そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『なかなか暮れない夏の夕暮れ』 江國香織

2017-08-27 23:02:23 | Books
なかなか暮れない夏の夕暮れ
江國香織
角川春樹事務所


以前読んだ『抱擁、あるいはライスには塩を』はとても気に入った。
それ以来の江國香織。

主人公の男性は、まさに高等遊民と呼ぶにふさわしい生活を送っている。
親の遺産で暮らし、日々読書に耽る。
それでいて妙に女の出入りが激しい。
過去には事実婚で子供をもうけ、不倫で子を産んだ若い女性を援助し、今また再会した学生時代の同級生とカジュアルに情事に及ぶ。

この浮世離れした感じは『抱擁〜』に通じるものも感じられ、悪くはない。
が、この主人公の年代が30歳代とかならまだイメージが湧くのだが、50過ぎの年齢設定というのがどうにも引っかかる。
なんつうか、いい歳して精神年齢が幼すぎるように感じられてイタい、と思わされてしまう。
浮世離れも程が過ぎるように感じてしまうのだ。

ところでこれは、”本”についての小説、”小説を読むこと”についての小説でもある。
なんといっても小説内小説が2作(1つは北欧のハードボイルド小説、1つは南洋リゾートでの官能ギャングもの)も登場し、その中味にかなりの紙幅が費やされるのだ。
主人公も、主人公の血を受けた少女も、本ばっかり読んでいる。
そして、その少女の母である、主人公のかつての恋人である女性は、テレビばっかり視ている現在の夫に呆れながらも、テレビなら何を視ているのかがわかるからよい、本を読まれると何を考え何を思っているのかわからなくなってしまうから嫌だ、と言う。
なるほど、女性というのはこういう感覚を持つものなのだな、とあまりテレビを視ず、本(やスマホ)を読み続けてしまいがちな自分には新鮮だった。

登場人物は案外多く、しかも関係性が複雑なので、読み始めた最初のうちは誰が誰だったかわからなくなってしまう。
が、読み進めていくうちに馴染んできて、奇妙な人間関係が心地よく感じられるようにもなる。
そういうところは巧い作家さんなのだな、と思った。
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『世界をつくった6つの革命の物語』 スティーブン・ジョンソン

2017-08-20 23:01:49 | Books
世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史
スティーブン・ジョンソン
朝日新聞出版


Kindle版にて読了。

「ガラス」「冷たさ」「音」「清潔」「時間」「光」
人類が歴史上生み出してきた6つのイノベーション。
これらのイノベーションが生まれ、世の中に広まり、社会を変えていく過程では、1つの発見・発明が同時代的な別の変化と影響しあい、思いもかけない発展の仕方をしてきた。

たとえば「ガラス」。
天然の化合物であるガラスが装飾品として用いられ、やがてレンズとしての用途が見出される。
時を同じくして印刷技術が発展し、眼鏡が普及、世の人々が遠視であることに気づかされることになる。
望遠鏡は天文学の発展に寄与し、顕微鏡は生物学や細菌学に長足の進歩をもたらす。
そして、ガラス繊維をより合わせたグラスファイバーがインターネットの実現を可能にし、スマートフォンの画面にもガラスが使われ、今のデジタル社会を支えている。

このように「ガラス」の利用を切り口にイノベーションの連鎖を俯瞰することで、人類史を眺める興味深い新たな視点が生まれる。

さらに面白いのは、イノベーションの連鎖とは、上記のような「王道」ばかりではないということ。
実は、思いもかけないところで、ある発明・発見が社会の変化とつながっていることがある。

たとえば、以下のように。

「ガラス」
・鏡によって、人は自画像を描くことが可能になった。それが、ルネサンスを惹起する一因となった。

「冷たさ」
・エアコンの小型化が暑い地域でも快適に生活することを可能にし、亜熱帯地域への人口流動を巻き起こした。米国では南部諸州の人口が増加し、政治地図を塗り替えた。
・精子や卵子の冷凍が可能となることで不妊治療・人工生殖の技術が進展し、人口増加の一因となった。

「音」
・電話の発明・普及により、電話交換手という専門職につく機会が生まれることが女性の社会進出の契機となった。
・真空管ラジオがジャズを大衆化、アフリカ系のエンターテイナーが存在感を高めたことが、後の公民権運動に影響を与えた。
・真空管アンプによる拡声器が、ヒトラーの演説の効果を高め、ナチスの台頭の一助となった。

「清潔」
・塩素消毒により公共のプール・浴場の開業が増えることで、女性が肌を露出する機会が一般化し、ファッションの変化を加速させた。
・市販の漂白剤がマス向けの製品として登場し、広告ビジネスの発展の契機となった。

「光」
・石油ランプ・ガス灯により、夜間でも明るみの下での活動が可能となり、雑誌・新聞の発行が増えマスメディアの発展の起点となった。
・フラッシュ撮影がスラム街の下層民の生活を世に知らしめ、社会改革の機運を高めた。
・レーザーの発明が、バーコード読み取りというイノベーションに連鎖し、大型店舗の生産性を向上させたことで、チェーン店が小売業を支配するに至った。

