くもりのち晴れ。朝には雨も降った模様。
「神秘哲学―ギリシアの部」を読み進める。
食い付けるところのみ辛うじて食い付いている感じ。
予想通りの結果ではあるのでとりあえず読み終わるまで。
若者たちにない「しぶとさ」は年月のなせる業。
そこから何かが「開ける」かもしれないことを知っているから。
そこで「老婆心」ならぬ「老爺心」などをちょいと。
かつてあった「権威」は地に堕ち「専門家」に対する信用も失われた現在
重要なのは何なのか。
それはおそらく「身銭を切って手に入れた『最後の砦』」があるかどうか。
誰が何と言おうと「これだけは確か」だというものだろう。
その一方で「自分が勝手に付け加えたもの」に対して
できるだけ冷静に判断を下すこと。
また「他人のダメさ」によって自分を評価せず
あくまでそれとは無関係な「自分の基準」を維持すること。
もちろんあれこれ「ゆれる」のは当然の事であり
「確信」が「疑い」にあるいは「疑い」が「確信」になることもある。
そこでいたずらに「白黒つける」ことをしないですむ「体力」を持つこと。
そのために必要な「経験を重ねる」ことなど。
「確固」と「柔軟」を共存させつつ生きられれば幸せか。
「一見の矛盾」はむしろ「一見の正確さ」を問い返すものでもあり。
「目標としての『正しさ』」があるのはむしろ重要。
「安易な『正しさ』」を疑うのを常識だとして。
「一所懸命」が結果的に「一生懸命」になったというあたりが好ましい。
その種の人々には「自信」に裏打ちされた「謙虚さ」があるから。
「本物」を知っていれば何事にも「終わり」がないことは言わずもがな。
その程度の「真実」については誰もが知っていることにしたい。
「神秘哲学―ギリシアの部」を読み進める。
食い付けるところのみ辛うじて食い付いている感じ。
予想通りの結果ではあるのでとりあえず読み終わるまで。
若者たちにない「しぶとさ」は年月のなせる業。
そこから何かが「開ける」かもしれないことを知っているから。
そこで「老婆心」ならぬ「老爺心」などをちょいと。
かつてあった「権威」は地に堕ち「専門家」に対する信用も失われた現在
重要なのは何なのか。
それはおそらく「身銭を切って手に入れた『最後の砦』」があるかどうか。
誰が何と言おうと「これだけは確か」だというものだろう。
その一方で「自分が勝手に付け加えたもの」に対して
できるだけ冷静に判断を下すこと。
また「他人のダメさ」によって自分を評価せず
あくまでそれとは無関係な「自分の基準」を維持すること。
もちろんあれこれ「ゆれる」のは当然の事であり
「確信」が「疑い」にあるいは「疑い」が「確信」になることもある。
そこでいたずらに「白黒つける」ことをしないですむ「体力」を持つこと。
そのために必要な「経験を重ねる」ことなど。
「確固」と「柔軟」を共存させつつ生きられれば幸せか。
「一見の矛盾」はむしろ「一見の正確さ」を問い返すものでもあり。
「目標としての『正しさ』」があるのはむしろ重要。
「安易な『正しさ』」を疑うのを常識だとして。
「一所懸命」が結果的に「一生懸命」になったというあたりが好ましい。
その種の人々には「自信」に裏打ちされた「謙虚さ」があるから。
「本物」を知っていれば何事にも「終わり」がないことは言わずもがな。
その程度の「真実」については誰もが知っていることにしたい。
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