そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『赤ヘル1975』 重松 清

2014-02-23 21:52:52 | Books
赤ヘル1975
重松 清
講談社


1975年、この年からチームカラーを赤に変えた広島東洋カープは、球団創設25年目にして悲願のセ・リーグ初優勝を飾ります。
悲願の、というよりも、奇跡の、といったほうが相応しいか。
球団創設以来24年間でAクラスは一度だけ、しかも前年まで3年連続で最下位に沈んでいたのだから。

そんな1975年の春から秋にかけての広島を舞台に、怪しげなビジネスに手を染める呑気な父親と夜逃げ同然東京から引っ越してきた中学一年生の少年が、カープに命をかけた地元育ちのクラスメートと過ごした濃密な時間を描いた青春小説。

そして、カープとともにもう一つのテーマとなるのが原爆。
小説の中に「原爆を落とされてからまだ30年しか経っていない」といったセリフが登場します。
「まだ30年」なのか「もう30年」なのか。
2014年の今、この小説が描いている1975年がもはや39年前になっていることを思えば「まだ30年」という感覚の方が適切なのでしょう。
小説の中に登場する人物たちにとって原爆の記憶は鮮烈であり、未だ原爆の後遺症に苦しんだり、肉親を原爆で喪ったりというのは当時の広島市民にとって日常であったのです。

当時まだ3歳だった自分には1975年当時の記憶はありません。
が、まだ「戦後」がどこか名残りを残していた昭和50年代(1975~84年)の空気は肌感覚として憶えています。
この小説には、そうした時代の空気感が見事に定着しています。

カープと原爆、他では存在し得ない広島という街に住む人々が込めた想いに、僅かな半年で突然去ってしまう転校生との友情物語という普遍的な切なさが重ねられ、読んでいて胸のあたりが熱を帯びてくる。
重松清の小説は、自分にとっては少々甘過ぎる、と書いたことがありますが、この時代を舞台にするとその甘さが格別のノスタルジーとして結実している。

傑作、と思います。
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『値段から世界が見える!』 柳沢有紀夫

2014-02-22 17:30:31 | Books
値段から世界が見える! (日本よりこんなに安い国、高い国)
柳沢 有紀夫
朝日新聞出版


Amazonのタイムセールで199円だったのでKindle版を購入。

世界20カ国で暮らす日本人が、各国におけるモノやサービスの物価、暮らしぶりをレポート。
ただ、レポートが並んでいるだけで、分析や考察があるわけではないので「ふーん」という感じ。

これを読んでみると、人びとの幸福度を決めるのは必ずしも生活水準の高低や格差の大小ばかりではないのだな、と改めて気付かされます。
要は、現状にどこまで満足できるのか、「足るを知る」ことができているのか。
日本人のストイックな生真面目さや「恥」の文化が、現状に無邪気に満足するのを邪魔してしまうのかな、と。

個別のトピックでは、ポーランドが美への投資を惜しまない見栄社会であることが意外だったのと、スイスの職業教育(高校生の3人に2人は進学を希望せず、学校での教育と現場での職業訓練を同時並行に進める)システムがなかなかよいなと思ったのが印象に残ります。
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浅田真央と日本人

2014-02-22 11:15:30 | Sports
浅田真央も、キム・ヨナも、ソトニコワも、コストナーも、それぞれに素晴らしかった。

浅田真央は、競争相手や審査員に勝つためではなく、自分に勝つために滑ってきたのだとよくわかる。
上村愛子の時にも感じたが、相手に勝つよりも自分に勝つことには格別の崇高さがある。
メダルメダルと騒ぎ立てる日本のマスメディアに一石を投じる影響をもたらしてくれるとよいのだが。

自分に勝つ、極める、という心性は日本人の志向に合致する。
が、一方で、相手には勝てていないというのもまた事実なのだ。
スポーツだけではなく、政治でもビジネスでも国際舞台で勝ち切れない日本。
それをよしとするのか、それとも改めるのか。
社会がどんどんグローバルにフラット化していく中で、そこをどう考えるかというのは日本民族の目下最大の課題だろう。

