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よつばと! 第13巻


 ずいぶん遅くなりました。

 『よつばと!』第13巻が、なんと、出ましたね。
 もう出ないんじゃないかと思ってました。

 わたしは、この執筆の遅さの原因は

 内容が冬だから

だと思います。

 「ばあちゃん」が出て来ましたが、どうみてもこの人は冬にしか出て来れないキャラクター。
 作者は最初からその予定で描いてきて、いまは自らに課したその予定をこなさねばならないと、心に木枯らしを吹きつけられながら、必死で描いておられるのでしょう。
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かたみ


 お義母さんが亡くなって一年。遺品の整理。わたしは見ていただけですが、リュックをいただきました。
 山歩きの好きなひとでした。
 そういえばDominiqueも山歩きが好きでした。まあ彼女は生きているだろうけど。たぶん・・・
 山歩きの好きなひとに悪いひとはいなさそうな気が。

 
 
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大事なこと。精神的高みは、横方向にもあるということ。


 国際学類みたいな場で学んで卒業しても「何か」が残るわけではないんじゃないか、「大事なこと」がないのではないか、という考え方について。

「何か」がほしい、と思うこころが求める「何か」というのは「上の方にある」「ひとかたまりになった」大事な何か、ということではないでしょうか。
 学問や芸術、思想など精神的に高いとみえる価値だけでなく、各種の免状、資格と結びついた価値とか、あるものごとの全てを説明する(ようにみえる)理論の価値とか。「自分または自分のいる企業にお金をもうけさせたい」という思いに繋がるものであっても、資本主義の世の中ではそれは上の方にある価値と言えると思います。

 ただそういうふうに上の方を見ている人たちが上の方を見ているだけでは、社会とか世界とかは成り立たないと思います。
 たとえば、上の方に見る価値を共有しない人たち同士に諍いが起こったら、彼らだけでは収拾がつけられないのではないでしょうか。

 社会、世界を安定して成り立たせるためには、横方向の、人と人とを繋ぐ人の働きがなくてはならないのではないのではないでしょうか(ここで言う「人と人とを繋ぐ」というのは、必ずしも「人づきあいがよい」という意味ではなくて、「相手を深く理解していること、リスペクトしていることが示せる」という意味です)。そういう横方向の働きこそ「大事」と信じる人たちが必要なのではないでしょうか。

横方向の能力は形として見えにくいけれど、横方向の努力にはノーベル賞はないけど(平和賞がいくらかそれか)、縦方向と同じくらい意義のあることだと思います。だから横方向の努力を大事にすることは、やはりひとつの精神的高みを志向することのはずです。

 ひとつの高い価値を持った人が横方向の能力においても優れていてそれを大事にしている、という場合が多ければ、その方が望ましいと思います。
 ただ、残念ながら今の日本にはそういう人材は多くないと思います。

 もしもそういう人材が増えてきたら、そのときこそ国際学類には「何」があるのか、アイデンティティは何かと本気で悩むべきなのですが、今はまだそれほど日本は成熟していないと思うのです。

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楽しいこと

 国際学類が面白くなくなってしまったという某くんに、raidaisukiからのメッセージ。

「面白いこと、楽しいこと」について。
   
 わたしがいつも思うのは、資本主義、マーケットシステムがそれ買えやれ買えと、消費者の喉元まで差し出してくるものには、ろくなものはないなあ、ということ。(これは残念ながら金沢大学の提供する教育にもそういうところがゼロではない、と言わなければならない。それはどうしてもある程度はそうなるのを許してほしい)
 資本主義は、宣伝を消費者の頭に刷り込んで、マーケットを囲い込んで大きな利潤をあげるのが大好きなのですよ(このあたりブローデル=ウォーラーステイン参照)。 

 「留学」というのをして日本の消費者を絡め取ろうとする戦略のワナから一度脱出すると、まわりは全部外国なわけで、日本人の多数に受けて買ってもらえてお金になる「もの」ばかり置いているわけではない。
 そこで「面白い」と思えるものは、たぶんほんとうに面白い。あなたに合ってるもののはず。

 でもそういう自分に合うもの探しは、気合を入れていれば、日本に居続けたってできるはずなのです。 
 問題は、お金儲けしたい人たちが躍起になって売りに来るものなんか見向きもせず、自分に合った、自分がほんとうに面白く、楽しいと感じられるものを独力で見つけ出して、あえてそれを愛する勇気をもつこと。人は、人の感性はひとりひとり違っているものだから、ほかのひとと完全に合わせることは基本的に不可能だし、自分で探すしかないもの。

 わたしがある種のアフリカ音楽、アルジェリア音楽を楽しく聞いて、それについて楽しげに話すのは、そういうことです。わたしがアフリカ音楽の良さを本気で力説すると、みんな不思議そうな顔するけれど、それは要するに自分の感性をよく知っていないのかもしれないと思うんですよ。人生の早い段階で、日本で宣伝力のある業界の人が、若い人の頭に「あなたはこういうのが好きであり、ほかのものは好きではない」というのを刷り込んじゃうんですよ。

 アメリカ音楽やJポップ「好き」という人の「好き」って、ほんとにほんとに「好き」なんだろうか? つまり自分に本当の「楽しさ」をもたらしているだろうか? 単に流行の先端にわたしは遅れていないと思いたいから、他のみんなと同じものを楽しく思えているという「一体感」を楽しんでいるだけではないの?(「一体感」だったら、わたしはアルジェリア人と一体感を味わうので十分元が取れてますよ)

 以上のことを言ったうえで、やっぱりアメリカ音楽というのは、その最良のものは世界の音楽的感性のベースをなしていると思います。
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スキヤキ2014の収穫~番番外外外 法林寺温泉


 スキヤキ期間中の宿泊所のひとつとなっていた法林寺温泉。
 おかげでタダ券がスタッフに配られましたので、行ってきました。

 金沢から南砺に向かう山道の出口近くにあります。
 まったく隠れ里。特に夜は秘境的雰囲気。

 でも脱衣場も湯船も清潔で、お湯は熱すぎず入りやすかったです。

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さてブログをどうしますか


 さてブログお休み中といいながら、ワールドカップでのアルジェリアの活躍のおかげで、かなりブログを書いています。
 大事な人を亡くした喪失感からはかなり離れたかなと思えるのですが、やはりなにか変ってしまい、ブログのようなものを書きつづるための内発的なものがない感じで・・・

 わたしの人生も疑いなく最後の直線コースに入っています(定年とか、そういうことじゃないんですけど)。
 偉そうなことを申しますが自分のために何かをすることより、後世に何かを託していくべきときが来ているのです。

 若い人たちに「説教」する気はありませんがなにか前向きで、希望が見えるようなことが書けるならよいのですが。

   
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『よつばと!』は・・・


 もう終わりではないでしょうかね。
 2014年に入ってからまだ一度も『月刊コミック電撃大王』に掲載されていないそうですから。

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それにしてもいそがしい・・・


 ブログを書く暇もありません。
 それなのに、体験はどんどん重なっていきます。
 こいつぁちょっと・・・ツィッター式に書いていくしかないですかね・・・
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パリ・スコープ


 以前より少し薄くなったみたい。
 こういう情報はネットを見て調べ、確かめるというパターンになってきたということでしょう。
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「世界で一番きれいなトイレ」だって


 ルーヴル地下にはLes toilettes les plus propres du mondeと銘打ったトイレもできてました。恐れ入った宣伝文句ですな。

 美しいトイレなら日本にたくさんありそうですけどね。

 きれい、きれいって、なんだよ、感じ悪いな。まあ汚いよりいいのは当たり前だけど。

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