そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『天下人の茶』 伊東 潤

2016-04-15 23:30:55 | Books
天下人の茶
伊東 潤
文藝春秋


個人的に、安土桃山時代にはこれまであんまり興味を持ったことがなくて、ここに登場する、牧村兵部、瀬田掃部、古田織部、細川忠興といった人物たちにも馴染みがなかった。
そもそも、千利休という人物についても然程のイメージを持ったことがない。

そういえば、自分が学生だった頃、利休ブームみたいな時期があったな。
映画が幾つか作られたりして。
あれは没後400年とかだったのだろうか。

そういう身からすると、本作は新鮮だった。
利休のミステリアスな存在感、茶の湯という文化に時の権力者たちが狂わされていく様が、よく表現されているように思う。
この時代に馴染みのある人から見ると、ややステロタイプなのかもしれないが。

それにしても朝鮮半島まで出兵しちゃうんだから、考えてみたら改めてダイナミックな時代だよね。
ちょっと関心が芽生えた感あり。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

違法賭博 規範が語られない国

2016-04-09 10:07:39 | Society
バドミントンのトップ選手、その前の巨人の投手たちの賭博問題について。

「ファンや応援してくれる人たちの期待を裏切って申し訳ない」
彼らの口から出てくるのはそんな言葉ばかり。

伝えるマスメディアも「社会的影響が大きい立場なのに自覚がない」「公費から強化費が出てるのにけしからん」といった論調がメイン。

なんか履き違えてるのではないか。

彼らが、著名なスポーツ選手じゃなかったとしても、オリンピックの候補選手じゃなかったとしても、賭博は犯罪なのだ。
賭博に投じられた金が、反社会的勢力の資金源になるから悪いのだ。
有名人だろうが、無名の一般ピープルだろうが、その点は変わらない。

誰もその基本となる考え方を報じないのが不思議だ。
そこをちゃんと語らないから、ルールが曖昧なままで、根づかない。

やはりこの国では、相対的な関係性で物事が語られ、絶対的な規範が蔑ろにされるのだな、と改めて感じる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『信頼学の教室』 中谷内一也

2016-04-02 15:09:29 | Books
信頼学の教室 (講談社現代新書)
中谷内 一也
講談社


Kindle版にて読了。

信頼をテーマにした社会心理学の科学的考察。
「信頼学」という言葉は著者の造語だろうけど。
先生と学生の軽妙な掛け合い形式で、気軽に読めるし、内容も難しくはない。

まず、信頼を生み出す3つの要素が提示される。
(1)能力の高さ
(2)動機づけ(人柄のよさ、真面目さ)
(3)価値の共有

特に大事なのが3番目の「価値の共有」。
対象となる事柄をどのように捉え 、その中で何を重視し 、どういったプロセスや帰結を望むか、そういった価値の主要部分を相手と共有しているという認識があってこそ信頼は生まれる。
単なる「利害の一致」「共通の敵(敵の敵は味方)」とは異なる。

そして、信頼には非対称性という特徴がある。
一般に 、信頼は得にくく失いやすい。
信頼構築には時間がかかるが 、信頼の崩壊はあっという間に起こる。

また、信頼が危機に瀕するときほど「価値の共有」が重要性を増す。
信頼の低下を生むような問題・不祥事を起こしてしまった場合、問題を生じさせた部分について組織の能力を向上させることそれ自体は、再発防止という観点では意味のあることである。
が、信頼という点では、能力向上はそれほどその回復に寄与しない。
問題が発生したときにこそ、信頼回復を目指してメッセージを送ろうとする相手の価値を理解する姿勢が重要になるのだ。

信頼回復のために打ち出す対策が、社会からどう受け止められるものなのかによっても、何が信頼回復により大きく寄与するかは異なってくる。
その対策が、なすべきこととして衆目の一致するところであるような場合には、対策を実行する能力があると見なされるかどうかが信頼を左右する。
一方、対策への賛否が分かれているような場合には、公正な姿勢であると見なされるかどうかが重要となる。

不祥事によって低下した信頼を高めるために、まず必要なことは、積極的に対象者との価値の共有を図ること。
そして、もし不祥事を再発させてしまった場合に自身への大きなダメ ージが連動して発生するような仕組みを、自発的に導入すること。
それが信頼回復に寄与する。

この本は、企業や政府部門などが、社会一般や消費者からの信頼を如何にして得るか、或いは、不祥事を起こしてしまった場合に如何に信頼を回復するか、という視点で書かれている。
が、基本的な考え方は、個人間の信頼関係にもそのまま適用できると感じた。
やはり、価値の共有、相手が大切にしている価値を尊重し理解を示す姿勢なくして信頼関係は生まれないのだと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする