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戦艦「伊勢」艦上慰霊祭~「いせ」出航準備

2015-01-13 | 自衛隊

護衛艦「いせ」で行われた戦艦「伊勢」慰霊祭の模様です。
控え室になった士官室で見た「伊勢をでディケートした『いせ』の絵」
が他ならぬアメリカの巨大武器企業からプレゼントされていたことで
ついつい熱く語ってしまいました。

しかし、あれがもし「伊勢」ではなく「日向」だったのなら、
ロッキードマーチン社が依頼した画家に、

「わたしの『鼻の奥ツーンを返せ』」

とちょっとだけいちゃもんつけてみたい気もします。
それはともかく、今日は出航の模様をお伝えします。




控え室で一息ついていると、グループの一団を
一人の士官が率いて艦内ツァーに連れて行ってくれました。
その過程で艦内神社も見せていただいたのですが、
同行の方でやはりブロガーである「来島屋旗振り男」さんが、
そのとき賽銭箱にお賽銭を入れているわたしの手
を写真に撮って
アップしておられました。 




このとき賽銭箱があったので反射的に入れてしまったものの、
後から、そもそもあれは賽銭箱として機能しているのか?
それこそ単なる飾りと化しているのではないか?
と思わないでもありませんでしたが・・・・。
まあ、お花代の足しにでも
していただければ本望でございます。

あ、神社はお花飾らないんだっけ。


さて、階段を上がって上がって上がって・・たどり着いたのは艦橋。
小官、恥ずかしながら息が切れましたorz

昔も今も艦橋にはエレベーターなんかで上がりません。
旧海軍のフネの艦長も、乗り込んだ司令官も、自分の足で
この艦橋の階段を上ったり降りたりしたものです。

護衛艦に乗り込んで一度でも艦内をウロウロしてみると、
移動するだけこんな激務なら、艦隊勤務の海軍軍人が皆スマート
(体型的な意味で)で当然と誰でも思うでしょう。

ところがあんな階段を上り下りしていてもマシュマロ体型を
維持していた指揮官が帝国海軍にいたってんですから驚きます。
そう、「人殺し多聞丸」こと猛将山口多聞中将ですね。


その理由は二つあって、山口多聞は生まれて死ぬまで一度も風邪を
ひいたことがないという驚異的な健康優良児だったこと。
もう一つはその上でよく食べたからです。

山口中将は他の鑑(大和とか) でご飯をよばれても「量が少ない!」
と文句を言い、「うちの方が多い!」と自慢していたというくらいで、
自分の乗るフネの食事は常に
「質より量」を重視させていたということです。

運動量を上回るくらい食べれば誰でも太るのです。(訓戒)
 



艦橋には背中に「飛行長」「支援管制官」と

配置が背中に書かれたチェアがあります。
どちらも大きくて安定感があって、長時間座っていても楽そうですが、
こうしたレイアウトはアメリカ海軍から来たものだと思われます。

先ほど、映画「ファイナル・カウントダウン」についてのエントリを
完成させたばかりなのですが、この映画には原子力空母「ニミッツ」
の艦橋での指令シーンがしょっちゅう出てきます。
全機発進のシーンでは、この「AIR BOSS」の椅子に座った飛行長が
指令を下すところが描かれていました。 

ただし、空母ホーネットの艦橋ツァーをして知ったのですが、
あのような巨大空母の艦橋には司令室らしき部屋が別の階にわたって
合計3つくらいあり、「いせ」のように全てがコンパクトに

同じ部屋の中にあるわけではありません。



艦橋から臨む後甲板。

出航作業中に甲板に出ることは許されなかったと思います。

手前に見えている白いものは、スーパーバード衛星通信アンテナのレドーム。
向こうのグレーの丸い方はUSC-42 衛星通信アンテナと思われます。
まるで釣竿のようなホイップアンテナも、
インマルサット衛星通信アンテナらしきものも見えますね。
そこで一句、

「護衛艦 アンテナ無ければただの船」



艦橋の窓ガラスにワイパーがあるとは気づきませんでした。

雨が結構強く降っていますが、停泊中は動かさないようです。



ここは旧呉軍港ですから、現在もそのほとんどは海自使用です。
周りを見渡せば全てこれ海自艦艇。
隣は掃海艇の桟橋らしく、手前に「まえしま」がいます。



うわ、なんだか知らないけどかっこいい構図!
赤い丸の中心が、「いせ」の現在艦位を示している模様。
下にずらりと並んだ緑とオレンジのボタンは、まるでつい最近見た
「地球防衛軍」のミステリアンの宇宙船の中にあったような・・。




ここで一度移動。
あまり記憶にないのですが(汗)一度控え室に戻ったかもしれません。
何しろ、護衛艦の出航作業とは時間のかかるものだと思いました。
実はそれ以上に時間がかかったのが入港作業で、わたくし実は、
この時間が全く予想外に長引いたため酷い目に・・・・・。

その話はまたおいおいするとして、艦内の廊下を移動中。
前を行くのが今回慰霊祭への参加をお誘いくださった方です。



次の写真がこれだったので、どうもまた出港間際になって
もう一度艦橋に登ったようです。
確か「出航作業を見に行きましょう!」と誘ってくれた方がいたような。

艦橋では心なしか先ほどより緊張感があふれていました。
とにかく皆で何をしているかというと、

見張り、見張り、見張り


出航作業とはこれすなわち「見張ること」であると思われました。




何もしていないように見える隊員もいますが、この人たちは
きっと後で何かすることがあるに違いない。



青いストラップをかけているのが艦橋配置の幹部たち。
艦長でなければ副長以下幹部全員が青ストラップの双眼鏡です。



この日は乗艦した一般人が比較的少なく、従って「いせ」側も
出航作業の間我々に見学することを許可してくれたのですが、
それでなくても決して広くない艦橋を、このように関係ない者が
ウロウロしたり間から覗き込んだり写真を撮ったりして、
さぞかし邪魔になったことでしょう(笑)

ここに写っているお二人はわたしのように自衛隊に関係する
ブログをやっておられるということでしたので、それだけ
気を遣って動いておられたとは思いますが、そうはいっても
物理的に場所ふさぎなのに変わりなし。

しかし自衛官たちはそんなことなど慣れっこなのか、
思っていても顔に出さないことを厳守しているのか、
見学者の存在がまるで全く見えないかのように淡々と作業を行っています。



後ろからでも赤いストラップでわかる「いせ」艦長のお姿。
「ふゆづき」の艦長は2佐で、赤と青の双眼鏡ストラップでしたが、
「いせ」は1佐が務めるので赤一色なのです。

「長門」の艦長をしていたことを、他の役職の何より
誇りにしていた知人のS氏の父親(海軍中将)でしたが、
現代でも、たとえその後の出世はできなくとも、「いせ」「ひゅうが」
そして「いずも」のような大きな鑑、あるいは「こんごう」などの
艦長になれたら海上自衛官として本望かつ思い残すことはない、

と考える人も結構いるんではないかなあと思いました。

わたしは所詮「外の人」ですので、その辺はあくまでも想像ですが。



こちらでも見張りは続いています。



「まえしま」の向こうにいたのは「みやじま」でした。
今出航していきます。



海曹・海士のストラップは白です。
他の階級の「専用仕立て」ではなく、既製品に
上からわかるように白い布を縫い付けているだけに見えます。
白とわかればよろしい、という感じですが、汚れることを考えれば
これが妥当な気もします。(←主婦感覚)




間から作業を覗き込む一般人。
ただしこの一般人は「歴史ナビゲーター」の肩書きを持った、
とんでもない海軍海自歴史オタだったりします。

緑色の海図が見えるのはレーダー指示器というやつでしょうか。



ついこんな風にウィングに出て乗組員に混じってしまう(笑)



「まえしま」の向こう側を出航していくのは・・・



「いずしま」でしたね。
バックで出航していきます。



同じ桟橋の反対側に停泊していた「うみぎり」を上から。
こちらの出航作業は今日は無い模様。

錨の錨鎖がどこにどうつながっているのかが、
よくわかる角度ですね。



あちらこちらで出航が始まっているようです。
向こうの大きな船はなんでしょうか。



ウィングに女性の乗組員がいました。
それも一人ではありません。
「ひゅうが」に乗ったときも女性の乗組員が目につきましたが、
「いせ」は「ひゅうが」と同じく女性専用居住区を持っており、さらにそれは
将来の女性自衛官の増加に対応するだけの余裕を持たせているということです。

増加していくんですかね、女性隊員。



出航合図用のラッパ発見。
どんな近代化され、コンピュータを駆使したイージス艦でも
出航の合図は海軍時代と同じ喇叭譜によって行われるのです。



自衛隊用語でイマイチわたしが理解できないのがここにもある
「航海支援」の「支援」。
「支援戦闘機」というのが「攻撃戦闘機」のことで、
攻撃という言葉が使えないための言い換えだということは知っていますが、
この場合の「支援」って、旧軍でいうと何なのでしょう。

それとも純粋に「サポート」の意味?



さて、色々と言っているうちについに出航ラッパです。
暗いのは重々承知でしたが、出航ラッパを吹く海士くんに
フラッシュを焚くのは失礼な気がしてそのまま撮りました。

喇叭が鳴り終わった途端、その喇叭を艦内マイクで拾っていた
女性自衛官が、同じマイクで即座に

「出航用~~意!」

と掛け声をかけ、さらにそれに変わった別の女性自衛官が

「ただいま本艦は岸壁から最後のロープを離し、出航しました。
それではしばしの航海をお楽しみください」

といったので驚きました。

女性が出航の合図をしたこともですが、「お楽しみください」とは。
まるでクルーズ船みたいです。


この後の出航作業については次回お話しします。


続く。