陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

333.岡田啓介海軍大将(13)君は何も知らんのだ。それは大変な事になっている

2012年08月10日 | 岡田啓介海軍大将
 ところが四月十一日、軍令部から機密番号をつけ、軍令部の官印を押した文書が海軍省へ来た。それには「ロンドン条約の兵力量には軍令部は同意しない」とあった。

 山梨海軍次官は岡田大将を訪ねて「すでに会議をまとめるよう回訓までロンドンに送ってあるのに、今頃こんな文書が現れて困っている」と言った。

 四月十二日、岡田大将は加藤軍令部長を訪ねて、「今さらあんなのを出しては大問題になるが、どうするつもりか」と訊いた。

 すると加藤軍令部長は「いやただ海軍省に極秘のまま保管しておけばいいのだろう」と答えた。

 岡田大将は「財部に見せるためにやったことなら、なにもあんな書類にせずとも、口頭でいいではないか、文書は撤回したほうがよかろう」と勧めた。

 加藤軍令部長は「いや、あの書類はロンドン条約署名の前日に海軍省へ回したものである。これは大事なことだ。ただし財部の帰朝までは誰にも見せんで海軍省の金庫に入れておけばいい」と頑張った。

 岡田大将は「それならなおさらのことだ。大臣が帰ってきたとき手渡せばいいじゃないか」と言ったが、加藤軍令部長は「とにかく今撤回する訳にはいかん」と聞き入れなかった。

 四月十七日、海軍省高級副官・古賀峯一大佐(佐賀・海兵三四・海大一五・フランス駐在武官・戦艦伊勢艦長・軍令部第二部長・練習艦隊司令官・軍令部次長・支那方面艦隊司令長官・大将・横須賀鎮守府司令長官・連合艦隊司令長官・殉職・元帥・勲一等旭日桐花大綬章・功一級金鵄勲章)が岡田大将に会いに来た。

 古賀大佐は、「ハルピンで財部海軍大臣と会見するため出かける」と言った。さらに古賀大佐は、「加藤軍令部長から『君は帰朝とともに辞職することになるだろうからそのつもりでいてもらいたい』と財部海軍大臣に伝言するよう頼まれている」と言った。

 五月七日、連合艦隊司令長官・山本英輔(やまもと・えいすけ)中将(鹿児島・山本権兵衛の甥・海兵二四次席・海大五・ドイツ駐在武官・戦艦三笠艦長・海軍大学校校長・練習艦隊司令官・航空本部長・横須賀鎮守府司令長官・連合艦隊司令長官・大将・横須賀鎮守府司令長官・議定官・勲一等旭日大綬章)が岡田大将を訪問した。

 山本中将は「財部海軍大臣は帰朝と同時に辞職すべし」と述べた。岡田大将は「不可なり」と力説した。

 そのあと岡田大将は海軍省に行き、加藤軍令部長に会った。

 加藤軍令部長は「統帥大権の問題は重大事なり。元帥軍事参議官会議を開き政府の誤りを正さざるべからず。今の内閣は左傾なり。海軍部内に於いても此の問題ははっきりせざれば、重大事起こるべし」と述べた。

 岡田大将が「内閣が如何なる考えを有するも大臣さえしっかりし居れば何の心配もなしと思う。現内閣は左傾なりとの言は慎まれよ。濱口より直接聞かれたるならば兎も角、又聴にて色々に批評するは誤りなり。海軍部内にも二、三変な事をする者はなしと言い得ざるも長年先輩の努力によりて軍紀を保ち来りたる海軍にこの問題のため重大事件起こるとは考えず」と言った。

 すると加藤軍令部長は「君は何も知らんのだ。それは大変な事になっている」と応じた。

 岡田大将が「君や我々が居てそんなことをさしてはいかんではないか」と言うと、加藤軍令部長は「我々では押さえられぬ」と答えた。

 このような状況の中、幣原外務大臣が貴族院での議会演説で「この条約で満足である。国防には不安がない、といって海軍も喜んでいる」という趣旨の発言を行った。

 山梨次官は驚いて、「これではとても海軍がおさまらんから、訂正するように」と幣原外相に申し入れた。

 だが、幣原外相は「もう貴族院で演説してしまったから今更直す訳にはいかない」と言って、衆議院でも同様に演説した。

 幣原外相の演説は、伏見宮も立腹した。五月三日、伏見宮は岡田大将を呼びつけ「もってのほかだ」と言った。

 さらに伏見宮は、鈴木貫太郎侍従長について話が及び「鈴木も出過ぎている」と話した。