

【160~161ページ】
「おい、お前は時計は要らないか。」丸太で建てたその象小屋の前に来て、オッペルは琥珀のパイプをくわえ、顔をしかめてこう訊いた。
「ぼくは時計は要らないよ。」象がわらって返事した。
「まあ持ってみろ、いいもんだ。」こう言いながらオッペルは、ブリキでこさえた大きな時計を、象の首からぶら下げた。
「なかなかいいね。」象も云う。
「鎖もなくちゃだめだろう。」オッペルときたら、百キロもある鎖をさ、その前足にくっつけた。
【262~263ページ】
「ああ、ぼくたきぎを持って来よう。いい天気だねえ。ぼくはぜんたい森へ行くのは大好きなんだ」象はわらってこう言った。
オッペルは少しぎょっとして、パイプを手からかぶなく落としそうにしたがもうあのときは、象がいかにも愉快なふうで、ゆっくりあるきだしたので、また安心してパイプをくわえ、小さな咳を1つして、百姓どもの仕事の方を見に行った。
そのひるすぎの半日に、象は900把たきぎを運び、目を細くしてよろこんだ。
晩方象は小屋に居て、8把の藁をたべながら、西の4日の月を見て
「ああ、せいせいした。サンタマリア」とこうひとりごとをしたそうだ。
[ken] オッペルは本心を悟られないように、働き者の象に次々と労働を命じ、逃亡しないようにブリキで作った「時計」をあげると言って、100キロもある鎖を足枷にして拘束します。内心は恐々としがらも、たえずパイプを手に度胸と威厳を示し、象もちろん百姓たちを管理・監督しているのです。一方の象は、都合のいいように使われるとも知らず、ただただ労働の達成感に満足し、サンタマリアに感謝さえするのでした。仕事で汗をかいて、ささやかな報酬(食事)に感謝するという一日が、現代においては何と懐かしく感じられることでしょう。それが、「体制を無批判に受け入れ忍従する思想に甘んじる」といった批判があろうとも、牧歌的な毎日にあこがれる自分を否定できません。(つづく)