イノベーションの発明者が当初まったく意図していなかったところで、社会が進む方向に大きな影響を与えているところが興味深い。

エジソンは当初蓄音機を「音声の手紙」を送る使い方をするための機器として想定し、一方でベルは電話を遠距離で音楽を伝えて聴く手段として考えていたそうだ。
現実には、世の中での使われ方が完全に逆になったが。

いろいろなウンチクを仕入れられるという意味で面白い本だが、それにとどまらず、世の中は人々の熱意やアイデアで発展してきたが、その発展の仕方までを人間がコントロールすることはできない、という視点を得られる点でも興味深い。
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『リーダーの基準』 清水勝彦

2017-08-16 20:55:59 | Books
リーダーの基準 見えない経営の「あたりまえ 」
清水 勝彦
日経BP社


組織におけるリーダーの役割を掘り下げていく。
キーワードは「あたりまえ」。

わかっていて当然、言うまでもないようなことでも、実は人によって「あたりまえ」のレベルが異なっている。
「あたりまえ」だと思っているから思考停止に陥る。
そして、本当の「あたりまえ」を見落としてしまっているかもしれない。

豊富な引用を元に、ハッと思わされる事例が次から次へと展開され、読み物として面白い。
話題は多岐にわたるが、実は同じことを違う側面から語っているところが多く、相互に関連し合っている。
ポイントをまとめてみよう。

まず、合理性・正論では人を動かすことはできない。
言葉ではなく、その背景にある気持ち・感情・高揚感、言い換えれば「ビジョン」「価値観」が共有されなければ人は動かない。
そして、目的や価値観が受け手に理解されなければコミュニケーションは本当の意味で成立しない。

表層的なコミュニケーションにとどまり、正論と正論がぶつかりあって対話が成立していないのではないか?
組織のメンバーがお互いに関心を持ち、自分の弱さを曝け出し、反対意見を言っても聞いてもらえるという信頼感を抱いていなければ、よい組織にはなれない。

一般論に頼ったり、専門家の意見に任せたり、周囲に合わせたりしていれば楽。
だが、楽をした瞬間に潜在力は失われる。
一般論に逃げずに、自らをよく知ること、メンバーが何を思っているのか、兆しに気づく観察力がリーダーには求められる。

人が成長するのは、成功の味を経験すること、「面白い」「はまった」という経験を通じて。
そのような経験をするチャンスを与え、「失敗しても諦めない自信」をメンバーに育むことこそリーダーがやるべきこと。
リーダー自信に「やりたい」という気持ちが根本になければならない。
責任体制や報酬体系などの制度の整備を、「やりたい」気持ちがないことの体のいい隠れ蓑にしてしまってはいないか?

先日、日本を代表する総合商社の副社長を務めた人物の講演を聴く機会があったのだが、この本で語られている内容と重なるところも多かった。

本書の中で宮崎駿の口癖が紹介されている。
「大事なことって、だいたい面倒くさい」
ビジョンや価値観をメンバーに響くまで伝え続け、価値観の異なるメンバーとも対話を通じてその違いを克服し、メンバーをよく観察し、成功を味わえるようなチャンスを与える。
一般論・正論に頼らずに地道な取り組みをやり続ける。
確かに「面倒くさい」。
が、リーダーとはそういうものなのだろう。
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『人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?』 山本一成

2017-08-01 22:59:04 | Books
人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?―――最強の将棋AIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質
山本 一成
ダイヤモンド社


Kindle版にて読了。

著者は将棋の電王戦で名人に勝利したAIソフトウェア「ポナンザ」の開発者。
囲碁の世界トップ棋士イ・セドルを破ったGoogleのアルファ碁の解説を交えながら、将棋や囲碁の世界で人工知能が如何にして人間を凌駕するようになったのか、その技術が紹介されていく。

人工知能関連の本を読むのは、『人工知能は人間を超えるか』『よくわかる人工知能』に続いて直近3冊目だが、ポナンザが強くなった過程を通じて、「教師あり機械学習」と「強化学習」の違いを具体的に理解できるという点ではいちばんわかりやすかった。

人工知能が人間に勝つという点では、チェス、将棋、囲碁という順で難しくなる。
チェスは、局面の良し悪しを測る基準が将棋よりも明確でコンピュータに計算がしやすい。
将棋では、駒と駒との位置関係すべてに点数をつけることで機械学習を可能にした。
ところが、囲碁ではそもそもどの関係に点数をつければよいかがわからず、囲碁の局面をコンピュータに「評価」させることが不可能だった。

アルファ碁は、それをどのようにして克服したのか。
強くなったキーポイントは、囲碁の盤面を「画像」として読み込ませる手法をとったこと。
そして、ディープラーニングを使ったことだという。
プロ棋士による実際の局面を「画像」に分解してディープラーニングに読み込ませ、教師あり学習をさせることでプロ棋士の打ち手を予想できるようにする。
さらに強化学習を組み合わせることで勝敗予測を可能とし、ついに囲碁を「評価」することに成功する。

機械学習・強化学習の解説に比べると、ディープラーニングの解説はかなり省略されていて、この辺はちゃんとは理解できなかったのがちょっと残念。
ただ、丸暗記させないようにすることで、ディープラーニングは必死で入力の特徴をつかもうとするという「過学習」の話は面白かった。
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