そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『UXの時代』 松島 聡

2017-06-21 10:08:47 | Books
UXの時代 ― IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか
松島聡
英治出版


本のタイトルから、ITの世界で「UI/UX」と言われている領域のノウハウやユースケースを解説した内容を期待していたのだが、全く期待外れだった。
冒頭からしばらくは、シェアリングエコノミーやAI・IoT、3Dプリンティングなどの最近の動きについての一般論が延々と続くのだが、新味のある話は全く無く、動向を把握している人であれば斜め読みで十分なレベル。
で、中盤からは、著者が起業した会社の事業の紹介になるのだが、独力で事業を始めて育て上げた実行力と先見の明は率直に素晴らしいと思うものの、事業内容がそんなに尖ったものであるとも思えず、正直読み物としては退屈だった。

視点として面白いな、と思ったのは、以下の点。
・通常は固定費に組み込まれてしまって「活用されていないこと」が見えなくなってしまう「リソースの非稼動部分」を見つけ出し可視化することが重要
・スマートフォンの画期性は、以下の5点に端的にまとめられる
 「デバイス/センサーとしての高機能化・高性能化」
 「通信機能の進化」
 「データ管理方法の進化(クラウド化)」
 「多様なアプリケーション」
 「AIによるUXの高度化」

先日読んだ『トヨタの強さの秘密』で賞賛されていた「主査制度」なんかも、この本では垂直統合型の旧式企業の限界を示す事例として取り上げられている。

大きな流れとして、著者の言っている垂直統合型から水平協働型の経済・社会へという方向性は正しいと思うが、旧型経済・社会がそう簡単に変わらずしぶとく力を持ち続けるのも現実だと思う。
そういう意味では、すでに旧型経済にがっつり組み込まれてしまっている自分のような世代よりも、これからビジネスの世界で活躍する若い世代こそが期待されている読者層なんだろうね。
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『みかづき』 森 絵都

2017-06-18 16:40:18 | Books
みかづき
森 絵都
集英社


高度成長後期から昭和の終わり、平成へと時代が流れる中、世の中は少しずつ変化を取り込み、気がつけばその面影を消し去るほどに変わり果てた姿になっている。
そこに、ある家族の激動の歴史が重ねられる。

こう書くと、文学作品でも映像作品でも、よくある手法であるように聞こえてしまうかもしれない。
が、本作の場合、そこに学習塾という稼業が、公教育との確執を経ながら産業へと変わっていく歴史を更に重ねるというスパイスを加えているところにオリジナリティがある。

そして、家族の歴史という面でも、血の繋がりによる因縁と、血の繋がりを持たないが故に生まれる情の繋がりをバランスよく配する。
激情と和解が織りなす大河ドラマが感動を呼ぶ。
登場人物の描きかたも、例えば主人公である大島吾郎の、器の大きい好人物だが女性関係には緩さを見せるキャラクタなんかには、女性作家ならではの繊細なリアリティが感じられる。

小説の形式としては新しさが無かったとしても、とても丁寧に描き込まれており、完成度の高さを感じる。

それにしても、今やちょっとしたターミナル駅の周辺には予備校や進学塾の建物が乱立している様子を目にするようになった。
自分が30数年前に中学受験のために通ったのは、ちょうどこの小説で吾郎と千明が立ち上げたような、自宅を改造して教室に仕立てた個人経営の塾だったが、今や完全に淘汰されてしまったのだろうな。
塾という存在になんらかの形で縁をもった経験がある人であれば、人それぞれ、この小説にノスタルジーを感じるのではないだろうか。
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『「経営の定石」の失敗学』 小林 忍

2017-06-11 16:29:34 | Books
「経営の定石」の失敗学 傾く企業の驚くべき共通点
小林 忍
ディスカヴァー・トゥエンティワン


Kindle版にて読了。

企業再生コンサルタントとして活動している著者が、いわゆる「経営の定石」を表面的に採り入れようとして失敗した事例を紐解き、経営者、経営部門スタッフ、現場のそれぞれの立場に応じたアドバイスの形でまとめたもの。
現在、この本でいうところの経営部門スタッフとして仕事をしている自分からみても、「あるある」的に実践的な教訓として参考になるところも多かった。

まず、著者は、経営方針についてのキーワードのうち、「ベストプラクティス事例などから〝帰納推論的〟に導かれた法則である」「〝経営方針 ・手法 〟を平易なキーワードで表現している」という2つの特徴を持つものを、経営を傾かせる危険性をはらんでいると指摘する。

以降各論になるが、「定石」とされるキーワードごとに印象に残ったところをあげていくと…

「俊敏な経営」
以下2点いずれかの条件を満たしていることが重要
・現場に権限が降りていて現場がすばやく判断を下している
・トップが俊敏に判断を下せる仕組み(インテリジェンス)がある
逆に、これらの条件を満たしていないと、単に拙速な経営になってしまう。

「現場主義経営」
視野狭窄・部分最適に陥らないようにするためには、クロスファンクショナルチームの活用が有効。
そして、クロスファンクショナルチームの成果を経営に活かすことについて、経営者自身がコミットすることが肝要。

「コミットメント経営」
コミットする主体は部下ではなく経営者自身であることを間違えないようにしなければならない。
カルロス・ゴーンは、「達成できなかったら(最高責任者たる)自分が辞任する」と自らコミットしたのだ。

「モチベーション経営」
経営者は「現場の声」を言い訳に使いがち。
経営者が誤った方向に進みそうになった場合には、振り上げた拳を顔を立てながら収めてもらうのがスタッフの役目。

「選択と集中」
GEのジャック・ウェルチが進めた「ナンバー1、ナンバー2戦略」とは、「シェアが1番か2番」ではなく「コスト・品質が1番か2番」である事業への集中という意味と捉えるべき。
比較優位な事業に「選択と集中」を行なったとしても、絶対優位性を持った競合が潰しにきたら敵わない。
比較優位で時間稼ぎをしている間に、絶対優位性を作り上げなければならない。
そして、「選択と集中」をしたら長期的に勝てるのか?という観点での「動的インテリジェンス」を備えることが必要。

「ポートフォリオ経営」
ポートフォリオとは書類を挟む紙挟みのことであり、状況に応じて事業を「出し入れ」することが前提の考え方。
畳んだり縮小したりする事業を受け持つ現場からの抵抗には、インテリジェンスを駆使して丁寧に説明することが重要。

「花形商品経営」
人事異動(入れ替え)やクロスファンクショナルチームで、花形部門に所属するメンバーの目線を相対化する方法が有用である。


まとめとして、経営者、経営部門スタッフ、現場、それぞれの立場に対するアドバイスがされる。

経営部門スタッフに対するアドバイスは3点にまとめられる 。
1.テクノクラ ートとしての技量を磨く
2.社内外に〝草 〟を放つ
3.〝盾 〟を用意した上で、経営者に耳の痛いことも言う

1.については言わずもがな。
技量を磨くための手法の1つとして、「恥をかく」ことを恐れないことが勧められる。
技量・センスは実戦での体験 、特に失敗体験の繰り返しを通じてしか身につかない。
立場を失うような致命的な失敗を避けながら、失敗を繰り返すことで、危ない方向性をかぎ分ける嗅覚が身についていく。
そのためには、センスを要する業務にどんどん首を突っ込むこと。
他のメンバーが何をやっているのかに興味を広げ、彼らの議論パートナーを買って出る。
そして、失敗を恐れず議論に加わり、意見を戦わせる。
ぼろかすに論破されたとしても、くじけず〝実戦 〟に参加することで、センスが良い人の〝眼の付けどころ〟や〝論点整理の仕方〟を取り入れながら、センスが磨かれていくはず、と。

2.で言う「”草”を放つ」とは「インフォーマルな情報経路を整備する」という意味。
普段から、社内各部署の有為な人材に目を配り、情報を共有できる間柄になっておく。
そして、クロスファンクショナルチームが組成される場合には、そのメンバーやチームリーダーの人選について、少なくとも第一次候補者リスト作成できるくらいには精通しておく。
本社スタッフとの間で情報を共有しておくことは現場にとっても有意義なこと。
インフォーマルな経路を使って悪い話を経営陣に少しずつ染み出させることができれば、現場のリアリティを、大きなコンフリクトを生じさせずに早期に伝えることができる。
逆に言うと、そのようなインフォーマルな情報経路として利用されるくらいの存在になることが経営部門スタッフには求められる。

そして、3.について繰り返し示唆されるところが、この本の面白いところ。
情報・分析・示唆が経営幹部に握り潰されることが続くと、最初から妥協した情報・分析・示唆を出して経営幹部の歓心を買おうとする誘惑に囚われがち。
だが、それでも、少なくとも一度は、正しいと思う情報を発信すべきと。
そうすれば、経営幹部が情報を捻じ曲げたとして 、幹部自身が「自分がどこで嘘をついているのか 」がわかっているので、不都合が生じたとしても軌道修正しやすくなる。
ただ、我々もサラリーマンなので、正しいと思う自説に固執して、経営幹部にニラまれる事態は避けるべき。
社内に「盾」をつくったり、外部コンサルタントに代弁させて「盾」とする方法もある。
要は、「一度筋を通す。そして魂を売る。」ということ。
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