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アンティマキのいいかげん田舎暮らし

アンティマキは、愛知県北東部の山里にある、草木染めと焼き菓子の工房です。スローライフの忙しい日々を綴ります。

映画「村八分」を見ました。

2022-07-12 11:07:57 | 映画とドラマと本と絵画

 1953年に作られた日本映画「村八分」村八分 (映画) - Wikipediaを見ました。この映画は、その前年、1952年に静岡県の山村で起きた選挙違反事件とその後の事件静岡県上野村村八分事件 - Wikipediaをほぼそのまま映画化したもの。主演は中原早苗。山村聡、殿山泰司、音羽信子そのほか、有名俳優がたくさん出演している社会派映画です。

  参議院議員の選挙が行われた直後、新聞社に一通の手紙が舞い込みます。それは、ある村全体で行われた大規模な選挙違反事件を告発するものでした。送り主は地元の女子高校生。彼女は母親から、隣組組長らがあらかじめ不在者の投票券を各戸から集めて、選挙当日は、村人たちが、その集めた投票用紙に区長や役場の職員から指示された候補者の名前を書き、何度も投票する様子を目撃した、という話を聞かされました。

  実は2年前、彼女が中学生だったころも衆議院選挙の折に同様のことがあり、彼女はそのことを作文(実際は学校新聞らしい)に書いて校長からほめられたのですが、しばらくあと、校長の態度が急変。生徒たち全員が持っていた作文?新聞?を学校に出すよう求められ、焼き捨てられた、という事件を経験しています。

  そのため、彼女はこの問題を学校に知らせることなく、新聞社に投書することを選びました。すぐさま支局員が村に入り取材を開始します。その新聞記者が山村聡。投書した女子高生や一家への取材、役場への取材などから彼は投書が事実であったことを確信し、新聞に掲載します。すぐに警察が動き、村人たちを連行します。村は大騒動となります。

   一方警察は彼女の思想を問題にし(赤化しているのではないかとうたがったのです)、彼女は高校の校長に呼び出されます。その時の校長の言うことが振るっています。「世の中には法よりも道徳が上にくることがある」つまり、村の中での「道徳」のほうが法律より大事だと暗にほのめかしたわけです。

   役場や有力者の言いなりになってさしたる後ろめたさもなく選挙違反に連座した村人たちは、主人公のせいでとんでもないめにあったと考え、主人公一家を村八分にします。耕作の季節なのに、いつも馬を貸してくれていた家が貸してくれなくなり、一家は鍬や備中で耕すしかなくなります。当時はほとんどの家がつけで物を買っていましたが、それもきかなくなります。結の手伝いも一切協力は仰げなくなったことでしょう。父親はやけになり、村を出ていくとまでいい出します。

   このひどい村八分の状態が、またまた新聞社によりスクープされて、全国から注目を集めます。法務局まで調べにきて、村人一人一人に話を聞きますが、なかなか真相は明らかにならない。村の有力者に飼われているごろつきのような人たちが目を光らせていることもあり、彼らは互いに罪を擦り付けあうだけで、反省することはありません。

   けれども、映画の最後は希望の光が見えたところで終わり。ただし、この終わり方は甘すぎる。当時はこれでよかったのでしょうが。

   最初と最後に映し出される映像は表現主義的。そしてかかる音楽は、ロシア民謡「仕事の歌」。「ゴジラ」の音楽を担当した伊福部昭が音楽担当なので、わたしのおもいすごしか、なんだかゴジラがでてきそうなおどろおどろしい曲になっています。

   あったことをほぼ忠実に再現した映画。監督は知らない人ですが、脚本は新藤兼人。53年といえば、サンフランシスコ講和条約が結ばれて日本が一応の独立を果たした直後のころ。アメリカでは赤狩りが盛んな時でしたが、日本の映画業界~独立プロでは、こうした民主主義的な社会派の映画が結構作られていました。

   事件が起きたのは戦争が終わって7年後。農地改革が断行され、農村は大幅に変わったはずですが、映画に登場する村の百姓たちの姿はまずしくてみすぼらしい。日々の生活に追われ、なにかあると、有力者の言いなりになるしかすべがない。そしてそれを疑問にも思わない。

   いかにも古い昔の話のようなのですが、こちらに来て、日本の農村には、いまだにこの70年前のような古い習慣というか遺制があるなと思われる場面に、何度か遭遇しました。

   ある老人は私に向かって、「田舎の法律と村の法律は違う」とうそぶきました。別の中年男性は、「郷に入れば郷に従え、だ」と強い口調でいいました。どちらも、こちらが「どういうことですか?」と聞き返したら黙ってしまいました。私には理解しがたい、かたくなな気持ちがあるらしいことが伺われました。

  この映画、かなり地味だし、古いので録音も悪いのか聞き取れない箇所もあるのですが、ぜひとも子供たちには見てほしい。この映画で描かれたような村の雰囲気が、何十年もたった今でも、はっきり拭い去られているとは思えないからです。もしかしたら、色濃く残っているのは農村だけではないかもしれません。

