アンティマキのいいかげん田舎暮らし

アンティマキは、愛知県北東部の山里にある、草木染めと焼き菓子の工房です。スローライフの忙しい日々を綴ります。

本「マイクロカプセル香害」(ジャパンマシニスト社)

2024-05-16 10:31:35 | 映画とドラマと本と絵画

  7,8年ほど前、私のパンと焼き菓子の会に参加した方から、はじめて化学物質過敏症の実体験の話をお聞きしました。

  彼女は、合成洗剤や柔軟剤を多量に使っていて、ある日突然、体調不良となり、まともに生活のできない状態になったといいます。でも、何が原因なのかまったくわからず、あれこれ調べてみてようやく病の原因が合成洗剤や柔軟剤にあることを知ったのだそうです。

  発症するまで、彼女は洗剤や柔軟剤そのほか合成香料の入った商品につけられた匂いが物足りず、どんどんきつい匂いのするものを探すようになり、行きついたのはすべてアメリカ製品だったといいます。

  原因を突き止めた彼女は、洗剤や柔軟剤のみならず、消臭剤そのほか類似の商品をすべて廃棄し、洗剤はシャボン玉石鹸の製品に替えました。「変えた途端、家族みんなに味覚がもどったのです」つまり、知らないうちに味覚も鈍感になっていたらしいのです。

  その会は、自然食品店の店内で開かれたものでしたが、件の参加者は、自分が化学物質過敏症とわかってからずっとその店の顧客となり、食生活にも気を配るようになりました。そして家族全員が健康になったとのこと。

  私自身は、ずいぶん前に石鹸洗剤に切り替え、柔軟剤は面倒ということもあって一度も使ったことがなく、消臭剤もたぶんほぼ買ったことがありません。でもはっきりと体に害が生じるからとは思っておらず、環境への負荷を気にしていただけなのですが、この話を聞いて、これはかなりたいへんなことがおきているぞ、と危惧を持ちました。

  この本「マイクロカプセル香害」は、200ページほどの変形の新書判なのですが、半分は香害被害者からとったアンケート結果を紹介しています。その内容は上述の、私が出会った人以上のひどさで、唖然とするばかり。

「ある瞬間から、すべての合成洗剤が使えなくなりました。現在も数十メートル先の公園からの柔軟剤臭で、家の中でさえ苦しい。まっすぐ歩行できず、呂律が回らなくなり、計算や文章や言葉の解読できなくなり、感情的になり家族に当たり散らしたこともありました」

「発症後は、全く別の体になったというか、普通の暮らしができない。香料で倒れます。筋肉硬直です。・・・全身に症状が50種類以上出ました。大量の鼻血が出たときは、ものすごく不安でした」

「夫や実家や義理の両親からの理解が得られず、夫婦喧嘩(過敏な私にうんざりした夫から離婚届を突き付けられた)が増えています」

「医者からは原因不明の「腸閉塞」の診断。ただし、胃腸の検査では何ら問題なしと。・・・症状は、喉のかすれ、痛み、めまい、鼻水、頭痛、胃腸の不調が月日を重ねるごとにひどくなっています」

「病気を公表してからママ友だったと思ってた人たちはだんだんと離れていきました。・・・(子供は)一緒に遊んでくれるお友達もほぼいないので、子どもはいつも「死にたい、もっと早く生まれていたらこんな病気にはならなかった」と漏らしています」

  小学生の子供から老人まで、発症の年齢はまちまち。それぞれ多種類の症状を抱えて不自由を囲っています。そして皆一様に周囲の理解が得られないことでさらなる苦痛を強いられています。

  ここ数年前からとみに増えてきた柔軟剤のテレビCM 。きれいな若い女性が海辺で立っているとそこに花びらがひらひらと散り、若いハンサムな男性が引き寄せられる、という映像もあったのではなかったかな。あの匂い、かなり強烈だと私は思うのですが、「いい匂い」と思うように、もう鼻が慣らされているのだろうと思います。

  柔軟剤も合成洗剤も消臭剤もみんな石油製品。香りを長持ちさせるためにマイクロカプセルなるものに香りの成分を閉じ込め、空中に飛散するようしかけてあるのだそう。そのカプセルの壁に使われている化学物質に、イソシアネートという「ごく希薄な吸入でもアレルギー性喘息や中枢神経系・心臓血管系の症状を引き起こす毒性化合物」があります。

  このイソシアネート、80年代に農薬の効果を持続させるために開発されたマイクロカプセルの中からこの毒物が生じたことがあったらしく、被害を訴える人がいたそうなのですが、確定的な証拠がないことを理由に、そのままに。ただし今は、もしかしたら危険性を知った消費者の声に製造会社が敏感に反応して、ほかの物質に替えている可能性もあるかもしれないとのことです。でもだからといって、危険性がなくなったわけではありません。

  農薬といい、こうした化学合成剤といい、日本は先進国の中ではかなり規制が緩いこともかかれています。

  嗅覚というのは、五感の中でもっとも原始的な感覚だと言われています。味覚や聴覚、視覚が現代人はかなり衰えていますが、そこにもってきて、さらに嗅覚までだめになったら、身を守ることができなくなってしまう。土をいじることから遠ざかっているので、触覚も駄目になっていそう。

  私の友人たちのなかにも、仕事先で支給された制服の匂いに耐えられなくて仕事を続けられなくなった人や、整髪料などの香料の匂いに耐えられなくて頭痛に悩んだといった経験を持つ人がけっこういます。この本は表紙に、「緊急出版」とあります。さらに「明日、あたらしいマスクが必要になる だれか、助けろ あの子をいますぐ」とも書かれています。

  過敏症になった人には、毒ガス用のマスクでも付けないと、つらくて生きていられないほどの事態となっている現実を、多くの人に知ってほしいものです。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

旭地区さくら村の石窯で遊びました。

2024-05-16 00:53:59 | 手作りのたべもの
  一昨日は、旧ガキ大将養成講座、現あそびまNAVIの拠点・さくら村で石窯遊びの会でした。焼いたのは、日曜日に続いてアンティマキの草の庭で採取した野草と山菜。ただし、こちらは味噌ソースで。
 
  ウドの新芽と柔らかい茎、ミツバ、セリ、ミョウガタケ。お茶はカキドオシとヨモギとローズマリーとアップルミント。先日よりもさらに緑をたくさん載せました。味噌ソースはいつものトマトソース同様、自家製みそにみりんと水をどぼどぼ入れて、ほんの少しの粗糖を。そこにいりごま投入。火にかけなくても十分おいしい味噌ソースができあがりました。
苦いと思えたウドの新芽や茎に子の味噌ソースをつけて、参加した友人の4歳の男の子までがパクパク。彼はなんと山菜だらけのピザも平気で食べてくれました。
 
  焼き菓子は、米ぬか入りのカレークッキーとココアクッキー。名倉三川農園の無農薬栽培の米ぬかは、そのままでも甘い。この糠を窯に入れて軽く炒ると、さらに香ばしく甘くなりました。それも生地に入れて薄く伸ばして焼いたクッキーは、お菓子というよりつまみ。窯で焼くとオーブンよりも水分がぱっと抜けるのか、なんだかいつもより軽い食感の気がします。
 
  青空の下で、作りながら火を見ながら焼きながら交わされる話題は結構重い。学校のこと、勉強のこと、添加物や香害のこと。重いけれど笑い声もたっぷりあって、心地よく楽しい時間でした。
 
  来月は、長らくさくら村石窯の会のスタッフを務めてくれた方が他国へ移住のため、彼女を囲む会を開きます。わたしが焼いたパンと参加者持ち寄りの食べ物でお昼ごはんにし、あとは朝から2,3種類の焼き菓子を焼く予定。来月もその後も、あそびまNAVIの会員、ガキ大将の旧会員以外に、空きがあって、会員旧会員のご紹介があればビジター参加も可能です。お問い合わせください。
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「揚げ餅を塩だけで味付けしました」という名のかきもちのこと

2024-05-16 00:05:05 | たべもの
  きのうはちょっと時間があったので、やまのぶ店内のお菓子コーナーを見てまわりました。買うのが目的というより、勉強。一般受けするお菓子の種類や原材料を知るため。そのなかに、「揚げ餅をお塩だけで味付けしました」という名のかきもちがありました。
 
  原材料表示を見たら、材料は国産もち米とこめ油と塩だけ。隣には同じメーカーの、たしか「・・・・醤油と砂糖だけで味付けしました」という名のお菓子も並んでいました。株式会社丸井スズキの製品です。
 
  やまのぶでは、ごんべいの里コーナーにあるおかきシリーズはときどき買いますが、一般の売り場にこんなのがまぎれていたのを発見できて、うれしい。味はごくシンプル。値段は安め。一緒に陳列されている他のもっと高いおかきには、添加物が山ほど入っていました。
 
  粗悪な原材料を添加物でごまかして味付けし、安い価格で売る、というなら理屈は通る。そうしたいメーカーの意向は十分理解できます。
 
  でも、米と油と塩がある程度ちゃんとしていたら、なんで値段を高くしてまで、ごちゃごちゃ味付けしなくちゃいけないのか。かえって持ち味を損なうのに、と私は思うのですが、たぶん、私には余分に思える味付けが、おいしいと思えるからなのでしょう。
 
  先日、子育て真っ最中のおかあさんたちから聞いた、添加物まみれのベビーフードの話を思い出しました。離乳食の時代から人工的な味付けになれていたら、塩と米と油だけのおかきがおいしいとは思えなくなるのでしょう。と、ここまで来て納得。
 
  そのお母さんのうちの一人の子供たちは、わたしの作る玄米おかき(材料:名倉三川農園産の無農薬玄米もち米、国産粗糖、海塩)がことのほか好きだそう。うれしく、ありがたく、そして彼らの味覚に、改めて敬意を抱いたことでした。その味覚を作ったお母さんにも。
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

どんぐり工房で石窯ピザと草木染めの会を開催。

2024-05-15 00:56:01 | 草木染め
  日曜日、どんぐり工房で石窯ピザと草木染めの会を開きました。
  
  3月に開いたすげの里での石窯ピザと染めの会が好評だったので、今度は地元稲武の石窯を使って開催。一日でふたつのお楽しみを満喫していただく講座です。
 
  ピザには、今を盛りと生い茂る山菜と野草をトッピング。前日、アンティマキの草の庭にて採取したのはウドの芽とミツバ、ミョウガタケ、カキドオシ、淡竹、桑。窯とピザ担当のキヨミさんはオレガノとセリを持参。みずみずしい初夏の香り満載のピザを焼きました。
 
  生でかじってみたウドはかなり苦くてえぐくて、少しだけにしたほうが無難だなと思いましたが、いざ焼いてみると、ウドが最も山菜らしい香りを放っていて、しかも苦みは皆無。大好評でした。カキドオシと桑は、レモングラスと一緒にお茶に。こちらもたくさんお替りしていただけました。
 
  染めは、タカキビの殻。ずいぶん前にいただいた殻を大事に大事に使っていましたが、保管している間に色が変わってきたようで、今回は、いつもより橙色の勝ったいろになりました。持ち込みの布での染めをしたので、濃染処理から行いました。だから時間はかかったものの、お持ちの布の素材、織り方や厚さ薄さ、形がそれぞれ違うので、その分、色合いも微妙に異なりました。
 
  わたしが染めたのは半襟二枚。どちらも古いものなのですが、一つは絹、もう一つは化繊の混紡らしくて、かなりの色の違いに驚きます。最後の写真は絹の靴下。模様の面白さが生きています。
 
  石窯ピザと染めの会、今回も好評をいただいたので、また開くことにしました。次回は、夏8月に。インド藍と石窯ピザの会とします。追って告知いたします。
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

もらいもの着物生活

2024-05-09 23:29:41 | アンティマキ風自然的生活
  1年半ほどまえから、月一回の着物着付けの練習ています。先生になってくれているのは友人なので、かなり気楽にたのしく通っています。でもなかなか身につきません。物覚えがどんどん悪くなり、年のせいで体の動きが鈍くなったことも大きい。
 
  今日は、半幅帯で貝ノ口と士結びの復習と、カルタ結びの確認。お太鼓の練習もしました。このひと月、一回着ただけだったので、朝の着付けはでたらめ。なんとか脱げずにほどけずに、教えてくれる友人宅まで行くのが精一杯でした。
 
  寒い間は、羽織を着るとかコートを着るとか襟もとにショールやストールを巻きつけるとかしてごまかせたけれど、暖かくなってそうはいかなくなりました。いかなくなったぶん、必然的に着物を着る回数は減り、そしてひと月のうちに、着方も結び方も忘れるという悪循環になりかけています。
  張りのある木綿の着物とかわいい名古屋帯。どちらももらいものなのですが、なかなかぴったり合っています。明日の外出はこの格好ででかけたい。でも、たぶん、カルタ結びでお茶を濁して、肌寒くなりそうなのをいいことに、首元に何か巻いて出かけることになりそうです。それでも着ないよりましと思うことにいたします。だけど、暑くなったらどうしよう。
  着物を着て出かけるという行為はまだまだ気軽にできませんが、着物に対する愛着はどんどん湧いてきています。母の着物、叔母たちの着物、友人の着物、どこかの誰かが着ていた着物などなど、この1年でタンスの中が一気に豊かになりました。どれもみな、当然ながら手縫い。わたしには気が遠くなるような手間をかけて、一枚の着物ができています。そしてその着物が仕立てられる前の、反物になるまでのこれまたなが~い工程。
 
