
【157ページ】
私は自分とは別の人間の柔軟な体温のぬくもりを感じていた。その別の人間である女が少しでも身体を動かせると、私は自分の肉体の曲線がまざまざと伝わり、その女の肉体との境界の線をあからさまに知らされた。そうすると私は少し煙草をのみ過ぎたときのように眼がかすんで来た。
【166〜167ページ】
(インチキインチキインチキ)
私の気分がささやいた。
(君はね)
又気分がささやいた。
(当たって砕けろではなくて、砕けてから当たっているんだ)
(それはどういう意味だ)私は抗議した。(何を言うつもりなんだ)----
(気分を信用するな)
[ken] 昭和22年まで、たばこは「莨」と書いていましたが、翌年から「煙草」に変わっています。最近、10日間ほど禁煙し、11日目に吸ったときは、「煙草をのみ過ぎたときのように眼がかすんで」という感覚でした。166〜167ペ ージの「砕けてから当たっている」と自問自答しているシーンは、気休めに「出たとこ勝負」とか「当たって砕けろ」とか自分に言い聞かせ、準備不足や実力のなさを言い訳するときに、私もしばしば多用してきました。実は「出る前に負けている」「砕けてから当たっている」ことが多々あるのですね。(つづく)