 

 

 

 

 

 

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映画「マーシャル法廷を変えた男」

2022-07-10 11:20:49 | 映画とドラマと本と絵画

   1941年、実際にあった話を元に作られた映画。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB_%E6%B3%95%E5%BB%B7%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%81%9F%E7%94%B7富裕層の家に雇われていた黒人男性が、その家の夫人をレイプし、川に投げ込んだという事件が起き、全米黒人地位向上協会の弁護士マーシャルがその地に派遣されるというところから話が始まります。

   彼は当地の白人弁護士と組んで法廷に臨むのですが、他州から来た弁護士は法廷で発言できないという法律を縦にとって裁判長は彼の弁論を拒否。そこで、彼は保険会計の民事裁判しか経験のない白人弁護士を半ばケンカ腰で教育。弱腰だった白人弁護士は、ユダヤ人。ドイツによるユダヤ人排斥の報を聞くにつれ、次第に黒人差別が他人事でなくなっていきます。

   被告そのものの虚偽証言もあって、裁判は難航。でも、最後は勝訴します。実在の人物マーシャルは、黒人としては初めて最高裁の判事にまでのぼったひとだそう。

   映画は地味だけれど、証人、被告、原告、弁護士、検察側、陪審員、裁判長それぞれの描き方が単純でややこしいところがなく、見ていてすっきりしました。疲れていたのですが、元気が出ました。

   かったるいところもあるのですが、筋の通った弁論が勝利する様子を見るのは気持ちいい。主人公の弁護士が、弁論の技術だけでなく、陪審員の小さな素振りやなんでもない言葉から読み取るすべも心得ていて、卓越していた人だったのだなと想像できました。

   

  

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映画「赤い闇~スターリンの冷たい大地」

2022-06-15 17:43:27 | 映画とドラマと本と絵画

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから知った映画。赤い闇 スターリンの冷たい大地で - Wikipedia「バトル・フィールド」バトル・フィールド クルーティの戦い - アンティマキのいいかげん田舎暮らし (goo.ne.jp)のあと、2020年にできたばかりの映画です。「バトル・フィールド」同様、ウクライナはかねてよりロシアの脅威をひしひしと感じ、100年近く前のホロドモールホロドモール - Wikipediaをえがいて、大国ロシア(ソ連)との間に何があったのかを国民に知らせ、愛国心を鼓舞しようとした映画の一つのようです。

  この、100年前の飢餓は、高校の世界史の教科書にでてきました。スターリンの農業生産に関する計画がうまくいかず、肥沃な土地であるはずのウクライナ地方に多大の犠牲者を出した、と習った記憶があります。

  映画は、実在のイギリスの若い外交官が主人公。ウクライナの飢餓の実態をほの聞き、単身潜入して飢えにあえぐ村や町の様子を見て回り、自らも死に瀕しながらカメラに収め、記録をつづります。

  寒村で行き倒れ、気が付いたら子供たちに看病を受けていた彼。出されたスープの中の肉が、子供たちの兄の肉だと知り、嘔吐します。映画では出てきませんでしたが、当時街では市場で人肉が売られていたとか。

  ホロドモールは、凶作が続いた上に、とくにウクライナの農家から強制的に大量の穀物を供出させたり、計画経済を推進するため富農や自作農から、土地も種もとり上げたりしたために起きた飢餓といわれていますが、ソ連は、スターリン死後も、この飢餓はソ連全土に起きたことで、ウクライナにのみ人為的に起こされたものではないと否定しているそうです。

  主人公の告発によって、西側はソ連がウクライナに何をしたか知ることになります。でも、第二次大戦直前の一触即発の状態であったヨーロッパでは、積極的にソ連を批判することに躊躇。主人公と最終的に敵対するアメリカ人ジャーナリストは、スターリンの経済政策などを著作にまとめ、ピューリッツア賞を受賞します。

  映画は暗くて重くて、苦しい。苛政は虎よりも猛し。ウクライナの村で、子供たちや老人が、貧しく苦しい境遇を吐き出すように歌う声と歌詞が印象的でした。

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バトル・フィールド クルーティの戦い

2022-04-26 17:14:27 | 映画とドラマと本と絵画

 2019年にできたウクライナの映画。ソビエト連邦下では一つの国だった1930年代に起きた、ホロドモールと呼ばれる大飢饉を描いた「赤い闇~スターリンの冷たい大地」を見たくてさがしていたら、見つけた映画です。https://movies.yahoo.co.jp/movie/370630/

 ロシアのウクライナ侵攻が始まるまでは、ウクライナについては「肥沃な大地の農業国」「ドネツク炭田のある資源に恵まれた国」、ソ連時代計画経済に失敗して、ウクライナの人々を苦しめた(これがホロドモールと呼ばれる事件だと最近知りました)といった程度の知識しかありませんでした。

  侵攻が始まって最初のころは、マスメディアで報道される情報しか知らなかったのですが、しだいに、ネットで相反する情報を目にするようになり、フェイクも多分に交じっているとおもわれるため、信頼できそうな情報を探すのに、結構苦労しています。

  この映画は、100年以上前の、成立したてのソ連軍によって、ウクライナが侵攻を受けたその緒戦の事件を描いたものです。

  舞台は1917年、ロシア帝国が崩壊し、帝国に吸収されていたウクライナはようやく独立を果たします。しかし、まもなく、新しく政権を握ったソ連政府の軍~赤軍がウクライナ奪還を目指します。この映画は、キエフ大学で志願兵を募り、たった1週間の訓練で前線に連れていかれた新米兵士たちを追ったもの。

  ソ連軍4000名に対し、ウクライナ軍は400名。うち300名が学徒兵だったそうです。死闘の末、とりあえずソ連軍を追い返すことはできましたが、死者負傷者は多く、捕虜になった30名近くの兵は、殺されます。

  映画では、フィクションも交えて進むのですが、ウクライナ政府や軍が、レーニンとの不和が始まりつつあったトロツキーやドイツに支援を求めようと画策する様子も描かれます。でも、詳細な経緯がわからないからなのか、映画のなかではその画策の内実がよくわかりません。10月革命の直後のことで、この戦いの後、数年後、ウクライナはソ連邦に組み込まれます。

  最初のシーンはこの激戦の跡地。跡地にはモニュメントらしいものが建っています。ウィキペディアによれば、このモニュメントが建ったのはソ連崩壊後のこと。ソ連時代は、ずっとこの戦いについては、隠されていたそうです。

  ソ連にしてみれば、不安定な国内の混乱に乗じて、欧米列強がロシアを狙って向かってくるのは必至。だからいち早くロシア帝国時代の国境まで広げ、とりあえず外国の侵略を防ぎたかったのでしょう。

  いままさに起きていることとほぼ同じことが、100年前にすでに起きていたとおもわざるをえません。NATOの拡大を脅威に感じたロシアとロシアの拡大を怖がるウクライナ。

  この映画と「赤い闇」、ともにできたのはつい2、3年前。ウクライナでは、ロシアの脅威を如実に感じていたから、国民の民族意識を目覚めさせるようなこうした映画が作られたのでしょう。

  戦闘シーンは、まるで悪夢のように撮ってあります。リアリティが少ない。わざとそうしたようにも思えます。でもその分、全体に悲しみに覆われているように思えました。私がそう感じるのは、たぶんこんなときだからでしょう。撮り方はいたってオーソドックス。ほとんど知らなかったウクライナの歴史の一端の勉強になりました。

  ところで、敵のソ連軍の指揮官の顔は、現在のロシアの大統領によく似ています。あざとい。

 

  

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映画「ザ・トゥルー・コスト」

2022-04-18 14:47:58 | 映画とドラマと本と絵画

  昨年の今頃「バングラデシュの衣料工場で働く若い女工たち」という映画を見てから、ずっと見たいと思っていた映画「ザ・トゥルー・コスト」をやっと見ることができました。映画「バングラデシュの衣料工場で働く若い女工たち」 - アンティマキのいいかげん田舎暮らし (goo.ne.jp)

  「バングラデシュの衣料工場で働く若い女工たち」は、ファストファッションを支える中進国、後進国の現場の女工さんたちの実態を描いたものですが、「ザ・トゥルー・コスト」は、ファストファッションをつくりだす欧米のアパレルメーカーをはじめとする先進国の巨大企業のあり方、そして先進国の消費者たちに焦点を当てて、ファストファッション業界全体の不気味に思えるようなシステムを鋭くえぐっています。

   クラウドファンディングで実現した映画だそうですが、編集が素晴らしく、そうとう高度の技術と知性が駆使されてできた映画だなと思いました。

   さて、ファストファッションという言葉を知ったのは10年くらい前。ちょっとしゃれたスカートやパンツが、何千円かで買えてしまい、上から下までコーディネイトして占めて1万円以内、とかいうのを競うテレビ番組もあった気がします。その頃はすでに田舎に移住していて、都会で仕事をしていた時に必要だったスーツやスカートジャケットなどが全くいらなくなったので、さほど興味は持たなかったのですが、たまに見かける衣類の安さには驚いていました。

  「安い衣類の製造が可能になったのは、世界がグローバル化したため」と映画でははっきり言っています。30年ほど前、少し安い衣類が出回り始めたころは中国製が主でした。でもその中国の人件費が上がり始めると、タイやベトナム、バングラデシュなどに生産の拠点が移されました。

  原材料が同じで、より安い衣類を作るには、製造コストを下げるしかない。メーカーはより安い製造場所を求めて、わたりあるきます。第三世界の国々にある小企業では、その大手の圧力に抗することはできません。バングラデシュのある縫製工場主は、「5ドルを4ドルに、さらに3ドルに下げろといわれたら従うしかない。注文が欲しいから」といいます。しわ寄せは当然、女工さんたちに来ます。

  「バングラデシュの・・・」にも出てきた、ラナ・プラザ事件は2013年に起きました。8階建てのビルがある日突然崩壊し、死者1100人以上、行方不明者500人という大惨事をもたらしました。このビルには縫製工場も多数入っていて、工員たちは前々から工場主に建物の不備を指摘していました。当日も変な音がすると訴えていたのです。にもかかわらず工場主は仕事をいつも通り続けるよう命令しました。そして事件が起きたのです。

   この映画は、ラナ・プラザ事件をきっかけにファストファッションの舞台裏を追及するために作られました。

   ファストファッションの大手メーカーの広報担当者たち何人かにインタビューするシーンがあります。彼らが異口同音にいうことは、「現地で働く女性たちは、ほかよりましな仕事場を与えられている。もしあの職場がなかったら、さらに苦しいはずだ」つまり、自分たちは無罪で、むしろ働く場所を与えてやっているからいいのだ、と自分たちの立場を擁護します。少し目が泳ぎ、言い淀んでいるように見えましたが。

   映画の中盤でナレーターはこんなことを語ります。

   「世界の人々はみんな貧しくなった。高い商品~車や家は手が届かない。でも、安い服なら買える。ファストファッション業界は毎週のように新製品を売り出し、人々は買いあさる」

  高いものを買うだけのお金の余裕のない憂さを、一枚のちょっと変わったデザインの新しいTシャツを買うことで晴らすのでしょう。でも、その憂さ晴らしは長く続きません。だからまた、翌週別の服を買う。こうしてクローゼットのなかは、いっぱいになります。心底好きになって買った服ではないので、満足感は得られません。そんな服ばかりがたまると、惜しげもなく捨ててしまいます。好きではないので、簡単に捨てられるのです。

   まるで捨てるための服を買うようなものです。こういう感覚自体、すでにおかしい。

   こうした先進国の人々のとめどない消費の欲求が、中進国、後進国の産業を変えてしまいました。ただし、この欲求は大企業によってつくられたもの。ファストファッションに振り回される消費者も、いわば大企業の被害者と言えると思います。

   インドでは、土地に合わない綿花を育てるために、大量の化学肥料や農薬を必要とする農業に従事している人がほとんど。彼らは、農薬や化学肥料、仕方なく買わされる遺伝子組み換えの種子を手に入れるために借金をする。そして返済ができないため、自殺者が後を絶たないといいます。

   皮革製品も、昔に比べたら驚くほどの安値で売られています。こういった商品も、やはり東南アジアなどの中進国で作られています。皮加工に使う六価クロムは劇薬。その劇薬を川に流すので、あたりの水田地帯は汚染され、飲料水も危険な状態になっているとか。皮膚病や手足のまひに悩む人が増えているのに、改善はなされていません。

   「大地に敬意を払っていない」映画に登場するある人物がいったことばです。このことばで、涙があふれてきました。

   服や靴のコストにかかる人件費を削り、必死に安く仕上げ、大企業は莫大な利益をあげてはいるのだけれど、大地や川を汚し、人々の健康を害して、ものすごい被害を与えています。彼らは、自然界、人間界へのストレスをものともせずに経済活動に邁進していますが、敬意を払われていない大地や人々にたいするリスクを計算したら、当然のことながら、1枚ののTシャツは500円や1000円などで買えるはずがないのです。

****

  映画を見た数日後、豊田市内のフェアトレードショップ、アナムanam fair trade&natural (アナム フェアトレード&ナチュラル) | フェアトレードを初めとした、人や環境にやさしいエシカルな商品を取り扱うセレクトショップ (anam-jp.com)を訪ねました。店主の稲熊なつみさんは、昨年9月まで豊田松坂屋に店を持っていましたが、松坂屋の閉館のあと、もともとのお店にもどり、再出発なさいました。

  彼女と、この映画の話をしました。彼女がアナムを始めたきっかけは、彼女自身が洋服が好きで、販売の仕事をしていたとき、始終安売りがつづき、ひどいときは75%オフになることもあるのを知って、「いったい元の原価はどうなっているんだろう」と疑問に思ったことだったそう。そののち、フェアトレードの存在を知るようになり、正当な金額を支払って作られた品々の良さに魅力を感じ、自らお店を持つことに決めたということです。

   店内には、彼女が選んだ、健全なやりとりの上で発注縫製しているメーカーの洋服が並んでいます。現地で縫製している人たちの生活が成り立つというだけでなく、彼らの文化や伝統的な技術を生かすようデザインがくふうされています。

  ただいまスプリングフェアの開催中。このところちゃんとした服などほぼ買ったことがなかったので、久しぶりに気に入った服があったらほしいなと思ってでかけたのですが、試着したもののうち、気に入ったのは2枚。1枚くらいなら買おうと思ってやってきたのに、どちらか1枚選ぶのが難しくなりました。

  メーカーはどちらも京都にあるシサム工房です。工房では、現地の団体にあらかじめ布代を払いすべて買い取り。先方の負担が少なくて済むように配慮しています。そして小売店であるなつみさんたちも、1年前に商品の買取予約をし、生産者側のリスクが少ないように配慮するシステムになっています。「1年先の商品を買取予約するのは、小売店にとってはリスクが高いのですが、みんなが少しずつわけもって負担し、誰も苦しい思いをしないようにしているのです」となつみさん。

   フェアトレードの品はときどき購入し、服も主にピープルツリーのものをセール時にネットで買うことはあるのですが、いちどきにそこそこの値段の服を2枚も買うなんて、ここ数年したことのないこと。そもそも古いけれど捨てられない服がたくさんあるし、友人のお古やお古とは言えないほぼ新品の衣類もたくさんもらっています。有り余るほどあるのにさらに一遍に2枚も買うの?としばし自問自答。しばらく迷いましたが、なつみさんの話を聞いているうちに、フェアな取引をして、持続可能の仕事を作っている人たちの輪に自分も入りたくなり、思い切って購入。夏服2枚新調です。

  ところで、なつみさんからとても悲惨な話を聞きました。店内にかかっていた美しい白生地のエプロンにまつわる話です。

  そのエプロンの生地は「カディ」とよばれるもので、手で紡いで手で織ったインドの昔ながらの極上の木綿生地だそう。インドがイギリスの植民地だったころ、イギリスは、いい綿花の採れるインドで綿花を作らせ、イギリスに輸出してイギリスの工場で織物にし、インドの市場でさばく、ということを強制していました。もともとインドにはすぐれた紡織の技術があるのに、禁止したのです。インドだけであまりにいい生地ができると、商売の邪魔になると考えたイギリス人は、インドのカディの職人の両手を切り落した、というのです。

  ガンジーはこうしたイギリスの植民地政策に抵抗して、手紬ぎの道具を手で持って紡ぎながら無抵抗の行進を続けました。彼の有名な塩の行進の際、人々が着ていたのはこのカディで作った着物だそうです。

  息が詰まりそうなひどい話です。弱小国が強国に蹂躙された時代の話ですが、いまは、大企業によって弱小国の人々は翻弄されています。でも、じつは翻弄されているのは中進国、後進国の人だけではないかもしれません。先進国の人々も、好きでもないのに消費するのが美徳とされ、流行に翻弄されているという点では、立場は同じかもしれません。

  フェアトレードの活動は、世界全体の経済活動の中ではほんのわずかな部分しか占めていませんが、せめて自分の関われる範囲では、健全に作られた食べ物や衣類を選びたいものだなとおもったことでした。私が選んだにしては鮮やかな色の服2枚を抱えて、ささやかだけれど、健全な消費行動をわたしはきょうしたのだわ、といささか誇らしいような気持ちで帰路につきました。

  ところで、アナムの稲熊なつみさんと田中真美子さん主催の「やさしいマルシェ」が、今週末の日曜日24日に、豊田市駅前のとよしばで開かれます。アンティマキも出店します。ぜひお越しください。

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映画「らくだの涙」

2022-04-17 15:02:48 | 映画とドラマと本と絵画

  「天空の草原のナンサ」の監督の2003年の作品。こちらのほうが先なのですが、わたしは、たまたま前後逆に鑑賞しました。こちらはドキュメンタリー。やはり同じくゴビ砂漠の遊牧民一家に密着取材して撮影したものです。https://allabout.co.jp/gm/gc/206260/?msclkid=6c48088ebe1211ecb15e36ab29811e57

   この一家は四世代同居。いくつものゲルにそれぞれ1世代ずつ住んでいるようです。彼らが所有する家畜のうち、特にラクダに焦点を当てて、この映画の撮影は進みます。ラクダの繁殖期である春から撮影に入ったそうで、ほぼ4か月ほど滞在したとか。

   たくさんのラクダの子が生まれるのですが、その中の一頭は珍しい全身真っ白のラクダ。難産の末に生まれたこのラクダは、初産の母ラクダからなぜか嫌われ、乳をのませてもらえません。仕方ないので、人間がお乳を搾り、水牛らしい動物の角に乳を入れて子ラクダに飲ませます。でも、うまく飲めず、子ラクダは元気がない。

   そこで家族は相談のうえ、馬頭琴の上手な弾き手を連れてきます。彼が馬頭琴を奏で始め、一家の最も若い母親が母ラクダの背をなでながら歌を歌い出すと、母ラクダは声を出し、様子が変わります。

   いわば音楽療法をほどこした母ラクダの変貌がこの映画のクライマックス。撮影隊が当初から予測したわけではないこのハプニングが、映画をよりおもしろいものにしました。

   人間の母親の美声もすばらしかった。彼女の息子もほんの少しだけれど歌って見せましたが、きれいな声でした。

   続けてみたモンゴルの草原の遊牧民たちの暮らしの一端。顔はほぼ日本人と同じの、彼らのシンプルでたくましい生き方は、なかなか興味深いものでした。

   さて私は、この冬あたらしく、空飛ぶ羊のヤクのレッグウォーマーと腹巻を購入しました。年とともに冷えがひどくなってきたので、この夏もよほど耐えられなくなるまで、腹巻は欠かさず身に着けることにしようと思います。私の経験では、冬はともかく、暖かくなると、体の冷えに気が付かずに過ごしてしまいがち。腹巻やレッグウォーマーなどを着けて初めて、「温かい」「気持ちいい」と感じます。豊田市街地桜城址公園そばの空飛ぶ羊の実店舗では、夏でも、モンゴルのラクダ、ヤク、ウール、カシミアの商品を販売しています。どうぞ、覗いてみてください。

 

   

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映画「天空の草原のナンサ」

2022-04-16 14:33:53 | 映画とドラマと本と絵画

  モンゴル製品のお店、空飛ぶ羊のラクダやヤク、カシミアの製品を愛用するようになり、昨年実店舗ができてからは、アンティマキの焼き菓子を置いていただけることになりました。

  お店を主宰するモンゴル人のダリさんとも親しくなるにつれ、これまで全くと言っていいほど知らない国だったモンゴルが、急に近しい国になりました。

  そのモンゴルの映画を二つ、続けてみました。ひとつは、「天空の草原のナンサ」、もうひとつは同じ監督の「ラクダの涙」。「ラクダの涙」のほうが制作は先なのですが、先に2005年にできた「天空の草原のナンサ」を見ました。天空の草原のナンサ : 作品情報 - 映画.com (eiga.com)

  主人公は6歳の女の子ナンサです。町の学校に通っていて、お休みで戻ってきたところから物語は始まります。彼女は3人の子供の一番上。遊牧生活を営む両親と一緒に住んでいます。彼ら一家の日常の生活が淡々とつづられるのですが、彼女が草原の岩穴の中で犬を見つけたところから、物語らしくなります。ほぼ主食に近いと思われるチーズ作り、乾燥した家畜の糞で行う煮炊き、家畜の世話まどなど、日々の暮らしがとても興味深い。

  ナンサは、弟妹の世話だけでなく、母親の家事の手伝いもおこないます。その彼女が草原の岩穴で犬を拾ってきたことから、彼女の生活はいっぺんに潤いのあるものに変わります。父親からは飼うことを反対され、隠れて飼い続けるこの犬と彼女との交流が、映画の骨子となっていきます。

  ナンサをはじめとして弟妹、両親の演技があまりに自然なので、俳優ではないのだろうなとおもってみていたら、映画終了後のメイキングで、やはり彼らは実在のモンゴルの草原に住む遊牧民一家と明かされます。監督が大勢の家族の中から選んだのだそうです。

 現地の人たちの衣装を着た監督はナンサたちと遊びながら、演技に導く、ということを根気よく続けます。たぶん、子供たちは最後まで遊び続けたとしかおもっていないかもしれません。

 映画の最終場面は、一家が次の遊牧地あるいは街をめざして(遊牧をやめる、という話も出てくるので、どちらか不明)、移動するところ。夫婦二人でゲルをたたみ、数台の荷車に家財一式とゲルの部品とともに載せ、子供たちは荷車に、自分たちは馬に乗って、出発します。家畜も含めての移動なので、長い行列なのですが、一軒の家をバラバラにしてまた新たな場所で組み立てる、ということそのものがすごい。柱も覆った布?もタンスも縛るロープも、どれにも長い歴史と彼らの知恵を感じさせます。

  モーターバイクで町へ毛皮を売りに行った父親が、妻への土産にプラスチックの黄緑色の柄杓を買ってきます。妻はとても喜ぶのですが、子供たちがこの柄杓を家畜の乳を煮ている鍋の中に落として、変形させてしまいます。一見ずっと昔から変わらぬ生活を続けているように見えて、じつは少しずつ取り崩されるようにして見られる変化。その象徴的な出来事がさりげなく描かれています。でももちろんこの柄杓、捨てないで、犬の水入れになります。

  山も川もないずっと続く草原に住む人たちの暮らしぶりがよくわかる、いい映画でした。

  

  

  

  

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絵本「天路歴程物語 危険な旅」

2022-03-22 21:57:24 | 映画とドラマと本と絵画

 いつか読まねば、と思っている世界の名著が、いまだにたくさんあります。なかでも、西欧世界の根幹の思想を形作っているキリスト教。この世界宗教のことを知らないと、アメリカ映画一つ、ちゃんと理解できないのではないかとも思えるときがよくあります。

  そう思いはするものの、大衆向けに書かれたバニヤンの「天路歴程」すら、この年まで読まずに来てしまいました。先日、たまたま必要があって図書館で適当に探して借りてみたら、もとはアニメの原作だったというこの絵本に出会いました。

   何が入っているかわからない大きな荷物を背負った若い男が、悲しそうな顔をして分厚い書物を開いています。背後には、暗雲垂れ込める空の下、彼が後にしたらしい街の風景が広がっています。

   語り手が見た夢として語られるこの本の中の主人公の名はクリスチャン。彼の持っている厚い本には、彼がすんでいる町は「滅びの街」で、すぐに逃げ出さないと彼も家族も恐ろしいことになると書いていあります。

   ここから始まる彼の冒険の旅。「天路歴程」というタイトルは明治の日本人がつけたもので、欧米では「巡礼の旅」とか「危険な旅」とかいうのだそうです。

   とにかく彼は次々に怪物に襲われたり、底なし沼におぼれそうになったり、困難な状況におちいり、まるでテレビゲーム。最後は天国にいたり、筋は単純でとくに面白いわけではないのですが、クリスチャンが旅の途中で出会う人間たちの名前がおもしろい。

   ヨワタリさん、律法マモル氏、カタクナさん、イイカゲンさん、タワケ、ナマケ、オモイアガリ、コワガリ氏、シンジナイ氏・・・

   世の中のいろんな種類の人たちや、一人の人の心に巣くういろんな気持ちを網羅しているかのような、さもありなんという命名です。こういうところがさすが西欧。最後のころクリスチャンが出会う同行者の名前は、ホープフル(希望者)。たぶん、キリスト教文化圏では、子どものころの必読書なのでしょう。よくできています。

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映画「食の安全を守る人々」

2022-03-11 16:24:01 | 映画とドラマと本と絵画

  ロシア軍のウクライナ侵攻が始まる前から、小麦をはじめとする食料品の値上げが話題になっています。ある友人が言っていました。「少しずつじわじわ値上げされているから、ボケっとしてたけれど、ある日ふと結構な値上げになっていることに気付いて、愕然とした」別の友人は、量が減っていることを指摘。値段は変わらなくても、中身の重量がどんどん減っている、と。

  テレビでは、こうした値上げについては取りざたしていますが、食べ物そのものの安全性については、ほとんど言及していません。

 先日、「食の安全を守る人々」という日本のドキュメンタリーを見ました。監督は原村政樹。弁護士で元農林資産大臣の山田正彦氏が、人々をとりまく食べものの実情について、日本のみならず、海外にも取材してまとめられた映画です。これまで、ばらばらに耳に入っていた情報が、まとまりのある事柄として迫ってきました。この映画は、昨年12月名古屋で開かれたオーガニック映画祭で上映されたもの。そのおりの映画の解説には、こんなことが書いてありました。

「アグリビジネスは日本に幸せをもたらすのかそれとも日本は世界の潮流に逆行しているのか?日本で、海外で農と食の持続可能な未来図を描く人たち

種子法廃止、種苗法の改定、ラウンドアップ規制緩和、そして表記無しのゲノム編集食品流通への動きと、TPPに端を発する急速なグローバル化 により日本の農と食にこれまで以上の危機が押し寄せている。

しかし、マスコミはこの現状を正面から報道するこ とはほとんどなく 、日本に暮らすわたしたちの危機感は薄いのが現状である。

この趨勢が続けば多国籍アグリビジネスによる支配の強まり、食料自給率の低下や命・健康に影響を与えることが懸念される中、弁護士で元農林水産大臣の 山田正彦が、長年、農業をテーマに制作を続けている原村政樹監督との二人三脚で撮影を進め、日本国内だけでなく、アメリカでのモンサント裁判の原告や、子どものために国や企業と闘う女性、韓国の小学校で普及するオーガニック給食の現状など幅広く取材。 果たして日本の食の幸せな未来図はどこに・・・。」

  「人体に残留しない安全な農薬」というふれこみだった、グリホサート。20年間、自分の勤めている学校の校庭で、この農薬を散布し続けていたアメリカの男性が悪性リンパ腫になり、巨大企業モンサントを相手取った裁判で勝訴しました。それ以来、アメリカや欧州で、モンサント訴訟が相次いでおり、発売禁止とした国も多いのですが、日本ではラウンドアップという名で売られているこのグリホサートの農薬は、ホームセンターやJAの直売所で山積みにして売られているそう。100均でも見かけると聞きました。

  ある学者の話では、グリホサートの日本の規制緩和は甚だしく、中国が0.2ppmであるのに対し、日本はその150倍の量が最低基準になっているとか。また、小麦の残留農薬の基準値は日本では近年どんどんあがり、この映画のできたころは米の基準値が0.1ppmであるのに対して、小麦はなんと80倍の8ppm。

  小麦は、早く乾燥させるために、収穫直前にグリホサートを撒布するのが慣行農法では当たり前になっているとか。アメリカだけの話ではなく、日本でもこの方法をとっていると知ったのは、数年前。

  それまで、アンティマキでは、ナッツやドライフルーツはオーガニックを使っていましたが、小麦は、国産品をつかっていました。国産と言っても有機栽培の国産品は高すぎて、焼き菓子の売値が相当上がってしまいます。だから、多少の農薬は使っているだろうけれど、輸入品よりましだろうと思っていたのです。

   でも、収穫直前の農薬撒布の話を聞いてから、とてもそんな粉を使う気になれなくて、ネットで探して仕入れ始めたのが今使っているオーストラリアやアメリカ、カナダのオーガニック小麦粉です。

   農薬に汚染された腸は善玉菌を殺して悪玉菌を増やし、神経を刺激して腸の外にしみ出し、脳に至る。それが発達障害とかかわりがあるのではないか、という専門家もいます。不妊症や流産を引き起こし、精子を殺すとも言われています。

  ゲノム編集した食品の安全性にも、映画では言及しています。これまでできていた「遺伝子組み換えでない」という食品表示が許されなくなる背景になにがあるかも、映画では追及しています。

  とにかく、枚挙にいとまのないほどの、危険で、驚くべき事実が次々に紹介されています。家庭の主婦、とりわけ小さなお子さんを持つ若いおかあさんたち、食品を扱う仕事に携わる人たちに、ぜひ見ていただきたい映画です。

   そこで、オーガニック映画祭の開催に長年尽力してきた、フェアトレードショップ風sの土井ゆきこさんが主宰する風の庭クラブが、6月、この映画の上映会を稲武で開くことにしました。アンティマキも協力いたします。日時と場所は以下の通り。近々チラシができるので、詳しくは追ってお知らせいたします。

   *「食の安全を守る人々」上映会と有機農法家松澤政満さんの講演会

    ■日時:6月26日(日)午後1時から4時

    ■場所:稲武交流館

    ■参加費:1000円(当日1300円)

   気になる方はぜひ、とりあえずこの日を空けておいてください。

  

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映画「チェルノブイリ・ハート」

2022-03-05 17:51:08 | 映画とドラマと本と絵画

   ロシア軍がウクライナに侵攻したとのニュースを聞いた夜だったかその次の夜だったか、たまたま、借りていた「チェルブイリ・ハート」を見はじめました。チェルノブイリ・ハートとは - コトバンク (kotobank.jp)

   1986年におきた原発事故の16年後に作られたドキュメンタリーです。「チェルノブイリ・ハート」とは、事故後に、周辺地域に住んでいた人たちはその後に生まれた子供たちに頻繁にみられる心臓疾患や放射線障害のこと。

   チェルノブイリから80キロメートル離れたゴメリ市の小児病院の映像は、想像を絶します。

   うつろな目をした寝たきりの子たち。かけ蒲団をめくると、首の後ろには、頭と同じ大きさのふくろがくっついています。足の指が生まれつき折れ曲がっていたり、胴体のどこかから急にくびれていたりしている子供も。とにかく正視できないほどの奇形の子供たちが病院に収容されています。彼らは事故の後生まれた子供たち。親が到底育てられなくて捨てられた子供たちです。

   甲状腺がんや心臓病の疑いのある中高校生たちも増えています。いずれも事故後急増。「ベラルーシの首飾り」と呼ばれる、甲状腺がん手術の傷跡の残るティーンエイジャーの子供たち。この市では、事故後、甲状腺がんは他都市の1万倍に増えているそうです。医師の言葉によると、「健常児の確率は、ここでは15~20%」しかないとか。

  それでも、原発事故との関係を特定するのはむずかしく、「因果関係があるとしか思えない」という表現で語られます。

  DVDには、2008年に製作された「ホワイト・ホース」という短編のドキュメンタリーも入っています。原発の近くのアパートに住んでいた青年が、事故後20年たって、映画製作スタッフとともに放置され荒れはてた帰宅禁止区域に初めて足を運ぶという実録です。彼は10歳くらいまでこの地に住み、事故直後、ほとんど何も持つことは禁止されて着の身着のままで家族とともに避難を余儀なくされます。

   「くそくらえ」「地獄に落ちろ」彼の悪態から、彼の事故後の人生が見えてきます。彼の人生を奪った原発事故。「ここでは幸せだった」彼はそういいます。暗い顔で部屋をさまよい、スタッフと離れてひと部屋の中にこもります。彼のやるせなさが閉じられたドアの奥からにじんでくるよう。

   映画の最後、字幕が映し出され、彼が2007年に死んだことを伝えます。映画完成の直前。まだ30歳そこそこの若さだと思われます。死因は書かれていません。

   続けてみる気になれず、数日置いて鑑賞を再開。そのときにはすでに、チェルノブイリ原発がロシア軍に制圧されたとの報が入っていました。重苦しい気持ちがさらに募りました。

 

 

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