のろや

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アラビアのロレンス

2009-09-08 | 映画
『アラビアのロレンス 完全版』を観てまいりました。

映画『アラビアのロレンス 完全版』公式サイト

長い話を縮めて言えば、第一次大戦中、アラブ独立の立役者となったイギリス人の話でございます。
何故イギリス人がアラブを助けるのかというと、当時アラビア半島はオスマントルコに支配されており、トルコはドイツと同盟を結んでおり、イギリスはドイツと戦争していたからでございます。つまり独立というエサをちらつかせてアラブ人たちを動かし、遠まわしにドイツに打撃を与えようという魂胆。さりながらその裏で、トルコがいなくなったら私らで半島を分け分けしましょうね、という密約をフランスと交わしているのだからタチが悪い。かの二枚舌外交でございますね。
英軍の将校でありながらもアラブの文化や歴史に造詣が深いロレンスは、砂漠の民ベドウィンの信頼も勝ち取り、アラブ人自身による独立国家を夢見て奔走するのではありましたが.....。

本作を語る際に最もよく使われる形容は「雄大」と「壮大」ではないでしょうか。それは音楽や映像のスケールは言うに及ばず、歴史の中における一人の人間の偉大さと卑小さとを描ききった、深みのある人間描写が見る者を圧倒するからでございましょう。



ロレンスとは誰だったのか?
映画の冒頭に示されたこの問いに、碓とした答えが与えられることはございません。
歴史を動かした稀代の英雄か、歴史に翻弄された弱い一個人か。
イギリスとアラブ、人道と大義、英雄と「ただの人間」、温厚さと嗜虐性。こうしたさまざまな二極の間を、ロレンスは絶えず行き来し、よろめきつつ疾走します。走りきったその果てに両極のどちら側にも居場所を見つけられず、抜け殻のようになったロレンス。呆然として地平線を見つめる彼を取り残し、時代は砂ぼこりを蹴立てて進んで行くのでございます。

終始柔らかな物腰で、ナイーヴな自信家ロレンスと弱さにまみれた「ただの人」ロレンス、そして狂気すれすれの「堕ちた英雄」ロレンスを演じ分けたピーター・オトゥールは素晴らしうございましたし、脇を固める人々の演技や人物造形も素晴らしかった。

抜け目のないファイサル王子を演じるアレック・ギネスはどっからどう見ても鷹揚なアラブの王子様であり、『戦場にかける橋』の英軍将校と同じ人物が演じているとはとうてい思われません。発する言葉がいちいち警句じみているファイサルはのちにイラクの初代国王となる人物で、結果的に一番動かずに一番おいしいところをいただく人物でございます。将来王位につく人間としてはこのくらいの老獪さは当然よ、とばかりに余裕で立ち回るしたたかな機略には、コノヤローと思いながらも感服してしまいました。

ハウェイタット族の族長アウダ・アブ・タイを演じるはザンパノ、いやさアンソニー・クイン。(本作公式サイトのキャスト紹介ページでクインの主要作品に「道」と「その男ゾルバ」が含まれていないのは一体どういうわけかしらん)これまた、生まれてこのかたアラブの族長といった趣きでございます。アウダ・アブ・タイは肖像画が残っております。見ると面長の鷲鼻で、そもそもクインと顔が似ております。ネット上で見かけた情報でございますが、クインがアウダの衣装を身につけて撮影現場に現れるとエキストラのベドウィンたちから「アウダ・アブ・タイ!」の大合唱が起こり、それを見たリーン監督思わず「あの役者は誰だ?今からクインを下ろして彼を使えないかな」と言ったとか。
ファイサルがいつもほんの少しふんぞり返っているように見え、後述するアリはいつも背筋をピンと伸ばし胸をはっているのに対し、アウダは若干前屈みでございまして、浅黒い大きな手で何かをグワシとつかむシーンが目立ちます。そのいかにも無遠慮な身振りは強欲そうでもあり、人懐っこそうでもあり、とにかく一挙手一投足に強烈な存在感がございました。
一歩間違えば単なる野卑な道化となってしまいかねない役を、粗暴ながらも洞察力と愛嬌のある人物として演じたアンソニー・クイン、さすがでございます。

しかしまあ
何と言っても、
何と言っても、
何と言ってもオマー・シャリフでございましょう!
漆黒のベドウィン民族衣装を身にまとい、鋭い眼光で砂漠を見はるかすその姿の凛々しさよ。
もちろんカッコよさというのは風貌のことだけではございません。
ロレンスはさまざまな二極の間を行き来した末に自己を喪失し、虚しさと失意を抱えて、もはや「home」と思うこともできないイギリスへと帰って行きます。それに対しアリは徹頭徹尾、誇り高きベドウィンの族長でございまして、その一貫性がたまらなくカッコいいのでございます。彼のブレのない在りようは、人格的な矛盾を抱えて政治や名声に翻弄されるロレンスを逆さに映す鏡像のようでございました。戦局が変わろうとも、またロレンス自身が変わろうとも、アリがロレンスに寄せる友としての忠誠心が揺るぐことはなく、彼の視点は本作におけるひとつの芯となっております。

まあそんなわけで
休憩を挟んで約4時間の超大作ではございますが、この作品を映画館のスクリーンで見られて本当によかったと思います。
休憩時間に飲み物を買った際、無意識のうちにレモネードを選んでいたのには自分でも笑ってしまいました。ロレンスがレモネードをね、飲むシーンがあるのでございますよ。
特定の食べ物のイメージと結びついた映画はままございますが、のろはこれからコカコーラの自販機で「リモナーダ」を見かけるたびに、砂まみれのアラブ装束で将校専用バーに踏み込んで行くピーター・オトゥールの姿を思い出すことでございましょう。




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