「日本人が行けない「日本領土」」(小学館)の著者 山本皓一氏が、’97年に沖縄県石垣市役所で発見した「感謝状」に次の様な文言が記されている・・・
【大正8年(1919年)の冬に尖閣諸島で遭難した中国の漁民31人が、石垣島島民に救助されたことへの “感謝状” には、「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」という記事がある】と・・・
つまり、当時の中国当局は、“尖閣諸島が、日本の沖縄県に属する”事を承認していた事になる。その証拠としての「感謝状」の原文は、以下の通り・・・
《 <感謝状> 中華民國八年冬福建省目恵安懸漁民 部合順等三十一人遭風遭難泊至 日本帝国沖縄懸八重山郡尖閣列島 内和洋島承 日本帝国沖縄懸八重山郡石垣村長豊川善佐君熱心救護使得生還故國 洵族属救灾邱鄰當仁不譲渡深堪感佩特 贈斯常戕以表謝忱 中華民國駐長崎領事馮冤 ▩
中華民國九年五月 二十 日 》・・・となっている。
この感謝状の資料は、2010年11月28日の地方紙「琉球新報」にも掲載されている。この感謝状や文言から当時の中国当局は「尖閣諸島」は日本の領有(領土)である事を認めている。日本の領有である証拠は、他にも有る。写真掲載は出来ないが、中国が領有を宣言する、ずっと以前から、<入植した日本人が作った“鰹節工場”や“港”の跡が残っている(写真掲載)。そういう証拠を中国政府や台湾に突き付けて堂々と《“尖閣諸島”は、<日本の領土>である》と日本政府は主張すべきである。
※付則:なお、詳細は「琉球新報」の2010年11月28日の朝刊に掲載されているので一読を薦める。