オアシスインサンダ

~毎週の礼拝説教要約~

復活の神秘を告げる

2018-04-01 00:00:00 | 礼拝説教
2018年4月1日(日)イースター礼拝(1コリント15:35~49)岡田邦夫
「聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。…終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。」1コリント15:51~52

 まずはキリスト教のジョークです。
 ひとりの純朴なクリスチャン女性が牧師に聞いた。「先生、クリスチャンが召されて天国に行ったら、知恵遅れの人も障害のある人も赤ちゃんも…みな、完全な成人のからだになると聞いていますが、何才ぐらいなのでしょうか?」牧師は答えた。「私にはわからないなあ。何才なのだろう。きっと、天国のことだから、みな天才になるんだよ!」

◇ミニストリー・復活の宣教
これはジョークなのですが、天国はあるのだろなァ、死んだら行けるのだろうなァというような漠然としたものではなく、死んでもよみがえるのだ、復活はあるのだ!というのが福音、救いなのです。神がパウロを通してはっきりと告げています(15:3-4)。「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けた(福音の)ことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと」です。
そこで、二つの疑問の声があり、それに答えていくのがこの章です。

◇ヒストリー・復活の事実
 「どうして、あなたがたの中に、死者の復活はない、と言っている人がいるのですか」(15:12)。
 もし、死者の復活がないなら、キリストの復活もなかった。キリストの復活がなかったら、私たちの宣教も信仰も実質がない。そればかりかその宣教は偽証になり、信仰はむなしく、私たちは哀れな者となってしまいます。
 「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました」(15:20)。歴史の経緯としては、死がアダムを通して来たように、復活はキリストを通して来たのです。今後の展開はまず、初穂であるキリストの復活、次にキリスト再臨の時にキリスト者が復活、そして、終わりが来て、御子は最後の敵である死を滅ぼし、神がすべてのすべてとなるのです。
復活は歴史の上に起こった事実であり、歴史を越えて起こっている神の事実なのです。それで、こう勧めます。「目をさまして、正しい生活を送り、罪をやめなさい。神についての正しい知識を持っていない人たちがいます。私はあなたがたをはずかしめるために、こう言っているのです」(15:34)。

◇ミステリー・復活の神秘(奥義)
 もう一つの疑問です。「死者は、どのようにしてよみがえるのか。どのようなからだで来るのか」(15:35)。この問いは冒頭では牧師がジョークで答えてしまったのですが、この章ではパウロに啓示された復活体のことが明記されているのです(15:37-49)。
わかりやすく種まきにたとえます。「あなたの蒔く物は、死ななければ、生かされません」。説明がその時代のものですから、今風に解釈してみましょう。例えば、リンゴの種をまくと種が土の中で死んで、リンゴの種自身が再生したりはしないように、死者の復活は生前と同じからだに再生するわけではありません。また、リンゴの種はリンゴの木になるものであって、ナシの木にはならないように、生前とは関係のない別のものになってしまうものではなく、同じ人間でありつつ、天のからだに変えられるのです。死者の復活もこれと同じです(15:42-44、47、52、54)。
「朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、
卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、
弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、
血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。
第一の人は地から出て、土で造られた者ですが、
第二の人は天から出た者です。
終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。
    その時『死は勝利にのまれた』のみことばが実現します」。
 「神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから」(15:57-58)。

 先ほど、「第一の人は地から出て、土で造られた者」と出てきましたが、詩篇ではこう歌われています。「それはあなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです」(139:13)。
 その組み立てられ方が最近の研究でわかってきたことがあります。まず、一つの受精卵から始まる。父親の遺伝子情報をもつ染色体と母親の染色体が合わさる。およそ2時間後には受精卵は分裂を開始する。赤ちゃんの体づくりのプログラム情報は細胞の中にすべて用意されている。その細胞が体づくりに躍動するために、メッセージ物質が放出され、そのメッセージを受けて、臓器などができていく。まず、受精卵が「ここにいるよ!」というメッセージ物質を母親へ向けてだすとそれに答えて母体が子宮に着床させる。それから、細胞から「心臓になって!」というメッセージ物質が出されると心臓が出来ていき、「肝臓になって!」というメッセージが出されると、肝臓が出来ていく。次々とメッセージ物質が出され、ドミノ倒しのようにスイッチが入り、臓器が造られていき、人体となっていくのである。
 神が「私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられた」生命の神秘です。神が「生きよ!」とメッセージを下さって、私たちは生まれてきたのです。そして生かされているのです。さらに素晴らしいことは、主を信じる者に永遠の命が与えられていて、終わりのラッパのなる時に、神のメッセージ言語が発せられ、一瞬で復活の「栄光のからだ」に再創造されるのです。地上でのからだでさえ神秘なのに、新天地で神と共に永遠に過ごせる「栄光のからだ」というのは私たちの想像をこえたものです。
クリスチャンにとって、彼の世で聞くメッセージをこの世で先に聞けるのです。そこに永遠の命の躍動があるのです。ですから、日々に、主日ごとに神の言葉、救いのメッセージの言葉を聞いて生きることは永遠の命にとって最も重要なことなのです。無駄などないのです。神の言葉に生きることが神の業なのです。それに全力を注いで参りましょう。

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