そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『九十八歳になった私 (講談社文庫)』 橋本治

2023-12-06 08:58:00 | Books
2018年の作品。当時70歳になろうとしていた橋本治が、その約30年後、2046年頃の世の中を舞台に、98歳になろうとしている自分自身を語り部として独り語りをする異色の小説。

東京大震災で首都圏は壊滅し、科学者の暴走により甦らされたプテラノドンが野生化していることを除けば、社会のありようは今とそれほど変わっていない。この辺の設定は近未来っぽくって絶妙。

主人公は、社会や若者(といっても「ゆとり世代」が50歳くらいになっているのだが)に対して毒づき、思うようにならない自身の身体、記憶力の低下、至るところの不調に悩まされながら、それでもなかなか死ねないという境遇を愚痴りまくる。

このあたりは、社会や大人に大して文句、不満をぶち撒きまくっていた「桃尻娘」を彷彿とさせ、皮肉とユーモアたっぷりの暴言のセンスは、この人ならではだなと思う。
沸々と湧き出た本質を捉えた感情が、豊かな川の流れになるような、豊かな言葉の流量。表現の水圧が高く、それでいて決壊しない安心感がどこかに漂っている。

こんな小説を書いておいて、その直後に橋本治は71歳で逝ってしまった。それはもう皮肉としか言いようがない。
本作は怪作の部類で、正直評価に戸惑うのだが、もっとこの人の小説を読みたかった、と改めて思わされる。

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『会社のなかの「仕事」 社会のなかの「仕事」~資本主義経済下の職業の考え方 』 阿部真大

2023-11-27 10:40:00 | Books
「やりがい搾取」
資本が求める「仕事」と労働者の「やりがい」が一致することによって、不当な搾取状態が見えにくくなり、労働者自ら搾取率を高めている状態。

著者は、2000年代初頭にバイク便ライダーの勤務実態をもとに「自己実現系ワーカホリック」という状況を指摘し、これを教育社会学者の本田由紀が一歩押し進めたのが上記の「やりがい搾取」という概念。
そんなやりがい搾取が蔓延する世の中の課題を解決するために、仕事を「会社」ではなく「社会」の中で位置づけ直そうというのが本著のテーマ。

著者の主張は第1章に集約されている。
仕事は、客に喜んでもらうためにするものではない。社会の中で自らの役割を果たすためにするものである、と。
社会の中での役割、即ち仕事を「職業」として捉え直す。
職業の社会的役割を明確化し、仕事内容を社会的に規定することで、仕事の無限定性に歯止めをかけようという考え方。
労働組合を職業別の組合として再活性化させることや、「ユーモア」を職場の中に採り入れることが提唱される。
(後者については、職場を相対化して没入度合いを軽減する意図だと解釈した。)

この文脈で池井戸潤作品への一部批判的な論評なども語られるのだが、この考え方自体は明確で現代日本社会の病理を建設的に指摘いて好感を持った。

一方で、会社という組織に身を置きながら「職業人」としてあり続けることは簡単なことではない。
承認欲求や組織内競争のゲーム性などが「組織人」たることへの強力な誘惑を生じさせる。

また、職業ベースで仕事を捉える考え方は、グローバルスタンダードに日本社会を近づけようとする意味合いも持っており、それに対する反発心はグローバル化に対するバックラッシュの側面も持っていることも指摘されている。
グローバル化の流れに反発するローカル層に、グローバル・エリートが直接影響を与えることは容易ではなく、ローカルで働いている人の仕事観を少しずつ変えていく働きをするローカル・オルト・エリートの存在が重要であると、著者は主張する。

この点が、本著に好感を持ったポイントのもう一つの点。
仕事を「職業」として捉え直すためには、当然のことながら各人の「職業」が何であるかが明確になっていることが前提となる。
その意味では、いわゆる「ジョブ型」労働と極めて親和的なもの。

「あなたの職業は何ですか?」と問われて、「会社員です」と答える人が大半という世の中を少しずつ変えていく。
ぜひそんな取り組みに自分の力を使ってみたいな、とクリアに思わせてくれた点で、自分にとっては良著であった。

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『くもをさがす』 西加奈子

2023-11-12 18:08:00 | Books
異国の地で突然癌になる。しかもコロナ禍で医療は非常時。コミュニケーションの不安、恐怖と心細さ。

治療が軌道に乗っても、副作用への不安と痛み、苦しさ。自分の身体のカタチが変わる(乳房切除)への受け止め方。

想像し難い境遇に見舞われたとき、人が何を感じ、何を考えるのか。切実なリアリティに、読んでいるこちらも我が身の人生を改めて考えさせられる。

そして、彼女が、様々な面でサポートしてくれる大勢の友人たちに恵まれていることに感服する。これはもう彼女の人柄と、普段からの交友関係の広さがあってこそとしか言いようがないが、いざというときに助けれくれる人たちと関係構築が最大のセーフティネットになるのだと今更ながら思い知らされる。

日本人とカナダ人の考え方の違い、社会の違いが際立たされるのも興味深い。彼女は、日本人には情があり、カナダ人には愛がある、と表現しているが、わかる気がする。なんというか「運命」というものの捉え方の違いかな。宗教観の違いに行き着くようにも感じられる。

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『職場のメンタルヘルス・マネジメント ――産業医が教える考え方と実践 (ちくま新書 )』

2023-10-23 18:21:00 | Books
長く会社という組織にいると、メンタルを病んでしまう同僚、部下に多数遭遇する。メンタル不調に至らないまでも、人間関係に悩んでストレスや不満を抱えたまま働いたり、エンゲージメントを損なったりしている人がどれだけ多いことか。

会社人のウェルビーイングの向上って、日本の社会や経済のパフォーマンスを上げるために最優先すべき課題だと常々感じていることから、産業医の目線で職場のメンタルヘルスマネジメントを論じたこの本を一読してみた次第。一般向けに書かれたこの手の本ってなかなか見当たらないので。

第一部は、会社人の合理的な働き方について。勤務とはあくまで契約である。会社の業務において個人の責任には限度があり、上司(管理者)であっても雇用されており有限責任である。労働契約法において会社には安全配慮義務があることが定められている。労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をしなければならない。一方で、労働者側にも労働安全衛生法上の自己保健義務がある。酩酊状態で出勤したり、感染症が流行しているときには感染しない・させないための行動が求められる。健康診断の受診義務もある。

第二部は、人の心理の特性および職場で見られる精神症状の解説。人の心理特性は、気質・性格・人柄に構造化され、一般にはあまり違いを理解せずに使用される、自閉症、発達障害(神経発達症)、パーソナリティ症、抑鬱、自律神経失調症、適応障害などの用語がそれぞれ示す状態や病理が解説される。主治医が書いて会社に提出される診断書の診断名も、実は明確ではなく、産業医としてそのバックグラウンドを含めた解釈が必要になるものだというのは知らなかった。また、健常者と自閉症者は二分されるものではなく、グラデーションのように濃淡があるだけとの話や、叱りつけるだけの厳しい親に育てられるとパーソナリティの歪みが生じ、自己を保全するために妄想、他罰(加害)、回避などの代償行動に出るという話は、職場のちょっと付き合うのが難しい人に対する見方を少し変えてくれる気づきになり得るように感じた。

第三部は、休職・復職、健康管理、産業医の役割などの制度に関するテクニカルな説明。

最後に、本書を通じての著者からのメッセージが6点挙げられている。その中の1つに、仕事は自分の本心でするものではなく、仮面を被り会社が指定した役割をうまく演じればよい、というのがある。そのように割り切る必要があることには同意はするのだが、せっかく人生の大半の時間を会社での仕事に捧げるのに、本心を隠して演じるだけというのも、真の精神的・心理的充足を得るものではないだろう。役割を演じながらも、部分的にでも自己実現していく強かさを多くの人が身につけられる世の中になればよいのに、と心から思う。

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『カモナマイハウス』 重松清

2023-10-01 17:23:00 | Books
人口減少社会において深刻化する空き家問題をテーマにした長編小説。
といっても社会派ではなく、いつもの重松節でベタッとした甘いお話。
テレビドラマ並みのわかりやすいキャラ設定とうわっ滑り気味のユーモア、作劇は予定調和で想像を超えるものはない。

…と、辛口レビューになってしまったが、どこか憎めない魅力があるのも重松清ならでは。
個人的には、仕事も子育ても親の看取りも卒業して、ロスを乗り越え改めて向き合うことになる夫婦の姿に、自分たちの10年後を見るようでちょっとしみじみしてしまった。

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『越境』 コーマック・マッカーシー

2023-09-23 14:19:00 | Books
舞台は1940年代のアメリカ・メキシコ国境地帯。主人公の少年は、三度び国境を越え、馬に乗ってメキシコの地を延々と放浪する。
一度目は捉えた雌狼を生まれた地に送り届けに、二度目は盗まれた馬を取り戻すために、三度目は生き別れた弟を探しに。
主人公は孤独な旅を逞しく続けるが、その過程であらゆるものを抗いがたい暴力によって喪失していく。
壮大で厳格な喪失の物語である。

文庫本で600ページを超える大作だが、最初の1、2ページを読んだところで、あまりの読みにくさに挫折しそうになった。
独特な言葉遣いと長いセンテンス、詩的な情景描写、短い言葉を交わすだけのダイアログ、場面の切り替わりのわかりづらさ。
心理描写は極力排除され、ただひたすら事物だけが描かれていく。
特に、主人公が放浪の過程で出会う人物によって語られる挿話が長くて哲学的・宗教的で難解で、心が折れそうになるが、そこを乗り越えたときに頭で理解するのとは異なる、深淵な何かが確かに生じるのだ。
主人公の旅に付き合うことで、時間感覚や地理感覚が拡張されていく感じ。

先般(2023年6月)亡くなったコーマック・マッカーシーの「国境三部作」の2作目とされる。
1作目の『すべての美しい馬』より先に読んでしまった。
三部作すべてを読んでみたい気はするが、相当なスタミナが要求されそうだな…

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『街とその不確かな壁』 村上春樹

2023-07-31 22:44:00 | Books
「あとがき」によれば、村上春樹は、第一部を書き上げたところで一旦目指していたものは完成したと思っていたとのことだが、第一部だけだとしたら、『世界の終り…』の焼き直しと『ノルウェイの森』っぽい恋人喪失の物語だけで、相当物足りないものになっていただろう。第二部、そして第三部が加わることで、本当の意味での「完成」に至った感は強い。

いつもの村上作品の主人公のように音楽の知識をひけらかすスノッブ感は最小限に抑えられ、これまたいつもの男子中学生の妄想みたいなセックス描写もなく、落ち着いて読み進めることができる。
紙幅のボリュームは相当のものだが、劇的な出来事が起こるわけでもなく、不思議なほど淡々と話は進んでいく印象。

『羊をめぐる冒険』以降の長編小説全作品を、1年以上かけて書かれた順に読んできて、ついにこの最新作まで読了した。思えば、村上春樹は全作品を通じてずっと「あちら側」と「こちら側」を描いてきた作家なのだという気がする。この『街とその不確かな壁』のラストに至り、ついに「あちら側」と「こちら側」の関係性に決着がついた印象を受けた。この先、村上春樹に描くべきものは果たして残されているのだろうか。

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『日本の会社のための人事の経済学』 鶴光太郎

2023-07-10 22:21:00 | Books
著者は、以前からジョブ型雇用の普及を推進してきた立場とのことだが、最近のジョブ型雇用ブームには誤解が多いと言う。

ジョブ型だから解雇自由というのは完全な誤解だし、ジョブ型=成果主義というのも誤解で、ジョブ型雇用は職務に賃金が結びついているので成果主義の要素が元来無い。Job Description(ジョブ定義書)があればジョブ型ということでもなく、メンバーシップ型雇用でもJDは有用であり得る。

そして、ジョブ型雇用はテレワークの要件でもない。テレワークが進まないのはジョブ型とは関係なく、環境・制度の準備ができていなかったただけ。テクノロジー遠最大活用すれば、対面と変わらぬレベルでのコミュニケーションが実現できるはずだと。

一方で、日本特有のメンバーシップ型無限定正社員システムは、年功昇進と後払い賃金の仕組みとの組み合わせで、かつては有用であったが、自己犠牲や長時間労働などの弊害を孕んだシステムであるだけでなく、経済・社会の不確実性の増大、少子高齢化などの環境変化により、イノベーション力や共働き・シニア雇用などの多様性が求められる状況下で限界を迎えている。

ここにどのようにしてジョブ型雇用を採り入れていくか?著者の提唱するジョブ型への現実的な移行戦略は「途中からジョブ型」の導入、無限定メンバーシップ型との複線化だと言う。

日本企業がマクロ環境の変化に対応して、ジョブ型雇用をうまく活用しながら、イノベーティブで多様性を生かした組織になっていくにはどうしたらよいのか?著者が挙げるポイントは、自己犠牲・減点主義に基づく評価を改め過去の成果ではなく将来に向けた変化を評価すること、多様な構成員に「職場にいないことを許容する仕組み」を提供しつつ求心力を生み出すために企業の理念・社会貢献目標などのパーパスを共有すること、構成員のウェルビーイングの向上を通じて人的資本が一定でもその稼動率を上げることでパフォーマンスを高めること。

自分の勤めている会社でも、ここにきてジョブ型雇用の導入や評価制度の改変など、動きが始まっているが、それらをどう捉えてどのように運用していくべきか、指針を与えてくれる良著であった。

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『かたみ歌 』 朱川湊人

2023-06-29 23:11:00 | Books

『かたみ歌 (新潮文庫)』の感想

昭和40年代頃を中心とした時代、都電が走る下町のアーケード商店街がある街を舞台に、生と死の間を行き来する不思議な体験を軸にした連作短編の構成。

昭和50年代に子供時代を過ごした自分からすると少し前の時代で、どんぴしゃノスタルジーを感じるには今一歩なのだが、人と人の距離が今よりも近かった素朴で小さな世界の雰囲気はよくわかるし、伝わってくる。

ハートウォーミングな筆致の中に、人の世の業が織り成す、今となってはやや生々しく感じられる件りも所々に盛り込まれる。令和の時代の日本社会の深層にも生き続けるウェットな人間関係の負の側面を意識させられ、やや重く感じられたというのが正直な印象。

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『終りなき夜に生れつく 』 アガサ・クリスティー

2023-06-17 18:51:00 | Books
読んでも読んでも、なかなか話が進まない。
ようやく半ば過ぎくらいで、ミステリらしい点がになるが、淡々としたペースは続き、気づけばページは残りわずか30頁ほど。
おいおいどうすんねん、と思っていると、驚愕の展開。

…というか、これはちょっと裏ワザすぎるのではないか。
ミステリのルールを逸脱しているというか。
改めて初めのほうを読み返してみると、けっして矛盾してはおらず、それだけ巧妙にはできているのだが。
セオリーを外れすぎていて、自分は興醒めしてしまった。

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