マイリビングダイアりぃ

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[あなたの知らない京都旅」(大石内蔵助の葛藤)より

2023-12-15 | カルチャー 見聞
昨日は「忠臣蔵討ち入りの日」でしたが、昨日の雅俊さんの「あなたの・・京都旅」が丁度「内蔵助の葛藤」として、今まで知られていなかった場所や実際にどう葛藤されたのかを知る回だったのと、京都でなかなか行けないところが映されていたので、UPしますね。ご存じの方もお付き合いくださいませ。
  忠臣蔵で有名になった「一力亭」ですが、
 屋号は「万屋」だったのが、有名になってから「万」を分割して「一力」と、替えたということでした。
  「大石内蔵助」の所縁の地を巡る旅、最初は「御寺 泉涌寺」の塔頭「來迎院」から・・
  「弘法大師様」が、井戸もほっておられるというのは過去ログでもご紹介したと思いますが、ここに「大石様」もおられたようです。
  「内蔵助直筆」だそうです。建てられていたんですね。
  「お庭」も造られてたようです
  ご親戚が住職さんだったようです。
  
「本堂」のお地蔵様(らしからぬ像ですよね)に願掛けをされていたようです。(討ち入りではなくてあくまでも浅野家再興を願われてたそうです)
 こちらも所縁の地「岩屋寺」この傍に居宅があったそうです。
  塚がある辺りが住んでおられたところだそうです
  本堂内に生活されてたもの等を展示されてます。
 
  説得に苦労されたそうです。
 未公開なのに丁度放送日が14日なので特別に「御開帳」となりました。「ご本尊」です。いつもここでも再興の祈願をなされていたそうです。
  「伏見の遊郭」へ通われてたのはドラマなどでは目くらましといわれていますが、ストレス解消していたのでは・・ということでした。
  
    こちらでも再興祈願されてたそうです。
こちらへ来られる公家さんに江戸の様子を訊いてらしたそうです。
 「再興ならず・・」で、「討ち入り」を決められたそうです
  決心した後「肖像画」を書かせたときの顔の表情がその時の葛藤を表しているということでした。
 直筆の絵に「翡翠」を書いた上に「吉良」を思わせる「句」も詠まれたとか・・
  討ち入り成功です。
 評判になったのですが・・
  解禁なって、歌舞伎で上演されたのが45年後とは驚きです。
  
 「大石神社」の創建も遅かったのですね。ここへは行って見たかったです。
 「來迎院」の「四十七士」の位牌、「岩屋寺」の四十七士」の木像
 この伝記は実名で書かれているそうで、討ち入り前夜に何を食べたのかも書かれてて、「鴨肉」を「すまし汁」で食べたと書かれてるそうです。
雅俊さんが「スマホ」で実写した「含翠之の庭」の写真で番組が終わりでした。
知らなかった事や、寺社を見れてちょとカルチャーでした。

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