アンティマキのいいかげん田舎暮らし

アンティマキは、愛知県北東部の山里にある、草木染めと焼き菓子の工房です。スローライフの忙しい日々を綴ります。

あした、豊田市下山地区の「山のお寺de四季YOGA&オーガニックご縁市」に出店します。

2022-04-28 10:33:40 | アンティマキの焼き菓子とパン

  あした、豊田市下山地区の常楽寺で、マルシェが開かれます。https://www.facebook.com/events/378099180846931/?ref=newsfeed

        いつも開催しておられるヨガ講座にあわせて開催の、初のマルシェ。ささやかですが、私には楽しみの食べ物や雑貨が並びます。

  アンティマキがお持ちするのは、焼き菓子とパンとケーキ。焼き菓子は穀物クッキー5種とざくざくクッキー、味噌味米粉のビスコッティ、玄米かきもち。パンは、久々に焼くカンパーニュと、このところ立て続けに作っているイングリッシュマフィン。ケーキは、甘夏シロップ漬けとココアのマフィンです。

  カンパーニュを作るのは久しぶりなので、籠に生地がくっつかなかと心配で、粉をずいぶんたくさん籠に敷いてしまいました。粉は有機栽培の小麦粉、ホシノ酵母に国産粗糖、国産圧搾菜種油にバージンソルトが入っています。素朴な味のこういうパン、やっぱり好き。

  イングリッシュマフィンは、バターも牛乳も豆乳も不使用。かわりに自家製オートミルクと圧搾菜種油を使っています。

   穀物クッキーの1種、醤油の搾りかすを入れた甘さ控えめのShoyu drounds は、珍しさも手伝って先日のマルシェで最初に売り切れました。あしたもお持ちしますので、どうぞご覧ください。

   シロップ漬けの甘夏とココアのマフィンは、前回製造時よりココア味も甘みも酸味も増やしました。濃厚バージョン、お試しください。

   下山地区は、稲武からだとずっと田舎道で走れる私の好きなコース。常楽寺へ行くのは初めてですので、緑豊かな地区の、さらに木々や花々が美しく生い茂っている山のお寺の風景を愛でながらのマルシェ、楽しみです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バトル・フィールド クルーティの戦い

2022-04-26 17:14:27 | 映画とドラマと本と絵画

 2019年にできたウクライナの映画。ソビエト連邦下では一つの国だった1930年代に起きた、ホロドモールと呼ばれる大飢饉を描いた「赤い闇~スターリンの冷たい大地」を見たくてさがしていたら、見つけた映画です。https://movies.yahoo.co.jp/movie/370630/

 ロシアのウクライナ侵攻が始まるまでは、ウクライナについては「肥沃な大地の農業国」「ドネツク炭田のある資源に恵まれた国」、ソ連時代計画経済に失敗して、ウクライナの人々を苦しめた(これがホロドモールと呼ばれる事件だと最近知りました)といった程度の知識しかありませんでした。

  侵攻が始まって最初のころは、マスメディアで報道される情報しか知らなかったのですが、しだいに、ネットで相反する情報を目にするようになり、フェイクも多分に交じっているとおもわれるため、信頼できそうな情報を探すのに、結構苦労しています。

  この映画は、100年以上前の、成立したてのソ連軍によって、ウクライナが侵攻を受けたその緒戦の事件を描いたものです。

  舞台は1917年、ロシア帝国が崩壊し、帝国に吸収されていたウクライナはようやく独立を果たします。しかし、まもなく、新しく政権を握ったソ連政府の軍~赤軍がウクライナ奪還を目指します。この映画は、キエフ大学で志願兵を募り、たった1週間の訓練で前線に連れていかれた新米兵士たちを追ったもの。

  ソ連軍4000名に対し、ウクライナ軍は400名。うち300名が学徒兵だったそうです。死闘の末、とりあえずソ連軍を追い返すことはできましたが、死者負傷者は多く、捕虜になった30名近くの兵は、殺されます。

  映画では、フィクションも交えて進むのですが、ウクライナ政府や軍が、レーニンとの不和が始まりつつあったトロツキーやドイツに支援を求めようと画策する様子も描かれます。でも、詳細な経緯がわからないからなのか、映画のなかではその画策の内実がよくわかりません。10月革命の直後のことで、この戦いの後、数年後、ウクライナはソ連邦に組み込まれます。

  最初のシーンはこの激戦の跡地。跡地にはモニュメントらしいものが建っています。ウィキペディアによれば、このモニュメントが建ったのはソ連崩壊後のこと。ソ連時代は、ずっとこの戦いについては、隠されていたそうです。

  ソ連にしてみれば、不安定な国内の混乱に乗じて、欧米列強がロシアを狙って向かってくるのは必至。だからいち早くロシア帝国時代の国境まで広げ、とりあえず外国の侵略を防ぎたかったのでしょう。

  いままさに起きていることとほぼ同じことが、100年前にすでに起きていたとおもわざるをえません。NATOの拡大を脅威に感じたロシアとロシアの拡大を怖がるウクライナ。

  この映画と「赤い闇」、ともにできたのはつい2、3年前。ウクライナでは、ロシアの脅威を如実に感じていたから、国民の民族意識を目覚めさせるようなこうした映画が作られたのでしょう。

  戦闘シーンは、まるで悪夢のように撮ってあります。リアリティが少ない。わざとそうしたようにも思えます。でもその分、全体に悲しみに覆われているように思えました。私がそう感じるのは、たぶんこんなときだからでしょう。撮り方はいたってオーソドックス。ほとんど知らなかったウクライナの歴史の一端の勉強になりました。

  ところで、敵のソ連軍の指揮官の顔は、現在のロシアの大統領によく似ています。あざとい。

 

  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

本日やさしいマルシェに出店します。

2022-04-24 00:15:52 | アンティマキの焼き菓子とパン

   告知が遅くなりました。本日、豊田市駅前のとよしばにて開かれるやさいいマルシェに出店します。(20+) やさしい マルシェ | Facebook 

  時間は10時から午後3時までです。

   お持ちするパンは、クルミ入りのライ麦パンとイングリッシュマフィン。イングリッシュマフィンは、オートミルクと農薬不使用の米粉入り。

  写真左から、グルテンフリーの米粉の味噌味ビスコッティ、ココアと甘夏クッキー、黒糖とカシューナッツのスコーンのほか、新作のココアと甘夏シロップ煮のマフィン。

   玄米かきもちももっていきます。あと一回くらい製造したいのですが、暑くなりすぎるとうまく干せないので、ためらっています。

  写真左端は、Shoyu grounds の穀物クッキー。自家製の醤油絞り滓を入れました。バター多めにして甘さ控えめ。塩気がちょっと多めです。おつまみにもなりそう。あとは穀物クッキー4種。人気のコーヒー入りクッキーも作りました。

   右端は、有機オートミールとレーズン、カボチャの種にヒマワリの種がたっぷり入ったザクザククッキー。

  お天気は雨の予報も出ていますが、雨天決行です。ペデストリアンデッキの下での販売です。アンティマキの隣は、設楽の山百合荘直売所。名古屋コーチンの卵のたっぷり入ったプリンと原木シイタケが並びます。

  

  

 

   

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「ザ・トゥルー・コスト」

2022-04-18 14:47:58 | 映画とドラマと本と絵画

  昨年の今頃「バングラデシュの衣料工場で働く若い女工たち」という映画を見てから、ずっと見たいと思っていた映画「ザ・トゥルー・コスト」をやっと見ることができました。映画「バングラデシュの衣料工場で働く若い女工たち」 - アンティマキのいいかげん田舎暮らし (goo.ne.jp)

  「バングラデシュの衣料工場で働く若い女工たち」は、ファストファッションを支える中進国、後進国の現場の女工さんたちの実態を描いたものですが、「ザ・トゥルー・コスト」は、ファストファッションをつくりだす欧米のアパレルメーカーをはじめとする先進国の巨大企業のあり方、そして先進国の消費者たちに焦点を当てて、ファストファッション業界全体の不気味に思えるようなシステムを鋭くえぐっています。

   クラウドファンディングで実現した映画だそうですが、編集が素晴らしく、そうとう高度の技術と知性が駆使されてできた映画だなと思いました。

   さて、ファストファッションという言葉を知ったのは10年くらい前。ちょっとしゃれたスカートやパンツが、何千円かで買えてしまい、上から下までコーディネイトして占めて1万円以内、とかいうのを競うテレビ番組もあった気がします。その頃はすでに田舎に移住していて、都会で仕事をしていた時に必要だったスーツやスカートジャケットなどが全くいらなくなったので、さほど興味は持たなかったのですが、たまに見かける衣類の安さには驚いていました。

  「安い衣類の製造が可能になったのは、世界がグローバル化したため」と映画でははっきり言っています。30年ほど前、少し安い衣類が出回り始めたころは中国製が主でした。でもその中国の人件費が上がり始めると、タイやベトナム、バングラデシュなどに生産の拠点が移されました。

  原材料が同じで、より安い衣類を作るには、製造コストを下げるしかない。メーカーはより安い製造場所を求めて、わたりあるきます。第三世界の国々にある小企業では、その大手の圧力に抗することはできません。バングラデシュのある縫製工場主は、「5ドルを4ドルに、さらに3ドルに下げろといわれたら従うしかない。注文が欲しいから」といいます。しわ寄せは当然、女工さんたちに来ます。

  「バングラデシュの・・・」にも出てきた、ラナ・プラザ事件は2013年に起きました。8階建てのビルがある日突然崩壊し、死者1100人以上、行方不明者500人という大惨事をもたらしました。このビルには縫製工場も多数入っていて、工員たちは前々から工場主に建物の不備を指摘していました。当日も変な音がすると訴えていたのです。にもかかわらず工場主は仕事をいつも通り続けるよう命令しました。そして事件が起きたのです。

   この映画は、ラナ・プラザ事件をきっかけにファストファッションの舞台裏を追及するために作られました。

   ファストファッションの大手メーカーの広報担当者たち何人かにインタビューするシーンがあります。彼らが異口同音にいうことは、「現地で働く女性たちは、ほかよりましな仕事場を与えられている。もしあの職場がなかったら、さらに苦しいはずだ」つまり、自分たちは無罪で、むしろ働く場所を与えてやっているからいいのだ、と自分たちの立場を擁護します。少し目が泳ぎ、言い淀んでいるように見えましたが。

   映画の中盤でナレーターはこんなことを語ります。

   「世界の人々はみんな貧しくなった。高い商品~車や家は手が届かない。でも、安い服なら買える。ファストファッション業界は毎週のように新製品を売り出し、人々は買いあさる」

  高いものを買うだけのお金の余裕のない憂さを、一枚のちょっと変わったデザインの新しいTシャツを買うことで晴らすのでしょう。でも、その憂さ晴らしは長く続きません。だからまた、翌週別の服を買う。こうしてクローゼットのなかは、いっぱいになります。心底好きになって買った服ではないので、満足感は得られません。そんな服ばかりがたまると、惜しげもなく捨ててしまいます。好きではないので、簡単に捨てられるのです。

   まるで捨てるための服を買うようなものです。こういう感覚自体、すでにおかしい。

   こうした先進国の人々のとめどない消費の欲求が、中進国、後進国の産業を変えてしまいました。ただし、この欲求は大企業によってつくられたもの。ファストファッションに振り回される消費者も、いわば大企業の被害者と言えると思います。

   インドでは、土地に合わない綿花を育てるために、大量の化学肥料や農薬を必要とする農業に従事している人がほとんど。彼らは、農薬や化学肥料、仕方なく買わされる遺伝子組み換えの種子を手に入れるために借金をする。そして返済ができないため、自殺者が後を絶たないといいます。

   皮革製品も、昔に比べたら驚くほどの安値で売られています。こういった商品も、やはり東南アジアなどの中進国で作られています。皮加工に使う六価クロムは劇薬。その劇薬を川に流すので、あたりの水田地帯は汚染され、飲料水も危険な状態になっているとか。皮膚病や手足のまひに悩む人が増えているのに、改善はなされていません。

   「大地に敬意を払っていない」映画に登場するある人物がいったことばです。このことばで、涙があふれてきました。

   服や靴のコストにかかる人件費を削り、必死に安く仕上げ、大企業は莫大な利益をあげてはいるのだけれど、大地や川を汚し、人々の健康を害して、ものすごい被害を与えています。彼らは、自然界、人間界へのストレスをものともせずに経済活動に邁進していますが、敬意を払われていない大地や人々にたいするリスクを計算したら、当然のことながら、1枚ののTシャツは500円や1000円などで買えるはずがないのです。

****

  映画を見た数日後、豊田市内のフェアトレードショップ、アナムanam fair trade&natural (アナム フェアトレード&ナチュラル) | フェアトレードを初めとした、人や環境にやさしいエシカルな商品を取り扱うセレクトショップ (anam-jp.com)を訪ねました。店主の稲熊なつみさんは、昨年9月まで豊田松坂屋に店を持っていましたが、松坂屋の閉館のあと、もともとのお店にもどり、再出発なさいました。

  彼女と、この映画の話をしました。彼女がアナムを始めたきっかけは、彼女自身が洋服が好きで、販売の仕事をしていたとき、始終安売りがつづき、ひどいときは75%オフになることもあるのを知って、「いったい元の原価はどうなっているんだろう」と疑問に思ったことだったそう。そののち、フェアトレードの存在を知るようになり、正当な金額を支払って作られた品々の良さに魅力を感じ、自らお店を持つことに決めたということです。

   店内には、彼女が選んだ、健全なやりとりの上で発注縫製しているメーカーの洋服が並んでいます。現地で縫製している人たちの生活が成り立つというだけでなく、彼らの文化や伝統的な技術を生かすようデザインがくふうされています。

  ただいまスプリングフェアの開催中。このところちゃんとした服などほぼ買ったことがなかったので、久しぶりに気に入った服があったらほしいなと思ってでかけたのですが、試着したもののうち、気に入ったのは2枚。1枚くらいなら買おうと思ってやってきたのに、どちらか1枚選ぶのが難しくなりました。

  メーカーはどちらも京都にあるシサム工房です。工房では、現地の団体にあらかじめ布代を払いすべて買い取り。先方の負担が少なくて済むように配慮しています。そして小売店であるなつみさんたちも、1年前に商品の買取予約をし、生産者側のリスクが少ないように配慮するシステムになっています。「1年先の商品を買取予約するのは、小売店にとってはリスクが高いのですが、みんなが少しずつわけもって負担し、誰も苦しい思いをしないようにしているのです」となつみさん。

   フェアトレードの品はときどき購入し、服も主にピープルツリーのものをセール時にネットで買うことはあるのですが、いちどきにそこそこの値段の服を2枚も買うなんて、ここ数年したことのないこと。そもそも古いけれど捨てられない服がたくさんあるし、友人のお古やお古とは言えないほぼ新品の衣類もたくさんもらっています。有り余るほどあるのにさらに一遍に2枚も買うの?としばし自問自答。しばらく迷いましたが、なつみさんの話を聞いているうちに、フェアな取引をして、持続可能の仕事を作っている人たちの輪に自分も入りたくなり、思い切って購入。夏服2枚新調です。

  ところで、なつみさんからとても悲惨な話を聞きました。店内にかかっていた美しい白生地のエプロンにまつわる話です。

  そのエプロンの生地は「カディ」とよばれるもので、手で紡いで手で織ったインドの昔ながらの極上の木綿生地だそう。インドがイギリスの植民地だったころ、イギリスは、いい綿花の採れるインドで綿花を作らせ、イギリスに輸出してイギリスの工場で織物にし、インドの市場でさばく、ということを強制していました。もともとインドにはすぐれた紡織の技術があるのに、禁止したのです。インドだけであまりにいい生地ができると、商売の邪魔になると考えたイギリス人は、インドのカディの職人の両手を切り落した、というのです。

  ガンジーはこうしたイギリスの植民地政策に抵抗して、手紬ぎの道具を手で持って紡ぎながら無抵抗の行進を続けました。彼の有名な塩の行進の際、人々が着ていたのはこのカディで作った着物だそうです。

  息が詰まりそうなひどい話です。弱小国が強国に蹂躙された時代の話ですが、いまは、大企業によって弱小国の人々は翻弄されています。でも、じつは翻弄されているのは中進国、後進国の人だけではないかもしれません。先進国の人々も、好きでもないのに消費するのが美徳とされ、流行に翻弄されているという点では、立場は同じかもしれません。

  フェアトレードの活動は、世界全体の経済活動の中ではほんのわずかな部分しか占めていませんが、せめて自分の関われる範囲では、健全に作られた食べ物や衣類を選びたいものだなとおもったことでした。私が選んだにしては鮮やかな色の服2枚を抱えて、ささやかだけれど、健全な消費行動をわたしはきょうしたのだわ、といささか誇らしいような気持ちで帰路につきました。

  ところで、アナムの稲熊なつみさんと田中真美子さん主催の「やさしいマルシェ」が、今週末の日曜日24日に、豊田市駅前のとよしばで開かれます。アンティマキも出店します。ぜひお越しください。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「らくだの涙」

2022-04-17 15:02:48 | 映画とドラマと本と絵画

  「天空の草原のナンサ」の監督の2003年の作品。こちらのほうが先なのですが、わたしは、たまたま前後逆に鑑賞しました。こちらはドキュメンタリー。やはり同じくゴビ砂漠の遊牧民一家に密着取材して撮影したものです。https://allabout.co.jp/gm/gc/206260/?msclkid=6c48088ebe1211ecb15e36ab29811e57

   この一家は四世代同居。いくつものゲルにそれぞれ1世代ずつ住んでいるようです。彼らが所有する家畜のうち、特にラクダに焦点を当てて、この映画の撮影は進みます。ラクダの繁殖期である春から撮影に入ったそうで、ほぼ4か月ほど滞在したとか。

   たくさんのラクダの子が生まれるのですが、その中の一頭は珍しい全身真っ白のラクダ。難産の末に生まれたこのラクダは、初産の母ラクダからなぜか嫌われ、乳をのませてもらえません。仕方ないので、人間がお乳を搾り、水牛らしい動物の角に乳を入れて子ラクダに飲ませます。でも、うまく飲めず、子ラクダは元気がない。

   そこで家族は相談のうえ、馬頭琴の上手な弾き手を連れてきます。彼が馬頭琴を奏で始め、一家の最も若い母親が母ラクダの背をなでながら歌を歌い出すと、母ラクダは声を出し、様子が変わります。

   いわば音楽療法をほどこした母ラクダの変貌がこの映画のクライマックス。撮影隊が当初から予測したわけではないこのハプニングが、映画をよりおもしろいものにしました。

   人間の母親の美声もすばらしかった。彼女の息子もほんの少しだけれど歌って見せましたが、きれいな声でした。

   続けてみたモンゴルの草原の遊牧民たちの暮らしの一端。顔はほぼ日本人と同じの、彼らのシンプルでたくましい生き方は、なかなか興味深いものでした。

   さて私は、この冬あたらしく、空飛ぶ羊のヤクのレッグウォーマーと腹巻を購入しました。年とともに冷えがひどくなってきたので、この夏もよほど耐えられなくなるまで、腹巻は欠かさず身に着けることにしようと思います。私の経験では、冬はともかく、暖かくなると、体の冷えに気が付かずに過ごしてしまいがち。腹巻やレッグウォーマーなどを着けて初めて、「温かい」「気持ちいい」と感じます。豊田市街地桜城址公園そばの空飛ぶ羊の実店舗では、夏でも、モンゴルのラクダ、ヤク、ウール、カシミアの商品を販売しています。どうぞ、覗いてみてください。

 

   

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「天空の草原のナンサ」

2022-04-16 14:33:53 | 映画とドラマと本と絵画

  モンゴル製品のお店、空飛ぶ羊のラクダやヤク、カシミアの製品を愛用するようになり、昨年実店舗ができてからは、アンティマキの焼き菓子を置いていただけることになりました。

  お店を主宰するモンゴル人のダリさんとも親しくなるにつれ、これまで全くと言っていいほど知らない国だったモンゴルが、急に近しい国になりました。

  そのモンゴルの映画を二つ、続けてみました。ひとつは、「天空の草原のナンサ」、もうひとつは同じ監督の「ラクダの涙」。「ラクダの涙」のほうが制作は先なのですが、先に2005年にできた「天空の草原のナンサ」を見ました。天空の草原のナンサ : 作品情報 - 映画.com (eiga.com)

  主人公は6歳の女の子ナンサです。町の学校に通っていて、お休みで戻ってきたところから物語は始まります。彼女は3人の子供の一番上。遊牧生活を営む両親と一緒に住んでいます。彼ら一家の日常の生活が淡々とつづられるのですが、彼女が草原の岩穴の中で犬を見つけたところから、物語らしくなります。ほぼ主食に近いと思われるチーズ作り、乾燥した家畜の糞で行う煮炊き、家畜の世話まどなど、日々の暮らしがとても興味深い。

  ナンサは、弟妹の世話だけでなく、母親の家事の手伝いもおこないます。その彼女が草原の岩穴で犬を拾ってきたことから、彼女の生活はいっぺんに潤いのあるものに変わります。父親からは飼うことを反対され、隠れて飼い続けるこの犬と彼女との交流が、映画の骨子となっていきます。

  ナンサをはじめとして弟妹、両親の演技があまりに自然なので、俳優ではないのだろうなとおもってみていたら、映画終了後のメイキングで、やはり彼らは実在のモンゴルの草原に住む遊牧民一家と明かされます。監督が大勢の家族の中から選んだのだそうです。

 現地の人たちの衣装を着た監督はナンサたちと遊びながら、演技に導く、ということを根気よく続けます。たぶん、子供たちは最後まで遊び続けたとしかおもっていないかもしれません。

 映画の最終場面は、一家が次の遊牧地あるいは街をめざして(遊牧をやめる、という話も出てくるので、どちらか不明)、移動するところ。夫婦二人でゲルをたたみ、数台の荷車に家財一式とゲルの部品とともに載せ、子供たちは荷車に、自分たちは馬に乗って、出発します。家畜も含めての移動なので、長い行列なのですが、一軒の家をバラバラにしてまた新たな場所で組み立てる、ということそのものがすごい。柱も覆った布?もタンスも縛るロープも、どれにも長い歴史と彼らの知恵を感じさせます。

  モーターバイクで町へ毛皮を売りに行った父親が、妻への土産にプラスチックの黄緑色の柄杓を買ってきます。妻はとても喜ぶのですが、子供たちがこの柄杓を家畜の乳を煮ている鍋の中に落として、変形させてしまいます。一見ずっと昔から変わらぬ生活を続けているように見えて、じつは少しずつ取り崩されるようにして見られる変化。その象徴的な出来事がさりげなく描かれています。でももちろんこの柄杓、捨てないで、犬の水入れになります。

  山も川もないずっと続く草原に住む人たちの暮らしぶりがよくわかる、いい映画でした。

  

  

  

  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「食の安全を守る人々」上映会と有機農法家・松澤政満さんの講演会を稲武で開催

2022-04-12 23:55:47 | 稲武のモノ・コト・ヒト・バ

  先月紹介した映画「食の安全を守る人々」(映画「食の安全を守る人々」 - アンティマキのいいかげん田舎暮らし (goo.ne.jp))の上映会を、6月26日、稲武交流館にて上映することが決まりました。主催は、昨年の谷口隆久さんの講演会同様、風の庭くらぶです。アンティマキも協力しています。

  以下、上映会のちらしの文章を転載いたします。

************

子どもたちの未来を大切に思う大人たちへ

『食の安全を守る人々』上映&講演会

人間にとって、身心ともに健康であるために必要な条件は、口に入れる食べ物が安全であること。食べ物がいくら十分にあっても、その食べ物が安全でなかったら?

