退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「生き物がらみ」について

2012-06-07 02:35:45 | Weblog
快晴。真夏日。

昨夜も寝てしまう。
眠りたいときに眠れるのはむしろ幸せか。

三浦展「下流社会 第3章 オヤジ系女子の時代」を読む。

かつて「オヤジギャル」と呼ばれた女子が一部にいたりしたけれど
今回はその数が増えているというお話。

「男子並み」に働くようになると趣味や生活も変わるらしい。
「ファッション」にあまり興味を持たずお金もかけないという。

かつてほど「結婚」を「強要」されず
いわゆる「社会的進出」をして「経済的余裕」もできれば「当然」のことか。

とはいえ自分の身の回りにはそうした女子はいない印象。
ついつい「東京の一部のみでの現象」ではないかと疑ってしまうところもありいささか「微妙」。

石川幹人「人間とはどういう生物か?」を読む。

「人間とは『意味する存在』である」というのが著者の見立て。
ちなみにその経歴は「ロボットにまつわる研究開発」。

「意味」は「全体」にこそあり
細かく仕分けした「分析」はむしろ「意味」を失わせるのだと。

辞書に載っている「説明」も実は「言い換え」にすぎず
「意味」は「言葉」を通して「互いがイメージする内容」が「一致」したと思えることだとも。

「シュレディンガーの猫」に代表される「量子過程」を生物学に当てはめて
「可能性の重なり」が一気に「進化」を生むとするあたりが面白い。

ソシュール、ポランニー、チョムスキーらの名前が出てくるけれど
大本は栗本慎一郎「意味と生命~暗黙知理論から生命の量子論へ」にある模様。

ただし残念ながら未読なので詳細は不明。
覚えていたら今度図書館から借りてくることにしよう。

深夜「結婚って幸せですか」という台湾のドラマをTVで観る。

「身勝手」な夫に振り回されながらも懸命に愛人の手から彼を取り戻そうとする主人公。
そもそも「そうまでして夫婦であることにこだわるのはなぜか」という疑問は敢えて封じておくのがよさそう。

今回は彼女を憎からず思っている友人であり上司である男から
「魅力的なレディ」になるべく徹底した「訓練」を受けるお話。

すべては夫を取り戻すため。
そのことだけを考えてあとはひたすら行動あるのみ。

「ひたむきになればなるほど滑稽さが増す」あたり
かつてのわが国の「スチュワーデス物語」の系譜と思えばいいかも。

一方愛人にもそれほどの「魅力」はなく「めんどくさいタイプ」にしか見えない。
夫も単なる「優柔不断」としか思えず。

「問答無用に譲れないもの=夫との幸せな生活を取り戻すこと」があると
それを支点にした「力学」が発生してしまうという仕組み。

「グダグダ」がいつ「スッキリ」するのかを見届けたいという「欲望」によって
おそらく視聴者は「ハマったりする」のだと推察しておく。
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