個人的には、答えは一つではない、と思う。
最終的には一人ひとりの選択だ。
ただ、今のままでよしとするなら、たとえ不遇にあっても不平を言わない強さと潔さが必要だろう。
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トリプルアクセル

2014-02-20 08:30:30 | Sports
浅田真央にとってのトリプルアクセルってどんなものなのだろう?
いつか冷静にそれを振り返ることができるくらい大人になった彼女から、その話を聴いてみたいな。
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『光圀伝』 沖方 丁

2014-02-15 22:38:08 | Books
光圀伝
冲方 丁
角川書店(角川グループパブリッシング)


徳川光圀の生涯を題材とした伝記小説。
750ページに及ぶ大作ですが、そのことをあまり感じさせない充実ぶりで、先へ先へと頁を繰らせる力があります。

さすがに『水戸黄門』のイメージとは異なるだろうと予想はしていましたが、ここまでマッチョで聡明な光圀像が描かれるとは意外でした。
改めてWikipediaの徳川光圀の項などを読んでみると、この小説が史実を基本的に忠実に辿りながら書かれていることが解ります。
もちろん、小説の中で描かれる、宮本武蔵、沢庵、山鹿素行、林読耕斎らとの交わりについては多分にフィクションであるとは思いますが。
ただ、このフィクション部分がとても魅力的なんですよね。
個性的な脇役との交わりの中で、光圀のパーソナリティや想いの輪郭が明確になっていくというか。

特に印象的なのは、光圀が生涯で唯一正室として迎えた泰姫と、その傍に仕える左近という二人の女性像。
婚姻生活は泰姫が21歳の若さで病死することで僅か4年で終焉を迎えます。
その儚さと切なさ、そしてその哀切さを永く補い支えていく左近の人物造形が堪らなく魅力的です。

73歳まで生きた光圀は、その長い生涯の中で、数えきれないほどの多くの肉親や朋友たちの死に遭い、送り出していきます。
そして光圀自身、三男でありながら水戸徳川家の世継ぎとして選ばれたことの大義に悩み続け、義を果たすことを生涯のテーマとして生きていきます。
こうしたあたりが、光圀の人物像、そしてこの大河小説を一本筋が通ったものにしています。

由比小雪の乱、明暦の大火、赤穂浪士討ち入りなど、当時の世相を代表する歴史上の出来事も登場するし、徳川幕藩体制が次第に変容していく最初の一世紀の時代感が、光圀の生涯の背景として見え隠れするあたりも魅力です。

これ、いつか大河ドラマ化してほしいな。
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『大戦前夜のベーブ・ルース』 ロバート・K・フィッツ

2014-02-03 23:10:54 | Books
大戦前夜のベーブ・ルース: 野球と戦争と暗殺者
ロバート・K・フィッツ、山田 美明
原書房


1934年11月、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグを中心とした大リーグ選抜が来日し、全日本選抜チームと対抗戦を行ったこと、そして、その中の一試合、静岡・草薙球場で当時17歳だった沢村栄治がメジャーリーガー相手に伝説の快投を行ったことは知識としては知っていました。
本著は、その大リーグ選抜の日本遠征を巡るドキュメンタリーです。

単に、野球の試合の模様に留まらず、当時1ブロック紙に過ぎなかった読売新聞を本イベントをきっかけに大新聞化しようとしていた正力松太郎の野望(本遠征で結成された全日本チームが、その後の読売巨人軍の母体となる)、台頭する軍部の国家主義的青年将校たちの暗躍、沢村栄治のその後の哀しき生涯、遠征チームのメンバーであり後にCIAなどのスパイとなるモー・バーグ捕手を巡る疑惑の検証など、多様なエピソードで当時の世相が描かれます。