今、日本では、「食の安全」が脅かされています。

『食の安全を守る人々』は、安心して暮らせる社会をつくりたいと願う人たち、とりわけ、未来を担う子供たちを大切に思う大人たちに、ぜひ見ていただきたい映画です。

【日時】2022年6月26日(日)13時~16時       

【会場】稲武交流館  豊田市稲武町竹ノ下1-1

 【会費】事前受付 1,000円(当日会場にてお支払い下さい)

    当日受付 1,300円(定員になりましたら当日受付は無しです)

     高校生以下無料 ただし、予約はしてください。

【定員】50名(定員になり次第、締切)

      お子さん連れの方は、子どもコーナーで一緒にご覧頂けますが

      人数が限られていますので、早めにお申し込みください。

【申込】メールにて(宛先:huzu@huzu.jp

①お名前(子どもは年齢も)②連絡先(携帯)③メールアドレスを記載の上、

送信してください。         

【映画】「食の安全を守る人々」とは

先進国では日本だけ大幅に規制緩和されているラウンドアップやネオニコチノ イド系農薬、世界的に始まったゲノム編集食品の流通、隣国の韓国で開始したオーガニックの給食。日本の食と日本人の健康は、今どうなっているの? マスコミではほとんど報道されない、食の裏側に迫るドキュメンタリー映画。監督:原村政樹・山田正彦(弁護士・元農林水産大臣)企画・制作:一般社団法人 心土不二

【講演】松沢政満氏(あいち有機農業推進ネットワーク代表・福津農園代表) 

静岡大学卒業後、14年勤務した食品会社(研究開発)を辞め、37年前、故郷愛知県新城市に帰農。代々の農業を継ぐ。環境運動にも積極的。自然循環に逆らうことなく、無理のない有機農業を実践。消費者との交流も積極的に行っている。

【協力】 アンティマキ・稲武地球子屋(てらこや)・てらぼら農園

【主催】風の庭くらぶ(豊田市野入町越田和2-5 高台の民家カフェ「風の庭」内)

【お問合せ】huzu@huzu.jpまたは風の庭くらぶ 土井(携帯:090-8566-2638)

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

甘夏ミカン使い切り講座を開きました。in暮らしの学校

2022-04-09 18:12:41 | アンティマキの焼き菓子とパン

  稲武には全く見かけない柑橘類。でも同じ愛知県でも、海辺近くの蒲郡や西尾を車で走っていると、庭先や畑の隅に鈴なりになっている甘夏ミカンや夏みかんなど木々をしばしば見かけます。

  昨日の暮らしの学校岡崎校での一日講習会は、同校のスタッフの家(西尾市)の甘夏ミカンを提供してもらって、アンティマキの甘夏ミカン使い切り講座を開きました。

   各班4人ずつで大きな甘夏5個を使います。まず2個は、まるごと甘夏ジャムに。捨てるのはへたと種と皮の汚れた部分だけ。

   洗った甘夏を大鍋に入れ、水をたっぷり入れて3,4回ゆでこぼししながら、柔らかくなるまでゆでます。柔らかくなり、苦みがさほど嫌でないくらいになったらざるにあけて半分に切ります。種を取ってざく切りにし、砂糖を入れて再びに火にかけます。砂糖の分量は、私はミカンの重量の30%。水気がだいぶ少なるなるまで煮ます。そしてフードプロセッサーにければ出来上がり。苦みの残った、新鮮な甘夏の風味たっぷりのジャムができあがります。捨てるところがほとんどないので、2個で、一人200g弱のジャムを5人分もつくることができました。

   かぼちゃの煮物のようなこちらは、ピール。3個分の甘夏の皮で作りました。こちらもとにかく手をかけない。皮を適当な大きさに切ったら、ジャム同様にゆでます。沸騰して10分ほどたったら、ざるにあけ、水を流しながら軽くもみ洗いします。これを数回繰り返すことで、苦みがかなり減ります。柔らかくなって、ほど良い苦みになったら、水を切って、砂糖を投入。私は皮の重量の3分の2ほどの砂糖を二回に分けて入れ、煮詰めます。汁が少し残るくらいのところで火を止め、味をしみこませます。このままでも好みの大きさの千切りにしてもみじん切りにしても。低温のオーブンで乾燥させると、甘いおやつになります。ジャム、ピールともに使った砂糖は、国産粗糖です。

  新タマネギのサラダには、甘夏の身をほぐしたものにとオリーブオイル、醤油を混ぜたドレッシングをかけて。お皿の向こうにあるのは、レモンカードならぬ甘夏カード風クリーム。甘夏の果汁にくず粉、豆乳、甜菜糖、塩をまず火にかけてよく混ぜ、ドロッとしてきたら、自家製レモンチェロと菜種油を入れたもの。くず粉の匂いが檸檬で消え、甘酸っぱいクリームができます。前日焼いたパンにつけて召し上がっていただきました。

   甘夏ジャムとココアパウダーを使ったクッキー。ほんのりした苦みがおいしい。

   いつものアンティマキのスコーンに、甘夏ピールを混ぜて焼きました。粉にはライ麦粉も入れました。

   作る種類が多いので、時間内に間に合うか心配でしたが、どれも手順は簡単なので、いつもの講習会より早い時間に昼ご飯にすることができました。この日参加してくださった方々の中に、なんとおふたりも「果物の中で一番好きなのが甘夏」という方がいらっしゃってびっくり。岡崎や西尾にお住まいの方で、自宅に甘夏の木があり、その加工法を知りたくて参加したという方も何人かお見えでした。

   スタッフの発案で実現したこの企画、好評を博しました。「使い切り」というのは、なかなかいい。来年以降も甘夏の提供が見込める限り、続けたいとおもいます。きょうは、蒲郡まで、毎年恒例の甘夏狩りにまいります。毎年かわらずいただけて、ありがたいことです。

  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

佐久島ウォーキング

2022-04-03 15:05:06 | 小さな旅

   昨年の夏と晩秋に次いで、先日3回目の佐久島訪問を果たしました。

   今回の目的は、ウォーキング。地図を手に、島の山側の道をあるくこと。

   春休みとあって、船は人でいっぱいでしたが、港に降り立って山への道を辿ると、私たちのほかには観光客の姿は全く見えなくなりました。山と言っても標高は30m。なだらかで歩きやすい美しい小道が続きます。

   ついた先は丹梨海岸。前に訪れたときも静かで気持ちのいい場所でしたが、きのうは干潮だったこともあって、海の生物をたくさん見ることができました。

   海藻三種。手前の緑色の藻はアオサだと思います。黒いひじきのようなのはアマモらしい。黄緑色の藻は不明。どれもちょっとずつ食べてみました。アオサがやはり一番おいしい。黄緑色の藻は苦みがありました。

   アマモはこの辺りにたくさんあった海藻だそうです。今はかなり減っているとか。

   たくさんのイソギンチャク。指を突っ込むと食われそうになります。左の石の壁に張り付いているのは、親玉? 緑色しています。

   イソギンチャクの卵? 石にへばりついています。

    小さいなかわいい花。浜にある草花は、どれも稲武辺りでは見ない雑草がほとんど。

   ハマダイコンです。若芽と葉と花を食べてみました。どれも大根の味がちゃんとします。根元を見ると、立派な大根ができていました。このハマダイコン、あちこちで群落を見ました。

   山椒の香りがするのですが、棘がすごい。なんとかザンショウとかいう名前なのでしょうか?

   海岸の岩にへばりつくように生えていたという植はツルナ。一見アイスプラント風。

   白いタンポポをはじめてみました。花も綿毛もやけに大きい。島で見る植物は、この辺にある草より大きく見えます。葉っぱも大きい。栄養が豊富なんでしょうか?  

 

   民家の庭先にアラメが干してありました。久しぶりに見たアラメ。昔は、昆布よりアラメのほうが、食卓に上ることが多かった。おせちの昆布巻きはアラメ巻きでした。20代のころ湘南海岸でアラメを拾って帰り、京都の下宿で煮て食べたことを思い出しました。昔は、昆布より下級の食材だったのですが、薄いので早く煮えるのがいいところ。だしは取れるのかしら。

   匂いタチツボスミレ。歩く道にたくさん群生しています。

   まだやわらかそうなサルトリイバラ。山帰来とサルトリイバラは違うものだそう。なんとなく同じだと思っていました。山帰来は中国産の外来種で葉が大きい。京都で食べていた麩饅頭は笹に包まれていましたが、三河に来て、山帰来の葉で包まれた麩饅頭を初めて食べました。

   シイ、おそらくスダジイだそうです。常緑樹も広葉樹もほぼ手付かずのこの森、昔は島民の薪炭を得る場所として大事な里山だったところなのでしょうが、いまは伸び放題となっています。

   カクレミノ。大きな葉です。

   こちらは、ひだまり広場にあるヤマモモ。ものすごく大きな木です。ヤマモモの大木は、森の中で何本も見ました。実のなる時期は壮観だろうな。 

  昨年夏に来たときは、山の小径は蚊が多くて往生しました。いまは、蚊も蛇も蜂もいないので、一番快適な時かもしれません。

   海岸べりにたぶん人の手で植えられた松。防風林なのでしょう。松くい虫の防除のため、薬が注入されています。

   オダマキのような葉っぱのヒメウズ。ヒメウズ属と一般には分類されているそうですが、オダマキ属に分類される場合もあるそう。ウズとは烏頭と書き、トリカブトのことだそう。花がトリカブトに似ていて、小さいことに由来するとか。目立たない花ですが、かわいい。

   シイの大木の下に一杯あったドングリ。こちらの山で見かける物より大きい。

     北の海岸を望む展望台から。

    葉の先がとがっているスミレを見つけました。マキノスミレというのだそうです。牧野富太郎命名のスミレ。

   ウラシマソウを初めてみました。ただのテンナンショウはうちの敷地内にも結構あるのですが、これはない。テンナンショウの花の先から長い紐のようなものが伸びているというだけで、浦島太郎を思い起こすとは、想像力がたくましいというか、つねになにかにこじつけて遊んでやろうという気もちが旺盛というか、とにかく感心します。

    木に巻き付いて、こんな鮮やかな実をつけているのは、風藤カヅラという植物。胡椒の近縁?だそうで、食べるとかすかにコショウの味がするのだとか。葉っぱをかじってみましたが、強い香りはするもののコショウとはいいがたかった。

   この島は縄文期から人が住んでいて、古墳時代には海を渡って交易する人たちで栄えていたのだそうです。だか、小さな島に古墳があちこちにあります。こちらもその一つ。石室がちゃんと残っています。

    アートの島として、ここ20年の間に佐久島は観光地としてずいぶん有名にはなりましたが、島の人口は、こちらの山間地域同様激減しています。島おこしのプロジェクトの一つとして再生した古民家・大場邸の中庭です。

   島に点在するアート建造物の中でもっとも有名なおひるねハウス。たしかに、波の音を聞きながらお昼寝するにはふさわしい場所です。    

   泥岩と砂岩が混じってできたという独特の地層。砂岩だから簡単に割れます。

   おひるねハウスから民家の間の細い路地を抜けて南の海岸べりを辿り、西港へ。早朝6時過ぎに稲武を出て、一色港発9時半の船に乗り、帰りは5時過ぎに一色港に到着。帰宅したのは8時半でした。往復にかなりの時間を費やしましたが、島では、のんびりと山歩き、海岸ベり歩きを楽しむことができました。

   小さな島ですが、一回だけでは到底巡り切れません。行きも帰りも、船は満員でしたが、私たちが歩いた道ではほとんど誰にも会うことはなく、心ゆくまで暖かい島の春をゆるゆると楽しむことができました。また違う季節に、ぜひとも出かけたいと思います。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アンティマキの草の庭の春

2022-04-02 17:18:26 | アンティマキの場所に生きる動植物

  昨年に比べたら、今年は春が来るのが遅いのですが、それでも、梅はもう満開。こちらに引っ越した18年前に比べたら、まだ早いほう。

 さて、私の草だらけの庭は、ただいまこんな様子です。

   だいぶほほけてきました。今年は、隣地との境の崖で、いくつかフキノトウを発見。近くの道の駅で購入したものとあわせて、何度か食しました。毎春、一度は食べたくなる食材です。

   うちで最初に咲く水仙。この八重の水仙ばかり増えています。

   やせ地でも数年頑張って生き延び、この2,3年前からやっと花が咲くようになりました。今年は花の数が多い。ドライフラワーができるというので、ただいま干しています。

   春先、寒冷地の山里の住人なら誰しも、無事、庭や畑の植物が冬を越してくれたかどうかとても気になることとおもいます。ほぼほったらかしの状態にしている私は、なおのこと、心配です。写真はたぶん、ハナズオウ。寒さだけでなく獣害に会いつつも生き延びた植物のひとつ。まだ小さいけれど、地に下ろして2年は経っているので、もう安心してもいいのかしら。

  こちらは昨年もらったビヨウヤナギ。何とか生きているようですが、草に負けそう。少しは手を入れてやらねば。

   シカに食べられたワサビ。半月ほど前は、右の小さい株だけ食われていたのに、今日見たら大きい株の葉も食い荒らされていました。以前は大事にして竹の枝で囲ったりしていましたが、特に荒らされることはなかったので、シカはワサビ嫌いなんだろうと高をくくってこの頃は何にも防備していませんでした。そうしたらこの始末。

   すぐそばにあるこちらの株は健在。

   やられるのは時間の問題みたいなので、周りに竹の枝をおきました。シカは腹が柔らかいので、傷つくことを恐れ、細い枝や棘のある枝を越えてまで食べようとはしない、と聞いたので気が付いたときに、こうして防備しています。

   すっかり食べられているナンテン。実だけでなく葉っぱも若芽もありません。

   稲武の野原はまだまだ冬景色。ほんのちょっとずつ緑の色が添えられてはじめたばかりです。今のうちに、蔓草や禾本科の枯草、野茨の新しい枝など刈っておくと後が楽なのですが、さあ、できるかしら。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする