そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『壷中の回廊』 松井今朝子

2019-03-24 13:34:38 | Books
壷中の回廊 (集英社文庫)
松井 今朝子
集英社


Kindle版にて読了。

昭和5年の東京。
震災からの復興途上、市民の文化が爛熟する一方、恐慌や全体主義の足音が聞こえ始める。
事件の舞台となる「木挽座」は歌舞伎座のことであろう。
梨園の頽廃に、労働運動のうねりが重なっていく。
このあたりの世界観構築は見事で、癖のある登場人物の造形と相俟って、小説世界に浸りながらページを繰る手を止めたくなくなってくる。

惜しむらくはミステリとしての完成度か。
前半の世界構築が重厚な分、後半の種明かしがやや薄っぺらく感じられてしまう。
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『ファイナンス思考』 朝倉祐介

2019-03-19 22:01:25 | Books

ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論
朝倉 祐介
ダイヤモンド社
 

Kindle版にて読了。

 

日本からAmazonのように大きくスケールする企業が出ないのは何故か?

著者はその原因を、日本企業に蔓延する「PL脳」という病理に求め、その呪縛から逃れるために「ファイナンス思考」に基づく経営が求められる、と訴える。

 

PL脳とは、目先の売上や利益を最大化することを目的化する、短絡的な思考態度のこと。

日本経済全体が成長し続けていた高度成長期には、市場のパイが放っておいても拡大することを前提に、他社よりも早く拡大するパイを取りに行くことに特化して経営方針を決めることが最適であった。

その結果として、組織の発想は、顧客のニーズや競合他社の動きをとらえてそれに対処していくことよりも、市場の拡大に合わせて自分たちの目標を達成することができるかどうかが主眼になり、しっかりとオペレーションできていることばかりが重視されて、より内向き思考に寄っていく。

いかに前年対比で日々の業績を改善するかということこそが重要になってくる。

パイが大きく成長せず、市場が飽和した状態の競争が求められる21世紀の現代では、いかにしてパイを奪い合うか、いかに新たなパイを創造するかといったマーケティング的な視点が、本来はより重要になるはず。

だが、高度経済成長期における成功体験が強烈すぎたがゆえに、いまだに日本企業はPL脳から脱しきれず、根深く浸透してしまっている、と。

 

それに対して、ファイナンス思考は、会社の企業価値を最大化するために、長期的な目線に立って事業や財務に関する戦略を総合的に組み立てる考え方 のことであり、「会社の戦略の組み立て方 」ともいえる。

単に会社が目先でより多くのお金を得ようとするための考え方ではなく、将来に稼ぐと期待できるお金の総額を最大化しようとする発想。

価値志向であり、長期志向、未来志向である。

 

ここでは、ファイナンスを「外部からの資金調達」「既存の資産・事業からの資金の創出」「資産の最適配分」「ステークホルダー・コミュニケーション」の4点に分類して定義づけた上で、Amazon、リクルート、日立、関西ペイント、JT、コニカミノルタなどの事例を紹介しながらファイナンス思考に基づいた経営が解説される。

 

以下、要点として印象に残ったところをメモしておく。

 

・会計制度の特質を端的に表した言葉に「利益は意見。キャッシュは事実」がある。会社に積み上がる現金の量についてはごまかすことができない一方、売上高や利益といったPL上の数値は、会計上のルールや監査を通して、極力客観的な把握が試みられるもののどうしても主観的な意図が混ざる余地がある。

 

・PL脳だと実施できない経営判断の最たる例は、黒字事業の売却。

 

・「計画とは将来への意思である。将来への意思は、現在から飛躍し、無理があり、現実不可能に見えるものでなくてはならない。現在の延長上にあり、合理的であり、現実可能な計画はむしろ『予定 』と呼ぶべきだろう」(土光敏夫の言葉)ファイナンス思考は、ここで言う「予定」ではなく、「計画」を実現するための考え方である。

 

・M&Aの計画者と実行者が分離していると、買収前の段階で、その気になれば計画者が実現可能性を無視した過剰な目標数値を掲げ、 M&Aを強行することもできる。リクル ートの場合は、統合後の事業計画を策定した人物がそのまま事業執行者を務めるため、自分で達成できる範囲の無理のない計画を前提とすることで、事業の高値づかみを防ぐための工夫が施されている。

また、CEOやCFOのみならず、各四半期の決算説明会では主要セグメントの責任者がそれぞれの管掌事業について説明している。事業の責任者が資本市場に対して直接説明責任を果たしている(ステークホルダー・コミュニケーション )。

 

・日立においても、上場子会社と同列の位置づけで、6つのカンパニー制を導入した際、PLだけでなく、BSの責任をもカンパニーの事業責任者に負わせることで、意識改革を図った。毎年のIR説明会で、グループ責任者が対外的な説明を行うようになったのもこうした取り組みの一環。

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『負けグセ社員たちを「戦う集団」に変えるたった1つの方法』 勝見 明

2019-03-10 21:36:32 | Books
負けグセ社員たちを「戦う集団」に変えるたった1つの方法
勝見 明
PHP研究所


Kindle版にて読了。

著者は、キリンビールの元副社長。
(自分は未読だが)『キリンビール高知支店の奇跡』がベストセラーとなり、各地で講演活動を行う中で、負けグセがついて受け身になりやらされ感が常態化している社員、疲弊した現場が蔓延している日本企業が多いことに問題意識を覚え、そのような現状を打破するために誰でも実践できる方法論を示すことに主眼を置いて本書を著したとのこと。
著者がキリンビール高知支店で実現した「V字回復」の体験を体系化するともに、「日本企業の多くが、オーバー・プランニング(過剰計画)、オーバー・アナリシス(過剰分析)、オーバー・コプライアンス(過剰法令遵守)の三大疾病に陥っている」と主張する野中郁次郎氏の「知識創造論」の理論に位置付けて解説する試みも為されている。

本書で示される方法論は、理念を持つこと、現場に根差した顧客視点で戦略を考えること、理念と戦略に基づき社員の行動スタイルを変えること、に尽きる。
著者が高知支店の事業を立て直した経緯は改めて見事だなと思う一方、書かれている方法論はビールのようなシンプルな商材を売る商売だからこそ明快だったのでは、という気もしなくもない。
まあそれはそれとして、個人的に重要だなと感じた点を以下に書き留めておく。

・店舗を一軒でも多く回るという高知支店の行動スタイルは、「高知の人たちにおいしいキリンビールを飲んで喜んでいただく」という理念に裏付けられたもので、訪問件数を目標にしたわけではなく、理念に基づくあるべき状態をつくろうとして結果的に高いレベルの訪問件数が継続された。
・じっと考え込んでいても覚悟はなかなか芽生えない。現場を回り、お客様との雑談を通じて気づきを得たり、自社や自らの存在意義を認識するもの。そうしてリアリティある「理念」が生まれる。
・理念が明確になると、仕事の目的が、競合相手との競争に勝つことではなくなり、社員の言動も理念の追求へと転換する。理念が確立され、それを土台としてその上に戦略が組み立てられていく。競合相手との競争は、競争に勝った時点で目的が達成されるが、理念の追求は、ひとつの目標が達成されても終わることなくずっと続く
ことになるので、戦略・戦術の質が向上を続け、いつまでも「勝ち続ける 」ことができる。
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『変わったタイプ』 トム・ハンクス

2019-03-03 17:52:14 | Books
変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)
Tom Hanks,小川 高義
新潮社


かの名優トム・ハンクスの小説家デビュー作短編集。
各所で絶賛されているとのことだが、確かに古き良きアメリカの伝統を受け継いだ、ハートウォーミングでどこか切ない作風が清々しい余韻を残してくれる。

13篇が収められているが、うち3編(「へとへとの三週間」「アラン・ビーン、ほか四名」「スティーヴ・ウォンは、パーフェクト」)は四人組の登場人物が共通している。
また、作集タイトル『変わったタイプ』はタイプライターとも掛けられている。
13篇すべてのお話で、影に日向にタイプライターが印象的なキーファクターとして登場するのだ。
このあたりの巧みさには本当に驚いてしまう。

以下、各話の紹介。

へとへとの三週間
主人公が高校の同級生アンナと付き合うことになった三週間。スティーヴ・ウォン、Mダッシュとの四人組もの。

クリスマス・イヴ、一九五三年
大戦で片脚を失った父親がクリスマスイヴに戦友と電話で語る。

光の街のジャンケット
有名女優の相手役に抜擢された俳優がヨーロッパへの宣伝旅行に回り、途中で急にキャンセルされるお話。

ようこそ、マーズへ
大学生が父親とサーフィンに出かける。母姉二人との家族は崩壊しているが…

グリーン通りの一ヶ月
母子家庭が新居に引っ越す。母は、隣人の中年男を警戒するのだが、望遠鏡での天体観測を通じて接近していく。

アラン・ビーン、ほか四名
四人組がロケットで月まで行って帰ってくるというSFファンタジー(?)

配役は誰だ
アリゾナからニューヨークに出てきた女優の卵が路頭に迷う。旧知の演出家に再会し履歴書の書き方から指導を受ける。

特別な週末
1970年、両親が離婚した少年の10歳の誕生日。別れた母と出かけ母の恋人の自家用飛行機で帰宅するまで。

心の中で思うこと
古いタイプライターを衝動買いした女性。タイプ屋で修理を断られるが、別の中古タイプライターを紹介されて買う。

過去は大事なもの
大金持ちの男が、タイムマシンで1939年の万博を訪れ、そこで惚れた女性との時間を過ごそうとする。

どうぞお泊まりを
シナリオ風の形式。富豪が美人秘書とともに買収候補の土地を訪れ、モーテルを経営する老夫婦と出会う。

コスタスに会え
大戦後の時代。密航でニューヨークに来たギリシア系ブルガリア人の男が職を探す。

スティーヴ・ウォンは、パーフェクト
四人組もの。ボーリングでパーフェクトを出し続け世間から大注目を浴びる男。


時代背景も設定も作劇展開もバラエティに富んでいる。
さすが映画俳優と言うべきか、どのお話も映像化して観てみたくなるような生き生きとした魅力がある。
実際、俳優・女優が主人公になっているお話も含まれているが。

「へとへとの三週間」での大人になってからの恋愛のあり方が生み出す可笑しみだとか、「配役は誰だ」「コスタスに会え」での人生におけるチャレンジと苦境、そしてそこに救いをもたらす人との縁だとか、そのへんの肌触りの温かさがとても心地よく感じられる。

そして、一番気に入ったのは「ようこそ、マーズへ」。
ラストの切なさが堪らない。
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