のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『インセプション』

2010-08-14 | 映画
『ダークナイト』をDVDで鑑賞して、劇場に足を運ばなかったことを後悔したのろ。
今回は見逃さじと、ノーラン監督の新作『インセプション』を観てまいりました。

うーむ、面白い。ちと長いけれども。

長いといってもダラダラ無駄な長さではございませんで、色々なことを丁寧に描いた結果、長尺になってしまったという感じ。色々なこと、というのは、夢世界における仕様であったり、夢に侵入して埋め込みをするための綿密な計画であったり、ターゲットである大会社の御曹司とその父親との関係であったり、主人公デカプリオが抱える葛藤であったり。
予告編ではSFアクションや犯罪映画といった印象でございますが、実際は人間ドラマとしての側面も色濃い作品でございました。こうした諸々のことをばっさり刈り込んでしまえばスカッと100分アクション映画ができたかもしれませんけれども、突っ込みどころも倍増していたことでございましょう。単なるSFアクション映画以上のものを作りたい、という監督の志あってこその148分かと。

インセプション予告編


長尺ながらも各シーンは緊張感が続いてだれることはなく、夢の中の映像も見ごたえがございました。ブルースクリーンを一切使わずに撮影されたというのが信じられないほどの迫力、かつ、なかなかに独創的な絵でございます。ワタクシが特に気に入ったのはパリの街頭で、ごく平穏な様子の人々をよそに、店頭のものや窓ガラスが次々に砕け散るシーン。壮麗でございました。

夢に侵入してアイディアを盗む・埋め込む、という筋は、それに伴う細々とした設定も含めて楽しめましたし、登場人物もチームリーダーのコブ(デカプリオ)、冷静沈着な相棒アーサー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)、イージーゴーイングな「偽造師」イームス(トム・ハーディ)、フツーの女の子と思いきや「設計士」として凄腕を発揮するアリアドネ(エレン・ペイジ)と、一人一人の個性がつぶ立っていて魅力的でございます。
おおっ今気付いた!イームスって『ロックンローラ』のハンサム・ボブかい!そういえばあの にへっ とした笑いには見覚えがあるや。ごつくなってて分からなかった。ごつくなってといえば、デカプリオは相変わらず童顔で損をしているような気がいたします。『ワールド・オブ・ライズ』でもそうでしたが、タフな感じの体格を作ってもいまいち説得力に欠ける所があるというか。あとターゲット役のキリアン・マーフィ、この人は控えめな演技がたいへん上手いですね。『プルートで朝食を』のはじけた演技も結構でしたが、本領は本作のような地味めな役ではないかと。

ケンワタナベもかっこよかったですよ。わざとらしかったけれども。まあ、わざとらしくならざるをえないような役ではございましたし、監督から「007のように演じてほしい」という注文を出されていたそうなので、あれでいいんでございましょう。そして一番かっこよかったのは、ケンワタナベよりもデカプリオよりも、無重力状態の中で孤軍奮闘するジョセフ・ゴードン=レヴィット。あれはいい。イームスとの掛け合いも楽しうございました。それにしてもマイケル・ケインやピート・ポスルスウェイトをチョイ役で使うとは、何と贅沢なキャスティングでございましょうか。いやピートじいちゃんはそもそも端役が多いか。



夢の中ではコレをこうするとこうなるよ、というこの作品独自の世界設定がある上、2層、3層と夢の深部に降りて行き、それぞれの層において遂行されるミッションが同時進行で描かれる、しかもそこにコブの過去がからんでくるという複雑な構造ゆえ、ついて行くのが大変な所もございましたけれども、その複雑な展開をどうまとめるのかもひとつの見どころ。夢の階層を一つ降りるたびに仲間が一人減って行き、時間の流れは遅く(←訂正。時間の流れ自体は速くなるのでした)なり、最終的にあの人とこの人だけが荒涼とした無意識の最下層で対面する、という落とし方には、ううむナルホドと唸りましたですよ。 

ただ、ワタクシが迫力ある映像とスピィーディーな展開に目を奪われつつも、時間を忘れるほどにはのめり込めなかったのは、上述のようにワタクシの頭がついて行けない部分があったのと、どうしてもノーラン監督の前作『ダークナイト』と比べてしまう所があったからかと存じます。『ダークナイト』はジョーカーという突出したキャラクターはもとより、観る者の倫理観に揺さぶりをかける展開が素晴らしかったので、つい同じような揺さぶり型の展開を期待してしまったようでございます。

ともあれ、話も映像も人物造形も完成度が高い作品でございました。話がしっかりしているので、劇場で観ないと面白さ半減という類のものではございませんが、あの迫力はぜひとも劇場の大スクリーンで体感することをお勧めいたします。