そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『街とその不確かな壁』 村上春樹

2023-07-31 22:44:00 | Books
「あとがき」によれば、村上春樹は、第一部を書き上げたところで一旦目指していたものは完成したと思っていたとのことだが、第一部だけだとしたら、『世界の終り…』の焼き直しと『ノルウェイの森』っぽい恋人喪失の物語だけで、相当物足りないものになっていただろう。第二部、そして第三部が加わることで、本当の意味での「完成」に至った感は強い。

いつもの村上作品の主人公のように音楽の知識をひけらかすスノッブ感は最小限に抑えられ、これまたいつもの男子中学生の妄想みたいなセックス描写もなく、落ち着いて読み進めることができる。
紙幅のボリュームは相当のものだが、劇的な出来事が起こるわけでもなく、不思議なほど淡々と話は進んでいく印象。

『羊をめぐる冒険』以降の長編小説全作品を、1年以上かけて書かれた順に読んできて、ついにこの最新作まで読了した。思えば、村上春樹は全作品を通じてずっと「あちら側」と「こちら側」を描いてきた作家なのだという気がする。この『街とその不確かな壁』のラストに至り、ついに「あちら側」と「こちら側」の関係性に決着がついた印象を受けた。この先、村上春樹に描くべきものは果たして残されているのだろうか。

#ブクログ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『日本の会社のための人事の経済学』 鶴光太郎

2023-07-10 22:21:00 | Books
著者は、以前からジョブ型雇用の普及を推進してきた立場とのことだが、最近のジョブ型雇用ブームには誤解が多いと言う。

ジョブ型だから解雇自由というのは完全な誤解だし、ジョブ型=成果主義というのも誤解で、ジョブ型雇用は職務に賃金が結びついているので成果主義の要素が元来無い。Job Description(ジョブ定義書)があればジョブ型ということでもなく、メンバーシップ型雇用でもJDは有用であり得る。

そして、ジョブ型雇用はテレワークの要件でもない。テレワークが進まないのはジョブ型とは関係なく、環境・制度の準備ができていなかったただけ。テクノロジー遠最大活用すれば、対面と変わらぬレベルでのコミュニケーションが実現できるはずだと。

一方で、日本特有のメンバーシップ型無限定正社員システムは、年功昇進と後払い賃金の仕組みとの組み合わせで、かつては有用であったが、自己犠牲や長時間労働などの弊害を孕んだシステムであるだけでなく、経済・社会の不確実性の増大、少子高齢化などの環境変化により、イノベーション力や共働き・シニア雇用などの多様性が求められる状況下で限界を迎えている。

ここにどのようにしてジョブ型雇用を採り入れていくか?著者の提唱するジョブ型への現実的な移行戦略は「途中からジョブ型」の導入、無限定メンバーシップ型との複線化だと言う。

日本企業がマクロ環境の変化に対応して、ジョブ型雇用をうまく活用しながら、イノベーティブで多様性を生かした組織になっていくにはどうしたらよいのか?著者が挙げるポイントは、自己犠牲・減点主義に基づく評価を改め過去の成果ではなく将来に向けた変化を評価すること、多様な構成員に「職場にいないことを許容する仕組み」を提供しつつ求心力を生み出すために企業の理念・社会貢献目標などのパーパスを共有すること、構成員のウェルビーイングの向上を通じて人的資本が一定でもその稼動率を上げることでパフォーマンスを高めること。

自分の勤めている会社でも、ここにきてジョブ型雇用の導入や評価制度の改変など、動きが始まっているが、それらをどう捉えてどのように運用していくべきか、指針を与えてくれる良著であった。

#ブクログ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『かたみ歌 』 朱川湊人

2023-06-29 23:11:00 | Books

『かたみ歌 (新潮文庫)』の感想

昭和40年代頃を中心とした時代、都電が走る下町のアーケード商店街がある街を舞台に、生と死の間を行き来する不思議な体験を軸にした連作短編の構成。

昭和50年代に子供時代を過ごした自分からすると少し前の時代で、どんぴしゃノスタルジーを感じるには今一歩なのだが、人と人の距離が今よりも近かった素朴で小さな世界の雰囲気はよくわかるし、伝わってくる。

ハートウォーミングな筆致の中に、人の世の業が織り成す、今となってはやや生々しく感じられる件りも所々に盛り込まれる。令和の時代の日本社会の深層にも生き続けるウェットな人間関係の負の側面を意識させられ、やや重く感じられたというのが正直な印象。

#ブクログ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『終りなき夜に生れつく 』 アガサ・クリスティー

2023-06-17 18:51:00 | Books
読んでも読んでも、なかなか話が進まない。
ようやく半ば過ぎくらいで、ミステリらしい点がになるが、淡々としたペースは続き、気づけばページは残りわずか30頁ほど。
おいおいどうすんねん、と思っていると、驚愕の展開。

…というか、これはちょっと裏ワザすぎるのではないか。
ミステリのルールを逸脱しているというか。
改めて初めのほうを読み返してみると、けっして矛盾してはおらず、それだけ巧妙にはできているのだが。
セオリーを外れすぎていて、自分は興醒めしてしまった。

#ブクログ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『騎士団長殺し』 村上春樹

2023-06-11 21:21:00 | Books
(以下、全4巻通じてのレビュー)

過去作との共通点というか、焼き直しのような点が少なくない。
雑木林の石室は『ねじまき鳥クロニクル』の井戸を彷彿とさせるし、地下の世界へ迷い込む件りや、第二次大戦での暴力、夢の中での性行といった要素もいくつかの作品で出てきている。
秋川まりえのキャラクタは、『ねじまき鳥…』の笠原メイと『1Q84』のふかえりのブレンドのようにも思えるし、「免色」は『色彩を持たない多崎つくる…』をどうしたって連想してしまう。そもそも、彼のような、どうやって暮らしているのかわからないとんでもないお金持ちってキャラも、村上作品には必ずといっていいほど登場する。

この小説で、新規性があってユニークなのは、主人公が絵描きを生業としていて、絵を描くプロセスや絵描きの頭の中を、小説の表現として見事に結実させているところ。これには感心させられた。

特に前半部分のオカルトっぽさの発揮も村上春樹にしては珍しい。深夜に鈴の音が聞こえるあたりは背筋が冷たくなる肌触り。「白いスバル・フォレスターの男」のサスペンス性も印象深い。

#ブクログ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『プロレス深夜特急: プロレスラーは世界をめぐる旅芸人』

2023-06-03 12:59:22 | Books

『プロレス深夜特急: プロレスラーは世界をめぐる旅芸人』の感想

この本を読んで改めて思った。プロレスは、真にユニバーサルな文化なのだなぁ、ということを。

思い返せば、自分が子供の頃観ていたプロレスでも、サーベル振り回して暴れるインドの狂虎や、火を吹くアラブ人や、ド派手に空を飛ぶ千の顔を持つ男や、多くの魅力的で怪しい外国人レスラーがリングを彩っていた。
肉体がぶつかればシンプルに、痛みが、感情が伝わる。そこに言葉の壁などない。

「プロレスラーは世界をめぐる旅芸人である」

プロレスという「芸」を携えて、TAJIRIはプロレス後進国を含む多くの国々を訪れる。
お国柄、食文化、生活水準はそれぞれ異なっていても、プロレスを通じて、選手たち、観客たちはすぐに一体となる。
プロレスという共通言語が多様性を飲み込んでいく様が、とてもエキサイティングだ。

米国や日本のプロレスに憧れ、自国のプロレス文化をゼロから立ち上げようとしているプロレス後進国の選手たち。彼らを指導するTAJIRIの語るプロレス哲学がまた魅力的だ。

「キャラクターっていうのはシンプルに『この人はこういう人なんだな』と、すぐさまその性質を理解できる。そして『何を願っている人なのか?』がわかりやすい、そういうのがキャラクターなの」
「キャラクターを紹介するためのツールとして技を選択していくのよ」
「それがね、プロレスはガチで願っていることが、なぜか見ている人にもジワジワ伝わる。そういう特殊な一面を持つ不思議なジャンルだとオレは思うんだよ」

大好きなことをやって、人と繋がって、継承していく。なんとも羨ましい人生だと思う。

#ブクログ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『学びを結果に変えるアウトプット大全』

2023-06-03 12:57:00 | Books

『学びを結果に変えるアウトプット大全 (サンクチュアリ出版)』の感想

読書好きは、基本的にインプット好きだと思う。自分も御多分に洩れずインプット大好き、知識欲旺盛なのだが、本来インプットというのは手段でしかなく、インプットしたものを何らかの形でアウトプットしてこそ、本当に身になる。ここにこうして感想を書いているのもアウトプットそのものなのだが、ついつい面倒になって怠りがちなのである。

さらに言うと、アウトプットすることも本当は目的ではなく手段であるはず。著者は、アウトプットすることで交流が生まれ、時にはそれが仕事(稼ぎ)に繋がることを強く意識していることが伺われる。

そう、その方がきっと人生は豊かになる。わかっちゃいるけど、つい面倒になってしまう。その思考を変えて定着させるためにも、この本は継続的にパラパラとめくってみるのがよいかもしれない。

#ブクログ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

3年ぶりの放言

2022-12-30 15:32:00 | Diary
このブログに最後にエントリしてから3年。
このままだと閉鎖されそうなので久々にエントリしてみる。

3年ということは、パンデミックになってから一度もエントリしてなかったってことだな。
世の中いろいろあったが、うちの家族は今のところ誰も感染していない。
感染しても無症状で気づかなかっただけかもしれないが。

2020年は、上の子供が中3、下の子が小6で、一斉休校になったり、オンライン授業中適応したり、修学旅行が中止になったり、いろいろ影響があった。

自分はといえば、リモートワークがすっかり定着して、今も出勤するのは月に2、3回、満員電車に乗ることも無くなった。
このスタイルは変わらんだろうな。

そして、終わろうとしている2022年。
自分は50歳になった。
論語では「五十にして天明を知る」とされているが、天命なんて全くわからんよ。

この世に生を受けてからの半世紀を振り返るに、ここ10数年で世の中の雰囲気がすっかり変わってしまったな、と感じる。
自分が社会に出て、30代の終盤に差し掛かる2010年くらいまでは、なんだかんだ言って今の世の中が基本的にはずっと続くような気がしてた。
それが、震災があり、パンデミックがあり、ウクライナ侵攻が起こり、東アジアの隣国はますます危険になり。
一方で、少子高齢化はいよいよシャレにならない域にさしかかり、この国の経済は相対的に衰えて海外旅行すら金がかかり過ぎて行く気にならなくなってきた。

これから先、過去の経験に基づいた予測がますます通用しない世の中になっていくのだろうな。
あまり先のことに期待しすぎず、変化に柔軟に適応していくことが求められる。
まあ、でも人類の長い歴史のほとんどの期間はそんなものだったんだよな。
戦後日本の安定が奇跡的に特殊な時代だっただけで。

ということで、間もなく年が明けるが、そんな感じで、今できることに最善を尽くしながら、その時その時を楽しんで生きていこうと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キーワードで振り返る2019年

2019-12-31 14:02:00 | Society
恒例、人物と出来事で今年を振り返ってみる。
皆さま、よいお年を。

原宿竹下通り暴走
ZOZO前沢社長
NGT48山口真帆
純烈
JOC竹田会長
稀勢の里
勤労統計不正
野田市小4女児虐待死事件
大坂なおみ

新井浩文
池江璃花子
堀ちえみ
はやぶさ2
辺野古住民投票
ハノイ米朝首脳会談
カルロス・ゴーン
ピエール瀧
ニュージーランド銃乱射
内田裕也
イチロー
萩原健一
新元号「令和」
忖度発言
大阪W選挙
新紙幣
桜田五輪大臣
ノートルダム大聖堂
池袋暴走
スリランカ連続爆破テロ
ゴールデンウィーク10連休
天皇退位
天皇即位
大津交差点事故
対中関税引き上げ
丸山穂高
田口淳之介
トランプ来日
川崎児童殺傷事件
元農水次官長男刺殺
山里亮太 蒼井優
「老後資金2000万円」
香港デモ
ホルムズ海峡タンカー攻撃
吹田交番襲撃拳銃強奪
八村塁
闇営業
G20大阪サミット
板門店軍事境界線越え米朝首脳会談
セブンペイ
ジャニー喜多川
京都アニメーション放火
宮迫博之 田村亮
参院選 れいわ・N国
ボリス・ジョンソン
佐々木朗希
対韓輸出管理厳格化
リクナビ
表現の不自由展
渋野日向子
小泉進次郎 滝川クリステル
あおり運転
GSOMIA
京急 衝突脱線事故
錦戸亮
台風15号 千葉停電
第4次安倍再改造内閣
ZOZO前澤社長退任 Yahoo!買収
サウジ油田施設ドローン攻撃
ラグビーワールドカップ
グレタ・トゥーンベリ
山梨キャンプ場女児行方不明
関電 高浜町
消費税率10% キャッシュレス還元
教師間いじめ
金田正一
吉野彰氏
台風19号 東日本広域河川氾濫
東京五輪マラソン・競歩札幌開催
即位の礼
徳井義実
首里城
英語民間試験導入白紙
田代まさし
即位を祝うパレード
二宮和也
桜を見る会
ヤフー LINE 経営統合
沢尻エリカ
中村哲医師
IR汚職
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『国宝』 吉田修一

2019-05-05 19:44:38 | Books
 
 
極道の家に生まれた男が、人生の荒波に揉まれながら、当代一の女形歌舞伎役者として極致に至る一代記。
吉田修一の多彩さが感じられる一方、極道の描き方などは『長崎乱楽坂』の原点に立ち戻ったかのような感慨も覚える。

活弁士調のわかりやすく解説的な文体が特徴的で、自分のような歌舞伎素人でもストレスなく読み進めることができるが、歌舞伎に関する描写の良し悪しは判断が難しい。
ただ、少年時代の主人公が厳しく稽古をつけられる場面で、肩甲骨で身体の動きを憶えろと師匠から言われる件りは印象深い。

一方で、戦後日本社会の変遷を描く年代記的な一面も持つ小説であり、特に、歌舞伎界と裏社会の関係、或いはマスコミとの関係などはリアリティがあり、確固たるモデルがいるわけではないだろうが、今大御所となっている俳優やタレントも、かつてはこのような道を辿って芸能の世界を上り詰めていったのだろうな、などと想像を掻き立てられる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする