)。

だが、ちょうど先週米国大統領に就任したトランプの言動をみる限り、そんなDNAなどという情緒的な言葉で本当にすべてが語れるのか、という疑問も抱かざるを得ない。

本書は、昨年のアメリカ大統領選の結果が出る直前に書かれている。
トランプが勝利する可能性にも配慮した書き方はされているものの、大統領選の結果は筆者にとっても想定外のものだっただろう。
トランプ政権の滑り出しを見るに、上記のような「離反の法則」すら働いていないように思えてくる。
中国に対して強硬な姿勢をとってはいるが、関心事は安全保障にはなく、もっぱら経済問題にあるように聞こえる。
著者自身、先週の日曜日の日経朝刊一面コラムで、トランプ政権が通商・通貨問題で中国に言うことを聞かせるために安全保障面での譲歩を取引材料に使うのではないか、という懸念を示している。

一方、中国はどうか。
著者は、中国のDNAは、万里の長城に象徴される、自分の縄張りの囲い込みだとする。
東シナ海や南シナ海に「万里の長城」を築き、米国を追い出そうとしているのだと。

著者の見立てでは、習近平政権の大目標は、2049年の建国100周年までに米国に代わって世界のリーダーになること。
そのため、それまでは米国との決定的な衝突を避け、外堀を埋めていく戦略をとる。
対日本についても、その文脈で、米国から引き剥がすような揺さぶりをかけてくるだろう、と。

問題なのは、中国も権力闘争や経済成長の鈍化などの内憂を抱えていること。
人民の反発や軍の暴発を制御しきれず、突発的な衝突が発生するリスクを内包している。
そこにきてトランプ政権という不確定リスクが加わってしまった。

そんな混沌を深める米中関係の狭間で、日本が取りうる策には何があるのか。
著者は、本書の時点では、最も現実的な日米同盟基軸路線を維持できるよう努力を尽くすのが最優先だと言う。
他方で、それが将来うまく立ち行かなくなるリスクに備え、日中協商関係路線や自主防衛路線に向けた備えをしておくべきであると。

個人的には、自主防衛路線は政治的に、そして何より財政的に、かなり困難なのではないかと思う。
だとすると、日中協商路線という禁断の道を選択せざるを得ない日がいつか訪れるのかもしれない。
悩ましい時代になったものだ。
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『よくわかる人工知能』 清水 亮

2017-01-19 23:23:24 | Books
よくわかる人工知能 最先端の人だけが知っているディープラーニングのひみつ
清水 亮
KADOKAWA


Kindle版にて読了。

今や空前のAIブームだが、様々な分野において人工知能、とりわけディープラーニングの最前線を突き進んでいる研究者や実業家などのエキスパートたちに、プログラマー界のエバンジェリストである著者が対談を挑む。
いやー、知的興奮を掻き立てられて、とんでもなく面白い。

まず、著者が、「大人の人工知能」と「子供の人工知能」という区別を解説する。

人工知能と呼んだ場合、実は大きくわけて2つの流派があります。ひとつは、思考とはなにか?知識とはなにか?という根源的な問いから出発し、記号処理を組み合わせて人間が話す言葉の意味を理解し、推論することができる理性の集合体としての知能を再現するというアプロ ーチです。本書ではこれを〝大人の人工知能 〟と呼ぶことにします。

もうひとつは、ノイマンのセル・オートマトンやマカロックとピッツの人工ニューロンのように、まず深く意味は考えずに生物の細胞構造や神経細胞構造をそっくり真似する架空の生命体をコンピュータの中に作り出し、理性ではなく本能的な学習を繰り返して生物の持つ知性を再現しようというアプロ ーチ。機械学習などと呼ばれます。本書ではこれを〝子供の人工知能 〟と呼びます。


ディープラーニングは後者に該当する。

「大人の人工知能」は、人間がまさに「人工的に」知能を作り込むイメージ。
一方、「子供の人工知能」は、人間が環境を与えて人工知能を「育てる」、或いは人工知能が自ら「成長する」イメージ。

人間のアナロジーで捉えるならば、後者のほうが親しみが沸くし、想像力を掻き立てられる。
ディープラーニングが今注目されているのは、そうした理由もあるのかもしれない。

そして、「子供の人工知能」を研究していくと、人間の知能(脳)そのものの解明へとブーメランのように還流が生じる。

「受動意識仮説」を提唱する、前野隆司・慶応義塾大学大学院教授との対談が個人的には一番興味深かった。

人間の脳には「自由意志」という司令塔みたいなものがあると思われているが、そんなものは存在しない、意識は、起きてしまったことについて「後付け」で辻褄を合わせるだけの存在だ、という説。
意識は、脳に入ってくるたくさんの情報を選択的に起きたことを長期的に記憶するように記号化する。
著者(清水氏)はそれを「圧縮装置」と捉え、前野氏は「並列を直列に変換する装置」と捉える。
意気投合して、対談はどんどんと盛り上がっていく…

その他にも、『人工知能は人間を超えるか』の松尾豊氏の、人工知能は「原理のある話」の世界のものであり長い進化の過程のなかで作り込まれてきた生命としての自発的な目的を持つようなことはあり得ない、という話だとか。
元トヨタのエンジニア岡島博司氏の、自動運転に判断ロジックを入れることの倫理的難しさの話だとか。
人工知能に決定的に足りていない「ホルモン的な要素」を研究している慶応義塾大学・満倉靖恵氏の話だとか。
スーパーコンピュータを開発しているベンチャー企業の経営者・齊藤元章氏の、人工知能が、いま我々がやれていることを代替することよりも、人間ができないレベルの高次な知的な労働や生産、創造性すらも置き換えることのほうがはるかに大事だという話だとか。

とにかく知的刺激にあふれた話題が満載。
これを読んでいると、この世界、技術云々よりも「発想」が勝負なのだなという気がしてくる。
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『役員になる課長の仕事力』 綱島邦夫

2017-01-15 22:42:58 | Books
外資系経営人材開発コンサルが教える 役員になる課長の仕事力 グローバル時代に備える思考術・行動術
綱島 邦夫
日本能率協会マネジメントセンター


著者は、野村証券からマッキンゼーを経てヘッドハンターやコンサルタントとして実績を重ねた人物で、経営人材開発を専門分野としている。
この本では、いわゆる課長層、即ち現場のミドルマネジメント層を対象に、将来経営人材として開花するための「必要条件」「十分条件」「プラスアルファの視点」が説かれている。

まず、経営リーダーとして活躍するための「必要条件」として、個人が磨くべき資質が4点挙げられている。
・達成志向性:能率と生産性にこだわること、具体的には、会議時間を半減し、無駄な資料を作らず、定時に帰宅することが推奨される
・分析思考力:現場の要点となる事象を見抜く「蟻の目」を鍛えること
・概念思考力:世の中の動きを大局的に捉える「鷲の目」を鍛えること
・チーム・リーダーシップ力:高い目標を継続的にクリアしていく「仕組み」をつくること

この中で、「鷲の目」を鍛える概念思考力にもっとも力点が置かれている。
いわゆる3Cの観点などを基にした「戦略的思考」は、短期的な思考なので脱却すべきと書かれているところが面白い。
身につけるべきは「システム思考」、連鎖の構造、好循環と悪循環、ボトルネックの発見、指数関数的成長の脅威、短期の成功がもたらす長期の失敗、等を見抜く目を鍛えよ、と説かれる。
そのためのトレーニングとして、ワールドニュースを見よ、年間200冊の読書をせよ、異業種の人脈を作れ、といった手法が推奨される。

次に、将来経営リーダーとして活躍するために挑んでほしい「十分条件」として組織開発に関わる観点が4点挙げられる。
・「組織能力」をつくる:生産性の向上を仕組み化する、ルールではなく原則で判断する仕組み化を行う、属人性を廃した意思決定プロセスをつくる、第一線のマネージャーのリーダーシップ能力や顧客視点での想像力を開発する、人材の多様性を優れた判断と実行に生かす
・「個々人の力量」を強くする:意志力・構想力・リーダーシップ力を育てる、
・「業務プロセス」をつくる:顧客や市場に価値を創造するのプロセス、計画と管理のプロセス、メンバー育成と組織風土開発のプロセス、リスク管理のプロセス、そして作り上げたプロセスを自組織外に発展(横展開)させる
・「組織活力」をつくる:社員のエンゲージメント(貢献心)を喚起する、仕事をする環境を整える

「組織能力」は「個々人の力量」「業務プロセス」「組織活力」の関数である、という関係にあり、その真髄は「業務プロセス」にあるとされる。
「個々人の力量」を向上させるためのトレーニングとして、一人でビジネスプロセスのすべてを担う場に身を置く(子会社への出向など)、事業・機能・地域を超えた異動を経験する、そのような「場」の体験と研修の相乗効果を図ることなどが紹介されているが、「必要条件」に比べると抽象的な記載で概念だけが掲げられている感。
観点は示すので、あとはそれぞれの業務に照らして考えよ、ということだろうが、もう少々ブレイクダウンしてくれるとイメージが解りやすかったかな。

最後にプラスアルファとして、グローバル化するビジネス社会において、何を知り、備えなければならないのか、グローバル経営において必要となる資質についてのヒントが語られる。

著者に言わせると、グローバル化とは、徹底的に能率にこだわること。
だが、能率一辺倒でベストプラクティスを推進していけばよいかと言えばそうではなく、グローバルという全体を見ながら顧客や地域ごとの部分も見ていくという「マトリクス運営」の視点が必要とされる。

そして、グローバルに事業拡大していくにあたっては、M&Aという手段を採ることがが当たり前の時代となっている。
M&Aで新たな人材を取り込み、人材多様化を受け止めてその力を最大限に発揮していくことが求められる。
そのための業務プロセス構築の要点は、職務要件と能力要件を記述し実力主義を貫徹することであると。

最後に、教養を身につけ、自分の頭で考えるために学習し続ける習慣の大切さが強調され、15冊の推薦図書が示されている(筆頭は大前研一氏の『企業参謀』)。

「目線を高くせよ」とはよく言われることだが、じゃあ実際どのあたりに目線を置けばよいの?という疑問に対して、一つのガイドラインを与えてくれる一冊です。
ただ、「年間200冊の読書」「ワールドニュースを見よ」を除くと実践的なことが殆ど書かれておらず、あんまり鵜呑みにするとインプットばかりで満足してしまうリスクがありそう。
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『経営者が語る戦略教室』 日本経済新聞社

2017-01-05 23:17:17 | Books
経営者が語る戦略教室 (日経ビジネス人文庫)
日本経済新聞社
日本経済新聞出版社


日経新聞の連載を書籍化したもの。
もともとの連載時期が2012年から2013年にかけてなのでちょっと古い。
原田泳幸氏は日本マクドナルドHD社長として、新浪剛史氏はローソン社長として登場する。

が、どうも面白くない。
鮮度が落ちていることだけがその理由ではない気がする。

「業績回復に挑む」「ITでニーズを掘る」「新たな市場を拓く」などのテーマごとに、3〜4人の経営者が各々10頁程度で自身の体験を語り、専門家(大学教授)が解説するという定型パターンが繰り返されるのだが、いろんなタイプの企業/経営者を取り揃えた結果、表面的・総花的で何がポイントなんだか熱が伝わってこない本になってしまっている気がする。

数少ないが印象に残った箇所を以下メモっておく。

楠木建先生の解説から。

投資は「こうなるだろう」と先を見通す行為だ。未来を予測し素早く機会をとらえる。しかも”見切り千両”だ。後期を捉え売却し利益を得る。必ず終わりがある。
一方、経営は「こうしよう」という意志の問題だ。未来は予測するものではなく自らつくるものだと考える。そして経営に終わりはない。


オイシックス・高島宏平社長の体験記より。

そのころから私を含む当社の経営陣が信じていることは、新事業がもたらす未来が「一度知ってしまうと元に戻れない世界」であれば新事業は成功するという法則だ。
例えば、ネットでモノを買う便利さを一度知ってしまうと、なかなか手放すことはできない。同様においしくて安全な”本物の食品”の味を経験すると、他の食べ物では満足できなくなるはずだ。当社の成功の背景はそれだと考えている。
新たな事業を始める前には、実現が難しくても消費者が一度味わってみれば、それより前には戻れないモノやサービスを提供できるか検討してみるとよい。私たちはこれを「不可逆性のある未来」と呼んでいる。
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初春に働き方改革を想う

2017-01-03 21:05:38 | Society
新年初投稿。

昨年は、個人的にも職場の異動、自宅の引越しなどいろいろと変化の多い年だったのだが、世界に目を向けても、世の中が変わっていくことを実感する年であった。
Brexitにしても、トランプ勝利にしても、エリート層の敗北、忘れられた人々の復讐という解釈は実に腹に落ちるし、内向き志向、右傾化というよりも、グローバル化疲れ、ポリティカル・コレクトネス疲れという表現の方がしっくりくる。

国内に目を向ければ、働き方の改革が本格的に注目された年と言えるのではないか。

安倍政権は、不十分とはいえ「同一労働同一賃金」に一歩を踏み出したし、電通の新人女子社員の痛ましい過重労働(というかパワハラ)自殺は社会に大きなインパクトをもたらした。
大手ファミレスが24時間営業をやめる方向に舵を切り、この正月にもコンビニも元旦くらい休業したらよいのではないかという言説がネットを賑わせ、どちらかというと好意的に受け止められていた。
AI(人工知能)がこれだけのブームになっているのも、人の働き方への影響という観点があってからこそだろう。

とにかく人口が減っているのである。
今まで通りの働き方で社会が持つはずがない。
まずは皆んな横並び、一斉に、というのを止めるところから始めたらよいのではないか。
元旦のコンビニも、営業している店もあれば休業している店もある、それでいい。

今朝、箱根駅伝の復路を視ていたら、7区でトップを走っていた青学のランナーが脱水症状気味になってペースダウン、ふらふらと左右に走路が揺れて明らかにおかしい。
ところが解説者はしたり顔で、足が止まる前に給水することはルール上禁止されていると言う。
実況も頑張れ、伝統の襷をつなげというばかり、沿道の観客も頑張れ頑張れ。
誰も止めようとしない光景を、おぞましさを感じながら眺めていた。

そりゃあ走っている本人は、死んでもいいから襷をつなげたいと思っているだろう。
だが、そう思わせているのは、滅私奉公を美徳とし、それを体現する英雄を美談として感動消費する一般大衆の古い昭和的価値観なのではないか。
過労死社会の縮図を見た思いがした。
そういえば箱根駅伝のCM、銀行の資産運用や相続相談がやたらと多かったな。
然もありなん。
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