驚かされるのは、来日した大リーグ選抜に対する日本国民の歓迎ぶり。
東京駅から銀座通りを巡る最初の歓迎パレードには相当な人が押し寄せ、大混乱を極めたとのこと。
当時の民衆はメジャーリーグの試合など観たこともなかったろうに、そこまで熱狂するという感覚が今となってはちょっと信じられないくらい。
1934年、昭和9年と云えば、満州事変、五・一五事件、国際連盟脱退など、日本が国際社会から孤立を深めつつあった時代。
その時世に、僅か7年後には敵国となる米国のスーパースターたちを屈託なく歓迎したという事実は不思議な感じがします。

当時、ベーブ・ルースは現役生活の最晩年に差し掛かっていましたが、そもそもよく来日を決断したな(だいぶ渋ったようですが)という思いを抱くとともに、本著で紹介される愛嬌のあるショーマンシップや女性関係のだらしなさなども、あまりそういう印象を持ってなかったので興味深く感じます。

もともと日本人に読ませるために書かれた本ではないように思うので、やや説明的で事実の羅列のように感じられるところはあるし、内容にどこまで信憑性があるのかやや怪しいところもありますが、戦争に向かっていく不穏な時代の奇妙にうわついた雰囲気を味わうことはできる一冊です。
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『日露戦争、資金調達の戦い』 板谷敏彦

2014-02-01 17:17:31 | Books
日露戦争、資金調達の戦い―高橋是清と欧米バンカーたち―(新潮選書)
板谷 敏彦
新潮社


Kindle版にて読了。

べらぼうに面白い。
一気呵成に読んでしまった。

『坂の上の雲』の世界を重層的に理解することができる、というか。

日本軍は、ロシア軍の失策もありつつ激戦を制して日露戦争に薄氷の勝利を実現したわけですが、そうして戦争を継続するためには莫大な戦費が必要になる。
金本位制下であった当時、戦費調達の手段として外債の発行に頼るしかなかった一方、国際社会において一等国としてまだ認められていなかった(そしてロシアに戦争で勝てるとは全く予想されていなかった)日本が外債発行による資金調達を実現することは極めて困難な命題だったわけです。
そのミッションを担い、戦争期間中ほぼずっとロンドンを中心に欧米に滞在して工作・交渉にあたったのが高橋是清です。
高橋が、ロンドンのマーチャント・バンカーや米国のユダヤ資本とリレーションを構築し、戦況が有利になっていくのに乗じて有利な発行条件を勝ち得ていく過程が丹念に辿られていきます。

面白いなと思ったのは、旅順陥落、奉天会戦、日本海海戦など、日本軍が戦争のポイントとなる戦いに勝利しても、それが必ずしも外債価格に影響しないことがあるという点。
むしろ、ロシア国内で発生した血の日曜日事件や、バルチック艦隊が起こしたハル事件などのほうがむしろ影響が大きかったりする。
市場の目は常に冷静なわけです。

それに対して、熱狂しやすく移ろいやすく、そして制御しづらいのが世論の力。
当時の日本国民が戦況に一喜一憂し、新聞などのマスメディアが煽りたて、政治家たちもそれを御しきれない様子が描かれています。
高橋自身、初回の外債発行時には、有利な発行条件を勝ち得ることができなかったとして世論のバッシングを受けます。
ポーツマス条約で賠償金を取ることができなかった責任を負わされた小村寿太郎は、桂・ハリマン協定を破棄することに動く。
桂・ハリマン協定がそのまま実現していたとしたら、日本が満蒙権益に固執することはなく、その後の歴史は変わっていた…と言えるのか。

そのことに限らず、戦況にしても資金調達にしても、歴史の歯車が一つ狂って日本が日露戦争に敗れていたとしたら、いったいどうなっていたのだろう?
満州や朝鮮半島はロシアが支配し、日本は貧しい二等国の地位を強いられたかもしれない。
そして、その代わりに国際社会で孤立し第二次大戦で破滅的な道を歩むこともなかったかも…
いろんなことを考えてしまいます。
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