  わたしのところにやってきた着物は、多分ほとんどが、長いことタンスの中にしまいっぱなしだったと思われるものばかり。よく見ると、染みがついていたり、小さな穴が開いていたりしているものもあります。高いお金を出して洗いに出す余裕はないので、とにかく今年の夏は、初めてのことですが、虫干しというものをしようと思います。
 
  以前は、着物を畳むことすら億劫でしたが、いまはこれらの着物を丁寧に畳んで畳紙にくるんでしまうという行為そのものに携わるのが、何だかうれしい。日々の忙しさに紛れ、そしてずぼらな性格が輪をかけて、きちんと丁寧にものを扱うことにあまり心を砕いてこなかったのですが、着物を着るようになってから、ちょっとだけ変ったような気がします。
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はじめてのどら焼き

2024-05-09 00:38:26 | 手作りのたべもの
  はじめてどら焼きを作りました。
 
  餡は、小豆:黒砂糖+粗糖=2:1。灰汁はとらないで塩を効かせて砂糖を入れた粒餡です。ネットで見たら、ほんとは、どら焼きは「「三同割(さんどうわり)(小麦粉、卵、砂糖が同量の配合の総称)」をどら焼きの基本配合」と、和菓子屋はしているのですね。
 
  カステラにあんこをはさんだもの、というのがどら焼きらしい。だから想像以上に卵を入れる。だけど、わたしは、卵は3分の2に、砂糖は半量に押さえました。だからと思いますが、家人の切望する「ふわふわのどら焼き」にはなりませんでした。泡立て方が足らなかったということもあるのですが、卵と砂糖の不足が原因なのでしょう。
 
  でも、甘くない分食べやすい。熱いほうじ茶を入れて、2個も食べてしまいました。固さはともかく、味は私の好みの甘さになりました。
 
  ところで、どら焼きというのは「銅鑼」の形だからとばかり思っていましたが、銅鑼のような銅鍋て焼いたから、あるいはほんとに銅鑼の上で焼いたからこの名がついたという説があるそう。
 
  わたしはホットプレートを使いましたが、火加減しだいで焼き色が全然違いました。一般のどら焼きのあの薄茶色に全体がかわったのはほんの数枚だけでした。きっと銅鍋で焼いたら、きれいな焼き色がつくのだろうな。
 
  残りのあんこは冷凍したので、また作ってみよう。今度は「三同割」にするか?いやきっとしません。
 
  私は子供のころ、どら焼きなるものを食べた記憶がほとんどありません。卵が安くはなかったから、家で作るということはなかったろうと思いますが、土産やたまの贅沢で食べたのは、あんまきか大判焼きで、どら焼きではなかった。家でおやつに焼いていたのは、今川焼。卍の印のついた、アルミ製の焼き器が、今も台所の片隅に残っています。鯛焼きもこちらの類のおやつだとおもうので、卵も砂糖もたっぷり入ったどら焼きとはちょっと違います。ちゃんとした和菓子屋で売っているようなので、やはり少し高級品なのでしょう。
 
 
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

本「姫神の本~聖なるヒメと巫女の霊力」(学研)

2024-05-07 15:16:57 | 映画とドラマと本と絵画

  しばらく前に読んだ本ですが、ささっと教養を身に着けるにちょうどいい本だとおもいます。

  日本で男女同権となったのは先の大戦後。他の先進国でも女子に参政権が与えられたのは思いのほか後年のことで、世界中の民族が宗教の違いはあれ、おおむね男尊女卑の社会だったというのが、大方の認識だと思います。

  でも、単純に同一視していいのかなとずっと思っていました。山の国、日本では、山の神は女神。こちらに来て一度だけ参加したことのある「山の講」というお祭の際に、集落の山の神の住むという山中に供え物を持っていくのは男性と決まっています。女性が行くと神が嫉妬するから、と言われています。

  最近はいわないだろうけれど、しばらくまえまでは、夫が妻のことを「うちの山の神」と半ばふざけていっていました。夫が恐妻家のふりをしても馬鹿にされないのが日本という社会。そもそも、皇祖神とされるアマテラスオオミカミは女神です。

  もやもやしていたのが、このガイドブック的教養本を読んでちょっと頭の中が整理されました。

  「天照大神を皇祖神に戴くこの国は、「女神の佑わう国」でもあった。女神や巫女たちの大いなる活躍は前章で書かれているとおりだが、その女神たちが零落し、この国が「ほとけの佑わう国」へと変わっていったのは、いうまでもなく仏教の浸透による」

  「女性の地位の著しい後退にくわえて、平安時代からさかんになってくる穢れの思想が、さらに女たちを救いのない境遇へと追いやった」

  「成仏することも自立的に生きることも許されず、「三界に家なし」といわれて世界そのものから疎外された女性の境遇は、そのまま女神の境遇へとスライドされていき、かつて日本各地の海や山に満ちていた名もない女神たちから、多くの聖性を奪っていった」

  女神たちは零落して物の怪へ。もともとは神と同意であった「鬼」ということばは、「醜い邪悪な妖怪の呼称」へと変わり、「女性と近しい妖怪」とされるようになったといいます。山姥とか鬼婆とかは、女神が「魔の世界に住み替えていった」姿のようです。

  しかし、女性が神に近いところにいる、という認識は完全には滅びることなく、神の言葉を伝える巫女やユタ、ノロ、イタコとなって、つい最近まで庶民の根強い信仰にささえられて、大きな役割を果たしていました。

  イスラム教の経典で女性がどう扱われているかは知りませんが、旧約聖書では、イブはアダムの肋骨から神が作った存在。部品なのです。仏教では、女性には「五障」があるため修業の妨げとなるとされ、寺では禁制とされました。ただし、日本の場合は、神道が仏教と習合して生き延びたため、その分、女性はか弱くて男性に庇護されるしかない存在という考えは、西洋ほど強くはならなかったのではないかと想像します。それが幸いだったかどうかはさておき、歴史的経緯はある程度知っておかないと、どこかでまちがえてしまうのではないかと危惧することが多いので、ちょっとだけ紹介しました。

  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

どんぐり工房での草木染め展のご案内②

2024-05-07 09:15:57 | 草木染め
  昨日は、染め展開催中のどんぐり工房へ。前日の5日と打って変わって、どんぐりの里周辺は静か。わたしのいでたちは、ほぼ草木染めで、そろえてみました。
 
  バンダナとカーディガンはログウッド。首に巻いているのはタカキビ、黄色いシャツは、カラスノエンドウとヨモギ。大きな前掛けは、黄色系の染めを鉄媒染しました。下から覗いているパンツは、何だったか覚えていませんが、やはり黄色系のたぶん銅媒染。黄色いシャツと前掛けをのぞいて、すべて何度も重ね染めしたものです。
 
  厚地の綿のカーディガンは、もともとは生成り。茜で染めて着ていたのですが、部分的に汚れたりあせたりしてかなり見っともなくなりました。そのまま数年放置。先月はじめてログウッド染めをした折に染液に投入。銅媒染と鉄媒染で、青みを帯びた黒っぽい色になりました。蘇りました。気に入っています。
 
  「野に咲く花々や木々の葉の色が全体的に調和しているように、自然の素材から生まれた色は、決して反発しあうことはありません」とは、昔取材した京都の染色家の言葉。色を合わせたときに、草木染めならではの真価を発揮すると私も思います。草木染めした服だと、コーディネイトしやすいように思います。
 
  展示会では、ガラ紡績機で紡いだ糸を草木染めしたもので編んだタワシもたくさん置いています。アクリルたわしは洗剤がなくても汚れが落ちやすい優れものですが、空気中にマイクロプラスチックを飛散します。こちらのタワシはその心配のないエコ商品。手でぎゅっとつかむと、ほわっとした温かみを感じます。アクリルタワシに比べてしなやかさに少々かけますが、意外に耐久性があり、ほぼ同様に使えます。
  絹や綿の端切れもいろいろ。普通なら四角に切りそろえるところをあえて切り落さずに販売しています。小さな端切れも何かに使えるかもしれないと思って。染めの端切れだけを使ってパッチワーク作家が作ったポシェットや袋も飾ってあります。ご覧ください。
  「山里からのおくりもの~草木染め3人展」は19日まで。私の次の在廊日は最終日19日の予定です。12日は、工房の庭で石窯ピザと草木染めの会を開いています。その他の日も、ときどき覗く予定です。野々山さんは、12日、15日、19日に、ガラ紡績機実演をなさいます。お問い合わせは、どんぐり工房へ。℡ 0565833838
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

稲武プレーパークでちょっとだけ遊びました。

2024-05-06 00:08:59 | 稲武のモノ・コト・ヒト・バ
  稲武プレーパークで初体験した写真のこれ。名前を知らないのですが、ラインの上に乗って、普通は一人ずつ歩いたり雑技団のようなことをしたりするらしい。乗るくらいなら、つかむところがあるから大丈夫だよなと思って乗りました。とたんに子供たちが揺らす揺らす。ぎゃあぎゃあ言ってしがみついてました。落ちずに済んでよかった! 
 
  子供たちから強く勧められたジップラインは固辞。辿り着いた先でまともに木にぶち当たりそうで怖かったから。運動神経の極度に鈍い子供だった私、取りかえすには遅すぎるけれど、ちょっとだけいいとこどりしてみたい。きょうはちょっとできたかな。
 
  稲武プレーパークは環境抜群。どんぐりの里から歩いていけます。車でも。そして、なんと2か所のプレイパークが歩いて行ける距離にあるというぜいたくさ。今日は夏を過ごすに最適の場所を見学。ビオトープも立派な東屋もあるのです。
 
  それなのに、なぜか子供は少ない。遊べ!子供!今だけですよ!
*稲武プレーパーク https://www.facebook.com/people/%E7%A8%B2%E6%AD%A6%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AF/100067480758972/
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

稲武の低山・押山に登りました。

2024-05-05 00:54:03 | 稲武のモノ・コト・ヒト・バ
  きのうは、稲武地区の低山、押山へ。 この山には二度ほど登ったことがあるのですが、いずれも峯山の集落から20分ほど歩いただけで頂上に到着。 あっけないくらい近いのに眺望がよくてびっくりする山なのですが、きのうは押山の集落から1時間以上かけて、登りました。
 
  道中、一応道はあるのですが、整備はされておらず、​細い谷筋を歩く感じ。 たまにしか歩かない身には結構きつい山道でした。 でも、人工林なのに植物は豊かで、あちこち新緑の木々や草に目を奪われながら、ゆっくり歩きました。
 
  写真1枚目はダンコウバイ。 檀香梅と書くのだそうで、字の通り上品な香りにうっとり。 この葉っぱで芳香蒸留水を作りたい。
 
  小ぶりのテンナンショウをたくさん見ました。 この草は、あるときまで雄で、途中から雌に変化する変った植物だそう。 雄である間は、花の下の方にある小さな出口から、受粉した虫が外へ出て雌の花の中へ。 ところが、 雌の花の中に入った虫は雄の花のような出口がないので、花粉まみれになって息絶える。 そこで見事花は実となり子孫を残す、ということなのだそうです。 うまくできている!
 
  陽の差し具合がちょうどいいのか、日本茜もたくさん見ました。 そのうち立派な群落がいくつもできそうです。 コアジサイが両側にずらっと育っている場所も。 あと2週間ほどしたら、花の盛りになりそうです。 そのころ、見に行きたい! 今だけ赤っぽくなるクジャクシダもそこここで見かけました。
 
  頂上の展望はやはり抜群です。 さわやかな五月の風に吹かれながら昼食を。 ふと足元を見ると、小さな木の苗があちこちで育っています。 樹木に詳しい友人が図鑑片手に調べて見つけたのは、ヤマナラシ。近くに大木が見つかりました。 風にしなって山鳴りのようなおとがする?ので、この名がついたとか。
 
  帰りは来た道を戻ったのですが、急坂なので足がかなり緊張。 登りの時ほど汗はかきませんでしたが、油断するとずるずる滑り落ちそうでちょっと怖かった。
 
  帰りの車の中で突然ものすごい喉の渇きを感じて、同行した友人たちとヒトトキへ。 席に座るなり、立て続けにコップ3杯の水をがぶ飲み。 その後さらに2,3杯飲み、そのうえ、コーヒーフロートをいただきました。こんなに水をいっぺんに摂るなんて久しくなかったことです。結構水分補給したつもりがまだまだ足りなかったらしい。
 
  しばらくして右足を折って椅子に載せようとした途端、太ももがつり、足をどちらに動かしても痛くて立てそうになくなりました。 足の付け根、太もも、脛をさすったり押さえたりして、だいぶたってやっと平常に。 太ももがつるなんて初めて。 下山のおりに足に相当負荷をかけたみたい。 気をつけなくちゃ。
 
  
  
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする