世界一健康長寿のニライの風来坊

豊饒を齎す理想郷は海の彼方の蓬莱島!ニライの島夢郷!!その桃源郷を求めて南の風来坊は今日も迷走する。

ベンチャーズが沖縄にやって来る!!

2005年06月15日 | Weblog
あのベンチャーズが沖縄にやって来る。50回目の来日公演である。世界中を飛び回るタフな彼等も、もう年齢(とし)である。「ベンチャーズジャパンツアー’05in沖縄」の公演行脚である。英語タイトルもシャレている。・・・「THE VENTURES Japan Tour '05」・・・になっている。1959年の結成以来昨’04年で45周年になる。日本国内の公演回数だけでも2,100回を数えた。結成当初の年齢に45をプラスした年齢になった。アーチスト寿命の長さも然る事ながら瑞々しい感性の豊かさがファン心理を掴んで離さない彼等の根強い人気の秘密でもある。公演回数に比例して300万人を動員した事になる。4人は”Leon taylor(Dr)”, ”Don wilson(G), ”Gerry mcgee”, ”Bob spalding(B)”のメンバーでの来日である。兎に角、戦後日本の音楽界に与えた影響は計り知れず特にロック・グループとしてのホップス・シーンには絶大な足跡を残した。テケテケ・サウンドの強烈な音響は当時の若者の心を捉えエレキギターの魅力を如何なく発揮した。ヒット曲も多く「急がば場廻れ」、「ダイアモンド・ヘッド」、「パイプライン」等が特に愛唱された。また作曲家としても非凡な力を発揮した。渚ゆう子の「京都慕情」や欧陽菲菲の「雨の御堂筋」、奥村チヨの「北国の青い空」等々30曲以上を日本のアーチストに提供した。往年の名エンターテインメントとして又シンガーソングライターとして計り知れない程の痕跡を残したのである。その彼等一行が沖縄にやって来るのだ。今からワクワク・ドキドキの期待が大きく膨らむ。・・・

●日時:7月28日(木)開場18;00  開演19:00

●場所:宜野湾海浜公園野外劇場

●料金:大人 \4,000 高校生以下 \3,000 当日は各\500増

●主催:琉球新報社  ※雨天決行


古の女流歌人「吉屋チル」と「恩納ナビ」

2005年06月14日 | Weblog
あまりにも有名な近世の歌人「吉屋チル」の歌碑を建立する事になった。恩納邑(むら)(うんなむら)の歌人「恩納ナビー」と双璧をなす近世琉球・沖縄の名高い女流歌人である。因みに吉屋チルの詠んだ歌『恨む比謝橋や、わん渡さとぅむてぃ情ちねん人ぬ架きてぃうちぇさ』(うらむひじゃばしや、わんわたさとぅむてぃ、なさちねんひとぅぬ、かきてぃうちぇさ)=この恨めしい比謝橋よ、誰が架けたの、私を辻遊郭に売り飛ばす為に架けたのですか。・・・貧しい家庭に生誕した薄幸の歌人、「吉屋チル」の有名な歌詞である。辻遊郭に売られても一途な純粋さだけは失わなかった、健気なチルであった。一方、男勝りで大胆不敵な恩納ナビも女心を切々と謳った歌詞がある。『恩納岳あがた里が生まり島、森ん押しぬきてぃ此処なさな』(うんなむい、あがた、さとぅが、んまりじま、むいん、うしぬきてぃ、くがたなさな)=彼氏が住んでいる郷里は恩納山の向こう側、-隠れて見えないーだから、あの恩納山を押しのけて彼氏が見える様にしよう。・・・「吉屋チル」も「恩納ナビ」も二人とも数多くの逸話がある。「吉屋チル」が女心の機微を細やかに切々と歌ったのに対し、おおらかで屈託がなく大胆な詠み手の恩納ナビは当時としては異色の存在だった。対極をなす二人であるが今回、「吉屋チルの碑」が建立される事になった。永久に彼女の功績を顕彰したいものである。一方、恩納ナビには恩納村(おんなむら)に在る万人が座する事の出来る「万座毛」(まんざもう)でのエピソードがある。・・・(以下は資料による)・・・恩納ナビは18世紀前半尚敬王時代の人で恩納村に生まれたので恩納ナビ(ナビー)と呼ばれている。 ナビは百姓の出のため確固とした資料もなく伝説上の人物だと言われている。恩納ナビは18世紀前半尚敬王時代の人で、吉屋チルと共に琉球王朝時代を代表する女流歌人である。恩納村に生まれたので恩納ナビ(ナビー)と呼ばれている。ナビは百姓の出のため確固とした資料もなく伝説上の人物とも云われているが恩納村にはナビに関する話や、ナビの生家跡・マッコーヤー(屋号)を示す石碑がキビ畑の一角にたてられている。ナビは美しい自然に恵まれた雄大な恩納岳の望める環境で生まれ、その豊かな自然はナビの天性の才能と感性を育んだ。大胆率直に大自然に向かって呼びかける万葉を思わせるウタを数多く残している。当時の恩納邑(むら)は金武間切りの管轄で、その番所役人の息子松金(まつぃがに)にナビをはじめ村の娘たちが想いを寄せていたが、身分の違いはどうすることも出来ず、近寄りがたい松金の姿を眺めることによって、つのる想いを満たしていた。ナビのウタには彼女自身にとどまらず、当時の娘たちのやり場のない想いをウタに託し、代弁しているようにも感じられる。報われない恋心がウタによって癒され昇華されていったのである。・・・資料からも女心が伝わってくるが世の東西を問わず時代を超えて永遠不滅の心理は現代でも生きている。・・・




沖縄各地でハーリー・ハーレー賑わう!!

2005年06月13日 | Weblog
沖縄の梅雨明けは今月の23日頃である。ハーリー鉦が鳴り響き沖縄独特の競漕が盛りを迎える。本格的な夏の到来を予告する。あと二週間すると梅雨もあける。南国の夏を満喫できる。早く来い来い夏の海 沖縄である!!宮古島平良市では恒例のハーリースーブ(競漕)が行われた。荷川取漁港での海神祭である。航海の安全と豊漁祈願する伝統行事である。漕手と見物人の気合と声援!!手に汗握る夏の風物詩に恒例行事とはいえ、ハラハラ、ドキドキの一時である。例年旧暦の五月四日の「ユッカヌヒー」(5月4日)に挙行されるが仕事の関係で参加者や見物人の多い日に前倒して6月11日(土)に開催したのである。荷川取のハーリーは44年の歴史を誇る伝統ある催しである。沖縄各地のハーリーは、その地域の特色を活かした独特で見応えのある恒例行事になっている。特に有名な那覇ハーリーや糸満のハーレーは双璧をなし国内外にまで知れ渡っている。その他の地域でも開催された。宮古のハーリーは100年前に糸満漁師が伊良部島、佐良浜で行ったのが始まりだと言われている。その日は宮古島はハーリー一色に包まれた。

●池間漁港 

●佐良浜漁港 

●久松漁港と地域の特色を活かしての催しに見物客も大満足で楽しんだ。カツオの切り身を、ばら撒く大判振る舞いや中学生の体験学習ハーリーあり相撲・角力大会ありで例年以上に盛り上がった。その他の地域は次の通り・・・

●久米島の「鳥島爬龍船大会」

●糸満の「喜屋武ハーリー」同じく「名城ハーリー」 

●玉城村の「奥武島ハーリー」 

●石垣島の「白保ハーリー」 

●西表島の「白浜ハーリー」、「小浜島細崎ハーリー」

●与那国島の「久部良ハーリー」等々・・・と多彩な南国、亜熱帯沖縄の恒例行事に地元民は、もとより国内外の観光客も充分、堪能し爽やかな終日を楽しんだ。・・・




「循環型社会」に関する重要語解説(前項の続編)

2005年06月12日 | Weblog
大量生産→大量消費→大量廃棄からは二つの社会問題が生じた。一つは「資源の制約」、二つが「環境破壊」。・・・即ち「循環型社会」とは上記のような「製品類の廃棄を抑制し利用可能な製品は再利用、再生産(再資源)化し不法廃棄や環境破壊をなくし防護する事を目指す社会」だと言える。・・・その為の法整備が為された。・・・

