いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

科学と技術の間。 cave between science and technology

2011-05-09 19:40:03 | 日記
 (1)東北太平洋沖巨大地震(東日本大震災)が発生した直後に、その前代未聞の規模に地元の大学の地震学者が「やられた」と発言した。地殻(断層)変動が複合的に400キロに渡って発生するという、M9.0の1000年に一度と言われる巨大地震と巨大津波が襲って来ていた。

 緊急地震速報のほとんどが適正に機能しないように、「地震」の予知、予測と言うのは先端的科学研究を持ってしても未だ不可能に近いものらしい。
 今後、30年の内に90%近い確率で起きると言われている(その科学的研究の根拠も「その」程度のものとしか今は考えようもないが、油断はできない)東海沖巨大地震は、日本で唯一、地震感知器網を多数設定設置しての機器感知システムを実施している地域だ。
 地震発生予知予測を最大「2日前」に感知して地震速報を発表できる、日本で唯一の地震予知システムだ。

 その地域でも自治体、市民参加の防災訓練は毎年行われているが、①東海沖巨大地震を想定した総合防災計画の市民への広い周知、役割、組織形態、②国、自治体、地域、住民の連携、③地震研究は「目に見えるもの」となっていなくて、当然、地元地域では「危機管理」としての自覚はないと言っていい状況だ。

 その証拠に、東日本大震災による原発事故危機が現実のものとなって2か月経過してからの、東海沖巨大地震領域内に位置する静岡県内の浜岡原発の稼働停止要請だ。
 地震学者が「やられた」と言うことのない東日本大震災の教訓を生かした、科学的、実証的、理論的な地震研究の成果と情報と教育が求められている。
 動きも、自覚も、研究もスピード感、危機意識が不足している。

 (2)東日本大震災を目の前にして、原発事故が発生し収束が思うように進展しない現状に日本の科学技術、研究能力への不安も広がっている。1000年前の事象研究の成果が生かされていない。

 ノーベル化学賞授賞者が、この「現実」を科学(science)の問題ではなく、技術(technology)の問題と解説してみせた。
 東日本大震災、原発事故を専門分類上の「科学」と「技術」を区別して、学問研究としての「科学」分野の理論、解析の問題ではなくて、それを実証する「技術」の問題だと主張した。

 安全、生命、生活に直接影響を受ける国民、市民にとっては、「科学技術(science technology)」ひとくくりとしての研究成果、還元に期待する「国民投資」だ。科学も技術も一体のものだ。

 大学の基礎研究が、社会資本の技術開発効果に反映されてこその研究投資だ。実証する技術力に対する科学者の役割、スタンス(stance)が語られることはなかった。
 地震学者の「やられた」発言が、科学と技術の間の空洞化(cave between science and technology)をも認めている。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする