のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『Dr.パルナサスの鏡』

2010-02-04 | 映画
フィリップ・シーモア・ホフマンが鍋奉行をしてくれました。夢で。
意外とノリのいい人でしたよ。

それはさておき

ギリアム待望の新作『Dr.パルナサスの鏡』を観てまいりました。
『Dr.パルナサスの鏡』公式サイト

日本版予告編


イギリス版予告編



ううむ!
いささかスケールの小さめだった前作『ローズ・イン・タイドランド』(当のろやでの記事はこちら)や良作ながら随分おとなしかった『ブラザーズ・グリム』と比べますと、毒や皮肉や横溢する妄想といった要素がふんだんに盛り込まれており、その点ではギリアム往年の傑作を思い起こさせる作品でございました。
それだけに、もったいない。

トム・ウェイツは良かった!
男衆4人も良かった!
ストーリーも(意外なほど)よく練られてた!
ちょっとドスのきいた声のヴァレンティナも良かった!
映像は言うまでもなく素晴らしかった!単に美的というだけでなく、毒とわざとらしさ満載の悪夢的な仕立てがたまりませんです。
中盤以降、特にジュード・ロウがあのテカテカの笑顔で、嘘くさいメルヘン風景の中を巨大竹馬でのし歩き→警官ダンス→ママの首がポンッと取れて中からトム・ウェイツ登場!のあたりはほんと最高だった!立ち上がってギャハハと笑って拍手しながらブラボーと叫びたいほど素晴らしかった!
ほろ苦くもニヤリとさせるラストも良かった!
エンドロール後のおまけもしみじみ来た!

ああ、ならばいったい何が不満なのだ。

***以下、若干ネタバレでございます。***



飽くまでも私感ではございますが

俳優は皆それぞれにいい演技を見せてくれたものの、トム悪魔ウェイツ以外の主要キャラクターがいささか魅力に乏しく、どの登場人物にも、ストーリーを牽引するだけの力がない。
特にギリアム作品特有の、想像力で武装して困難な現実を乗り切る、という役どころの人物が不在である上、その位置づけに近いはずのパルナサスとアントンのキャラクターが、ちと弱すぎる。
それゆえに、パルナサスとアントンのダメさが目立つ現実(=鏡の外)のシーンが多く、イメージが氾濫するファンタジー(=鏡の中)のシーンが細切れにしか登場しない前半は甚だテンポの悪いものに感じられました。そしてせっかくギリアム節が炸裂している後半も、誰の視点に寄り添うべきか分からないままにクライマックスを迎え、そのまま終息してしまったのでございます。

物語なんかなくたってこの世は安泰だよ、と言う悪魔に向かって「世界のどこかで、物語は語られ続ける。それが宇宙を支えている」と語ったパルナサスは確かに、ギリアム的人物の片鱗を見せました。しかしここで自称「物語なんかいらない派」の悪魔と「物語る者」パルナサスの1000年におよぶ対決が始まって今に至るのかと思いきや、パルナサスは早々に凋落してしまい、精神的にもすっかり打ちひしがれて死を望む始末。つまり「物語ること」を辞めたくて仕方がない人物になってしまうのでございます。
何も、かのミュンヒハウゼンの向こうを張るぐらい颯爽としてくれ、とは申しません。しかし、曲がりなりにも主人公の位置にある人物なのでございますから、せめてもう少しシャキッとしていただかないと、肩入れしたくってもできないのでございますよ。

それからパルナサスの弟子的な位置づけのアントン。彼に好感を抱けるか否かで、この作品の印象がだいぶ違って来ることと存じます。
彼を不器用だけども一途で一生懸命な奴、として見ることのできるかたは幸いなるかな。残念ながらワタクシには、彼が関西弁で言う所の「いらんことしい」な、甚だ鬱陶しい男に思えてなりませんでした。それがために終盤に見せる彼の必死の活躍も、ちっとも応援する気にはなれませなんだ。
『未来世紀ブラジル』のサムや『ブラザーズ・グリム』のジェイコブ(おお、ヒース・レジャー)は、妄想がちの不器用男でありながら-----あるいは、だからこそ-----、手に汗握って応援したくなるような、崖っぷち人間の魅力がございました。一方アントン君には変に器用さや馴れ馴れしい所があり、決して「ファンタジー/物語」がないと生きていけない人物ではない。

そしてインテリア雑誌に載っている作られた「幸せ家族」像にあこがれるヴァレンチナも、その「幸せ家族」ファンタジーを、生きる糧にするほど切望しているというわけではない。
つまりこの作品の中で、居場所としてのファンタジーを本当に必要としているのは、パルナサスの敵対者であるはずのトム悪魔ウェイツだけなのでございます。

多くのギリアム作品において「ファンタジー/物語」の有効性は、当の「物語る」人物にとって、文字通りの死活問題だったはずでございます。
本作でも生死をめぐる諸々の選択や決断がございますが、それが全てファンタジーの内部においてなされるため、ファンタジーと現実との相克・対決はほとんど描かれません。
現実に押しひしがれて死ぬか、ファンタジーを武器に生き延びるか。
その瀬戸際を行くはみ出し者たちの、あの狂おしい切迫感と高揚は、どこへ行ってしまったのか。

ファンタジーを奉じる者の不在。
ギリアムが創作の視点を変えたのさ、と言われればそれまででございますが、この作品を見た時にワタクシが抱いたモッタイナイ感をつきつめると、どうやらここにたどりつくのでございます。

どうも期待が高すぎたせいか、色々と愚痴を並べてしまいました。
しかし誓って申しますが、決して凡作の範疇に入る作品ではないのでございます。死と破壊と笑いが融合したギリアム的ユーモアや、独特のまがいもの感溢れる美術、そして俳優達の演技は皆本当に素晴らしかった。主要キャラクターにいま少し魅力があれば、もう一度劇場に足を運びたい作品でございました。

ギリアムの次回作は(今度こそ)ドン・キホーテがテーマのあれになるとの噂が聞こえてきております。問題は(常のごとく)資金が集まるかどうかという点らしいので、パルナサスがヒットしておおいに儲かるってくれるといいなあと願っております。

クストリッツァとギリアムには何があってもついて行くと心に決めているのろとしては、彼らが次の作品を撮れるかということが何より気がかりなのでございます。
まあ、クストリッツァはたぶん大丈夫だろうけど。
.....。



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