一、循環型社会形成推進基本法(2,000年)この法律を基に次の様な法律が生まれた。
二、資源有効利用促進法(改正リサイクル法)が施行され個別に次々と制定された。
三、家電リサイクル法
四、容器リサイクル法
五、食器リサイクル法
六、自動車リサイクル法
等々の個別法律が制定されリサイクルは推進された。「循環型社会」を目指す為の企業努力として打ち出されたのが次の『3R政策』である。3Rとは廃棄物の発生抑制(Reduce)、再使用(Reuse)、再資源化(Recycle)である。企業のみならず個人家庭でも、「3R」は実践して来ている。使えなくなったものは別物に変えて再使用した。その精神が「もったいない」の心配りの実践に繋がるのである。
七、動脈産業・・・従来型の生産と流通に関わる産業。その処理から派生した産業が次の産業。
八、静脈産業・・・動脈産業から派生した製品の廃棄、再利用に関わる産業。つまりリサイクル産業である。21世紀型産業はリサイクルビジネスが台頭し隆盛になるであろう事が予測される。私達は、かけがえのない、この地球をクリーンにして住みよい世界の推進に邁進しようではありませんか・・・「積少為大」の精神を目指して・・・


「もったいない」&再生建築と循環型社会

2005年06月11日 | Weblog
あるテレビを観ていると「再生建築」の特集を放映していた。なるべく費用をかけずに元の形体に近い建物にし、予算を掛けずに現代風にリニューアルする。その道の建築専門家が模索し試案して設計図通りに建築した。見事な出来栄えに感嘆した。某氏の建築コンセプトの具現だと、いう。中心土台を補強・磐石にして外装外壁は現代風にアレンジし模様替えする。見違えるほど立派な建造物に仕立てた。その道のプロは、やはり、どこか違う。職人技である。日本の伝統技法と現代技術が見事に融合し建築創出物として生み出したのである。翻って使い捨ての蔓延する現代社会に「もったいない」の日本語を世界に広めたマータイさん。 ワシントンでも「もったいない」を紹介--全米記者クラブで講演し今年2月に毎日新聞社の招きで来日中に知った「もったいない」を紹介。一躍、世界の最新語となった。巨大な箱物の建造物でも「もったいない」をコンセプトに再生リニューアルする。耐震補強には縦・横に揺れない技法を取り入れ日本古来の伝統的技法で木材をふんだんに使用した柔らかくて温かみのある建物に変身させた。森林大国、日本の面目躍如である。少資源を有効に活かし山国日本の資源活用を今こそ真剣に考えるべき時期ではなかろうか。鉄骨やコンクリートに取り囲まれた殺風景なタウン街では癒しの効果はない。生きる喜びは、ゆったりとした癒しの空間を確保し、その中に安らぎを得る事にも見出せる。「もったいない」を一人一人がコンセプトにし全ての面で実行する事から世の中全体を変えていく事ができる。「積少為大」や「塵も積もれば山となる」を実行し実現していきたいものである。捨てる前に、もう一度、再生し再利用できないか、と考えて実行する。その心構えこそ現代の私達に課せられた切実な課題なのである。「循環型社会」の実現こそ21世紀以降の未来社会の生き残りを賭けての志向すべき社会の姿なのである。・・・


海から豚がやって来た!!

