のろや

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鑞板

2010-08-25 | 
唐突ですが鑞板を作ってみました。

鑞板とはジュード・ロウを板状にのしたものではございませんで、木や象牙などで作られた枠の中に鑞をひいた書字板のことでございます。一方の先を尖らせた細長い骨片や金属で、鑞の部分を引っ掻いて文字を刻みます。紀元前6世紀のギリシャではすでに用いられていたという便利道具で、ポンペイでは紀元1世紀のものとされる鑞板とスタイラスを手にした女性の絵が出土しております。パピルスや羊皮紙と違って、鑞を継ぎ足せば再利用することができ、経済的であるため、近世に至るまでメモや下書き用に活用されていたとのこと。
二枚の鑞板を金属または革ひもの蝶つがいで繋げてノート状にしたものはディプティクと呼ばれます。今回作ってみましたのは、このディプティク。

作業工程
1.ホームセンターで5×120×600mmのアガチス材の板を購入。適当な大きさに切って面取りしたのち、彫刻刀で中央を掘り下げる。
2.湯煎で溶かした鑞を流し込む。足りない部分に蝋燭や鑞の削りかすでつぎ足しをする。
3.表面を削って平らにする。



とまあ、これだけのことなんでございますが、実際にやってみますと2と3の行程にはけっこうな手間がかかりました。鑞が流し込む端からどんどん固くなるため、なかなかきれいな平面になってくれないのでございます。表面張力で盛り上がった部分を指でならし、へこんだ部分には鑞を継ぎ足し...という作業を何度も繰り返さねばなりませんでした。鑞の削りかすまみれになりながらつぎ足しては削り、削ってはつぎ足しの行程を繰り返し、やっとこさ平滑な板面が出来上がりました。



スタイラスは割り箸で製作。スタイラスの尖っていない側は、鑞を削り取り、または押しつぶして文字を消す際に使われます。
早速使ってみますと、ペン先がするすると滑ってなかなか快適な書き心地。しかし「書く」というよりは「刻む」と言ったほうが正しい性質のものであるだけに、ここでもやはり細かい削りかすが発生するのでございました。

作って使ってみた感想。
繰り返しになりますが、とにかく枠の中に鑞を均等に詰めるのが難儀でございました。書き消しができる、再利用ができるといっても、その行程で生じる手間はいやはやどうして、馬鹿になりません。それでもなお10世紀以上の長きに渡ってこの道具が使われ続けたという事実は、けだしパピルスや羊皮紙といった書字材料がいかに高価であったかを示すものでございましょう。