ヌマンタの書斎

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もう君には頼まない 城山三郎

2022-05-27 11:53:59 | 
私は国家資格で仕事をしているが、その本質は自由業だと思っている。

この場合の自由は、客から見放される自由である。だからこそ表題の本のタイトルにはドキっとさせられる。だが以前から気になっていた石坂泰三の評伝である。読まねばならぬと考えていたが、例によって未読山脈の奥深くに眠っていた書であった。

だが非常に気になってはいた。なにせ若い頃から「財界総理」の異名を奉られた石坂泰三である。しかも、私は共産党系の人たちに囲まれて育っていたため、どちらかといえば敵視していた過去を持つ。

だが、自分なりに昭和史を学んでみると、むしろおかしいのは共産党系というか左派全般であることに気が付いた。だからこそ石坂泰三を詳しく知りたくなった。

多分、表題の作品を購入したのは5年以上前だ。興味を持ちながらも、これだけ放っておいたのはタイトルが強烈だからだ。読みたいような、でも怖いような、そんな予感に襲われて読まずにきた。

興味深いことに作者の城山三郎も、石坂泰三については書きたいと思いつつも、書けずにいたそうだ。なんとなく分かる。なんとなく近づきがたい印象があるからだ。

財界総理?大蔵大臣を叱り飛ばした?労働組合の本部を一人訪れて論戦を挑んだ?

いったいどんな人物なのだろうか。

読んでみて分かったが、私は相当な誤解をしていた。共産党系の人たちから教わった印象が強すぎて、戦前のエリート官僚で、人脈を活かして大企業のトップに立って、資本家として労働者階級を切り捨てた。私は子供の頃、そう思い込んでいた。

ところが表題の書を読んでみると、東大卒業して役所に入ったが、4年程度で辞めて小さな保険会社に転職。大同生命を大手に育て上げたものの、太平洋戦争の敗北によりすべてを失って退職。その後失意の日々を過ごすが、東芝の建て直しを請われて老齢の身ながら奮闘して結果を出す。こりゃ経営者の鑑だね。

最後の大仕事として大阪の万国博覧会を成功に導く。政治家嫌いで、エリート官僚にも臆することのない豪胆さを持ち、英語を駆使する国際人だった。

いったい私の子供の頃の記憶って何なのだ?

私の中では昭和の財界人として、瀬島龍三、五島昇、堤康次郎、小佐野賢治といった巨悪の箱に入れていた人なのだが、どうやら全然違うようである。贈賄事件にも暴力事件にも名が出てこないので、陰に潜んで悪事を企む性悪な資本家だと思い込んでいた。

いったいぜんたい、どこでどう勘違いしたのだろう。資本家どころかサラリーマン社長だった。政治家から頼まれることはあっても、陳情するような人ではなかった。どうも私は自分で思っていたよりも遥かに世間知らずであった。

この書のタイトルである「もう君には頼まない」は、万博の成功させるため会長職を頼み込んできながら、予算を十分つけなかった当時の大蔵大臣に対する捨て台詞である。大蔵大臣が大慌てになったため、予算は付け替えられたそうだ。

財界総理の異名は強い立場の人間にこそ役立つものだったのだろう。凄い人がいたものだ。
コメント
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