2005年06月10日 | Weblog
終戦後の疲弊しきった世の中。人身も荒れ果て荒廃し夢も希望も無くした人々の群れが巷に溢れていた。天皇を元首とする大日本帝国から主権在民の一大価値の大転換。全ての価値観の変動に無目的に「生きる糧」だけを求めて巷界隈を彷徨っていた。「ララ物資」がせめてもの救いだった。そんな世相の混沌とした時機(期)に救援の手が差しのべられた。「ハワイの同胞から 繁殖牛550頭」・・・という新聞「うるま新報」(現<琉球新報>の前身)の見出しである。1948年8月の紙面で報じられた。1945年敗戦から3年目の出来事である。歓喜の声が怒涛の様に全島を席捲した。それだけ食い物に困っていた当時が偲ばれる。飽食の使い捨ての現在の日本とは考えられない雲泥の差である。ましてや団塊の世代以後の年代の人には想像すら出来ない「貧困の時期」だったのである。戦前1944年の頃は11万頭いた豚が戦後は1千頭に激減していた。『豚小屋<方言名・・・フール>から豚が消えた。』との知らせにハワイ県人会は「沖縄救援会」を立ち上げ故郷沖縄へ550頭の豚を送り届けた。衣料品やヤギ、日用品なども送り届けられた。希望喪失と疲弊し切った民心に天使の贈り物が送付され絶望から立ち直るキッカケを与えてくれた。かような沖縄の苦難の歴史を後代にも伝えたいとの「執念・思い」からミュージカルを公演する事になった。題して<<ミュージカル「海から豚がやってきた」。>>・・・地元は元より遠くロスアンゼルス公演も予定されている。過酷な歴史の内に秘めたホットな同胞の温かさ・温情を知らせる一端として一大ミュージカルに仕立てたのである。公演の成功とウチナーンチュの強かさ(したたかさ)を世界とウチナーンチュ自身にも伝えていきたいものだ。・・・



「人は何のために生きるのか」稲盛和夫氏沖縄講演挙行!

2005年06月09日 | Weblog
来る6月14日(火) 13時30分 ホテル日航那覇グランドキャッスル 「盛和塾沖縄」主催の「県民フォーラム」として行われる。以下パンフより梗概を抜粋して論述します。この厳しい時代に、私たちはどう生きたらいいのだろうか。「人は何のために生きるのか」という人間の永遠の命題を日常卑近な事例を挙げながら講演されると思う。・・・『人生には運命と因果応報の法則が縦糸・横糸として働く。因果応報とは、善きことを思い、善きことをすれば、善き結果を生み、悪いことを思い、悪いことをすれば、悪い結果を生むということである。その中で私たちは常に心を磨き素晴らしい人生を生きることに心すべきです。』・・・と講演要旨を事例豊に示唆し訴え講演されるものと思う。又『いつも人間として何が正しいのかを考え心を高め続ける日々でした。』とも述懐されておられる。・・・『人生は波乱万丈であり、何が起こるかわかりません。人もうらやむような幸運に出会うこともあり、思わぬ失敗や試練に出会うこともあります。だが人生の明暗を分かつものは、運不運ではなく、「考え方」です。苦しい時こそ、明るい希望を失ってはなりません。また成功した時こそ、感謝の心、謙虚な心を忘れてはなりません。常に前向きに、自分の出来ることから全力で打ち込んでいくことです。人間その気になればいつでもやり直すことができます。』・・・と力説されている。『「稲盛和夫のガキの自叙伝」(日本経済新聞社)』によると、<<「挫折続きのままならない人生の連続でした。鹿児島の貧しい家庭で生まれ、教育環境に恵まれず、中学入試に連続して落第。大学も志望校に入れず、就職活動も受けても受けても全滅で、もぐりこんだ会社は倒産寸前という青年時代だった。小学校時代に結核にかかり、幼い頃から死を意識しなければならない人生は、まさに波乱万丈であったといえます。>>・・・「そんな一人の青年が様々な試練を乗り越え、夢を追い続けた波乱の人生を私たちに語りかけます。」と主催者の” 盛和塾沖縄”は呼びかけています。・・・限定900名で締め切り完了・・・


中学時代の友と50年振りの再会!!

2005年06月08日 | Weblog
”全く変わってない!!”第一印象である。・・・風貌・体型(形)は当然の大変化である。にもかかわらず、どうしてだ?・・・無垢で穢れ無き純粋一筋に青春真っ只中を闊歩した、あの時期(ころ)が彷彿として蘇って来たからだ!!言葉の節々に抑揚、イントネーション、声量が見事に蘇って来た。やはり、そのまんまだ。何の変哲も無く不変だ。こみ上げる感動を自重ぎみに押さえ感激の握手をした。・・・「おい!A君!おまえ、ちっとも変わってないなー!」、「君こそ、あの頃(中学時代)のまんま、そっくりだよ。」進んだ道は互いに違えども職業に貴賎はなく心ゆくまで談笑を楽しんだ。片や、その道のトップを極め、その業界に長年、君臨してきた兵。その対極に在って苦渋の人生を甘んじて生きて来た日雇い労働然?の友もいる。ごく普通の会社員、サラリーマンを大過なく努めて来た友もいて、それでも何の衒いも無く夜の耽るのも知らず四方山話に華が咲いた。一人一人の長き人生行路を語るのでもなく、ただひたすら、あの頃・中学時代の学校行事、遠足、修学旅行での枕投げ、相撲、女子の部屋に忍び込んで担任の先生に、こっぴどく油を絞られたB君(彼は業界のトップを極めた御仁)の笑えない想い出の昔話等々、と話は尽きなかった。陶淵明の詩歌の一節を全員で朗読?し諳んじた時は全日程の圧巻だった。その時こそ友の有難み昔馴染みの良さを実感し共有体験を共にしてきた事が身に染みた時はなかった。無償の価値を無条件にあれこれと拙い思い出話として昔を懐かしみ身近に引き寄せてくれた事に感謝の念すら湧いて来た。”友、遠方より来たり又楽しからずや!”中高校時代の記憶が、ありありと蘇って来て又新たなるポジティブ・スピリッツが湧いて来た一時(時間)だった。・・・

稲盛和夫氏の哲学「人は何のために生きるのか」(7)

2005年06月07日 | Weblog
読解した断章の梗概を以下に連続して提示します。

第七章 「科学について」

現在のサイエンティスト達はダーウィンの進化論が正しいと考えている。それに対する氏の反論の例証として「昆虫の中に枯れ葉や枝そっくりに見える姿をしたものがある。突然変異で環境に適応して生き残ったもの、というが枯れ葉そっくりでなくてもいいではないのか、と思うのだが・・・」と疑問を呈した。先生方は論述する。「それは想像を絶する時間と空間を要して起こり得る」と確率論で結論を出している。氏の再反論「生命の危機に晒される中で天敵からの自己防衛を強く思念した「意識」がDNAの変異を起こしたのではないのか」と。・・・科学の進歩は先駆者の長年の思考の意識が働いた結果の産物ではないのかと。分子生物学者の中には自分の種を残したいという一心で生きている、という人もいる。つまり何かの衝撃によって突然変異の組み換えの偶然性だけで進化を説明する。氏の考えは外部の要因だけで突然変異するのではなく「意識体」の内部から影響を及ぼしているのだと持論を展開する。氏の他の例証、象の鼻が長いのは、「たまたま長くなった鼻を持った象が環境に適応して生き残った」と主張するのが進化論の立場。しからば、その地域に棲む他の動物が、みんな鼻が長いかといえば、そうではなく象だけである。鼻で草をつかんで口に運ぶ動作は不自由そうに見える。環境に適応したとは、とうてい思えない。「象は鼻が長くなりたいと思ったから」ではないのか、と氏は主張する。キリンの例証も挙げられて論証しておられる。人間の世界でも「こうしたい」、「ああ、したい」と意識しているから「向上」という変化が生まれる。人間の職業柄で顔つきが変わる例証も挙げられている。「意識」がDNAまで変える、というのが氏の持論である。つまり現代の科学が万能で、あらゆる事象事例を説明でき解決可能とは考えられない、とし「よき人間、よき世の中をつくっていくためには、どういう考え方をし、いかなる哲学を樹立したらよいか」が忘れられている、と指摘されている。当初、物質は原子が最小と考えられていたが現在では素粒子の一種の「クォーク」が最も小さい物質となっている。かかる事例事象の知見を得るにつけ科学万能を超えて「意識体」に、もっと眼を向けるべきではないのか、と指摘されておられる。・・・

海上夢園「津堅島」&ニンジンと修学旅行生!!

2005年06月06日 | Weblog
「おばー今日、畑から採ったニンジンとっても、おいしいよ!!野菜だけど甘いねー、そうそう、生でも甘かったよー」・・・口々に歓喜の声また声。本土の修学旅行生達である。海上に浮かぶ一小島の非日常の一コマである。ここは沖縄県中部の津堅島(つけんじま)である。『与勝半島の南東約5kmに浮上する南北2km、東西1kmほどの小さい島。与勝半島の先端に近い平敷屋港から高速船で約10分、フェリーなら約30分ほどで着く。南部に集落があり、中央部から北部はほとんどニンジン畑で「キャロットアイランド」と呼ばれている。スイカやメロンも少し作っている。南部の集落は少し高い位置にあるが他はほとんど平らな島である。西海岸の津堅ビーチは緩やかな円弧を描くとても長くてきれいなビーチで、本島からこれほど近いのに、すごくきれいなのには驚くほどである。このビーチは本島の人が海水浴やビーチパーティーにやって来るが本土からの観光客はほとんどいない。』<『与勝半島の~観光客はほとんいない。』は資料より引用>。今回のお客様は兵庫県神戸市立「港島中学校」3年生144人と引率教諭10人の計154人の本土からは初来客である。地名改正で「うるま市」の「津堅島」となった海上夢園の小島である。去る5月28日に島入りし小中学校生の沖縄独特の集団舞踊「エイサー」で出迎えられ歓迎された。島独特の「カメー、カメーの攻撃」(さあ、さあ、たくさん食べて、いただいて。)の賓客もてさしの歓迎攻めの言葉にあったとか。生徒5,6人を単位に各民家に分譲しての宿泊形態を採ったのである。島挙げての大歓迎に一行は大満足気に「津堅島」の一日を堪能したとの事。リピーターの常連客になる事、間違いなしと島の人も大満足気だったとか。ニンジンが特産の「キャロットアイランド」が全国に知れ渡るのも時間の問題だと島の人は太鼓判を押す。梅雨時の地域点描の一齣である。・・・



稲盛和夫氏の哲学「人は何のために生きるのか」(6)

2005年06月05日 | Weblog
読解した断章の梗概を以下に連続して提示します。

第六章 「意識体と魂について」

頭を叩くと”痛い”と<脳神経細胞>が捉え肉体に付属する「意識」が感応する。この様に「肉体に付属する意識」(「現意識」・・・筆者の注釈)と「もともとある意識」=(過去世=意識体=魂)があり、更に、その根源に絶対的な「宇宙意識」が在るのではないのか、と稲盛氏は考えておられる。・・・卑近な例を提示されている。交通事故にあった瀕死の状態の人が、もう一つの意識で事故にあった自分を見つめている。病院に運ばれ手術室の台の上に横たわっている自分を看て家族が泣いている。しばらくすると香りにいい花園をフワフワと舞い上がる。気が付くと意識を取り戻した自分がベッドの上にいた。臨死体験である。その他「虫の知らせ」とか「噂をすれば陰とやら」「以心伝心」等々の例を挙げておられる。・・・現意識が体験した事柄や事象を脳細胞が蓄積し記憶として蓄える。けれども1日数十万個の脳細胞は死滅する。すると記憶した個々のある種の記憶は無くなる。ところが個々の記憶は無くなる前に意識の襞に染み込んで永遠に残る。それが「過去世」となって次の世に引き継がれていく、と考えておられる。そう考えないと説明できない事柄が数多あると論述される。科学的には脳細胞の有機物のニューロンを例に説明しておられる。他の例ではコンピュータのハードが「人間の肉体」だとすればソフトが「意識体」だと。その他多々の例。・・・人間の死と共に肉体は朽ち、意識体だけが遊離して宇宙空間に浮遊する。肉体の死後の「意識体」は別の「人間に転生」する、と考えておられる。幾世紀にも渡って意識体が転生していき「人間性が高められ」、神々しい如来のレベルまで到達すると「輪廻転生」はしなくなる、と仏教では解いている、と氏は自己の信仰を述べておられる。自分の心、品格、人格を高める事は自分ひとりの問題ではなく次の世代に対する責任でもある、と力説されて、この断章を結んでいる。・・・


「環境の日」と私達一人一人に出来る事

2005年06月04日 | Weblog
6月は「環境月間」である。ストックホルムでの「国連人間環境会議」が開催され、その日を記念して<6月5日>を『環境の日』と定めたのである。京都議定書は2月に発効され温暖化防止対策も進展している。そこで私達一人一人に出来るささやかな事は日常生活の中で実行していく事柄である。卑近な事例としては・・・

一、エコ製品の購入をマイ・バックでする。
二、アイドリングSTOP.。
三、冷房28℃に設定。
四、コンセントを、こまめに抜く。
五、電気はマメに消す。
六、冷蔵庫の中をスッキリ纏める。
七、節水する。
八、ゴミをださない。その他。

地球をクリーンにし守り後代にバトンを引き継ぐ責務を私達は担っている。かけがえのない、このガイア地球を子々孫々に胸を張って引き継ごう。単なる掛け声だけでなく真に実効ある施策として家庭での日常生活の中で実行していきたい。次の開催地でも祭りの後の始末で実践してみよう。(実践の場である)・・・

●6月4日(土) ~5日 「第6回 ビーチバレー宮古島大会2005」
場 所 ⇒ ウィンディまいばま(下地町与那覇前浜)
問合せ ⇒ ビーチバレー宮古島大会実行委員会
TEL:0980-76-3900

●6月10日(金) 各地の「ハーリー・ハーレー」と「糸満ハーレー」
糸満市 糸満漁港
問合せ:糸満漁業協同組合 098-992-2011

●「阿波連ハーリー」:渡嘉敷島 阿波連ビーチ
問合せ:渡嘉敷村役場経済課 098-987-2323

●「前兼久ハーリー」:恩納村 前兼久漁港
問合せ:前兼久ハーリー実行委員 098-964-2820

●「海野ハーリー」:知念村海野漁港
問合せ:知念村役場企画財政課 098-948-2160
※他にも各地で開催

●6月11日(土) ~12日 「4回ちゅらさん祭」
場 所 ⇒ 小浜島 はいむるぶし
問 合 ⇒ 第4回ちゅらさん祭実行委員会
TEL:0980-85-3111

●6月12日(日) 「嘉手納ハーリー」
場 所 ⇒ 比謝川河口   
問 合 ⇒ 嘉手納町役場産業振興課 嘉手納町漁業組合
TEL:098-956-1111/6222

素晴らしい地球の未来の為に頑張ろう!!!・・・

稲盛和夫氏の哲学「人は何のために生きるのか」(5)

2005年06月03日 | Weblog
読解した断章の梗概を以下に連続して提示します。

第五章 「欲望について」について

仏教では「罪」とは「煩悩」が原因と解く。
●「六大煩悩」とは・・・
一、「貪」(とん)・・・何でも自分の物にしようとする貪欲な心。
二、「瞋」(じん)・・・自分勝手な振る舞いで怒る様な浅ましい心。
三、「癡」(ち)・・・諸行無常を思い通りにならないと愚痴を漏らし仏の智慧を知らない心。
四、「慢」(まん)・・・傲岸不遜な心。
五、「疑」(ぎ)・・・釈尊が説く真理を疑う心。
六、「見」(けん)・・・物事を悪く見る心。
◆「三毒」とは貪(とん)、瞋(じん)、癡(ち)を人間の持つ最も根源的な煩悩と捉える。六大煩悩は人間が生きていくために持っているもので肉体の保持に欠かせない。「疑」は用心深い事であり、「貪」は食する為の自己防衛だし創造主が人間に与えた知恵である。同時に「自由」をも与えた。自由を無制限に行使した為に「悪」を創りだした。そこで次の「六波羅蜜」を与えた。・・
●「六波羅蜜」とは・・・
一、「布施」・・・思いやりの心、他人を助けてあげる事。
二、「持戒」・・・自由を適宜抑えて悪をなさない事。
三、「忍辱」・・・諸行無常の世の中に生起する災難や病、苦難を耐え忍ぶ事が大事。
四、「精進」・・・自然界の生き物は精一杯生きている。人間も全力で生き働かねばならない。
五、「禅定」・・・座禅を組んで心を鎮める。
六、「智慧」・・・宇宙の真理、悟りに至る事。
■人間は素晴らしい仏にもなり極悪非道な悪魔にもなる、という両面を持っている。人間が煩悩を持ち自由を持つために極悪非道に堕する。心を高め菩薩になる為に「六波羅蜜」の修行の道を示された。

『■現世とは・・・「人間が心を浄化する「修行の場」であり人間性を高め人格をつくっていく「人生の目的」の場でもある。死ぬ時までに、どれだけ「人格・品性」を高めたかが現世における「人生の目標・目的」である」・・・と稲盛氏は結論づけている■』


ぐずついた梅雨空に憂鬱でファジーな心境だ!

2005年06月02日 | Weblog
5de61127.jpg鬱陶しい沖縄の梅雨空。全てが曖昧でファジーで、すっきりしない。五月中旬から六月中旬までの沖縄の梅雨の時期。宣言されてから本格的な雨季の天候をお目にかかった事がない。まるで沖縄の現実の様だ。どんよりと曇った空模様が長期に亘って延々と続いている。気も塞がり憂鬱な気分の現況だ。ここ数年来、この様な梅雨の到来を経験した事がない。何かの予兆を予感させられているのかも知れない。   <だらだらと一ヶ月余に亘って降り続く本格的な梅雨の雨季>。それが亜熱帯、南国沖縄の梅雨の真姿の天候なのだ。<昼間の薄暗くて、しとしとと降注ぐ雨の雫滴が延々と1ヵ月余続く雨季>、それが沖縄の梅雨なのである。   幼少より慣れ親しんで来た、この期は、ある種の安堵さえ覚える。落ち着くのである。郷愁さえ感じる。詩人の心境で一句や二句が、すぐにでも詠める様な錯覚さえ覚える。・・・生起する様々な諸事象を忘却の彼方へと押しやり今日、現在のこの期に現実を逃避してバーチャルな世界に遊ぶのも精神の休養になるのかも知れない。これが風雲、急を告げる沖縄の現実から遊離しての贅沢な妄想なのかも知れない。現実から眼を逸らし幼子の様に空想の世界を彷徨い遠い過去の純粋な子供の魂に回帰したい心境もあながち悪くはない。この年齢になっても純粋さだけは失いたくない心境である。回帰的郷愁の故郷的「柔」構造の側面と理不尽な過酷で重圧的現実問題解決の「硬」構造の両側面を堅持して問題に対峙ていくのが沖縄の現実課題の解決の社会的姿勢だと考えている。・・・

吾が心の旅路ー「思弁の道程近況」ー

2005年06月01日 | Weblog
遠い追憶の彼方に想いを馳せ若き青春の熱気溢れる日々を回想する心境が現時点での近況だ。物怖じせず何事にもチャレンジャー精神で好奇心の赴くままにアタックした若き日―期間―!その時々の社会諸事象に自分なりの回答を与え見出し悦に入っていた日々が懐かしくさえ思えて来た。かような回帰心象は社会現状事象に不満が生じた時に生起するのだと思うが、沖縄の現実には逃避したい社会諸事象が、あまりにも多すぎるからだ、と自己分析する。金武町伊芸区の一ヵ年余の住民座り込みに視る「都市型施設」の設置使用に反対する闘争、辺野古沖の普天間代替施設の設置賛否の闘争、関連した嘉手基地納飛行場への統合案、国外、県外への移設案等など・・・、急浮上した米軍の世界的軍事再編の枠組み中での再々編成。・・・この小っぽげな海上に浮遊する琉球・沖縄の運命が近世より歴史に翻弄されて来た事が如実に実感される近況だ。現実現況に生起する、その時々の問題解決にのみ躍起になっている事ではなく歴史認識に基づいた深刻な問題だからだ。宿命なのか運命だと諦観していいものなのか、今こそ県民一人一人の問題だとして取り組むべき真摯な課題だと思う。自己の防衛・擁護と私利私欲のみに奔走する風潮に一定の鉄槌を加えたい心境だ。自己の現在位置を明確にして今後も拙い愚見を論述したいと思う。現実を逃避した思弁の言い訳ではなく実効性ある論考として努めていきたい。遠い青春の追憶の彼方から想起された現状認識に年齢の進展・進化を実感している現況でもある、と告白し益々若き日々の原点に還ってパイオニア的チャレンジャーとして今後も社会に関わっていきたい、と思う。・・・